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08.

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「…………」

 確かに、高度な魔法操作をするには、かなりの集中力を要する。そんな状態で会話したり飲み食いしたりは難しいだろう……けれど!
 こちらとしては空腹になるし、いっそ四肢がはじけ飛ぶ位どうとでも良いという思いがあるわけで……いや、これを言ってはいけない気がする。
 興奮冷めやらぬ師匠を、チベットスナギツネのような顔で眺めながら、私はため息を吐いた。
 家出の為に使う、高度な魔法操作。むしろ才能の無駄遣いと言われている気がする。まぁ、違わないけれど。

「あ、そうだ。イル」

 興奮が収まったのか、師匠は急に真面目な顔つきになって私の名を呼びながら、こちらに振り返った。

「街中で人の姿に戻らない方が良いし、猫の姿でもあまり外へは出ない方が良いだろう」

 師匠の言葉に、猫耳がピクリと動く。
 猫の姿でもというのは、師匠のように魔力のオーラで個を判別する人に出会わないようにか。

「……街で、私のよくない噂を聞きましたが……」
「あぁ……確かに、そのような噂が王都中に巡っている」

 恐る恐ると言った感じで訊ねれば、師匠は言いにくそうに答えた。
 王都中という事は、平民達だけでなく、王侯貴族全てに流されているという事か。……流石、噂好きの貴族達だ。
 義母や義妹は着飾る事や茶会が大好きで、パーティがあれば必ず参加する。ここぞとばかりに広めたのだろう……そういった話が大好きな貴族達に見事もてはやされた事だろう。
 だけれど……そこに私への気遣いはあるのだろうか。むしろ家名は?汚されているようなものだ。
 最低限とは言え、学んでいた淑女教育から、こういうマナーくらいは私ですら分かっているのに。

「でも、仕事をしないと……」
「当たり前だろう?ただ飯を食べさせるつもりはないよ」

 溜息をつきながらも、私は吐き出せば、師匠も肩をすくめて答えた。
 それもそうだ。生きるだけでお金は必要になる。というか、猫として生きるも、もう充分痛い目を見て来た気がする。
 ……ネズミなんて食べたくもないし、食糧確保は本当に難しい。野良として生きる猫たちは本当に凄いと心から思う。

「人と関わりたくないなぁ……でも、魔物討伐にしてもギルドに行かなきゃだし、魔法具売るにしても……あ」

 師匠を仲介すれば!?
 手間はかけさせてしまうけれど、師匠なら研究の為に、討伐に行くし、魔法具だって買いにくる!だからこそ出会えたのだし!
 パッと顔をあげて師匠の方を見れば……師匠は満面の笑みでこちらを見ている。
 え、何その怪しい笑顔、と思っていれば、まさかの言葉を発せられた。

「任せておきなさい。猫のまま出来る仕事があるよ」
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