上 下
8 / 57

08

しおりを挟む
 ――ライ。

 嘘を英語でlieという。ならばライで良い。
 性別なんて関係なくて、現実ではただ勉強しか知らずに不安だけを抱える私だけれど……このアプリの中だけでは充実した世界を生きたいのだ。
 嘘ばかりの世界で良いのだ。

「なるほど」

 私が登録した名前を覗き込んで、明里さんは納得したかのように頷いた。

「よろしくねライ! 友達……そしてライバルとしても!」

 友達なんて懐かしい響き。
 そしてライバル。そんなの受験で周囲を蹴落とすかのように……模試やテストのように競う相手全てを言うものではなく、ただ純粋に切磋琢磨して楽しむかのように思える。

「……こちらこそ、明音」

 お互い、ニヤリと微笑みあう。
 表情が出る事で、自分が表に出てきたような感覚だ。今まではどこか虚ろで、ぼんやりとしていた自分だったなと感じる程に、この短時間で自分は色んな事に気が付けたように思う。
 そこから、先ほど明里さんと歌った曲をアプリで歌い、調整等のやり方を聞いてアップする。

「じゃあまたね! 今度一緒に歌ったりしよう!」
「うん! またね」

 笑顔で明里さんのアパートを後にすれば……私はまた無表情に戻る。
 さっきまで、あんなに笑っていたのが嘘のように。
 これから家に帰るのかと思えば、心は沈むし呼吸も荒くなる。帰りたくないと思った所で、私の行く場所は母の居る家しかないのだ。

「家出の方法なんて学ばないしなぁ……」

 パパ活とか。どこかにたむろっている若者とか。色んな話を聞くけれど、そんな先の分からない不安だらけの状態になるだけの度胸はない。
 生きるという先行き不明な不安要素しかない行為をするくらいなら、いっそ死んでしまえばという考えがまた脳裏に蘇ってきて、私の手はまた傷跡に向かう。
 けれど……そこには明里さんが手当してくれた跡があり、寸での所で留まった時、スマホに通知音が鳴る。

「あ……アイテムと……コメント?」

 先ほどアップした曲に誰かが反応したようだ。

『すごい! 引き込まれる!』
『ものすごく感情がのってますね』
『表現力がある~』
『うまい!』

 流れるかのようにコメントが打たれ、気が付けばアイテムが投げられている。
 そして……そこには明里さんのコメントもあった。

『コラボしようね!』

 明里さんと歌う。歌える。
 その事が心に楽しみとして植えこまれる。
 ポチポチとコメントを返しながら歩けば、絶望までの道のりに思えた歩みが少し軽くなる。
 認めてもらえてる。喜んでもらえてる。

 ――勉強以外で。

 親は勉強だけでしか見てくれていないけれど、私の価値はそれだけではないと。親に固執する必要はないと言ってもらえているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...