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「本当に申し訳なかった!」

 翌日、謝罪に訪れたジャンは、私に向かって勢いよく頭を下げた。

「……」
「でも、アンヌは俺の事情をよく知っているだろう?」

 何も言わず、ただ紅茶を口に含むだけの私に向かって、ジャンは縋るような瞳で訴えてきた。

「貴族の婚姻なんて、家同士の契約でしかないものね」
「そうじゃなくて! 俺の立場だよ!」

 言外に、お前に対して一切の興味はない、という意味を含めたのだけれど、ジャンは全く気が付いていない。

「……昨日も義姉さんが倒れて、俺しか邸に居なかったから……」
「毎回デートの日にばかり倒れるとは、ご都合が良いようで」
「義姉さんは体が弱いんだから仕方ないだろう!」

 事実に憶測を付け加えて答えた私に、ジャンは噛みつくかのように返してきた。でも、本当に私との約束がある日にしか倒れないのは都合が良いとしか思えない。マリーも視界の隅で、思いっきり何度も頷いていた。

「……だから俺が養子に入ったわけだし……」

 呟くような声。
 そう、クレシー侯爵家には一人娘が居る。それがブリジット・クレシー公爵令嬢だ。
 ただ、ブリジット嬢はとても身体が弱く、家を継げる程ではないという事で、遠縁の男爵家からジャンが養子縁組されたのだ。立場的にジャンは義姉に強く出られないのも理解できる。できるけど、跡継ぎとして侯爵家に入ったのであれば、貴族同士の付き合いも考えなければいけない。
 毎回のように、義姉を優先し、婚約者との約束を土壇場で無しにするのは、いかがなものか。……なによりも問題は、それをクレシー侯爵に訴えても変わらない事だ。
 本当に、ヴァロア子爵家を見下しすぎなのではないだろうか。

「正当な血筋である義姉さんを蔑ろになんて出来ない……アンヌなら分かってくれているだろう?」

 お決まりの言葉に、いい加減、平手打ちをかましたくなる程だ。けれど、マリーが今にもジャンに飛び掛からん形相で身体を震わせているのを見れば、少しは溜飲が下がる。

「……式の準備があるという事を忘れてはいませんよね?」

 そう、あと3か月もすれば結婚式があるのだ。
 昨日だって、業者を入れる前に、二人だけで打ち合わせをする筈だった。二人の考えをすり合わせて、お互いの家を尊重した式を、と。

「あぁ! 勿論だとも! 忘れてはいないよ!」

 私に許されたと思ったのか、ジャンは安堵の笑顔で答えた。
 所詮、家同士の契約でしかない結婚に、私的な感情は必要ないのだ。私はジャンに対して特別な感情は抱いていない。ただ家との繋がり、利益の為に結婚をする。けれど、ここまで見下されたままで良いのか……私の胸に少し靄が出来た。
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