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白い人形
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城内が鈍い空気を纏っている。
隣接されたバグダスが技術総監督をしている研究所でも例外ではないようだった。
バグダスが姿を表しても研究員の顔色は鈍いままだった。
日常業務を行っている途中で腹心の部下が小声でバグダスに話しかけてくる。
「バグダス様、ご報告があります」
「朗報ですか?」
「…残念ながら」
「いいでしょう。続けなさい」
苦々しい顔をしながら部下はバグダスに数枚の資料を見せた。
手を取り数ページ捲ると膨大な研究内容がまとめられている。
「これはこれは」
「こちらがユーバ研究所で見つかった研究内容になります」
「隠蔽されているものも多いという報告はありましたが、それでもこれほどの研究を行っていたとはねぇ」
我が国の優秀な頭脳である王都の研究所すらも凌ぐほどの研究が辺境の地で行われているとは。
感嘆ともいうべきバグダスの感想に部下は深くうなずいた。
「ええ、すべての研究にあのハクギンが主導しています」
「ほう」
バグダスの返答は短かった。
それと同時に、バグダスの中に黒い淀みが出来たのをバグダスは感じた。
ハクギン。
彼はすでにバグダスが入局する前から技術総務局におり、いつからハクギンがいたのか知る人間はだれもいなかった。
雪の白さにも劣らない白髪、透けてしまうほどの白い肌と相まって、まるで人形のような不気味な男は置物のようにしまわれ、無視されているハクギンをまず見つけたのがバグダスだった。
試しに仕事をふると正確に仕事をこなせる。
しかし、子供でも分かるような心の機微には弱く、彼が出世できないのはそのせいだとバグダスは思ったものだった。
カイラスの去勢を行ったのもハクギンであり、傷跡一つ残さない彼の技術をカイラスがその身をもって見出し、カイラスがユーバ要塞に赴任される際にバグダスからハクギンをもらい受け、ユーバ研究所は造られた。
「まさに、物は使いようということでしょうねえ」
研究者ハクギンの名が王都にも響く中でも、バグダスのハクギンの評価は変わらなかった。
いや、身分もわからなければ置物のようなハクギンに眼中においていなかったのだ。
それなのに今、バグダスの頭を悩ませているのは紛れもないハクギンの存在だ。
「その中の研究の中で、気になる箇所がありまして」
「気になる箇所?」
「ええ。こちらがそうです」
「…魔法を無効化する研究ですね」
「ええ」
過去散々研究され、不可能とされている研究をわざわざカイラスとハクギンがする意味がない。
そもそもなぜ人間が風を操れることができたのかすらわからないのだ。
研究内容を書かれた資料をみる。
内容も目新ししいものがない。
しかし、時間をかけてやっている様子が見て取れた。
なぜ、わざわざ意味のない研究を?
「…ハクギンはまだ行方知れずですか?」
「…ええ」
「進捗、なしということですか」
「もしかすると、平民の中に紛れ込んでいる可能性もあります。引き続きそちらも込みで捜索は続けていきます」
「平民?」
「ええ、ユーバ研究所は平民の研究員も数多くおりました。もしかしたら平民のところに潜伏している可能性もあります」
「……なるほど。そうゆう考えもありますか。わかりました。平民のところにも捜索を行ってください」
「かしこまりました」
そういってバグダスは研究結果を再度見た。
魔法無効化などとうの昔に不可能とされたことを三年間だけでも膨大な数の実験を行っている。
しかし、この膨大な資料の数々もほんの一部でしかない。
カイラスをはじめとするユーバ研究所の関係者が破棄している資料もあるのだろう。
しかしカイラスがこの研究にここまで熱を入れていたとは…。
バグダスの脳裏にある仮説がでた。
「……もともとカイラスは逃亡した実験体二名の責任を追及する目的で王都に召集されましたよね」
「ええ」
「その実験体、どのような用途で使用されたのかわかりますか?」
「医療研究のため、という用途です」
「ええ、実験自体ありふれたものでした。けど、かなりの期間その実験体を使用している」
『カイラスは隣国に渡っている』
以前バグダスが会議室で語った世迷言は必ずしも世迷言とは言えなかった。
カイラスの腹心であったハクギンの行方が未だ痕跡すら残さずバグダスがどんなに手を尽くしても見つからないのだ。
そして、この研究内容。
「隣国に渡っているのは、ハクギンの方かもしれませんね」
「……それは、カイラスはわが国を隣国に売ろうとしていることでしょうか?」
「もしかすると。我が国は元々魔法技術で栄えた国ですし。その弱点をなる魔法を無効化する技術を使いに我が国を隣国に征服させる気でいたかもしれません」
「…………」
「そうなれば、大群をもってカイラスはわが国に攻め込むでしょう。そして、この国をつぶす気でいる」
自分で言っても笑えない冗談だった。
王の首を撥ねたカイラスはそのあとどうする気だったのだろう。
バグダスの自邸にいるカイラスはこのことについては口を閉ざしているままだ。
しかし、バグダスが我が国の武器である魔法を無効化するという技術を研究していたということ、ハクギンはすでに研究結果を隣国に持ち込んでいる可能性もあった。
あのハクギンが自発的にそうするとは思えないが、カイラスが事前に指示しておけばハクギンは行えるだろう。
「…あのゴミ人形が」
バグダスは手元の資料を握りつぶした。
行方知れずのあの人形が野放しとなっていれば、バグダスはいつまでも安心しきれない。
隣接されたバグダスが技術総監督をしている研究所でも例外ではないようだった。
バグダスが姿を表しても研究員の顔色は鈍いままだった。
日常業務を行っている途中で腹心の部下が小声でバグダスに話しかけてくる。
「バグダス様、ご報告があります」
「朗報ですか?」
「…残念ながら」
「いいでしょう。続けなさい」
苦々しい顔をしながら部下はバグダスに数枚の資料を見せた。
手を取り数ページ捲ると膨大な研究内容がまとめられている。
「これはこれは」
「こちらがユーバ研究所で見つかった研究内容になります」
「隠蔽されているものも多いという報告はありましたが、それでもこれほどの研究を行っていたとはねぇ」
我が国の優秀な頭脳である王都の研究所すらも凌ぐほどの研究が辺境の地で行われているとは。
感嘆ともいうべきバグダスの感想に部下は深くうなずいた。
「ええ、すべての研究にあのハクギンが主導しています」
「ほう」
バグダスの返答は短かった。
それと同時に、バグダスの中に黒い淀みが出来たのをバグダスは感じた。
ハクギン。
彼はすでにバグダスが入局する前から技術総務局におり、いつからハクギンがいたのか知る人間はだれもいなかった。
雪の白さにも劣らない白髪、透けてしまうほどの白い肌と相まって、まるで人形のような不気味な男は置物のようにしまわれ、無視されているハクギンをまず見つけたのがバグダスだった。
試しに仕事をふると正確に仕事をこなせる。
しかし、子供でも分かるような心の機微には弱く、彼が出世できないのはそのせいだとバグダスは思ったものだった。
カイラスの去勢を行ったのもハクギンであり、傷跡一つ残さない彼の技術をカイラスがその身をもって見出し、カイラスがユーバ要塞に赴任される際にバグダスからハクギンをもらい受け、ユーバ研究所は造られた。
「まさに、物は使いようということでしょうねえ」
研究者ハクギンの名が王都にも響く中でも、バグダスのハクギンの評価は変わらなかった。
いや、身分もわからなければ置物のようなハクギンに眼中においていなかったのだ。
それなのに今、バグダスの頭を悩ませているのは紛れもないハクギンの存在だ。
「その中の研究の中で、気になる箇所がありまして」
「気になる箇所?」
「ええ。こちらがそうです」
「…魔法を無効化する研究ですね」
「ええ」
過去散々研究され、不可能とされている研究をわざわざカイラスとハクギンがする意味がない。
そもそもなぜ人間が風を操れることができたのかすらわからないのだ。
研究内容を書かれた資料をみる。
内容も目新ししいものがない。
しかし、時間をかけてやっている様子が見て取れた。
なぜ、わざわざ意味のない研究を?
「…ハクギンはまだ行方知れずですか?」
「…ええ」
「進捗、なしということですか」
「もしかすると、平民の中に紛れ込んでいる可能性もあります。引き続きそちらも込みで捜索は続けていきます」
「平民?」
「ええ、ユーバ研究所は平民の研究員も数多くおりました。もしかしたら平民のところに潜伏している可能性もあります」
「……なるほど。そうゆう考えもありますか。わかりました。平民のところにも捜索を行ってください」
「かしこまりました」
そういってバグダスは研究結果を再度見た。
魔法無効化などとうの昔に不可能とされたことを三年間だけでも膨大な数の実験を行っている。
しかし、この膨大な資料の数々もほんの一部でしかない。
カイラスをはじめとするユーバ研究所の関係者が破棄している資料もあるのだろう。
しかしカイラスがこの研究にここまで熱を入れていたとは…。
バグダスの脳裏にある仮説がでた。
「……もともとカイラスは逃亡した実験体二名の責任を追及する目的で王都に召集されましたよね」
「ええ」
「その実験体、どのような用途で使用されたのかわかりますか?」
「医療研究のため、という用途です」
「ええ、実験自体ありふれたものでした。けど、かなりの期間その実験体を使用している」
『カイラスは隣国に渡っている』
以前バグダスが会議室で語った世迷言は必ずしも世迷言とは言えなかった。
カイラスの腹心であったハクギンの行方が未だ痕跡すら残さずバグダスがどんなに手を尽くしても見つからないのだ。
そして、この研究内容。
「隣国に渡っているのは、ハクギンの方かもしれませんね」
「……それは、カイラスはわが国を隣国に売ろうとしていることでしょうか?」
「もしかすると。我が国は元々魔法技術で栄えた国ですし。その弱点をなる魔法を無効化する技術を使いに我が国を隣国に征服させる気でいたかもしれません」
「…………」
「そうなれば、大群をもってカイラスはわが国に攻め込むでしょう。そして、この国をつぶす気でいる」
自分で言っても笑えない冗談だった。
王の首を撥ねたカイラスはそのあとどうする気だったのだろう。
バグダスの自邸にいるカイラスはこのことについては口を閉ざしているままだ。
しかし、バグダスが我が国の武器である魔法を無効化するという技術を研究していたということ、ハクギンはすでに研究結果を隣国に持ち込んでいる可能性もあった。
あのハクギンが自発的にそうするとは思えないが、カイラスが事前に指示しておけばハクギンは行えるだろう。
「…あのゴミ人形が」
バグダスは手元の資料を握りつぶした。
行方知れずのあの人形が野放しとなっていれば、バグダスはいつまでも安心しきれない。
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