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第1章:ルーク・サーベリーの帰還

第36話:束の間の別れ

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「ダハッ!」

 大きく息を吐きながらアルマが倒れ込む。

「つ……強い……なんなの……この化け物は……」

 地面にあおむけに転がりながらぜえぜえと荒い息をつく。

「それはもう、なにせイリスは魔神だからね。それも最強の」

 その傍らにルークが膝をついた。

 こちらも汗びっしょりで息を弾ませている。


「アルマァ、肉体記憶に頼りすぎだって何度言えばわかるんだい」

 空中に浮かびながらイリスがため息をつく。

 こちらは汗1つかかないどころか息すら乱していない。

 金貨1万枚を用意するという最初の目標はあっさり叶ったのだが、まだ時間があるだろうということで2人はイリスの元で特訓をしているところだ。

 というかルークを返したくないイリスが執拗に留まるように迫ったというか……

 ともあれ、この2日程2人はみっちりとイリスの手ほどきを受けていた。

「あんたら人間は反復練習を旨としてるからしょうがないのもわかるけどさ、その鎧を使うんならそれじゃあ駄目だよ。ほら、もう1回」

 そう言って手でくいくいと招き寄せる。

「この……サディスト……」

 アルマはよろよろと立ち上がりながら再びイリスに飛びかかっていった。

 実のところアルマの動きは新・展鎧装輪てんがいそうりんによって既に人間のそれを超えている。

 歴戦の勇者でもアルマの動きを追うことはできないだろう。

 それでもイリスはその全てを片手だけでさばききっていた。

「だから身体の動きを早くするんじゃ駄目だって。思考だよ、思考を早くするんだ。身体の動きに頼ってちゃ筋肉の限界に縛られるよ。思考を鎧に同調させるんだ。そうすりゃ後は鎧が動かしてくれるよ」

 世間話でもするように言いながら放った掌底がアルマを数10メートル離れた岩壁に吹き飛ばす。

「その鎧はあんたの意思と思考で自由に形状を変化できるんだよ。こんな風に」

 イリスの腕に付けられたリングがアルマの新・展鎧装輪てんがいそうりんのようなガントレットに姿を変えた。

 そしてそのまま数メートルサイズの拳になる。

「そいつを完全に操りたいなら頭の先からつま先まで全てを意識できるようになることだね」

 振り下ろした拳がアルマを更に岸壁にめり込ませる。

 崩れ落ちた岩でアルマは完全に埋め尽くされた。

「アルマ!」

「あの鎧はこの程度じゃ凹み1つつかないよ。それよりもルーク、あんたも解析と小手先の魔法に頼りすぎ。そんなんじゃ根源に辿り着くどころか見ることすら叶わないよ」

「す……すいません」

 ルークが顔に付いた泥をこすり落としながら立ち上がる。

 魔法の根源に辿り着く、それはイリスの弟子となってからルークが究極の目標としていることだ。

 魔法の元となる魔素は地水火風の4元素に光と闇を加えた6素のどれかに属していて、全ての魔法はそのどれかを元に構成されたものであるというのが人界の魔法学では常識となっている。

 しかし、元々の魔素には属性がなかったとする説があった。

 いわゆる根源魔法説だ。

 かつてこの世の魔素は無属性であり、太古に何らかの事件があって属性を持つようになったとする考えだ。

 失われた古代王国は根源魔法を使っていて、今では考えられないような事象を起こしていたと言われている。

 学園時代からその説に傾倒していたルークだったが、イリスと出会ったことでその考えは確信へと変わった。

 イリスが使う魔法はあらゆる属性の範疇から外れていたからだ。

 魔神であるイリスは魔法を発動するのに詠唱も魔法式も必要としない。

 イリスの魔法はこの世の理から外れるような結果をもたらしつつ全てがあるがままであるようにその場に存在していた。

 それが根源魔法の力であり、魔神と人間の圧倒的な違いでもあった。

 イリスの操る根源魔法はルークの眼にこの上なく美しいものに映り、それはいつしかルークの夢へと変わっていた。

 自分も根源魔法に触れてみたい、と。

 根源魔法を自分の手に掴むこと、それが今のルークの行動原理であり、自分の固有魔法《解析》はその為にあるのだとすら思っていた。

 ルークが作った展鎧装輪てんがいそうりんは《解析》の力で古代の圧縮魔法を再現したものだが、まだまだ根源魔法と呼べるような代物ではない。

 それでも必ず辿り着いてみせる、ルークはそう信じて疑わなかった。


 イリスが上空で手招きをする。

「ルーク、あんたは頭でごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ。魔法ってのは意志と密接に繋がってる。考えるんじゃない、ただそうであると信じるんだよ。そうすりゃ結果はおのずとついてくる。ルーク、あんたならできるよ。必ず根源魔法をその手に掴める。だからもう一度だよ」

「努力……します!」

 ルークが左手を構えた。




 ― こうして2日が過ぎ、2人が帰る日がやってきた ―




「ま、2日じゃ何ができるって訳でもないけど、下に降りても続けんだよ」

 を3日前に登ってきた山頂で屋敷に戻る2人をイリスが見送る。

「特にアルマ、こんなこと言いたかないけど向こうじゃルークを任せたからね。ルークに何かあったら承知しないよ」

「わかってるってば」

 アルマはそう言うとにやりと笑ってイリスと拳を合わせた。

「2人ともやけに仲良くなったよね。何かあったの?」

「べ、別にい~」

 不思議そうな顔のルークにアルマは慌てて取り繕った。

「あ、あれよ、話せばイリスも結構良い魔神だったとわかったって奴?志を共にする仲間みたいな?」

「それイリスも言ってたけどどういうこと?」

「あ~あれだ、2人で協定を結んだんだよ。ルークを共有……」

「なんでもないから!」

 アルマがイリスの口を慌てて塞いだ。

「さ、早く帰ろう!お父様も待ってるだろうし」

「ルークゥ、あんたは別に行かなくていいんだよ?ここがあんたの家なんだから。金貨なんかアルマに任せておけばいいんだよ」

「んな訳あるか!ルークが帰らなきゃどうやって帰れるってのよ!」

 甘えた声でルークに抱きつくイリスをアルマが引きはがす。

「ちぇ、もうちょっと別れを惜しんだっていいじゃないか」

「こっちは期日までに金貨を持って帰らなくちゃいけないんだから。……それにしても不思議よね。こんな小さな鞄にあれだけの金貨が入ってるなんて」

 アルマが驚きのこもった眼で背中に背負った鞄を見る。

 イリスからもらった膨大な量の鞄は全てアルマの背負う鞄の中に入っているのだが、とてもそんなようには見えない。

 しかも金貨の重さすら感じない。

「その鞄は圧縮魔法をかけてあるからね。アルマの新・展鎧装輪てんがいそうりんと同じ技術さ。なんならここにある金貨全部だって入れられるよ」

「改めてそう言われると、とんでもない魔法技術よね……」



 ルークがイリスに頭を下げた。

「師匠、お世話になりました。また必ず帰ってきますから、それまで待っていてください」

「……そうね、なんだかんだでイリスにはお世話になったし、それは感謝してる」

 アルマも素直に頭を下げる。

「それにイリスには借りも残ってる。それを果たしにまた来るから待ってなさいよ」

「ああ、待ってるよ。あんたたち2人はあたしの弟子だ。ここはあんたたちの家でもある。いつでも帰ってくるんだよ」




「じゃ、ルーク、そろそろ行こうか」

 そう言ってアルマはルークに抱きついた。

「ちょっと待て、それはなんだ」

 イリスがアルマの頭を鷲掴みにする。

「え、だってこうしないと結界で死んじゃうし」

「ふざけるな!なんでお前だけそんな役得に!それは駄目だ!弟子同士は恋愛禁止!これは師匠命令だ!今決めた!」

「は?そんなの聞いてないですけど。ていうかそれは当人同士の勝手でしょ。アダダダダ、頭、頭が千切れる!」

「……2人とも、そろそろその辺にしておきませんか。日が暮れちゃいますよ」

 ルークの溜息が山の空気に溶けていった。

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