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第2章:2度目のダンジョン

21.池袋 - 3 -

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「士郎君、上手くいったな」

 翔琉が去ったのを確認してから蛤が顔を上げた。

 その顔からは先ほどの怯えた表情がすっかり消えている。

「あいつはボランティアサークルにやたら入れ込んでたからちょっと脅せば絶対に従うと思ってたんだ」

「ふん、これで500万か。ちょろいもんだな」

 蛇巳多がにやりと笑って煙草を咥える。

 取り巻きの女がライターを取り出すと素早くそれに火をつけた。

「これであいつは一生俺の財布だ。いや、奴隷だな」

「士郎君、俺があいつを紹介したこと忘れないでよ」

 蛤が揉み手をしそうな勢いで蛇巳多の方にすり寄っていく。

「わかってるっての。お前にも美味しい思いをさせてやるよ。それにしても…」

 蛇巳多は翔琉の首に絡めていた手首をさすりながら眉をひそめた。

「あの野郎、何かやっていやがるのか…?それにやけに落ち着いていやがったな」

「いやいや、ビビッて何もできなかっただけだって!あいつは俺が壊したスマートウォッチを押し付けても何も言わずに20万出すような奴だぜ?地下格闘技で負けなしの士郎君の敵じゃないって!」

「フン、だろうな」

 鼻で笑いながら蛇巳多はグラスを持ち上げた。

「あの奴隷君が無事ダンジョンから戻ってくることを願って乾杯だ!」

 VIPルームの中に歓声と嬌声が響き渡った。




    ◆




「あ~あ、参ったな」

 一方の翔琉はと言うと成増に向かう列車に揺られながらため息をついていた。

(その割にはあまり参った様子じゃないな)

 リングの声が頭に響いてきた。

(まあダンジョンでモンスターに襲われたことに比べたらあの位なんてことないから。そういう意味では少しは度胸が付いたのかな?それにいざとなったら払えるだけの金は持ってるし)

(しかし金っていう奴なんだが、お前ら人間は変なシステムを考えつくよな)

(お前言うな、俺は翔琉という名前があるんだ。でもそんなに変なシステムか?)

(結局は何かと何かを交換するための仲介となるものだろ?別にそれだけにこだわる必要はないんじゃないのか?)

(そうは言ってもお金は便利だからなあ…って、こっちに来てまだ全然経ってないってのにお金の概念なんてよく理解できるな)

(お前の持つ常識だの認識を俺も共有してるからな)

(俺はお前の持つ認識なんてさっぱりわからないんだけど)

(そこはそれ、どうやら俺がお前に寄生するという形のせいで認識も一方通行みたいだな)

(なんだよそれ、こっちは一方的にお前に与えるだけかよ)

 翔琉はため息をついて背もたれに体を預けた。

(ダンジョン…お前の国ではお金を使っていなかったのか?)

(ああ、いちいちそんなもの持ち歩くなんてかったるくってやってらんねえっての。俺たちがやり取りするのは魔力だな。自分にしかできないことをやってその対価として使用した魔力と労働分をいただく、実に合理的だろ)

(そういう意味じゃ金と大して変わらないんじゃ…というかそもそもお前の住んでた世界って何なんだ?なんで急に地球から行けるようになったんだ?)

(そんなもん俺が知るわけねえだろ。そもそもお前らが来れるようになっていたことすら知らなかったんだ。おおかた神の奴が気まぐれでやったんだろうよ)

(その神ってのは何者なんだよ?そんなことをできる力を持っているのか?)

(俺だって知らねえよ。俺たちの一つ上の層に住んでるっつっても全く交渉なんかねえからな。ただ俺たちを統べる存在だと言われてる。現に俺も有無を言わさず最下層に落とされたわけだから、それは本当なんだろうよ)

(わかんないことだらけかよ。使えない奴だな)

(それはこっちの台詞だぜ。さっさと俺たち天使の国、999層のラストーネに戻りてえってのに。こんな弱弱の生き物にすがらなくちゃ存在すらできねえなんて、涙も出てこねえよ)

 そう言ってリングはため息をつく。

(ま、これで少なくともお前はまたハイエレクに行くことになったわけだ。お前らの世界ではダンジョンと言ってるんだっけか)

(不本意だけどそういうことになるか…でも大人しく従っても碌なことにはならないだろうし…どうしたもんかな…)

 翔琉はぼんやりと虚空を眺めながらスマホを弄んだ。

「とりあえず、相談だけでもしてみようかな…」




    ◆




「おおっカケル君じゃないか!久しぶりだねえ。どうだい?元気にしてたかい?」

 スマホからオットシの大きな声が響いてきた。

「ええまあ…オットシさんも元気そうでなによりです。…実は相談したいことがありまして…」

 翔琉はオットシに事のあらましを全て打ち明けた。


「…なるほど…それは厄介なことになったね」

「ほんとに。お金自体は払えないこともないんですけど、下手に払うとあとあと面倒なことになりそうで」

「それはまず間違いなくそうだろうね。そういう輩は一度弱みを見せたらとことん食らいついてくるから。そうは言っても下手にこちらからアクションを起こすわけにもいかないだろうねえ」

「そうなんですよ。どうしたらいいのか困っちゃって…」

「そうだなあ…」

 スマホの画面越しにオットシが顎をさすった。

「あの子に頼んでみるか…カケル君、明日にでも小田原に来れるかな?紹介したい人がいるんだ」

「え、ええ…明日は休みだから大丈夫ですけど…」

「じゃあ明日の10時に小田原駅で。詳しいことはその時に話すよ」

 オットシはそう言うと通信を切った。

「なんなんだ…?」

(さあな、それよりもとっととダンジョンに行こうぜ)

 頭の中でリングがそうぼやいた。
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