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第1章

第21話:救出

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 ここで物語は少し前に遡る。

(たたた、大変です!)

 ビルにいた男たちをあらかた片付けたところで突然頭の中にエレンシアの声が響いてきた。
「なんだ騒々しい」

(あ、朱音さんが!攫われました!)

「そうか」

(そうか、じゃありません!あなたの妹が攫われたんですよ!やっぱりこれは罠だったんです!)

「そのくらいわかっている」

 ポケットからスマホを取り出すと画面を表示させた。

(わかってる……?どういうことなんですか?)

「肥田が俺を裏切ってここにおびき寄せたことは最初から知っていた、ということだ。当然その間に俺の家族に手を出すだろうこともな」

 肥田のような日和見主義者にスパイが務まるわけがない。

 そんな肥田を送り込んだのは相手に行動を起こさせるためだ。

 そして行動を起こすとしたら俺、森田 衛人という個人を構成する要素の弱い部分、つまり家族を狙うこともわかっていた。

「言っておくが狙われたのは朱音だけじゃないぞ。こいつらの一味が俺の家に侵入したところだ」

 スマホの画面には家に侵入する3人の男が映っている。

「母親を攫うつもりか、それとも警告として家を荒らすだけか……盗聴器の類を仕掛けに来た可能性もあるな。ともあれ今家族を不審がらせるわけにはいかないな」

 スマホをタップして人形たちに仕掛けた魔法陣を起動させる。

「これでよし、と。あいつらは放っておいても大丈夫だろう」

 スマホをフリックすると別の画像が表示された。

 男たちが朱音の腕を抑えている姿が移っている。

(これは……?)

「あいつが学生鞄に吊るしているマスコットの中に腕時計を改造した魔道具を仕込ませてある。これはそれを介して送られてきた映像だ。音声もあるぞ」

 スマホから車のエンジン音と抵抗しようとする朱音がたてる物音が聞こえてきた。

「離して……離し……むぐ」

 朱音の口が男の手で塞がれる。

「暴れんなって。どうせ無駄なんだからよ」

 必死に抵抗する朱音とは対照的に男たちは手慣れた様子で朱音の腕と足に結束バンドをかけている。

「おい、さっさと戻るぞ。朝っつっても職質されたら終わりだからな」

「これは……車内か。やはり朱音は攫われているんだな」

(そ、そうです!早く助けに行かないと!)

「そうか?この様子だとこいつらは朱音をアジトに連れていくんだろ。そこを抑えた方が手っ取り早いんだがな」

(そんなこと駄目です!あの中で朱音さんがどれだけ怯えているか……!それに何かが起きた後では遅いんですよ!今すぐ助けに行くべきです!それが兄として……いえ、人として成すべきことです!)

 エレンシアの口調はいつになく真剣だった。

「わかったわかった、そう怒鳴るな。助けに行けばいいんだろ」

 実のところ朱音が攫われた時点で俺の目的は完遂している。

 少しは兄らしいところを見せてやるのも悪くはないだろう。

 窓を開けて無造作に一歩踏み出した。

 そのままふわりと空中に浮かび上がる。

(ちょっと!今は日中ですよ!誰かに見られたら!)

「うるさいな。急げと言ったのはお前だろう。隠形魔法も使っているから心配するな」

 俺はそのまま一気に上空へと舞い上がった。




    ◆




「……まったく、手間とらせやがって……無駄だよ、そんなに睨んだってお前にはなにもできねえよ」

 猿ぐつわをかまされた朱音に振り返りながら男 - 拉致班のリーダーで名を更家さらいえという - はそう告げた。

「何があったのかは知らねえが俺はお前を攫うように言われただけなんでな。抵抗も命乞いも無駄だからな」

 朱音のいるバンの後部では男が段ボールを組み立てている。

 箱はどこにでもある冷蔵庫を梱包してあった段ボールだ。

 更家や他の男たちは目立たない作業着を着ている。

 これならパッと見ただけでは冷蔵庫を配達しようとする作業員にしか見えないだろう。

「しかしもったいないっすよねえ。こんなに可愛いを拉致るのって久しぶりじゃあないっすか」

 助手席に座っていた男が振り向きながら更家に話しかける。

「俺たちってなんだかんだで一番危険な役割じゃないっすか?誘拐罪ってメチャ罪重いっていうし。ちょっとくらい役得があっても良いと思うんすよね」

(……っ!)

 舐めるような男の視線に朱音が顔を青ざめさせる。

「馬鹿野郎、俺たちは仕事中だぞ。油断するんじゃねえ」

「ヘイヘイ」

 更家の厳しい言葉に男はため息をつきながら再び前を向いた。

 ホッとしたのも束の間、朱音は続く更家の言葉に恐怖で目を見開いた。

「……あと10分くらいで流行ってないボウリング場に着く。そこの立駐なら人気もないし20~30分は誰にも気づかれないだろう。吐影さんには途中で渋滞にあったとでも言っておく」

「さっすが更家さん!話が分かるう!」

 車内が男たちの猛々しい歓声に包まれる中、朱音は恐怖で身もだえしていた。

 しかしがっちりと締め付けられた金属製の結束バンドはびくともしない。

「馬鹿野郎、名前を呼ぶんじゃねえよ」

 更家はニヤニヤしながら朱音に振り返った。

「ま、そういう訳だ。お前さんにはちょいと付き合ってもらうからな。なにそう怯えんなって。お前だって気持ちよくなれるから……ギャアッ」

 突然更家が顔を抑えてのけぞった。

「な、なんだこの猫は!」

「シャー!!」

 更家の目の前にいたのは……毛を逆立てた白猫だった。

「す、すいません!そいつ今まで車の中に隠れてたみたいです。俺も手をやられちまって……」

「……こんのクソ猫が……」

 更家は血に染まった顔を手で押さえながらナイフを掴んだ。

 殺気で血走った目が白猫を睨み付ける。

「ぶっ殺してやる!」

「ギャンッ!」

 ナイフで切り付けられた白猫が飛び上がった。

 床に倒れ込んだ白猫の身体の下から溢れるように鮮血が流れ出る。

「んん~~っ!」

 朱音が声にならない絶叫を上げた。

「クソが……手間を増やすんじゃねえよ。おい、ビニール袋をよこせ。車を汚したとあっちゃ吐影さんに何て言われるか」

 更家は助手席に向かって手を伸ばした。

 しかし返事がない。

「おい聞こえねえのか、ビニール袋だ!」

「それは無理な話だな」

「!?てめえ、誰だ!」

 助手席から聞こえてきた耳慣れない声に更家はぎょっとした。

「ここにいた男ならさっき車から降りていったぞ。今頃ゴミ袋の上で寝てるだろうな」

 助手席に座っていた森田は後部座席を振り返りながらそう告げた。

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