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第1章

第12話:吐影兄弟

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「ここなら誰かに見られる心配もねえぜ」

 2人が俺を連れてきたのは工場地帯の橋の下だった。

 ここなら人が通ることはほとんどない。

「途中で逃げ出すつもりだったんだろ?そんなこと許すわけねえだろ」

 龍三が鉄パイプをコンクリのスラブに打ち付けながら近寄ってくる。

「逃げる?この俺がか?面白いことを言う奴だな」

 むしろ目立たない場所で好都合なくらいだ。

 この2人がかなり戦いに慣れてるのは先ほどの攻撃でわかっている。

 どういうことをしてくるのか楽しみというものだ。

「んじゃいくぜ!」

 龍三が鉄パイプを振り上げながら飛び掛かってくる。

「なーんてな」

 龍三は突然動きを止めたかと思うとポケットからスプレーを取り出してこちらに噴射してきた。

 凄まじい刺激が目と鼻と喉を襲ってきた。

 猛烈な勢いで溢れ出てきた涙が視界を、鼻と喉を襲う強烈な痛みが呼吸と行動を奪う。

「そいつはヒグマ撃退用のスプレーでよぉ、目に入ったら早く洗い流さないと失明する危険があるって言われてるくらいだ。まともに喰らったら10分は身動きできねえよ」

 龍三の声がしたかと思うとこめかみを衝撃が襲った。

「ホームラァーン」

 再び衝撃が背中を襲う。

「どうしたぁ?反撃してこねえのかぁ?モタモタしてんじゃあねえぞぉ!」

 ヒステリックな叫びと共に顎を蹴り上げられた。

 地面に転がったところに鉄パイプがめったやたらに振り下ろされる。

「クソが!調子に乗ってんじゃあねえぞ!俺ら吐影兄弟に歯向かって生きていける奴なんざいねえんだよ!」


 なるほど、こいつらは吐影兄弟というのか。

 肥田に雇われたということはこういう暴力行為を生業にしているのだろう。

 攻撃に全く迷いがない。

「龍三、殺すんじゃねえぞ。あとの始末が面倒だからな」

 龍二がスマホをいじりながら話しかけている。

 まるで蟻をつぶして遊んでいる弟を形だけたしなめているかのような無感情さだ。

「わぁってるっての。人間てのは結構しぶといからよ、このくらいじゃ死なねえよ。まあ一生動けなくなるかもしれねえけどな!」

 龍三が地面に転がった俺の髪を掴んで持ち上げる。

「わかったか?俺たちに勝てるなんて夢にも思うんじゃねえぞ。理解したんなら200万持ってこいや。それで許してやる」

「200万とはずいぶん安く見られたものだな」

「てめえっ!まだ口がきけんのかよ!」

 龍三が拳を振り上げる。

 顔に打ち込まれるその拳を掴むと立ち上がった。

「うぐああああっ!」

 腕を捻られた龍三が苦悶の表情を浮かべる。

「て、てめえ……あれだけ喰らってなんで平気なんだ……?」

「平気じゃあないさ。なかなかいい攻撃だったぞ。特に最初のスプレー?あれと頭への一撃は良かったな。敵の行動力を奪ってから一番強烈な一撃を与えるなんてお手本のような攻撃だったぞ。俺の部下に加えても良いくらいだ」

 実際あのスプレーは効果があって一時的に視覚と嗅覚を奪われた。

 自動治癒オートヒールがなければ今も行動不能になっていただろう。

 どうやらあのスプレーには自動防御魔法が反応しないようだ。

 攻撃するためのものではないということなのだろうか。

 この世界の物は武器と武器以外のものの区別が曖昧なのかもしれない。

「じゃあこれはどうよ」

 背後からの声と同時に首筋に電撃が走る。

「180万ボルトのスタンガンだ。下手すりゃそのまま死ぬぜ」

 龍二が黒い物体を手に背後に立っていた。

 先端から青白い電撃がバチバチと音を立てている。


「……なるほど、これがスタンガンというものか」

「なっ!てめえ、なんで平気なんだ!?」

 平然と振り返ると龍二が驚愕の表情でこちらを見てきた。

 こいつはなんでそんなに驚いているんだろうか。

 このくらいの雷撃は魔族にとってマッサージにすらならない。

 自動防御をしていなかったにもかかわらずほとんどダメージがなかったのは、魂の入れ替わりに身体の構造が変わりつつあるのかもしれない。

「そんなに驚くようなことなのか?このくらいの雷撃魔法なら生まれたばかりの子供でも使えるぞ」

 そう言って龍二に向かって人差し指を突き立てる。

雷撃指ライトニングフィンガー

「アバババババババババッ」

 指先から迸り出た雷撃を浴びて龍二が地面をのたうち回る。

「兄貴ぃ!」

「なんだ、だらしないな。雷撃を使うのだからこのくらいの魔法は耐えられると思っていたんだが」

「てめえっ!」

 龍三が掴まれていた腕を振り払う。

 その両手には刃渡り30cmはあろうかというナイフが握られていた。

「ぶっ殺してやるよ!」

「ま……待て……龍三」

 龍二がよろよろと立ち上がった。

 その手にも巨大なナイフが握られている。

「こ、こいつは2人がかりてやるぞ……手加減はなしだ」


「そうこなくては!」

 それを聞いて盛大に手を叩いて広げてみせる。

「良い殺気だ!お前らのような奴を待っていたんだ!さあ次は何を見せてくれるんだ?」

「てめえ、俺たちを甘く見てると後悔するぞ……」

 龍二がナイフを構えてじりじりと近づいてくる。

「見せてやろうじゃねえか!俺たち吐影兄弟の咬龍殺法ドラゴンバイツをよおっ!」

 龍二が大きく飛び上がって突っ込んできた。

 同時にその背後に潜んでいた龍三がスライディングのように低い体勢で滑り込んでくる。

「上下からの2連撃だ!防げるもんなら防いでみやがれ!」




    ◆




「吐影兄弟の龍二か……」

 スマホの通知画面を見た肥田が眉を吊り上げる。

「もう終わったのか?ったく、後金はまだ用意してねえってのに……」

 しかし流石は吐影兄弟、金にはがめついが暴力沙汰を任せれば相手がヤクザだろうと確実に遂行すると言われるだけのことはある。

「お疲れ様っす!もう終わった……」

 ビデオ通話を応答しようとした肥田の声が止まる。

 そこに映っていたのは……一目で判断できないほどに顔面をボコボコに腫らした龍二だった。

「……ひ、肥田ぁ……て、てめえ……とんでもねえ奴を狙わせやがったな……」

「え?で、でも……え?えぇっ?」

 肥田は自分が見たものが信じられなかった。

 2人で暴走族を壊滅させた、ヤクザの事務所に乗り込んで解散に追い込んだなど暴力の逸話に事欠かない吐影兄弟がたった1人にここまで?

「て、てめえ……この責任はてめえに取らせるからな……」

「ヒッ……」

「そうじゃないだろ」

 龍二の顔が画面から押しのけられたかと思うと画面に森田が現れた。

「肥田、とか言ったな。こいつらはなかなか楽しめたぞ。次も楽しみにしてるからな」

 それだけ言うと通話が切れた。

「肥田さん!どうなったんですか?森田の野郎はきっちし絞められたんすか!?」

「吐影兄弟にかかればあいつだって終わりっすよね!」

 部下たちの期待に満ちた言葉に肥田はスマホを握りしめたままポツリと呟いた。

「……俺、引っ越すわ」
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