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第1章
第7話:人質
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「どうなってやがる!」
怒号と共に佐古の目の前に火花が散った。
鼻の奥に火薬のような匂いがしたかと思うと口の中に鉄の味が広がっていく。
その前には怒りに体を震わせる肥田が立っていた。
「あいつはなんなんだよ!てめえのATMじゃなかったのか!」
「ず……ずいばぜん……」
鼻から溢れ出る血を抑えながら佐古は地面に這いつくばった。
佐古のそんな姿を見ても肥田の怒りは収まらない。
「あの野郎……一体何をしやがったんだ……」
肥田は2年で腕に覚えがある者は全て把握していると自負していた。
森田とかいう男子は肥田の歯牙はおろか視界にすら入ってこない存在だったはずだ。
さっきだって肩を掴んで顔の一発でも殴れば大人しくなるだろうと思っていたのだ。
それが……拳を振り上げたと思ったら視界が暗くなり、気付けば全員が教室で伸びていた。
揺れる視界と顎に残る感触が自分の敗北を如実に語っていた。
しかし2年の不良たちを束ねる者としてそれを認めるわけには行かなかった。
あんな陰キャに喧嘩で負けたと認めれば今まで自分が築き上げてきた地位が全て瓦解してしまう。
力が全ての不良の世界において1回の敗北は全てを失うことを意味する。
それだけは何が何でも避けなくてはいけなかった。
「あの野郎……ボクシングが空手かわからねえが何かやっていやがるな……。そうとも、そうに決まってる!」
肥田は怒りと共に拳を机に叩きつけた。
「でなきゃこの人数で負けるわけがねえ!あいつは格闘技をやってるくせに隠していやがったんだ!あんななりで油断させやがって!」
それは自分を納得させるというよりもむしろ周りに控えている子分たちに対する言い訳と言っても良かった。
負けたのは自分のせいではない、相手が不正を働いていたのだと。
それは詭弁とそのものの内容なのだが正しいかどうかは問題ではなかった。
トップが黒と言えば白でも黒になる、不良とはそういう世界なのだ。
そう、結局は勝てばいい。
勝てばあらゆる行為は正当化される。
「佐古ぉ、てめあいつと同じクラスだったよなぁ?」
怒りに充血した眼が佐古を睨み付ける。
「あいつのことを全部教えろや。いつもつるんでる奴、家族、兄弟、弱み、全部だ!」
「つ……つるんでる奴ならいますっ」
佐古が媚びるように笑いながら答える。
それは暴力の対象が自分から移ることを悟った卑劣な笑みだった。
「あいつには山田ってダチがいるんですよ」
◆
下校の途中にスマホの通知音が鳴った。
明彦からビデオ通話の呼び出しが来ている。
「またアニメとやらの話か?」
明彦とはアニメやゲームと呼ばれる娯楽を共に楽しむ仲だったようでSNSでもひっきりなしに話題にしていた。
おそらく苛めを受けていた森田 衛人にとっては唯一の逃避先だったのだろう。
「やれやれ、俺にそんな話を振られても答えられないんだがな……」
通話ボタンを押して画面に表示されたのは顔面を腫らした明彦の姿だった。
「え……衛ちゃん……た、助けて……」
「……」
「…………」
「おうこら森田ぁ」
画面に肥田の顔が割り込んできた。
「てめえ、さっきはよくもやってくれたなあ。今度はこっちの番だからよお、今から送る場所にさっさと来いや」
声と同時にメッセージ欄に地図が表示される。
先日佐古たちとやり合った公園だ。
「言っておくが先公だのサツだのにチクるんじゃねえぞ!来なかったらてめえの代わりにこいつに責任を」
「くだらん」
最後まで聞く気にもなれずに通話を切った。
(ちょっとぉ!なんで話の途中でやめちゃうんですか!お友達のピンチなんですよ!)
「別に友達じゃない」
明彦が友人だったのは森田 衛人の方で俺には関係のないことだ。
「それにあいつらは弱すぎて暇つぶしにもならん。なんで俺がそんなことに時間を使わねばならんのだ」
先ほどの喧嘩-にもならない一方的な蹂躙で既に奴らの実力の査定は済んでいる。
おそらく連中が100人、1000人集まったところで俺に傷1つつけることも出来ないだろう。
だったら関わるだけ時間の無駄というものだ。
(あ……あなた……それでも人ですか!仮にもあなたを友と慕う人が危機に陥っているのですよ!助けるのが人道というものでしょうに!)
「人道?魔王である俺にそれを説こうというのか?たかだ人間1人の命をこの俺が重視するとでも思ったか?女神も耄碌したものだな」
そう、これよってあの明彦とやらがどれだけ傷つこうとも、仮に命を落とすことになったとしても俺の心にさざ波1つ立つこともないだろう。
俺にとって明彦の命は足元で潰れている蟻となんら変わらない。
(も、耄碌ですって!い、言うに事欠いてこの私を耄碌扱いするなんて!)
「それよりもさっさと帰るぞ。今後のことについて計画を練る必要が……」
その時鞄の底が抜けて教科書とノートがバラバラと地面に落ちた。
「チッ、こんなボロ鞄を後生大事に使っているからだ」
舌打ちをしながら拾い上げる。
どうやら苛め抜かれていたのは本人だけじゃなかったようだ。
拾い上げようとした手がふいに止まる。
そこには明彦から手渡されたノートが転がっていた。
「……俺には関係ない」
ノートを拾い上げて鞄に入れる。
「修復」
鞄の傷が元通りになった。
(ちょっと!聞いてるんですか!あなたはここで人間として生きていくといったじゃないですか!だったら人間としてあるべき行為をするべきです!)
相変わらずエレンシアが頭の中でがなり立てている。
「うるさいな……人間として生きていくとは言ったが人を助けるとは言った覚えはない」
(それでも……!)
「だがまあ恩を受けたままというのは俺の性に合わないな」
鞄を肩に担ぐと踵を返した。
「ノート3冊分の借りは返しておくとするか」
怒号と共に佐古の目の前に火花が散った。
鼻の奥に火薬のような匂いがしたかと思うと口の中に鉄の味が広がっていく。
その前には怒りに体を震わせる肥田が立っていた。
「あいつはなんなんだよ!てめえのATMじゃなかったのか!」
「ず……ずいばぜん……」
鼻から溢れ出る血を抑えながら佐古は地面に這いつくばった。
佐古のそんな姿を見ても肥田の怒りは収まらない。
「あの野郎……一体何をしやがったんだ……」
肥田は2年で腕に覚えがある者は全て把握していると自負していた。
森田とかいう男子は肥田の歯牙はおろか視界にすら入ってこない存在だったはずだ。
さっきだって肩を掴んで顔の一発でも殴れば大人しくなるだろうと思っていたのだ。
それが……拳を振り上げたと思ったら視界が暗くなり、気付けば全員が教室で伸びていた。
揺れる視界と顎に残る感触が自分の敗北を如実に語っていた。
しかし2年の不良たちを束ねる者としてそれを認めるわけには行かなかった。
あんな陰キャに喧嘩で負けたと認めれば今まで自分が築き上げてきた地位が全て瓦解してしまう。
力が全ての不良の世界において1回の敗北は全てを失うことを意味する。
それだけは何が何でも避けなくてはいけなかった。
「あの野郎……ボクシングが空手かわからねえが何かやっていやがるな……。そうとも、そうに決まってる!」
肥田は怒りと共に拳を机に叩きつけた。
「でなきゃこの人数で負けるわけがねえ!あいつは格闘技をやってるくせに隠していやがったんだ!あんななりで油断させやがって!」
それは自分を納得させるというよりもむしろ周りに控えている子分たちに対する言い訳と言っても良かった。
負けたのは自分のせいではない、相手が不正を働いていたのだと。
それは詭弁とそのものの内容なのだが正しいかどうかは問題ではなかった。
トップが黒と言えば白でも黒になる、不良とはそういう世界なのだ。
そう、結局は勝てばいい。
勝てばあらゆる行為は正当化される。
「佐古ぉ、てめあいつと同じクラスだったよなぁ?」
怒りに充血した眼が佐古を睨み付ける。
「あいつのことを全部教えろや。いつもつるんでる奴、家族、兄弟、弱み、全部だ!」
「つ……つるんでる奴ならいますっ」
佐古が媚びるように笑いながら答える。
それは暴力の対象が自分から移ることを悟った卑劣な笑みだった。
「あいつには山田ってダチがいるんですよ」
◆
下校の途中にスマホの通知音が鳴った。
明彦からビデオ通話の呼び出しが来ている。
「またアニメとやらの話か?」
明彦とはアニメやゲームと呼ばれる娯楽を共に楽しむ仲だったようでSNSでもひっきりなしに話題にしていた。
おそらく苛めを受けていた森田 衛人にとっては唯一の逃避先だったのだろう。
「やれやれ、俺にそんな話を振られても答えられないんだがな……」
通話ボタンを押して画面に表示されたのは顔面を腫らした明彦の姿だった。
「え……衛ちゃん……た、助けて……」
「……」
「…………」
「おうこら森田ぁ」
画面に肥田の顔が割り込んできた。
「てめえ、さっきはよくもやってくれたなあ。今度はこっちの番だからよお、今から送る場所にさっさと来いや」
声と同時にメッセージ欄に地図が表示される。
先日佐古たちとやり合った公園だ。
「言っておくが先公だのサツだのにチクるんじゃねえぞ!来なかったらてめえの代わりにこいつに責任を」
「くだらん」
最後まで聞く気にもなれずに通話を切った。
(ちょっとぉ!なんで話の途中でやめちゃうんですか!お友達のピンチなんですよ!)
「別に友達じゃない」
明彦が友人だったのは森田 衛人の方で俺には関係のないことだ。
「それにあいつらは弱すぎて暇つぶしにもならん。なんで俺がそんなことに時間を使わねばならんのだ」
先ほどの喧嘩-にもならない一方的な蹂躙で既に奴らの実力の査定は済んでいる。
おそらく連中が100人、1000人集まったところで俺に傷1つつけることも出来ないだろう。
だったら関わるだけ時間の無駄というものだ。
(あ……あなた……それでも人ですか!仮にもあなたを友と慕う人が危機に陥っているのですよ!助けるのが人道というものでしょうに!)
「人道?魔王である俺にそれを説こうというのか?たかだ人間1人の命をこの俺が重視するとでも思ったか?女神も耄碌したものだな」
そう、これよってあの明彦とやらがどれだけ傷つこうとも、仮に命を落とすことになったとしても俺の心にさざ波1つ立つこともないだろう。
俺にとって明彦の命は足元で潰れている蟻となんら変わらない。
(も、耄碌ですって!い、言うに事欠いてこの私を耄碌扱いするなんて!)
「それよりもさっさと帰るぞ。今後のことについて計画を練る必要が……」
その時鞄の底が抜けて教科書とノートがバラバラと地面に落ちた。
「チッ、こんなボロ鞄を後生大事に使っているからだ」
舌打ちをしながら拾い上げる。
どうやら苛め抜かれていたのは本人だけじゃなかったようだ。
拾い上げようとした手がふいに止まる。
そこには明彦から手渡されたノートが転がっていた。
「……俺には関係ない」
ノートを拾い上げて鞄に入れる。
「修復」
鞄の傷が元通りになった。
(ちょっと!聞いてるんですか!あなたはここで人間として生きていくといったじゃないですか!だったら人間としてあるべき行為をするべきです!)
相変わらずエレンシアが頭の中でがなり立てている。
「うるさいな……人間として生きていくとは言ったが人を助けるとは言った覚えはない」
(それでも……!)
「だがまあ恩を受けたままというのは俺の性に合わないな」
鞄を肩に担ぐと踵を返した。
「ノート3冊分の借りは返しておくとするか」
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