上 下
4 / 35
第1章

第4話:魔王は森田 衛人の仇を取る

しおりを挟む
「は?」

「断る、と言ったんだ。お前らに金を渡す理由はない」

 佐古が虚を突かれたような顔をしている。

「おいモブ田……調子こいてんじゃねえぞ」

 茅平が怒気を孕んだ声と共に胸ぐらを掴んできた。

「病院帰りだから優しくしてやってんのがわかんねえのか?下手したてに出てやってるからって図に乗ってんじゃねえぞこら」

 本人は脅しをかけているつもりなのかもしれないが、これならゴブリンの赤ちゃんの方がまだ迫力がある。

「お前らの中にそんな感情があったとは意外だな。ならばこちらもそれに応えてやろうじゃないか。森田 衛人にしてきた数々の非道を謝って今後二度と関わらないと誓うなら今までのことは水に流してやろう」

「……お前もういいわ」

 茅平の顔から表情が消えた。

「あ~あ、俺知~らね」

 隣にいる佐古が愉快そうに口を抑えている。

「病院には転びました、って言っておけよ」

 空手の黒帯持ちだという茅平の拳が顔に向かって飛んできた。

 かつての森田 衛人ならなす術もなく喰らっていただろう。

 しかし今この身体を操っているのは魔王と呼ばれたこの俺だ。

 こんな大振りの拳は目をつぶってもかわせる。

 左手で茅平の拳を受け止めるとそのままねじり上げた。

 メギリ、という音と共に手首の骨が逆方向に折れる。

「……?ッグアアアアアアッ!!!」

 何が起きたのか理解できなかったのか数瞬経ってから茅平は絶叫と共に膝から崩れ落ちた。

「て、てめっ何しやがっ!」

 突っ込んできた玖珠の膝に足刀を合わせる。

「~~~~~~~!」

 膝頭を砕かれた玖珠が悶絶して地面を転げまわる。

「!」

 この時点でようやく佐古は事態の異常さに気付いたようだ。

 逃げようと慌てて踵を返したが既に遅い。

 数秒後には4人全員が地面を這いつくばっていた。

「こんなものか……想像以上に大したことなかったな。まったく森田 衛人もふがいないものだ。とはいえここまでやれば満足だろう」

 結局のところどれほど虚勢を張っていても所詮は人間の子供、攻撃力などたかが知れたものだ。

 おそらく体力や筋力も森田 衛人とそうは変わらないはずだ。

 しかし魔法を使えないこの世界ではその僅かな差が彼我の関係を決定づけているのだろう。

「て……てめえ……クソ森田ぁ、てめえこんなことしてただで済むと……」

 右手を抱えて脂汗を流しながら茅平がこちらを睨み付けてきた。

 その瞳には怒りの炎が燃え滾っている。

「もう許さねえからなぁ!てめえもてめえの家族も全員ぶっ殺してやる!土下座したって許さねえ!地獄を見せてやっ!」

 茅平の言葉は顎を掴んだ俺の右手に阻まれた。

「それは面白いな。この世界の地獄とやらを是非とも見たいものだ」

 じたばたともがく茅平を片手で掴んだまま持ち上げる。

 180センチ以上ある茅平の身体が地面から浮きあがった。

「何をしてくれるんだ?血に飢えた獣が跋扈する荒野に放逐するのか?家族を魔獣の生贄にするのか?それとも呪いで醜い化け物に変えるのか?もちろんそんなありきたりな方法ではないのだよな?もっと血も凍るような、生命あることを呪いたくなるほどの行為を見せてくれるのだよな?」

 茅平の顎の骨が砕ける感触が手に伝わってくる。

「~~~~~~~!」

 声にならない絶叫と共に唾液の泡が掌の隙間からあふれ出てきた。

 同時に鼻を突くアンモニア臭が漂ってくる。

 失禁したようだな。

「も、もう勘弁してくれ……」

 地面にうずくまっていた佐古が消えそうな声で訴えてきた。

「お、俺たちが悪かった……こ、この通りだ……謝るからもう許してくれ……や、約束する……二度とあんたには……あなたには関わらねえ。本当だ……です」

 必死に懇願するその瞳には恐怖だけが張り付いていた。

 残りの3人も地面に額をこすりつけて平伏している。

 降伏の印というのはどの世界でも変わりないらしい。

 手を放すと茅平が紐の切れた人形のように崩れ落ちた。

 ここまで恐怖を刻み付けておけば森田 衛人の魂も満足したことだろう。

「病院には転んだと言っておくことだな」

 ガタガタと震える3人を後に俺は公園を去っていった。



(なんて非道いことを!)

 公園を出るなりエレンシアの声が響いてきた。

 いや正確に言うとその前からひっきりなしに叫んでいたのを無視していたのだが。

(まだいたいけな少年たちになんという残酷な仕打ちを……あなたはまさに悪魔、姿かたちは変わっても魔王そのものです!)

「さっきの様子を見ておいてよくもそんなことが言えるな。言っておくが最初に手を出してきたのは向こうだぞ。これは正当防衛というものだろう」

(そ、それはそうかもしれませんが……もう少し手心というものを加えても……)

「手心?あいつらはこの森田 衛人を散々いたぶってきた奴らだぞ。なんで俺がそこまで譲歩しなくちゃならないんだ。むしろ殺さなかっただけ温情を見せたと感謝してほしいくらいだ」

(それです!)

 エレンシアがひときわ声高に叫んだ。

(かつて幾万もの人々をその手にかけてきたあなたが何故あの少年たちを見逃したのですか?)

「なんだ、殺してほしかったのか?それなら今からでもやってきてろうか?」

(はぐらかさないでください!)

「別に情けをかけたわけじゃない。この世界は治安機関やら行政機関が優秀らしいからな。あの場で殺すと面倒になるからやめてやっただけだ」

 空を飛びながらエレンシアに答える。

「まだこの世界の仕組みやことわりを把握していないんだ。そんな時に目を付けられるのは御免だからな」

(……把握?まさか、あなたこの世界で人として生きていくつもりなのですか?)

「悪いか?せっかく人間の姿になったんだ、この世界を楽しんでも良いだろう」

(嘘です!邪なあなたのことです、いずれこの世界を支配しようと企んでいるに決まっています!)

「よくわかったな」

(なっ!)

 俺の答えにエレンシアが絶句する。

「見たところこの世界に魔法を使う者はいないらしい。というか魔法は空想の概念だと思われているようだ。しかし俺は魔法が使える。ということはこの世界の人間に対して絶対的な有利アドバンテージを持っているということになる。しかも忌々しい勇者はいなければ女神であるお前は俺の頭の中で叫ぶだけしかできない。つまり俺の邪魔をする者はいないということだ」

(だ、駄目です!そんなことは私が許しません!)

 エレンシアが叫んでいるが無駄なことだ。

 意識を向けなければこいつの声が届かなくなるのはさっきの公園で実証済みだ。

 つまり俺の邪魔立てする者は文字通り誰もいないということだ。

 もちろん言うほど簡単ではないのは理解している。

 この世界に魔法はないが代わりに火薬を用いた武器が広まっているらしい。

 軍隊の規模も大きいし、そもそも人口が元の世界と桁が違うほどに多い。

 それにこの世界で広く使われている科学と呼ばれる知識体系がどれほどのものなのか確認する必要もある。

 それでもやる前から諦めるつもりはなかった。

 自分の力が通用するかわからない世界、だからこそやってみる価値があるというものだ。

「まあ安心しろ、今すぐどうこうするつもりはない。しばらくはこの世界を観察する必要があるからな。お前は大人しく俺のやることを見守っていることだな」

(ま、待ちなさい!あなたのやっていることはこの世界を……)

 抗議するエレンシアの声を断ち切ると病室のベッドに寝転んだ。

 知らずしらずのうちに顔に笑みがこぼれる。

「見知らぬ世界で人間として転生したとわかった時はどうしたものかと思ったが、なかなかどうして楽しめそうじゃあないか」



 そしてその翌日、俺は退院した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

海はソラ

鵜海喨
恋愛
文章練習3。海と空を愛した少女と平凡な男の話。

大罪の後継者

灯乃
ファンタジー
十歳のとき、リヒト・クルーガーは召喚士だった父を暗殺された。その後、母親に捨てられた彼は、銀髪の魔術師に拾われる。 ――「生きたいか? 俺が、おまえをとことん利用し尽くして、最後にはゴミのように捨てるとしても」 それから、五年。 魔術師の弟子となったリヒトは、父が殺された理由を知る。 「父さんの召喚獣を、この帝国の連中が奪った……?」 「あいつを、救ってやってくれ。それができるのは、おまえだけなんだ」 これは、すべてを奪われた少年が、相棒とともに生きるために戦う物語。

タイトル:『フェス サマーソニック 食中毒 蔓延後にゴシップ報道か。』

すずりはさくらの本棚
現代文学
タイトル:『フェス サマーソニック 食中毒 蔓延後にゴシップ報道か。』 ゴシップ報道の真実 夏フェス、それは音楽と情熱の祭典であるべきものだ。サマーソニックも例外ではない。熱狂的なファンが集い、アーティストたちのパフォーマンスに酔いしれ、夏の暑さを忘れさせる音楽の魔法。だが、2024年のサマーソニックは少し違ったものとなった。その理由は意外なところにあった――食中毒だ。 フェスの現場で食中毒が蔓延したというニュースが飛び交うや否や、SNS上では「自己管理ができていない参加者が悪い」「フェス運営側の怠慢だ」といった批判の声があふれた。まるで音楽の喜びがかき消され、健康問題が主役となってしまったようだ。だが、ゴシップ報道とは常にこうした出来事を大げさに伝え、世間の注目を集めるものだ。実際には、何が起こったのだろうか? 食中毒の原因が判明する前に、メディアは「危険なフェス」や「責任を問われるべき運営」などと煽り立てる記事を連発し、フェスの楽しさそのものを疑問視するような印象を与えていた。しかし、真実はもっとシンプルなものであった。原因は運営の不手際ではなく、ただ一部の出店が提供した食事に問題があっただけである。すべての来場者が被害を受けたわけではないにもかかわらず、報道はまるで全員が危険にさらされたかのように描かれていた。 このゴシップ報道の裏には、何があるのだろうか?フェスに出席するセレブリティや著名アーティストたちのプライベートが少しでも露出すれば、それをネタにするメディアが存在する。そして、そのメディアは視聴率やクリック数を稼ぐために、話題性のある情報を無理にでも作り出すのだ。結果として、食中毒の問題はフェス全体の評判を傷つけ、無関係なアーティストまでもが巻き込まれてしまった。 音楽フェスが持つ本来の魅力、そして人々を繋ぐ場であるはずのイベントが、メディアのゴシップによって歪められる――それが現代の報道の現実である。食中毒の蔓延は事実だったかもしれないが、その影響がどこまで広がるかは、ゴシップ報道の手に委ねられてしまったのだ。

冷たいアイツとジェラテリア

結城 鈴
BL
新卒で、ブラック企業に勤めてしまった、高梨楓李は、ゴールデンウィーク明けには辞めると決めて、アルバイト先を探していた。その面接で出会った、伊住藍にコーヒーの市場調査を一緒にどうかと誘われる。どう考えても、時間外勤務のそれに戸惑うが、いざバイトが始まると、忙しさから伊住のことはすっかり忘れてしまい・・・ 日常平和なお話です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

その破滅エンド、ボツにします!~転生ヒロインはやり直し令嬢をハッピーエンドにしたい~

福留しゅん
恋愛
自分がシナリオを書いた乙女ゲームの世界に転生したメインヒロインはゲーム開始直後に前世を思い出す。一方の悪役令嬢は何度も断罪と破滅を繰り返しては人生をやり直していた。そうして創造主の知識を持つヒロインと強くてニューゲームな悪役令嬢の奇妙な交友が始まる――。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

処理中です...