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第1章
第3話:魔王は敵と対峙する
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テーブルの上に置かれていた服はまだじっとりと湿っていた。
川で溺れてから1日も経っていないのだから当然か。
(何をしているのですか?)
頭の中にエレンシアの声が響いてきた。
「まだ寝てなかったのか」
深夜になって大人しくなっていたから頭の中で寝ているかと思っていたのだが。
(この世界に来てからというもの何故か夜の方が目が冴えるみたいなんです。それよりもこんな夜中に何をしているのですか?)
「お前には関係ないだろ」
エレンシアの問いを無視して右手を前に差し出す。
「旱魃旋風」
部屋の中につむじ風が巻き起こった。
(そ、それは私たちの軍隊一個大隊を干上がらせた忌まわしき風魔法!一体何を!?)
熱風のつむじ風は部屋の中の服や靴を巻き上げ……やがて消えていった。
床に落ちた服を拾い上げると完全に乾いている。
「よし、これなら着られるな」
(服を乾かしただけですか!)
「うるさいな、夜なんだから少しは静かにできないのか」
服を着替えて窓に向かう。
碌に手入れもしていない髪、真っ黒な隈に縁取られた淀んだ瞳、痩せこけた頬が窓に映っている。
森田 衛人はこの世界の少年少女のヒエラルキーで底辺に位置する陰キャと呼ばれる層に属していたらしい。
しかし今の俺にそんなことはどうでもいいことだった。
窓を開けると熱風で火照った肌に夜風が気持ちいい。
しかし窓を開けたのは涼むためではない。
「よっ、と」
窓の桟に手をかけると一気に外に飛び出した。
(ちょっと!ここは5階ですよ!)
「浮遊」
浮遊魔法で一気に病院の屋上の上まで飛び上がる。
今は真夜中で紺色のパーカーに黒のチノパンだから人から見られる心配もないだろう。
地上は街灯や車のライトでまるで星をちりばめたようだ。
元の世界とはまるで違う。
魔法がない世界だというのに人はここまで発展できるのか。
とはいえ今は感心している場合じゃない。
ポケットからスマホを取り出して地図を表示させた。
「目的地は……これなら数分もあれば着けそうだな」
(何をしようというのですか?)
頭の中にエレンシアの声が響いた。
お前には関係ない、と言いたいところだがこの世界に飛ばされた者同士のよしみとして事情くらいは話してやるとしよう。
それにいつまでも頭の中で叫ばれてはかなわない。
「この身体の前の持ち主、森田 衛人には敵がいたんだ。今からそいつらのところに行く」
滑るように空を飛びながらエレンシアに説明する。
(敵!?)
「そう、そして森田 衛人の命を奪った張本人でもある」
この身体に乗り移った時に流れ込んできた森田 衛人の記憶が見せるその半生は決して楽しいものではなかった。
それどころか元魔族である身から見ても地獄のような日々だと言えた。
森田 衛人は毎日のようにいびられて暴力を振るわれることも日常茶飯事だったらしい。
時には服を全てはぎとられて往来へと放り出され、大衆から侮蔑と嘲笑を受けることすらあった。
最底辺の奴隷でもここまでの扱いは受けないだろうと思えるような仕打ちだった。
森田 衛人の屈辱と恥辱にまみれた日々は文字通り死ぬまで続いていた。
その記憶の中には森田 衛人が見た最期の光景も映っていた。
目の前に広がる水面と川岸で笑い転げる4人の男たち。
― 佐古、茅平、玖珠、加厨 ― 森田 衛人を執拗に弄んでいた4人であり、さっきからスマホに脅迫と侮蔑のメッセージを送り続けている者たちでもある。
(そんなことが……)
俺の説明を聞いたエレンシアが絶句している。
「正直言うと俺には関係のない話ではあるが体を提供してもらった恩もある。元の持ち主の受けた屈辱を晴らすのも一興かと思ってな」
降り立ったそこはうっそうと木々が茂った公園だった。
昼は清閑で穏やかな憩いの場となっているのだろうが日の落ちた今は巨大な獣のように口内のような闇が広がっている。
闇の中に滲んだインクのように点在する街灯の下に人影が見える。
夜の静寂を破るような笑い声とスケボーの音、紛れもなくあの4人だ。
「なに見てやがんだ!」
気配を察したの1人がこちらを振り返って怒号をあげた。
「てめ、何こっちにガンつけてやが……ってモブ田じゃねえか」
肩を怒らせながら近寄ってきた男 ― このグループで一番血の気の多い茅平だ ― が俺の正体に気付いた途端に嘲笑するように口角を歪めた。
「モブ田だあ?なんだよ、てめえ生きてたのかよ!」
「死んだかと思ったぜ。てめえ俺たちを殺人犯にさせんじゃねえよ!」
「まあお前なんか別に死んでも良いんだけどよお?俺たちに迷惑はかけんなよな」
茅平の声に残りの3人がやってきて俺の周りを囲む。
どの顔にも獲物を目の前にした肉食動物のような嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
「ま、お前が無事で良かったよ」
グループのリーダー的存在である佐古が俺の肩に手を置いた。
友人同士が再会したかのようなそぶりだがその手は明らかな悪意を込めて肩を掴んでいる。
「じゃあ財布出そうか?」
「財布?」
「そ。俺たちさあ、お前が溺れてからずっと心配してたんだぜ?……だってよお、お前が死んじまったら俺たちがどうやって金を手に入れたらいいんだよ。そうなったら俺たち文無しだぜ?なあ、だよなあ?」
佐古の言葉に残りの3人がゲラゲラと笑いだす。
「な?そういう訳だから俺たちに心配かけた迷惑料として財布置いてけ?今日はそれで勘弁してやるからさ」
そうか、森田 衛人はこういう風に見下され、利用され、磨り潰されてきたのか。
俺が受け継いだ森田 衛人の記憶に感情は含まれていない。
だがこの4人の行動を見れば何を感じていたのかはわかるつもりだ。
パーカーのフードを下すと真正面から佐古を見据えて言い放った。
「断る」
川で溺れてから1日も経っていないのだから当然か。
(何をしているのですか?)
頭の中にエレンシアの声が響いてきた。
「まだ寝てなかったのか」
深夜になって大人しくなっていたから頭の中で寝ているかと思っていたのだが。
(この世界に来てからというもの何故か夜の方が目が冴えるみたいなんです。それよりもこんな夜中に何をしているのですか?)
「お前には関係ないだろ」
エレンシアの問いを無視して右手を前に差し出す。
「旱魃旋風」
部屋の中につむじ風が巻き起こった。
(そ、それは私たちの軍隊一個大隊を干上がらせた忌まわしき風魔法!一体何を!?)
熱風のつむじ風は部屋の中の服や靴を巻き上げ……やがて消えていった。
床に落ちた服を拾い上げると完全に乾いている。
「よし、これなら着られるな」
(服を乾かしただけですか!)
「うるさいな、夜なんだから少しは静かにできないのか」
服を着替えて窓に向かう。
碌に手入れもしていない髪、真っ黒な隈に縁取られた淀んだ瞳、痩せこけた頬が窓に映っている。
森田 衛人はこの世界の少年少女のヒエラルキーで底辺に位置する陰キャと呼ばれる層に属していたらしい。
しかし今の俺にそんなことはどうでもいいことだった。
窓を開けると熱風で火照った肌に夜風が気持ちいい。
しかし窓を開けたのは涼むためではない。
「よっ、と」
窓の桟に手をかけると一気に外に飛び出した。
(ちょっと!ここは5階ですよ!)
「浮遊」
浮遊魔法で一気に病院の屋上の上まで飛び上がる。
今は真夜中で紺色のパーカーに黒のチノパンだから人から見られる心配もないだろう。
地上は街灯や車のライトでまるで星をちりばめたようだ。
元の世界とはまるで違う。
魔法がない世界だというのに人はここまで発展できるのか。
とはいえ今は感心している場合じゃない。
ポケットからスマホを取り出して地図を表示させた。
「目的地は……これなら数分もあれば着けそうだな」
(何をしようというのですか?)
頭の中にエレンシアの声が響いた。
お前には関係ない、と言いたいところだがこの世界に飛ばされた者同士のよしみとして事情くらいは話してやるとしよう。
それにいつまでも頭の中で叫ばれてはかなわない。
「この身体の前の持ち主、森田 衛人には敵がいたんだ。今からそいつらのところに行く」
滑るように空を飛びながらエレンシアに説明する。
(敵!?)
「そう、そして森田 衛人の命を奪った張本人でもある」
この身体に乗り移った時に流れ込んできた森田 衛人の記憶が見せるその半生は決して楽しいものではなかった。
それどころか元魔族である身から見ても地獄のような日々だと言えた。
森田 衛人は毎日のようにいびられて暴力を振るわれることも日常茶飯事だったらしい。
時には服を全てはぎとられて往来へと放り出され、大衆から侮蔑と嘲笑を受けることすらあった。
最底辺の奴隷でもここまでの扱いは受けないだろうと思えるような仕打ちだった。
森田 衛人の屈辱と恥辱にまみれた日々は文字通り死ぬまで続いていた。
その記憶の中には森田 衛人が見た最期の光景も映っていた。
目の前に広がる水面と川岸で笑い転げる4人の男たち。
― 佐古、茅平、玖珠、加厨 ― 森田 衛人を執拗に弄んでいた4人であり、さっきからスマホに脅迫と侮蔑のメッセージを送り続けている者たちでもある。
(そんなことが……)
俺の説明を聞いたエレンシアが絶句している。
「正直言うと俺には関係のない話ではあるが体を提供してもらった恩もある。元の持ち主の受けた屈辱を晴らすのも一興かと思ってな」
降り立ったそこはうっそうと木々が茂った公園だった。
昼は清閑で穏やかな憩いの場となっているのだろうが日の落ちた今は巨大な獣のように口内のような闇が広がっている。
闇の中に滲んだインクのように点在する街灯の下に人影が見える。
夜の静寂を破るような笑い声とスケボーの音、紛れもなくあの4人だ。
「なに見てやがんだ!」
気配を察したの1人がこちらを振り返って怒号をあげた。
「てめ、何こっちにガンつけてやが……ってモブ田じゃねえか」
肩を怒らせながら近寄ってきた男 ― このグループで一番血の気の多い茅平だ ― が俺の正体に気付いた途端に嘲笑するように口角を歪めた。
「モブ田だあ?なんだよ、てめえ生きてたのかよ!」
「死んだかと思ったぜ。てめえ俺たちを殺人犯にさせんじゃねえよ!」
「まあお前なんか別に死んでも良いんだけどよお?俺たちに迷惑はかけんなよな」
茅平の声に残りの3人がやってきて俺の周りを囲む。
どの顔にも獲物を目の前にした肉食動物のような嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
「ま、お前が無事で良かったよ」
グループのリーダー的存在である佐古が俺の肩に手を置いた。
友人同士が再会したかのようなそぶりだがその手は明らかな悪意を込めて肩を掴んでいる。
「じゃあ財布出そうか?」
「財布?」
「そ。俺たちさあ、お前が溺れてからずっと心配してたんだぜ?……だってよお、お前が死んじまったら俺たちがどうやって金を手に入れたらいいんだよ。そうなったら俺たち文無しだぜ?なあ、だよなあ?」
佐古の言葉に残りの3人がゲラゲラと笑いだす。
「な?そういう訳だから俺たちに心配かけた迷惑料として財布置いてけ?今日はそれで勘弁してやるからさ」
そうか、森田 衛人はこういう風に見下され、利用され、磨り潰されてきたのか。
俺が受け継いだ森田 衛人の記憶に感情は含まれていない。
だがこの4人の行動を見れば何を感じていたのかはわかるつもりだ。
パーカーのフードを下すと真正面から佐古を見据えて言い放った。
「断る」
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