メアーズレッグの執行人

大空飛男

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シナリオは動き出す

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南区の外れ。中央区に差し掛かる手前の廃ビル街に、年季の入った三階建ての小ビルがある。
元々この辺り一帯の古びたビル郡はピースアイランドと呼ばれる前には既に建てられており、またダウンタウンとも呼ばれた時期があった。
男は朝焼けがすっかり入り込むビル郡の間に位置するそのビルにたどり着くと、非常階段に脚をかける。登っていけばやがてぼろの扉が出迎た。そこが、彼の寝床だった。
帰宅後に男はふらふと歩き、窓辺へと歩みを止めた。
タバコを一本取り出すと鈍く光るオイルライターで火をつけ、ふわりと独特なフレーバー香る煙を漂わせる。光の歪みを周りに纏う登り始めの太陽がやがて空の色を変え、一日が始まるのだと痛感させた。
「また生き伸びたか」
男は瞳に太陽を映しながら、窓越しにぼそりとつぶやく様に言う。その顔は、何処か寂しげだった。
チャイニーズマフィアとの戦闘は久々に激しいものだったが、結局はやり遂げてしまった。
彼が死神の如く王を断罪しに向かったその発端は、誘拐され廃人となってしまった家族の仇をとって欲しいと、懇願されたからだ。地獄の沙汰も金次第。それを彼は依頼として受け入れた。
金拳のアジトを割り出すのに、時間はかからなかった。巷の噂と言うものは恐ろしいもので、よく思われていない彼らは憎悪の対象にもなっており、ぼろぼろ情報屋に転がり込んできた。
後は教え込まれた戦闘術を用い、奴らのアジトに乗り込めば良い。そして、彼は切なる願いが叶うことを望んだ。
金拳はそのやり方から武闘派集団として名高いのは、この街に住む奴らなら誰もが知っている。しかし蓋を開けてみれば、なんとも骨のない奴等ばかりだった。これで依頼が達成されるのだから、不完全燃焼な気分になってしまう。また、願いは叶わない。彼はそんな日常に飽き飽きとしていた。
ふと、男はキャビネットに置かれたフォトフレームを手に取った。
そこにはまだ若かった頃の彼と、他に数人が肩を組み合いながら写っている。
彼らは皆軍人であるが、国の識別用ワッペンはどれも疎ら。アメリカ、ドイツ、日本などだ。加えて言えば、火器も装備もそれぞれの国家による制式採用品ではなく、統一性が無い。
それでも彼らが仲間だと分かるのは、同じパターンの迷彩服ともう一つ、握手をするように手の組み合う刺繍絵が施されたワッペンだ。
即ち彼は、過去に人類連合軍として戦ったのだ。
「なあ、俺はいつ死ねるんだ?」
男は写真に対し、乾いた笑いを見せて呟く。
あの大戦で、多くの人間が死んだ。多くの仲間も死んだ。そして、戦友も確かに散って行った。
なぜ生き残ってしまったのだろうか。何故、俺は彼らの後を追うことが出来ず、この世界に置き去りにされてしまったのだろうか。毎日のように、男は自問を行う。
ぽつりとつぶやいた自問は、答えが出ずに、いつもと同じく吐息のように霧散していく。
はずだった。
「いやぁ、君はまだ死なない。いや、死んでもらっては困ってしまうねぇ。ジョージ・ニューマン」
「っ!」
条件反射のように男――ジョージがホルスターから拳銃を抜きさったのは素早かった。やがて一刻もない間に銃口は、声の向きへピタリと止まる。元軍人らしい、迷いのない手馴れた動作だった。
「誰だ」とジョージは短くも威圧するような声色で返答をする。
声の主は、ジョージがいつも使うリクライナーに腰掛け、デスクに足を組ながら乗せていた。それはまるで、自室で寛ぐような態度であった

中肉中背の男で、喪服のような黒地のスーツ姿にハットを深くかぶった黒人だ。全体的に黒々としており、まるで保護色を意識しているようにも思えた。
「お邪魔しているよ」
悠々と中折れ帽子を持ち上げ答る男に、ジョージは威圧した睨みを見せる。拳銃を両手で持ち直し、構えたままおもむろに男に近づいた。
ハットの男は中折れ帽をかぶり直すと、無言の圧力に答える様に、おどけた様子で両手を上げて見せた
「おお、怖いね。乱暴ごとは嫌いなんだよ」
「ああそうかい。じゃあ眉間に一発で終わりだ。俺も弾を無駄にしたくない」
あくまでも警戒心を解かないジョージを見ると、大きくハットの男はため息を吐いた。
「はぁ…まったく君はユーモアがないねぇ。サプライズだよ。サプライズ。嫌いかね?」
「…あいにく出身の国柄的にまじめなんだミスターブラウン。サプライズは時と場合にしか好まない」
だが、ジョージは今にも射出されそうだった銃口を、すんなりと下げた。
この男に敵意が無い事を察したのだ。また、後ろめたい様子を見せない事から、物取りでもない。と、なればここに用があって来たのである。
その用とは言うまでもない。依頼だ。
ハットの男はジョージが警戒を解いたと認識すると、何故か流暢なで口を開く。
「さてはて、君がこうした依頼を生業にしている事は承知でね。ここにいる理由も無論、依頼のつもりだ。おかしいかね?」
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