5 / 9
第5話 人と人
しおりを挟む「よく、来たねえ」
赤茶色のレンガ2階建て地下1階の「ゼイタク」の表玄関の前で、ほうきを持った80代くらいのおじいさんに声をかけられたみかこは、一瞬、入居者が間違えて外に出ているのかと思い、動揺してあやふやな会釈だけした。
その人が他でもない 老人病院「ゼイタク」を運営者の亀田 一夫(かめだ かずお)さんだった。
亀田さんの日向にあたった柔らかいを顔を見た瞬間、みかこは、自分も人を揶揄しながらも必死なのだと思わされた。
それくらい、この国や社会や世間から切り離されたような時間の中をゆったり泳ぐような、老人だ。
あれ?祖父母の顔は、笑顔はどんなだっただろうか?
ここ最近の仕事と殺風景な人間関係と生活で、中学生を自分が卒業するまで育ててくれた祖父母の顔をみかこは、よく思い出せなかった。
「あの、あの、面接に来ました」
バイトも受かったが入社しなかった会社の面接も山ほど受けてきたが、最初から無表情で素っ気ない面接官と会うため、番狂わせになったみかこは、動揺した。
さっさと、面接だけして帰宅して働こうとだけ思っていたのに。
「老人病院は、初めてかな?みんな、面接に来ると安田さんみたいな顔をするよ、中へお入り」
運営者の亀田さんは、大した事ではないように笑う。いくら9割の確率でバイトや会社に受かる二千三百年の日本とは言え、面接で少しでも動揺したり、表情を崩してしまえば、精神不安定と選別され、最新式の心理テストまで受けさせられたうえに、落とされる。
この仕事がありあまる時代に落とされる1割の理由の人間だ。
精神すら脳内に埋め込まれたマイクロチップで操作されていると学生時代に噂話が真しやかにされたが、社会に飲み込まれてしまえば、そんなことなど忘れてしまう多忙の毎日になる。
久しぶりに、人の表情を見た気がした。
みかこ自身、人であるため変な話だ。最後に人らしい人の表情を見たのは、祖父母の顔だった気がする。
あとは、私は誰と会い、誰と話し、どんな話をして、誰と別れたのだろう。
何も思い出せないほど、記憶に残らない人々だ。相手もみかこの顔を同じように忘れているのだろう。
亀田さんの、顔は人が人たるべき顔のような気がした。
玄関でたたずんでいるみかこを見ながら、亀田さんは枯れ葉を掃きながらのんきに待っていた。
その表情はみかこの祖父母の思い出せようとして出せて、みかこの頭痛を誘発させた。学生時代から、多かれ少なかれ、周りの人々は両親も含めて頭痛持ちだ。
「頭痛かな?」
枯れ葉を掃きながら、下を見ている亀田さんの一言に凍りついていたみかこは一気に緊張から解放され、同時に見抜かれた事に気持ちがこわばった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
願いを叶えるだけの僕と人形
十四年生
SF
人がいいだけのお人よしの僕が、どういうわけか神様に言われて、人形を背中に背負いながら、滅びたという世界で、自分以外の願いを叶えて歩くことになったそんなお話。
170≧の生命の歴史
輪島ライ
SF
「私、身長が170センチない人とはお付き合いしたくないんです。」 そう言われて交際を断られた男の屈辱から、新たな生命の歴史が始まる。
※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
長く短い真夏の殺意
神原オホカミ【書籍発売中】
SF
人間を襲わないはずのロボットによる殺人事件。その犯行の動機と真実――
とある真夏の昼下がり、惨殺された男性の死体が見つかった。
犯人は、人間を襲わないはずの執事型ロボット。
その犯行の動機と真実とは……?
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。
〇構想執筆:2020年、改稿投稿:2024年
(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!
青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。
すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。
「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」
「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」
なぜ、お姉様の名前がでてくるの?
なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。
※タグの追加や変更あるかもしれません。
※因果応報的ざまぁのはず。
※作者独自の世界のゆるふわ設定。
※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。
※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる