駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~

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約束の日

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  私の婚約相手でもう一騒動起きそうな予感がして、慌ただしい日々を過ごしていたらーー

  何年も忘れられなかった。
  あの約束の日がやってきた。

  ーーカイル・メゾットの成人する日

  恐らく今日は子爵家で盛大にパーティーを開いている事だろう。縁が切れて招待状すら届かなかった私にはもう関係のない話だ。

  あの頃の気持ちなんてもう忘れた筈なのに、私は気がついたら感傷に浸るように庭園の中で一人、立ち尽くしていた。

「あの頃は二人でなら何もない原っぱでも凄く楽しかったわね。お転婆だった私はカイルと一緒なら何でも出来るって本気で思ってたもの」

「そのカイルも今日で成人か……この五年間あっという間だったな。きっとこの先もあっという間に時は過ぎていくのよね……カイルも私も別の人と婚約して家庭を持っていくのよね……」

  成人したとなれば婚約者がいないのはありえない。
  恐らく今日のパーティーで婚約発表しているのかもしれない。

  ……仕方ない。
  私はロブゾ家の当主。
  カイルはメゾット子爵家の跡継ぎ。

  一緒になれないのはわかってたでしょ。
  カイルの事はもう忘れるって決めたでしょ。

  ロブゾ家と領地の為に生きていく。
  そう決めた。決めた筈なのに……どうしてだろう、カイルの「忘れてない」という言葉が頭から離れない。

  そんな訳ないのに、そんな事ありえないのにカイルの言葉を信じたいって思ってしまう。

「ダメダメっ! 私もあと半年で成人なのよ。もっと現実を見なきゃ……なんの保障もない言葉に人生はかけられないもの。」

「もうこうなったらあの釣書受け入れてしまおうかしら? 私だって今すぐ婚姻なんて考えられないし、この先縁談が舞い込む保障もないもの……うん、中々良い話ーー」

「じゃないからな! そんなの良い縁談でもなんでもないからな!」

  王家の後ろ楯がつくなんて畏れ多いけど、でも味方についてくれるのなら心強いと思って軽い考えで独り言を呟いていたら背後から切羽詰まったような声が聞こえてきた。

「え……」

「何勝手に婚約しようとしてるんだよ」

「な、なんで此処に? え、パーティーは?」   

  振り返るとそこには少し怒ったように不貞腐れた顔をしたカイルが立っていた。きっちりと固めた髪に白の礼服を着た、あきらかによそ行きの姿で其処にいた。

「パーティーなんかない」

「は? なんでよ! 今日はカイルの誕生日でしょ!? それも成人の日よ? やらないわけないじゃない! え、何かあったの!?」

  何かどうしようもない事情があったに違いない。
  嫡男の成人祝いをしない家なんてありえないもの。

「別に……俺が跡取りじゃなくったってだけだし……」

「あ、跡取りじゃなくなったですって!? ちょ、カイル一体何やらかしたの!? おじさま達そんなに怒っていらっしゃるの?」

「違う。怒ってるのは俺だから……」

「え……」

  私の心配や焦りなんてどうでもいいみたいに返答するカイルは今まで見た事のないようの怒りと熱が籠った瞳で見つめてきた。

「なぁジュリは誰と婚約するんだよ」

「……っ!」

「俺との約束破って選んだ男って誰だよ」

「ちょっと落ち着いてカイル! 誤解だから!」

「落ち着け? ははは……それは無理だ。俺はこの日の為に全てをかけてきたんだ」

「……きゃぁっ!」

  追い詰めるように威圧をかけて近づいてくるカイルの姿に足がすくんでしまった。

  カイルは一瞬にして私との距離を詰め、腰に手を回して密着してきた。そして私の額にコツリと自分の額を合わせて「ジュリは俺と結婚するんだろ?」と言ってきた。

「……約束忘れちゃったのか? ずっと側に居られなかった俺の事なんてもうどうでもいいのか? なぁ……ジュリエッタ……俺はずっと忘れた事なんてなかった。ジュリが大好きだ。……俺にとって大事な女はお前以外にいないんだ」

  さっきまで怒ってたくせにカイルは泣きそうな声で懇願してくる。

  ーーどうか捨てないでくれ。

  子供みたいだが、カイルのこんな姿は初めてだった。

  その瞬間、私の固くなっていたプライドや仮面が壊れていく音が聞こえた。

  溢れ出るように涙が流れていき、私はこれまでずっと心の奥底に隠してきた本音を口にする事が出来た。

「…………わ、わたしもカイルが好き。忘れてなんかいない。ずっとずっとカイルだけが特別だった! ……でも私はロブゾ家の当主でカイルはメゾット家の跡継ぎだもの…………い、一緒になれないのは仕方ないって……だってどうしようもなかったから! お父様や皆を裏切れない! 私だってロブゾ家が大好きだったから! だから……だから……わたしは……」

  子供の癇癪のような言葉。
  いい歳した令嬢の告白とは思えないみっともないものだった。

  だけどカイルにはそれが嬉しかったらしい。
  蕩けそうな笑みを浮かべて私の目尻に口付けをしてきつく抱き締めてきた。

「ああ、ああ、わかった。 ジュリ、お前の気持ちは全部わかった。いいんだ、お前はそれで。俺がロブゾ家に婿入りする。」

「む、婿入り?」

  ある程度の予想はしていたものの、本人から直接その言葉を聞くと驚きが隠せなかった。
  
  私は強引にカイルの腕の中から出ていき、側にあったベンチに座らせた。

「婚約の話がなくなったあの日からずっと俺はロブゾ家に婿入りする為に時間を費やしてきた。おじさんには俺が立派な男になるのを待ってられないと断られたし、父上には自分の気持ちだけで好き勝手な事を言うなと何度も怒鳴られたよ」

「ならなんで……」

「だってジュリの旦那は俺だろ? 俺なら跡継ぎはアルヴィンに移行できるし、母上とアルヴィンは俺の気持ちを認めてくれたから諦めずにいられたんだ」

「……おばさま達が?」

「それからはおじさんと父上に認めてもらえるよう、領主教育にこれまで以上に力を入れて勉強した。ロブゾ領の事や伯爵家のしきたりなんかも頭に叩き込んだ。……そしておじさんが亡くなった後、メゾット家の屋敷にケルヴィン様がやって来たんだ。おじさんが残した俺宛の手紙を届けに」

「ケルヴィン叔父様がお父様の手紙を」

「其処にはもしもまだ俺がジュリの事を諦めずにいるのならケルヴィン様が出した課題を成人までにクリアして認めさせろと書いていったんだ。その期間中も俺とジュリエッタは婚約してないからジュリエッタに良い縁談があれば婚約させるって脅し文句まであってさ……かなり焦ったよ」

「私そんなの聞いてない……」

「だろうな。……だってこれは俺が自分勝手に始めた事だ。どうしてもジュリを諦められなくて、他の男に渡したくなくて意地を張り続けてたんだ。お前の隣に立てるのは俺だけだって本気で思ってたから」

  恥ずかしそうに照れ笑いするカイルの姿に私は又も涙が溢れそうになっていた。

「……カイル」

「それなのにケルヴィン様は容赦がなくてさ、信じられない要求ばかり出してくるんだ。ジュリエッタの側を望むのなら普通の男じゃダメだって言うんだ。……でもその通りだと思った。女当主となったジュリエッタを支えるのなら人並み以上の能力を持たないとジュリエッタの側にいる資格なんてない」

「………………………」

「まぁそんなスパルタ試練を乗り越えて一昨日ようやくケルヴィン様からジュリエッタの婚約者にしてもいいと言ってもらえたんだ」

「………………………」

  ベンチから立ち上がり、私の前でひざまずいたカイルは私の手を握りしめてきた。

  ずっと、ずっと夢見てきた瞬間。
  叶わないと思っていた私の夢。

「随分と遅くなったけどジュリの下へ戻ってきたよ。成人の日に結婚式を挙げる約束は果たせなかったけど、どうか俺のお嫁さんになって下さい。ジュリエッタ、お前を愛してる」

「…………っ……は、はい……わたしをカイルのお嫁さんにして下さい……ずっと側にいて……」

    勢いよく飛び付いた私を抱きとめてくれたカイルは「ようやく俺がお前を泣かせてあげられたな」と悪戯な笑みを浮かべて唇を重ねてきた。








  あれから私達は婚約者となり、一年後に結婚した。
  何故か私達の結婚式に参加したいという夫人達が多く、伯爵家としては異例な規模の結婚式となり大勢の方々から祝福の言葉を頂戴した。

  ロブゾ伯爵家はカイルと力を合わせて徐々に評価を上げ、カイルが課せられていたケルヴィン叔父様の課題だったロブゾ家とメゾット家の共同事業はどんどん功績を上げていった。

  そして私達の間には三人の元気な子供達が産まれて騒がしくも暖かい家庭となっていった。


  例の方々が気にしておられた『女当主』は最初は爪弾きにされる事も少なくなかったが、ロブゾ家の評判と共に受け入れてくれる方々もいるようになり、社交界を味方につけた女当主というちょっと疑問が残る異名を轟かせながら領地を立派に納めていった。

  因みに例のあの方の家庭は少しゴタついてたが、なんとか三番目の息子さんが後を継ぐことで問題は収まった。

  父親から期待されていた娘さんは周囲を巻き込んだ家族の後継者争いを見て早々に嫌気がさして他国へ嫁入りという名の退場をしていった。

「お父様がさっさと後継者の指名をすればそれで終わったのにグズグズ引き延ばしているから皆が期待しちゃったのよ! 私はいやよ? お父様やお兄様達の尻拭いの為に王座へ就くなんて。後のことは責任もってお父様が何とかして!」

「ま、待ってくれぇ~。エリザベート! 俺はお前にこそ王座が相応しいと思ってたんだぁ~」

「それは無理ね。私は隣国の王妃になってくるから!」

「エリザベートォォォ!!!」

  
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