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ドクズになっていた愚兄
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「……今の話は冗談ではないのよね?」
あの男が過ごした五年間の話を執事からゾッとするような話を聞き終えた私は信じられない気持ちでいっぱいになっていた。
愚かでひとでなしの兄ではあったがそこまで堕ちているとは思いたくなかった。
だが執事は私の願望をきっぱり否定した。
希望など一切残さないよう人間のクズになった男の現在を話し始めた。
「全て事実でございます。付け加えますとあの方は現在、商家のお嬢様と交際されており持参金を持って婿に行く予定だと方々に語っていらっしゃいます。」
「……仕事していないのでしょう? その持参金はどうやって用意するの? 貴族ではないけど商家の持参金だって安くはないでしょう」
「酒場で聞いた話によると息子を妹に売って金を作るって息巻いていたそうですよ」
「…………我が子を売った金で結婚するつもりなの!? 正気とは思えないわ!」
吐き気がするような考え方に声を荒げてしまった。
私が大好きだったアルバート兄様の姿は全てまやかしだったのかもしれない。
そう思うと胸が苦しくて痛かった。
だけどこれで踏ん切りがついた。
この先あの男にどんな言葉で揺さぶりをかけられても絶対に甘い顔は見せない。
二人の女の人生をめちゃくちゃにして、我が子を売り物にするクズに慈悲は必要ない。
これ以上被害者を出さないように手を打とう。
それが身内としての義務だ。
「ジュリエッタ様……これはハッキリとした情報ではないのですが、あの男の息子、レオナルドはもしかしたら虐待を受けている可能性がございます」
「虐待ですって!? あの子まだ三歳よね? あの男はあんな小さな子供にも乱暴な真似をしているの!?」
「調べた情報ですと普段は家に一人で居るらしいのですが、先日屋敷で見かけた際に顔色が悪く歩き方が可笑しいのを確認しました。あと……一瞬でしたが痣らしきものもございました。」
「…………そう……其処まで墜ちてしまったのね……」
レオナルドを甥と認めた訳でも特別な情を感じている訳ではない。
だけど虐待されている子供を見捨てるほど非情なつもりもない。
しかもあの男が関わっているのなら話は別だ。
「今の報告を全てまとめてくれるかしら? 大変だと思うけど同じものを三部用意してちょうだい」
「畏まりました」
執事に命じた私は一人きりになった室内で鋭い目付きをして窓の外を眺めていた。
* * *
次の日、仕事の為に屋敷の外へ出ていた私は普段からよく使うカフェで休憩をとっていた。
仕事の資料になりそうな本を読みながらミルクたっぷりの甘いコーヒーを飲んでいた。
「こんな所でも仕事か?伯爵様は忙しそうだな」
聞き覚えのある懐かしい声に顔を上げると、そこには幼馴染みのカイルが私の向かいの席に座っていた。
「は? な、なんで此処にいるのよ?」
「ちょっと用事があってこの辺に来てたら懐かしい顔があったから挨拶に寄ったんだよ」
五年前までわりと頻繁にあっていたカイルだったが、あの件があり、ロブゾ家は社交界で孤立状態となり疎遠になっていた。
まぁ私も淑女教育や領主教育で忙しかったし。
「あれから五年経ったけどジュリは綺麗になったな。見違えたよ」
昔の事を懐かしんでいると、カイルから昔なら絶対に言わなそうな容姿を褒める言葉が聞こえてきた。
「……えっ……あ、ありがとう。カイルも大人っぽくなったわね。」
思いの外、真剣な表情をしているカイルに動揺してしまったが、久しぶりに会った幼馴染みへのお世辞だと解釈して対応した。
まさかあの頃と同じようにジュリと呼ばれるとは思わなかったから……関係だってもうあの頃とは違うのに。
「最近どうだ? 当主になって大変な事はないか? おじさんが亡くなってからちゃんと弱音は吐けてるか?」
テーブル越しに化粧で隠された私の目の下にある隈をソッと指差すカイル。
ーー眠れていないんだろう?
心配するようなカイルの視線を受け、泣き虫で甘ったれだった子供の頃の自分が一瞬顔を出しそうになった。
お父様が亡くなってから私を支えてくれる人は沢山側にいたけど、弱音を吐ける場所はなくなっていた。
カイルの鋭い指摘はその事を指していた、
だけど私は伯爵家当主。
それでなくても女だからって甘く見られがちなのだ。こんな所で弱音は吐けない。そもそも幼馴染みとはいえ他家の息子の前で自分の弱さを出すなんて出来ない。
若き伯爵となった私には曲げられない意地だった。
心の中で息を整え、伯爵の仮面を被った私は隙のない綺麗な微笑みを浮かべて笑った。
「ふふふ、ありがとうカイル。でも大丈夫よ? 恥ずかしい事だけどこれは本の読みすぎなの。読まなきゃいけない書類や資料が沢山あって最近寝不足気味だったのよ。流石は幼馴染みね」
本のせいで寝不足になった。
他の理由はないし、話すつもりもない。
私の意思を正確に汲み取ったカイルは一瞬悔しそうな情けない表情をして、仕方がないように笑った。
「ま、そういう事にしておいてやるよ。淑女になったジュリを泣かせるには時間が今日は足りないだろうしな」
「…………足りないのは時間だけかしら?」
上から目線で身を引いたカイルの態度にイラッとした私は少しだけ昔のように反論してしまった。
売り言葉に買い言葉。
昔からすぐにカイルのペースへ引っ張られてしまう私は内心悔しい気持ちでいっぱいだった。
ニヤニヤと笑うカイルの顔をひっぱたいてやりたかったが、本当に時間がなかった私は荷物をまとめて席を立とうとした。
「私は次の予定があるからもう行くわね。久しぶりに会えて楽しかったわ。話しかけてくれてありがとう」
二度と会えない、話せないと思っていたカイルともう一度会えた事が本当に嬉しかった私は今だけ昔のジュリエッタに戻ってふんわりと微笑んだ。
淑女教育で得た作り物の笑顔じゃない、花の咲いたような心からの笑顔。
そんな私の笑顔に固まったカイルを置いて私は店を後にした。
あの男が過ごした五年間の話を執事からゾッとするような話を聞き終えた私は信じられない気持ちでいっぱいになっていた。
愚かでひとでなしの兄ではあったがそこまで堕ちているとは思いたくなかった。
だが執事は私の願望をきっぱり否定した。
希望など一切残さないよう人間のクズになった男の現在を話し始めた。
「全て事実でございます。付け加えますとあの方は現在、商家のお嬢様と交際されており持参金を持って婿に行く予定だと方々に語っていらっしゃいます。」
「……仕事していないのでしょう? その持参金はどうやって用意するの? 貴族ではないけど商家の持参金だって安くはないでしょう」
「酒場で聞いた話によると息子を妹に売って金を作るって息巻いていたそうですよ」
「…………我が子を売った金で結婚するつもりなの!? 正気とは思えないわ!」
吐き気がするような考え方に声を荒げてしまった。
私が大好きだったアルバート兄様の姿は全てまやかしだったのかもしれない。
そう思うと胸が苦しくて痛かった。
だけどこれで踏ん切りがついた。
この先あの男にどんな言葉で揺さぶりをかけられても絶対に甘い顔は見せない。
二人の女の人生をめちゃくちゃにして、我が子を売り物にするクズに慈悲は必要ない。
これ以上被害者を出さないように手を打とう。
それが身内としての義務だ。
「ジュリエッタ様……これはハッキリとした情報ではないのですが、あの男の息子、レオナルドはもしかしたら虐待を受けている可能性がございます」
「虐待ですって!? あの子まだ三歳よね? あの男はあんな小さな子供にも乱暴な真似をしているの!?」
「調べた情報ですと普段は家に一人で居るらしいのですが、先日屋敷で見かけた際に顔色が悪く歩き方が可笑しいのを確認しました。あと……一瞬でしたが痣らしきものもございました。」
「…………そう……其処まで墜ちてしまったのね……」
レオナルドを甥と認めた訳でも特別な情を感じている訳ではない。
だけど虐待されている子供を見捨てるほど非情なつもりもない。
しかもあの男が関わっているのなら話は別だ。
「今の報告を全てまとめてくれるかしら? 大変だと思うけど同じものを三部用意してちょうだい」
「畏まりました」
執事に命じた私は一人きりになった室内で鋭い目付きをして窓の外を眺めていた。
* * *
次の日、仕事の為に屋敷の外へ出ていた私は普段からよく使うカフェで休憩をとっていた。
仕事の資料になりそうな本を読みながらミルクたっぷりの甘いコーヒーを飲んでいた。
「こんな所でも仕事か?伯爵様は忙しそうだな」
聞き覚えのある懐かしい声に顔を上げると、そこには幼馴染みのカイルが私の向かいの席に座っていた。
「は? な、なんで此処にいるのよ?」
「ちょっと用事があってこの辺に来てたら懐かしい顔があったから挨拶に寄ったんだよ」
五年前までわりと頻繁にあっていたカイルだったが、あの件があり、ロブゾ家は社交界で孤立状態となり疎遠になっていた。
まぁ私も淑女教育や領主教育で忙しかったし。
「あれから五年経ったけどジュリは綺麗になったな。見違えたよ」
昔の事を懐かしんでいると、カイルから昔なら絶対に言わなそうな容姿を褒める言葉が聞こえてきた。
「……えっ……あ、ありがとう。カイルも大人っぽくなったわね。」
思いの外、真剣な表情をしているカイルに動揺してしまったが、久しぶりに会った幼馴染みへのお世辞だと解釈して対応した。
まさかあの頃と同じようにジュリと呼ばれるとは思わなかったから……関係だってもうあの頃とは違うのに。
「最近どうだ? 当主になって大変な事はないか? おじさんが亡くなってからちゃんと弱音は吐けてるか?」
テーブル越しに化粧で隠された私の目の下にある隈をソッと指差すカイル。
ーー眠れていないんだろう?
心配するようなカイルの視線を受け、泣き虫で甘ったれだった子供の頃の自分が一瞬顔を出しそうになった。
お父様が亡くなってから私を支えてくれる人は沢山側にいたけど、弱音を吐ける場所はなくなっていた。
カイルの鋭い指摘はその事を指していた、
だけど私は伯爵家当主。
それでなくても女だからって甘く見られがちなのだ。こんな所で弱音は吐けない。そもそも幼馴染みとはいえ他家の息子の前で自分の弱さを出すなんて出来ない。
若き伯爵となった私には曲げられない意地だった。
心の中で息を整え、伯爵の仮面を被った私は隙のない綺麗な微笑みを浮かべて笑った。
「ふふふ、ありがとうカイル。でも大丈夫よ? 恥ずかしい事だけどこれは本の読みすぎなの。読まなきゃいけない書類や資料が沢山あって最近寝不足気味だったのよ。流石は幼馴染みね」
本のせいで寝不足になった。
他の理由はないし、話すつもりもない。
私の意思を正確に汲み取ったカイルは一瞬悔しそうな情けない表情をして、仕方がないように笑った。
「ま、そういう事にしておいてやるよ。淑女になったジュリを泣かせるには時間が今日は足りないだろうしな」
「…………足りないのは時間だけかしら?」
上から目線で身を引いたカイルの態度にイラッとした私は少しだけ昔のように反論してしまった。
売り言葉に買い言葉。
昔からすぐにカイルのペースへ引っ張られてしまう私は内心悔しい気持ちでいっぱいだった。
ニヤニヤと笑うカイルの顔をひっぱたいてやりたかったが、本当に時間がなかった私は荷物をまとめて席を立とうとした。
「私は次の予定があるからもう行くわね。久しぶりに会えて楽しかったわ。話しかけてくれてありがとう」
二度と会えない、話せないと思っていたカイルともう一度会えた事が本当に嬉しかった私は今だけ昔のジュリエッタに戻ってふんわりと微笑んだ。
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