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王都の様子①

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━━━━ 王城 ━━━━

第1王子オーウェンが『嘆きの塔』から逃亡を図ってから数ヶ月が経った。未だにめぼしい情報は無く、今回事の処理を任せた者からは手紙が来た。それもたった一文・・・
『今まで世話になった。仕事やめる。No.201』とだけ書かれてあった。その者にどんな事情が起きたのかはわからない。ただ一つわかったのはこいつは自分の命よりも優先しなくてはならなかった王家の任務を放棄したという事だ。何と頭の痛くなる事態だろうか・・・。その者がただの下っぱなら良かった。だがこいつは能力も任務成績も我々の中では随一、更にはその異様な容姿や態度がかなり目立っており、その者の事は陛下の耳にも入っていた。そして此度の任務もこいつが請け負ったのを知っている。この手紙の件を報告しない訳にはいかない。・・・どうなってしまうだろう。

陛下は今、自分の思い描いていた状況と食い違っている事に苛立っている。それなのにこんな報告をしたら処罰を受けるのはこいつだけでは済まないだろう。陛下の怒りとは残酷で冷酷なのだ・・・




「何だと・・・もう一度言ってみよ。」

顔を青ざめながら男は震える手で一枚の紙を陛下に差し出した。

「に、任務を与えたNo.201が突然こんな手紙を送りつけてきて任務放棄を致しました。た、直ちに別の者に任務に当たらせてます。そ、そしてNo.201は即座に処分致します」

「No.201とはあの化け物の事だったな。」

「は、はい。その通りでございます!」

「・・・・・・恐らくそいつはオーウェンの手に堕ちたのだろう。あれは無意識に人をたらし込むからな。人の優しさを知らずに育った化け物を手懐けるのは容易かったのだろう・・・」

「な、なんと・・・オーウェン様が・・・」

「そうか・・・オーウェンと化け物か・・・」

そう小さく呟くと何かを思案するように瞳を閉じた。室内には陛下と報告に来た者の二人きりだ。沈黙が続く中、報告に来た者はこれ以上陛下の気分が荒れない事を祈った。

(どうするべきか・・・第1王子が黒持ちの化け物と共に逃亡していると噂を流すか・・・それも第1王子の独断で城に化け物を置いていた。と追加して・・・・・・いや。それはまずいか。民の怒りを煽るだけならこの手で問題ないが城に化け物を容認していたとなると、今まで城に訪れた者達が不満を漏らすやもしれんな。他国の者もいた筈だ。それはまずい・・・。だがどうにかして、あやつを孤立させたい。あやつの心をズタズタに引き裂いて、逃亡なんて愚かな真似は止めさせて絶望の中で消してしまいたい。その為にはあやつの味方など居てはならぬ。貴族も臣下も民も皆あやつを憎悪し、死を望むように成らねば・・・)

今のこの男の頭の中には如何にして自分の娘を絶望の淵に立たせるか。それだけが頭の中を支配していた。その思考回路は異常であり、人としての常識や倫理などは捨て去っていた。

「・・・化け物の居場所には見当はついているのか?」

「いえ、わかっているのはNo.201が西方面へと飛び出していったという情報のみです。」

「西か・・・・・・・・・そっちには確か辺境地があったな。身を隠すには山は打ってつけか・・・いや外で暮らした事のない者がいきなり山でなんて生きられぬな。なら町中か?」

「ひとまず西方面の町並びに村を徹底的に調査しております。それにNo.201の格好や態度は異常です。少なからず何かしらの噂にはなる筈なので・・・お任せを・・・」

「・・・好きにしろ。」

男の言葉に興味無さげに対応する陛下。

(フッ・・・噂だと・・・この私が噂などという愚かなモノに頼らなくてはならぬとは・・・。これも全部あやつのせいだな・・・)


陛下は噂が嫌いだった。
自分や弟を比べる噂・・・。陛下の事は褒め称える物ばかりで実に義務的な噂だった。だが弟の噂は違ってた。弟を見守るような温かいそんな噂だった。良い事もそして悪い事ですら聞く相手を不快な気持ちにはさせない。そんな噂になっていた。その時に思ったのだ・・・噂とは話す者と聞く者の心境が入り交じり、時が経つにつれて変化していく生き物のような物だと。だから人々から好かれている弟の噂には愛情や優しさを感じる物が多く、話している人々も笑顔になり、自分の噂には皆と自分にある距離と同じような冷たくて冷めきった噂しか流れなかったのだ。そしてそんな噂は私や弟が出会った事もない者達の元へ行き、人々の噂となる。・・・簡単に想像できる。そこでも私は人々から敬遠され、弟は好かれ慕われていく姿が・・・。

恐ろしいと思った。
城の中だけでなく国中が弟を慕う者達で溢れかえる姿が・・・
自分の居場所が無くなるようで息苦しくなった。

だから弟が大公へと臣籍降下した時はホッとした。王位継承権の返上は叶わなかったが、王城から居なくなってくれる。その事がどんなに私の心を安らげたか・・・

だがそれでも弟の呪縛からは逃れられなかった。何処にいても耳に入ってくる忌々しい噂。私がどんなに望んでも生まれてこないのに、弟の子供の誕生を祝う噂を耳にした時は憎悪が増していくのを感じた。しかもあいつの子供を養子に?・・・ありえない。だがそんな時に生まれた我が子。娘であった事は残念であったが、性別など王家の力で隠しきってしまえばいい。大切なのは私の子が王位を継ぐ事だ。私と同じように立派な王子となって欲しかった・・・愛している気持ちさえあったと思う。だが我が子であるオーウェンは成長するにつれて、人柄がどことなく弟に似ているような気がした。自分には無い人に好かれる力。城の中で第1王子の努力を見守る者達が増えていっている。そう気がついた時、私はまた息苦しくなったのを感じた。そして『第1王子は王弟の子なのでは?』という噂を聞いた時、私は逆にそうであって欲しいと思ってしまった。容姿は自分と王妃にどことなく似ていてそこに疑いの余地はなかった。だが、それならばどうしてあの忌々しい資質を我が子が継いでいるのだ。何故私の子なのだ。気がついた時にはオーウェンが私の子であろうと、弟の子であろうとどちらでもよくなっていた。ただ弟に感じるように疎ましく消えて欲しいと感じるようになってしまい、オーウェンを愛する事が出来なくなっていた。まあ、娘を男して育てると決めた残酷さから考えると、生まれた時から愛する気持ちなどまやかしだったかもしれないが・・・

それに、今更後には引けないのだ。私の子はただ一人。本物の王子だけだ。だから偽物には速やかに退場してもらおう。愚かな事を考える者が現れる前に・・・



陛下は気づいていた。
オーウェンを救いたいと思っている者達が居て動いていた事を・・・。
















だが知らない事も多い・・・
まさかオーウェンを救おうと画策している筆頭が自分の隣にいる王妃であるとは夢にも思っていないかった。そしてその想いが国すらも変えてしまうという事など・・・




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