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~第一章~

冒険者ギルドの治癒師

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  騒ぎが収まり、人々はまた自分達の生活へと戻っていった。

「治癒師の件ですが、王女時代とは違い平民なので今後は料金を頂く事になります。どうぞよろしくお願いします!」

  皆が去っていく前に治癒師の営業をかける事を忘れなかった。

  そして子供達とも別れ、私とトロイアスそしてオリヴァーさん達は冒険者ギルドの一室へと案内された。

  ずーっと無言だったから忘れてたけど、オリヴァーさん達居たんだった。何か強ばった表情をしてるけど、どうしたのかな?

  やっぱりサマンサの悪行が気になるのかな?
  でもあの子の話を聞く限り家にはもう戻らないんじゃないかな。王城に居場所が出来てるし、貴族には味方が沢山居るわけだから……。それに今じゃ隣国の王子様の婚約者だもの。

  もう簡単には家に帰れないと思う。

  私はそんな風に考えていたが、それはかなりの見当違いだった。オリヴァーもジェイクもサマンサの悪どい部分はそれなりに知っていたつもりだった。そのサマンサがアクアを押し退けて王女になった事も聞いてはいた。

  自分の地位を奪われて、さぞ憤慨している我が儘王女がやって来るのではと思っていた。
  だがやって来た王女様はサマンサの悪口一つ言わないし、礼儀正しくてむしろ自分達を気づかってばかりいる娘だった。

  見た目がシンプルなワンピースだけだったのもあって王女様だとわかっていても何だか敬わなくてはという気持ちが湧いてこなかった。
  ここ最近本当に色々あったし、怒りや困惑があったのもわかる。だが元とはいえ王族だった方に自分達は無礼な振る舞いをしすぎていたのではないか。

  あんなに民から慕われる素晴らしい王女様だと知らずに……

  しかもサマンサがアクアの婚約者を寝取ったのを初めて聞いた。夜会に乗り込んで恥をかかせたなんて話も知らなかった。

  ここまでいくとどう償いをすればいいのかわからない。
  それが彼等の心境だった。


  応接室のような一室に案内され、オリヴァーとジェイクが二人がけのソファーに私が一人がけのソファーへ座った。何故かトロイアスは私の背後に控えて立っていた。

  もう、席もあるんだから座ってって言ったのに!

「いえ、此処が私の立ち位置ですから。」

「護衛騎士じゃないから違うでしょ!」

「私は生涯貴女の騎士です。どんな時もお側におります。」
  
「……ああ、もう勝手にして!  でも騎士だと認めた訳じゃないからね!  後で必ず話し合いをするからね!」

  頑固なトロイアスを説得するのは諦めてギルマスが戻ってくるのを待った。

  そしてドタドタと大きな足音を立てながらギルマスは豪快に扉を開けて現れた。

「……すまん!待たせたな!」

  頭に大きなたんこぶがあり、そこを擦りながら苦笑いしていた。

  えっと何?  その漫画みたいなたんこぶは……
  さっきまでなかったよね。

「ちょっと後ろがつまってるわよ!  さっさと入ってちょうだい!」

  キツそうな女性の声が聞こえたと思ったら、ギルマスが部屋の中に倒れ込むように入ってきた。

  そこには薔薇のような真っ赤な髪を持ったグラマラスな女性が手を突き出して立っていた。
  
「お、押すなっつーの!  危ねぇだろうが!」

「あら?  ごめんなさい、歳のせいでもう歩く力が衰えたのかと思って手助けしたのよ。だって私は貴女の妻ですもの……」

  さっきとは打ってかわって、しおらしく話す女性は色っぽく彩られた赤い唇で投げキスをしていた。

  えっろ……あの女の人凄い色っぽいんだけど……
  胸の谷間ぐわって見せてるし!  
  あのスカート合法なの?  ちょっと歩くだけで見えちゃいそうだけど!
  そ、それに妻!?  す、凄い歳の差婚だね……

  心の中で一人で慌てていると、背後に控えていたトロイアスが私の視界を手で塞いだ。

「あれはアクア様にはまだ早いです。」

  まだって何よ!  まだって!
  私に色気がないって言いたいわけ!?
  そりゃあのお姉さんはF?  いやGはありそうだけど……

  しかも私は同姓なんだから隠すなら自分の目か、私より歳下のジェイクの目を隠しなよ!

  無言で不満を募らせていると……

「私は貴女の騎士ですから、貴女以外を守る気はございません。」

  私の心を見透かすようにシレっとトロイアスは言ってきた。

  むーーかーー。何かあればそればっかり!
  それ言えばいいと思ってるな!  あいつめー!

  私達がそんなやり取りをしている間にお茶の準備を整えてギルマス達も席についていた。
  それを確認したトロイアスはすっと自分の手を離し、私の視界を解放した。

  うっ……ラブラブだね。

  逞しいギルマスの片膝の上に座ってるグラマラスなお姉さん。ギルマスの首に腕を回しながらしがみついている姿は何だが見てはいけない物のような気がする。

「こんな姿で悪いが話を始めるか。まず確認だ。あんたは結局何者なんだ。説明してくれ!」

  冒険者ギルドを守る長として事態を把握しておきたいのだろう。私を見極めようと鋭い視線を送ってくる。

「私は17年間この国の第二王女アクリアーナとして生きてきました。その間にお忍びとして孤児院や神殿に出向き、治癒師になっていたのも事実です。……ですが今は平民のアクアと申します。その経緯は私の口からは申せませんので御了承下さい。」

「……いや、わけがわかんねぇよ。」

  私の話を聞いた上でそう溢すギルマス。

  それもその筈だ。王族はそう簡単にお忍びで街になんか来られないし、ましてや治癒師として働いてるなんてありえない。
  しかもわけあって平民になるってどんな事情だ!
  ギルマス達の混乱は手に取るようにわかった。

  まぁそれもこれも全部私の事情だったんだけどね。
  魔力を増やそうとしていた私の前に立ち塞がったのは魔力の消費率の悪さだった。始めは自室の中で少し水を浮かせたり、風を吹かせたりするだけで魔力は底をついていた。だが増やしていく内に魔力を消費するのが難しくなった。

  ただでさえ毎日体を鍛えたり、礼儀作法の授業があったり、勉学に勤しんだり、読まなきゃいけない本は山のようにあった。
  あっという間に終わってしまう一日の中で魔力を増やす事だけに時間を取られる訳にはいかなかった。

  だから私は一番魔力消費の多い治癒魔法を覚えて毎日魔力を消費していった。

  誰にも見つからないように隠れて自分に怪我を負わせて治癒魔法を施していったのだ。

  今考えてみれば、あれはストレスで精神を崩壊していた私のちょっとした自傷行為だったのかもしれない。 
  私のその行いを見つけたのは家族でも侍女でもなく、私に興味なさそうにしていたトロイアスだった。

「そんなに治癒魔法の練習したかったら怪我人を治せ!  俺が怪我人のいる所へ連れてってやるから今すぐそれを止めろ!」

  魔力消費するごとに魔力量を増やしていると知らないトロイアスは私が治癒魔法の練習をしていると思ったらしく、私をそれは凄い勢いで怒鳴りつけた。
  そしてその日から他の部下に部屋に私が居るように偽装工作を頼んだ上で城下町へと私を連れ出した。

  トロイアスが私の為に用意してくれた治癒魔法の練習場魔力の消費場、それが孤児院と神殿だった。
  恐らくは、そこが私の出歩けるギリギリのラインだったのだろう。

  子供達と聖職者達に囲まれ、噂を聞きつけた冒険者や街の人達の治療をする。

  それは穏やかで楽しい時間だった。
  自分の置かれていた立場を一時忘れる事が出来た。

  その頃からかな?  トロイアスが私から目を離さなくなったのはーー。
  最初はあの事があったから見張られてるのかと思ってたけど、なんか違ったのよねー。

  凄い荒っぽい口調だったのに突然本物の騎士みたいに話したり、私の事をクソガキって目で見てたのも何か優しくて温かい目で見てくるようになったから……

  あれは未だに謎だ。何度聞いても「貴女の心意気に惚れただけです。あの日から私は貴女の騎士。その誓いは生涯変わりません。」とか言ってくるんだよ?
  疑ってる訳じゃないけど、なんだかな~。



「ーーじゃねぇか!  おい!  聞いてんのかっ!」

  ボーッと思考にふけっていると、突然ギルマスの怒鳴り声が耳に入ってきた。

  あ、今ギルマス達と居るんだった……
  全然話聞いてなかったよ。

  気まずそうな私の苦笑いを見て、ギルマスは舌打ちをして「だからこいつらとはどういう関係だって聞いてんだ!  この男は護衛なんだろ?  でもオリヴァー達はどういう事だ!」とイライラしながら問いつめてきた。

「失礼致しました。私の後ろに控えていますのは、私の元護衛騎士のトロイアスです。身元と致しましてはマルヴィーア王国騎士団 第三師団長を勤めていた男です。オリヴァーさん達は現在訳あってお世話になっている親切な方々です。住む家のない私を置いてくださっています。」

  私としては話しても大丈夫な部分を簡潔に話したつもりだった。

「は?  き、騎士団第三師団長って!?  はぁぁーー!?」

  だがギルマスには衝撃が些かありすぎたらしく、叫び声をあげ気絶した。

「もう!  だらしがないわね!  」

  ギルマスの奥さんのジュディアさんは仕方のない人と言いながら微笑み、介抱していた。
  というか、膝枕しながらピンク色の世界が展開されていった。

  …………見るのも恥ずかしいのに何だがその光景から目が離せないでいると、またもトロイアスに視界を塞がれた。


「今はまだ知らなくてもいい世界です。ーー今は……」


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