上 下
18 / 48

聖女ルシーダの場合 別ルート ハンナ

しおりを挟む
朝起きて、自分の寝台を整える。
館を清掃。
朝食はパンとスープ。
午前中は晴れていれば庭仕事。
昼食はパンと季節の野菜とたまごか豆。
午後は客人がいれば応対し、いなければ散歩。
館を清掃。
夕食はいつも館から馬車で5分ほどのハンナの実家から届けられる。
今夜は焼きたてのまだ暖かいパンと揚げたじゃがいも、野菜の煮物、甘い焼き菓子とお茶までついてきた。
夕食の入っていたカゴには、ハンナからの手紙が入っていた。
そうね、今日でちょうどあの日から三年。

あの日、私に跪いたハンナはたくさんのことを話してくれた。
私は知らなかったが、ハンナは農耕中心の田舎領主の娘だった。
農耕中心のため、一度天候不良が来ると領主の蔵すら空になる。
そんな綱渡りの領地のため、働ける年になった若者は後継を残して出稼ぎに出る。
領主令嬢のハンナも王宮で勤めていたのは結婚前の箔付ではなくがっつり給金目当てであったそうだ。
手当が余分につくことで私付きを希望したらしい。
私付きの手当だけで、5年間に農耕用の馬を3頭と羊を15頭、新しい作物の種を7種類購入してそのうちの1つが土地に合っているということで本格的に導入されたのだそうだ。
私は驚いた。
聖女となってからの私には価値があった。
だから私の周りに来る者は、私に何かを与えてもらおうとする人ばかりだった。
そして代わりが見つかれば手のひらを返す者たちだった。
ハンナは違った。
私に求めるのではなく、自分で掴み取ってきた。
たまたま私の近くにいただけだった。
それはとても好ましく思えた。
だから、5年の刑期を終えて塔を出たその足で、王や神官の待つ広間ではなくハンナの実家の領地に向かった。
この3年、空いていた古い館に住み、暮らした。
自分で庭で野菜を育て、領地領民の怪我や病を癒やし祝福を与えた。
華やかさはないが穏やかな暮らしをルシーダは満喫した。


手紙は時候の挨拶に続いてなかなか顔を出せない事が詫びられていた。
仕方あるまい。
あれから、私に遅れること2年後領地に戻ったハンナは結婚した。
自分の結婚に関わる資金は自分で貯めたのだそうだ。
相手は同じ王宮勤めの貴族の三男坊。
ハンナは実家に夫は王宮に分かれて暮らす別居婚だった。
そして今は二人目の子の出産間近だ。
ハンナはしっかりものの母になっている。

あの時ハンナは自分を利用しろと言った。
刑期を終えても事実上の幽閉が決まっていた私を逃してやると。
自分を利用して逃げろと。
その代わり、実家の領地が立ち直るまで3年間助けてほしいと、取引をもちかけたのだった。
それに感動したのだ。
ハンナの賢さ、公平さ。
今までルシーダの聖女としての行いには報酬はなかった。
誰かに与えるだけであった。
ルシーダが与えられていた贅沢や権力は、ルシーダの行いではなく聖女としての存在に与えられていた。
道を誤った原因の一つである。
ほかにも十分な教育を受けていなかったことや取り巻きの存在、娘に跪き唆し無心する親兄弟の存在があった。
ハンナは私の聖女としての行いに、きちんと対価を設定したのだ。
これなら受ける側も与える側もない。
そのときはようやく自分の刑期が終わるのを感じた。
全ての罪に気づき向き合えたのだ。
そしてこれから進む道も。

そろそろ産まれそうだということ。
3年の約束が果たされたということと、その礼が書かれていた。
最後に感謝と別れの言葉。

ハンナは本当に賢く聡い。
ハンナは気がついていた。
私が旅立つ準備をしていることを。
度重なる天候不順に疲弊しきった人と土地はこの3年で甦った。
未だ領内に借金は残っているが、連続した豊作に倉は満たされ、領民も腹は満たされている。
そして今年からは新しく織物産業が集約され利益化が図られる。
また高等教育の学舎を開かれるのでいずれは王国中から人が集まる場所となるだろう。
作物の出来だけに左右されない領地作りが始まった。
もうこの地は大丈夫。
聖女である私がいることで、繰り返し祝福することで、穏やかに過ぎた3年間をこの領地は有効に活かした。
私がこの地で求められていたことは終わろうとしている。
そう、今私は旅立ちの準備を始めている。
ここでの暮らしで、私はたくさんのことを学び、感じた。
4つで聖女と認定されて神殿で過ごしてていた頃は感じることのなかったことを知った。
己のこれまでの行いに、羞恥と申し訳なさに眠れない夜もあった。
そして私は、今までにないほどに自分が聖女であることを感じていた。
自分が聖女であるという意味を。
国の中心にいた時よりも。
聖女として生きていこうと心を定めさせてくれる時間だった。
せっかくの暖かい食事を早速いただいてから、ハンナに返信の手紙を認める。

ハンナはもうじき出産する。
それを見届けて私はここを出ていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

これぞほんとの悪役令嬢サマ!?

黒鴉宙ニ
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。 ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。 座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ! 前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...