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アンの場合

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「だから、マットをアンに近づけるんだ。あいつは伯爵以上の家のものなら誰でもいいんだから」
「ええ、マットならアンとお似合いですわ」
そんな声が聞こえてきました。
これは婚約者のノエル様とその幼馴染のマリエル様の声。
学園の図書館の片隅とはいえ、無人ではないというのに。
案の定当事者である私、アンの耳に入っているではありませんか。
そっと、読みかけの書を本棚に戻します。
わかっていました。
ノエル様が私を嫌っていること。
私は祖父が商売で成り上がり、男爵位を賜った。
ノエル様の家は由緒ある伯爵家。
たまたま、祖父同士が知り合いだった縁で整った婚約。
どうやら思っていた以上に嫌われていたみたいです。
他の男を近づけて、私の不貞で婚約解消しようと画策しているようです。
そして幼馴染で同じ伯爵家の美少女マリエル様と婚約し直す、と。
巻き込まれるマット様はとんだ災難ですわ。
マット様は一学年上の伯爵家の次男。
女好きと有名な方ですね。
思わず本棚にもたれてしまいました。
そんなことができるのは、ノエル様の伯爵家も我が家ほどではないにしても裕福で、妻の実家をあてにしなくて良いというのがあります。
マリエル様の伯爵家は少々経済的には劣りますが。
さて、どうしましょうか。
わかっていながら何もしないなどありません。
たとえ、思い入れのない婚約であっても。

婚約は破棄されました。
ノエル様とマリエル様の思惑通り、マット様と私が不貞を働いている、との訴えが通ったかたちで。
ただ、あらかじめ両家に話を通していたので、表沙汰にはなりませんでした。
利害関係がない分すんなりいきました。
ノエル様とマリエル様は少し拍子抜けしたようでしたが。


縁とは異なもの。
結局私はマット様と結ばれました。
女好きと噂されたマット様いえ夫は噂通りの人でした。
ですが、人としての魅力がありました。
また、意外なほどの良識とバランス感覚も。
結婚したあとは私一筋。
きちんとケジメのつけられる人でした。
一男一女に恵まれて、忙しくも充実した結婚生活を送っています。
来年には私自身が海路での商隊にも参加できる事になりました。
2年の長旅です。
子の世話を含めた留守を守る、信頼できる夫がいてこその実現でした。
祖父が財を築く礎となった旅路を自分で見て回ることは、私の子供の頃からの夢でした。
わくわくが止まりません。


ノエル様とマリエル様は、結婚されました。
ですが、数年後別居されてマリエル様はご実家に帰られたそうです。
家柄も経済的にも優良物件なノエル様の婚約者が私だったのには、理由がありました。
ノエル様のお母さまは、それはそれは気の強い方だったのです。
とても社交的で話し上手な楽しい方です。
味方についていただけたら百人力ですが、一度ご機嫌を損ねると。
考えたくありません。
幼馴染として会っているうちは良くても、嫁姑としてあの方と上手く行くのは至難の業です。
だからマリエル様のご両親も、ノエル様との婚姻を考えておられなかったのです。
私は嫁しても実家の事業の一つを譲られて、毎日外出する事になっていました。
それが婚約の条件であり前提だったのです。
それでも制約の多い暮らしとなるのはわかっていました。
マリエル様に感謝もしているのです。





最近マリエル様はご実家から嫁ぎ先に連れ戻されたのと噂です。

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