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第二章 生き残りの日々

30:犯罪者だ!再び

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 税務署を逃げ出してステータスを開いてみたら、カルマは一気にマイナス45まで下がっていた。
 マイナス45って!
 脱税前はちょうどゼロだったので、一度の脱税で45も下がったことになる。
 依頼失敗とか護衛対象を死なせたとかの比じゃないぞ。
 脱税がここまで重罪とか、やっぱりバランスがおかしいだろ。

 また地道に依頼こなしと善行を重ねるのを思うと、ちょっとめまいがした。
 しかも前のときよりカルマが低い。どうしろってんだよ。

「見つけたぞ、犯罪者め!」

 衛兵が二人、こちらに向かって走ってくる。
 土地勘と体力は彼らのほうが上だ。はやく逃げなければ。

「うわっ!」

 衛兵の片方が矢を射掛けてきた。
 あいつら容赦ない!
 とっさに左にステップを踏んでかわす。
 軽業スキルとダンジョンで培った戦闘能力が役に立った。
 矢は石畳の継ぎ目に突き刺さった。その威力にぞっとする。

 路地に追い立てられ、狭い道を必死で走る。
 やがて見えてきたのは行き止まり。
 袋小路に追い込まれた。
 衛兵たちの気配が近づいてくる。

 と。
 袋小路の手前、ゴミのかげにあったドアが急に開いて、俺は引っ張り込まれた。

「しーっ。大人しくしてね」

「バルト!」

 俺を引き込んだのはバルトだった。
 薄暗い室内で俺の口を押さえてくる。

「犯罪者はいたか?」

「いや、見失った」

「近くにいるのは間違いない。よく探せ!」

 壁一枚向こうで衛兵たちの声がする。
 やがて声はだんだん遠ざかっていって聞こえなくなった。

「ユウ、災難だったねえ」

 バルトはニヤニヤ笑っている。
 言葉とは裏腹にこうなるのが分かっていたかのような表情だ。
 俺は心の底からため息をついた。

「また地道なカルマ上げをすると思うと、気が遠くなるよ」

「前と同じやり方じゃあ駄目だけどね」

「え?」

 バルトを見れば、彼は肩をすくめた。

「だって税金の請求は二ヶ月ごとに来るんだよ? ユウは去年の夏が最後の納税なんだろ。次の税金を滞納すれば、脱税扱いになってカルマがまた下がる」

 そうか、税金は二ヶ月毎に請求書が来るんだった。
 締切まで間があるので、半年分ならまとめ払いができる。
 ところが俺は半年前に納税したっきり。
 次の締切は二ヶ月後になる。

 たった二ヶ月でマイナス45のカルマを戻せるか……?
 いや無理だろ。以前はマイナス35から始まって、ゼロに戻すまで四ヶ月はかかった。
 だが犯罪者状態を解除できなければ、王都に入ったとたんに衛兵に襲われる。
 そうしたら税務署に行って納税なんて不可能だ。

「詰んでる――!」

 俺が頭を抱えると、バルトは今度こそゲラゲラと笑った。くそ、他人事だと思いやがって。

「ユウ。もう諦めて裏社会に入ろうよ。そうしたら税金とかカルマとか関係ないから」

「嫌だ」

 俺はちょっと涙目になりながら、それでもきっぱりと断った。
 そりゃあ俺は善人ってほどではないが、モラルを捨てた悪人にはなりたくないんだ。

 そう思うのは、たぶん前世の日本の記憶のおかげだろうな。
 日本は正しいことをして生きていける国だった。
 この世界のように理不尽で命が奪われるケースは、決して多くはなかった。
 俺が生きるために良心を捨ててしまったら、この世界の理不尽を許すことになる。
 ……それはどうしても嫌だった。

「そっかぁ。きみならいい強盗や暗殺者になれると思うのに。……ま、裏社会が嫌なら何か手を考えないといけないね」

「といっても、どうすればいいか」

「この国には『免罪符』という制度があるのは、知ってるかい?」

「いいや」

 俺は首を横に振ると、バルトが続けた。

「マイナス分のカルマを帳消しにしてくれる、ありがたい御札だよ。お国の偉い人が発行してくれる」

「そんなのがあるのか!」

「うん。ちなみに盗賊ギルドでも何枚か持ってるね。裏で流通しているのを引き取ったんだ」

「なら、それを譲ってくれ」

 俺の言葉に彼は意地悪く笑った。

「いいけど、すごく高いよ。金貨百枚」

「ひゃくまい!?」

「貴重な品だもの、当たり前だろ」

 俺の今の全財産は、金貨にしてやっと十枚。
 ここまで貯めるのに苦労した。それなのに、とてもじゃないが足りない。

「値下げ交渉は……」

「却下。免罪符は盗賊ギルドの力をもってしても、そう簡単に手に入らないんだ。下っ端ギルド員のために値下げはできないね」

「そんなぁ」

 足から力が抜けて、俺は床にへたり込んだ。






 床に座り込んだ俺を、バルトは気の毒そうに眺めて言った。

「盗賊ギルドの免罪符は譲ってあげられないけど、他に入手のアテはないのかい? 偉い人に知り合いは?」

「そんな人は……あっ」

 言いかけて俺は思い出した。
 鉱山町の寄生虫事件で知り合った、騎士団長のヴァリスだ。
 困ったことがあれば頼ってくれと言っていたっけ。
 彼であれば、免罪符を発行できるかも?

「一応、知り合いらしき人ならいる」

「へえ?」

 ヴァリスの話をすると、バルトはうなずいた。

「王国騎士団の団長であれば、間違いなく免罪符の発行権を持っているよ。頼みに行こうじゃないか」

「でも、どうやって」

 町なかに出れば衛兵が追ってくる。
 それにヴァリスは王城にいるだろう。
 王城なんて衛兵の根城だと思うんだが。捕縛されて牢屋行きだ。

 困り顔の俺に向かって、バルトはチャーミングなウインクをしてみせた。

「そりゃあ忍び込んで会いに行くのさ。盗賊ギルドらしく、ね」
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