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第16話 仲直り
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ちょっとらしくない事をしてしまって少しだけ後悔している。
痛い想いは嫌いだから、その分だけ。
とはいえエルプリヤさんの笑顔を独り占めできたから、それだけが救いかな。
それで今は従業員を集めて清掃作業中。
爆睡中だったはずのピーニャさんさえ動員されて状況確認の真っ最中だ。
さすがの不思議旅館でも魔法みたいにシュッと消える訳にはいかないらしい。
もっとも、清掃自体は他のお客さんもが手伝ってほぼ済んでいる。
だから作業自体はすぐにでも終わりそうな雰囲気だ。
他にも医療スタッフも在中しているようで、僕とゼーナルフさん、レミフィさんはすぐに治療してもらえた。
回復魔法というものを初めて掛けてもらったけど、とても気持ちいいものだったな。
それから一時間ほどして、ようやく食事処が解放された。
それもエルプリヤさんからの迷惑料として、本日は全無料提供という形で。
おかげで店内は大盛り上がりという事らしい。
しかし事件の発端となった僕達は客間に集められる事となった。
まずは事情聴取という形の、話し合いを行うためにと。
「その、この度はわたくしどもがご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」
そこで最初にこう口を開いたのはアリムさん。
彼女は強制退去させられず、事情徴収に応じてくれた。
やはりあれほどの騒ぎを起こした手前、強く反省していたらしい。
なので僕達も嘘偽りなく事情を語り、エルプリヤさんにすべてを知ってもらう。
もちろんアリムさんにもちゃんと言質を取った上で。
アリムさんももう潔くなっていて、すべてにしっかり頷いてくれていた。
「……なるほど、そういう事でしたか」
「すべては私が未熟で至らなかったため。であればしっかりと罪は償います。それが最後のエルフの一人としての責務だと思っていますから」
ただ彼女にも背負うものがあって、責任も感じている。
その責任感はとても強いものなのだと思う。
きっとこんな所に初めて来て、少しハメを外し過ぎちゃっただけに過ぎないんだ。
「責任を感じる必要はありませんよ」
「えっ……?」
「おそらく、ジニス様が来られたのは貴方の傍におられたから。きっと本来の資格があったのはアニム様だけだったのだと思います。だからこうして潔くなれたのだと、私は信じておりますから」
「エルプリヤさん……」
でもエルプリヤさんはアリムさんを訴追するつもりはないらしい。
それは反省しているから――たったそれだけでいいのだと。
実際、被害を受けた人はほとんどいない。
それに僕もゼーナルフさんもレミフィさんも同じ気持ちだから。
この温泉は、そんな罪さえも洗い流せる場所なんだってね。
「という訳で、このお話はこれでおしまい。さぁ皆さん、宴が待っていますので是非とも――」
「待ってください! それでは私の気が済みません!」
「アリム様、どうして……」
「秋月夢路、どうか私に罪を償わせて!」
しかしアリムさんはやっぱり強情だ。
不問となるのがどうしても納得いかないらしい。
責任感が強いのはわかるけど、ちょっとはこっちの気持ちも汲んで欲しいなぁ。
そこの所はジニスとそっくりだよ。
「えーっと、そういうのはもういいですよ」
「なんで!? 私は貴方に詫びをしないと気が済まなくて――」
「それ言っちゃうと、僕も謝っちゃいますよ?」
「……へ?」
だからもう僕もいっそのことぶっちゃける事にした。
アリムさんが償う必要なんてまったく無いんだってね。
「僕がアリムさんの事を性的に見ていたのは事実なんだ。それがこの旅館では当たり前の事であってもね」
「そう。ユメジの視線、とても熱い。本気になってしまうくらい」
「それが気に食わなかったのって、本当の事じゃないか」
「そ、それは……」
「僕の世界でもそれはタブーだ。となれば、僕にだって君をいやらしく見つめてしまった罪がある。だから、ごめんなさい!」
「え、ええっ!?」
なので先に僕の方が頭を下げてやった。
これにはアリムさんも驚くあまり、椅子にぺたんと背中を預けていて。
「あとレミフィさん、僕のために傷付けさせてしまってごめん! ゼーナルフさんも巻き込んでごめん!」
「くふふっ、やっぱりイイ、ユメジ」
「だな、コイツ本当に面白い奴だわ」
「そしてエルプリヤさん」
「は、はい」
「笑顔、ごちそうさまでした!」
そんな中で僕の背中にゼーナルフさんとレミフィさんの平手打ちが飛ぶ。
おかげで僕も痛くてたまらず笑いが止まらなかった。
エルプリヤさんやアリムさんまで笑わせてしまうほどにね。
「フッフフ、アッハハハ! 秋月夢路、あなた本当に変な人ね」
「ただ笑顔とかが好きな普通の人間ですよ」
「そっか……あなたみたいな人が私の世界にもいてくれれば、もっと別の未来に進む事もできたのかなぁ……」
確かにアリムさんは不幸な境遇に遭ってきたかもしれない。
でもここに来た以上は、笑ってくれないとエルプリヤさん達が可哀想だ。
せっかく色んなサービスを提供してくれるすごい旅館なんだから。
「……じゃあ秋月夢路、私に償って」
「えっ?」
「今からたっくさん飲むわよ! 付き合いなさい!」
「はぁい、わかりましたお姫様」
「アリムと呼んで! それ以外は許さないんだから!」
だからアリムさんの無茶振りにも付き合う事にしてあげた。
ゼーナルフさんやレミフィさんも巻き込んで盛大にね。
こうして僕達はアリムさんとも打ち解け、皆で食事処に戻った。
それで他の客ともお酒を酌み交わし、浴びるほどに飲みまくったよ。
僕からのお詫びも兼ねて、色んな人に酌を回しながらね。
会社でもこういう事は慣れてるからもうお手の物さ。
ただしあまりに飲み過ぎて、途中から記憶を失ってしまったけれども。
――そして今、目が覚めた。
頭が痛い。
寝起きなのにクラクラする。
たとえ異世界旅館でも二日酔いだけはどうしようもないらしい。
それでふと首を左にひねれば見覚えのある景色と物が待っていた。
自分の部屋と、あとピーニャさんに向けた書置き――の残骸。
クシャクシャになってるから、きっと怒って読み捨てたかな
という事はどうやら酔っている間に帰ってこれたらしい。
それだけが救いかな。
――なんて思っていたら、側頭部に何かが触れる。
それだけには留まらず、僕の顔をそっと引き寄せていて。
そのまま右に向いたら、アリムさんがいた。
……なんで?
「どうして、って顔してるね。忘れちゃったんだ。昨日あんなに激しかったのに」
「へ……?」
「だからかな、最初はあんなに嫌いだったのに、今ではとっても大好きになっちゃった」
そんな彼女が僕に密着するようにして寝ていて、僕に吐息が当たる。
それだけでなくそっと起き上がり、僕の額に口づけまでしてくれた。
するとそっと布団から這い出て、机の上に置かれた湯呑を口元に運ぶ。
どうやら水が入っているらしく、同じく置かれていた粉薬をパッパと投じていて。
「これ、二日酔いに効くんだって」
「えっ」
「だから飲ませて、あげるね」
薬水を己の口に含み、屈んでは髪をまくしあげながら僕の口へと運ぶ。
その感触はとても柔らかくて、甘くて、それでいてほろ苦かった。
いつまでも飲み続けられる――そう思える心地良さまで付けて。
「私、もう行くね。兄さんの事、ちゃんと確認しないといけないから」
「あ、ジニスって、アリムのお兄さんだったんだ」
「そうなの。だから安心してね。それじゃあ――あ!」
「ん?」
「また、会えるかな?」
「……うん、また会おう」
そんな切ない想いを僕に分け与え、彼女はそのまま静かに部屋を去った。
唇に残る余韻がまだ残っているのに、追う事さえも叶わず。
でも、いつかまた出会えると信じているから平気だ。
こうして約束したから、大好きって言ってくれたから。
きっとそんな強い想いがある限り、この旅館にまた来られるんだって。
痛い想いは嫌いだから、その分だけ。
とはいえエルプリヤさんの笑顔を独り占めできたから、それだけが救いかな。
それで今は従業員を集めて清掃作業中。
爆睡中だったはずのピーニャさんさえ動員されて状況確認の真っ最中だ。
さすがの不思議旅館でも魔法みたいにシュッと消える訳にはいかないらしい。
もっとも、清掃自体は他のお客さんもが手伝ってほぼ済んでいる。
だから作業自体はすぐにでも終わりそうな雰囲気だ。
他にも医療スタッフも在中しているようで、僕とゼーナルフさん、レミフィさんはすぐに治療してもらえた。
回復魔法というものを初めて掛けてもらったけど、とても気持ちいいものだったな。
それから一時間ほどして、ようやく食事処が解放された。
それもエルプリヤさんからの迷惑料として、本日は全無料提供という形で。
おかげで店内は大盛り上がりという事らしい。
しかし事件の発端となった僕達は客間に集められる事となった。
まずは事情聴取という形の、話し合いを行うためにと。
「その、この度はわたくしどもがご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」
そこで最初にこう口を開いたのはアリムさん。
彼女は強制退去させられず、事情徴収に応じてくれた。
やはりあれほどの騒ぎを起こした手前、強く反省していたらしい。
なので僕達も嘘偽りなく事情を語り、エルプリヤさんにすべてを知ってもらう。
もちろんアリムさんにもちゃんと言質を取った上で。
アリムさんももう潔くなっていて、すべてにしっかり頷いてくれていた。
「……なるほど、そういう事でしたか」
「すべては私が未熟で至らなかったため。であればしっかりと罪は償います。それが最後のエルフの一人としての責務だと思っていますから」
ただ彼女にも背負うものがあって、責任も感じている。
その責任感はとても強いものなのだと思う。
きっとこんな所に初めて来て、少しハメを外し過ぎちゃっただけに過ぎないんだ。
「責任を感じる必要はありませんよ」
「えっ……?」
「おそらく、ジニス様が来られたのは貴方の傍におられたから。きっと本来の資格があったのはアニム様だけだったのだと思います。だからこうして潔くなれたのだと、私は信じておりますから」
「エルプリヤさん……」
でもエルプリヤさんはアリムさんを訴追するつもりはないらしい。
それは反省しているから――たったそれだけでいいのだと。
実際、被害を受けた人はほとんどいない。
それに僕もゼーナルフさんもレミフィさんも同じ気持ちだから。
この温泉は、そんな罪さえも洗い流せる場所なんだってね。
「という訳で、このお話はこれでおしまい。さぁ皆さん、宴が待っていますので是非とも――」
「待ってください! それでは私の気が済みません!」
「アリム様、どうして……」
「秋月夢路、どうか私に罪を償わせて!」
しかしアリムさんはやっぱり強情だ。
不問となるのがどうしても納得いかないらしい。
責任感が強いのはわかるけど、ちょっとはこっちの気持ちも汲んで欲しいなぁ。
そこの所はジニスとそっくりだよ。
「えーっと、そういうのはもういいですよ」
「なんで!? 私は貴方に詫びをしないと気が済まなくて――」
「それ言っちゃうと、僕も謝っちゃいますよ?」
「……へ?」
だからもう僕もいっそのことぶっちゃける事にした。
アリムさんが償う必要なんてまったく無いんだってね。
「僕がアリムさんの事を性的に見ていたのは事実なんだ。それがこの旅館では当たり前の事であってもね」
「そう。ユメジの視線、とても熱い。本気になってしまうくらい」
「それが気に食わなかったのって、本当の事じゃないか」
「そ、それは……」
「僕の世界でもそれはタブーだ。となれば、僕にだって君をいやらしく見つめてしまった罪がある。だから、ごめんなさい!」
「え、ええっ!?」
なので先に僕の方が頭を下げてやった。
これにはアリムさんも驚くあまり、椅子にぺたんと背中を預けていて。
「あとレミフィさん、僕のために傷付けさせてしまってごめん! ゼーナルフさんも巻き込んでごめん!」
「くふふっ、やっぱりイイ、ユメジ」
「だな、コイツ本当に面白い奴だわ」
「そしてエルプリヤさん」
「は、はい」
「笑顔、ごちそうさまでした!」
そんな中で僕の背中にゼーナルフさんとレミフィさんの平手打ちが飛ぶ。
おかげで僕も痛くてたまらず笑いが止まらなかった。
エルプリヤさんやアリムさんまで笑わせてしまうほどにね。
「フッフフ、アッハハハ! 秋月夢路、あなた本当に変な人ね」
「ただ笑顔とかが好きな普通の人間ですよ」
「そっか……あなたみたいな人が私の世界にもいてくれれば、もっと別の未来に進む事もできたのかなぁ……」
確かにアリムさんは不幸な境遇に遭ってきたかもしれない。
でもここに来た以上は、笑ってくれないとエルプリヤさん達が可哀想だ。
せっかく色んなサービスを提供してくれるすごい旅館なんだから。
「……じゃあ秋月夢路、私に償って」
「えっ?」
「今からたっくさん飲むわよ! 付き合いなさい!」
「はぁい、わかりましたお姫様」
「アリムと呼んで! それ以外は許さないんだから!」
だからアリムさんの無茶振りにも付き合う事にしてあげた。
ゼーナルフさんやレミフィさんも巻き込んで盛大にね。
こうして僕達はアリムさんとも打ち解け、皆で食事処に戻った。
それで他の客ともお酒を酌み交わし、浴びるほどに飲みまくったよ。
僕からのお詫びも兼ねて、色んな人に酌を回しながらね。
会社でもこういう事は慣れてるからもうお手の物さ。
ただしあまりに飲み過ぎて、途中から記憶を失ってしまったけれども。
――そして今、目が覚めた。
頭が痛い。
寝起きなのにクラクラする。
たとえ異世界旅館でも二日酔いだけはどうしようもないらしい。
それでふと首を左にひねれば見覚えのある景色と物が待っていた。
自分の部屋と、あとピーニャさんに向けた書置き――の残骸。
クシャクシャになってるから、きっと怒って読み捨てたかな
という事はどうやら酔っている間に帰ってこれたらしい。
それだけが救いかな。
――なんて思っていたら、側頭部に何かが触れる。
それだけには留まらず、僕の顔をそっと引き寄せていて。
そのまま右に向いたら、アリムさんがいた。
……なんで?
「どうして、って顔してるね。忘れちゃったんだ。昨日あんなに激しかったのに」
「へ……?」
「だからかな、最初はあんなに嫌いだったのに、今ではとっても大好きになっちゃった」
そんな彼女が僕に密着するようにして寝ていて、僕に吐息が当たる。
それだけでなくそっと起き上がり、僕の額に口づけまでしてくれた。
するとそっと布団から這い出て、机の上に置かれた湯呑を口元に運ぶ。
どうやら水が入っているらしく、同じく置かれていた粉薬をパッパと投じていて。
「これ、二日酔いに効くんだって」
「えっ」
「だから飲ませて、あげるね」
薬水を己の口に含み、屈んでは髪をまくしあげながら僕の口へと運ぶ。
その感触はとても柔らかくて、甘くて、それでいてほろ苦かった。
いつまでも飲み続けられる――そう思える心地良さまで付けて。
「私、もう行くね。兄さんの事、ちゃんと確認しないといけないから」
「あ、ジニスって、アリムのお兄さんだったんだ」
「そうなの。だから安心してね。それじゃあ――あ!」
「ん?」
「また、会えるかな?」
「……うん、また会おう」
そんな切ない想いを僕に分け与え、彼女はそのまま静かに部屋を去った。
唇に残る余韻がまだ残っているのに、追う事さえも叶わず。
でも、いつかまた出会えると信じているから平気だ。
こうして約束したから、大好きって言ってくれたから。
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