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第十二節「折れた翼 友の想い 希望の片翼」

~人間とは、魔者とは~

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 勇達が訪れるや否や、【アゾーネ】は開門を許した。
 【ナイーヴァ族】の脅威が退けられた事に気付いたからだろう。
 それで功労者を受け入れようとして。

 そして現れたのは――

「皆さん、この度は本当にありがとうございます。お陰で助かりました」

 至って普通の人間達だった。

 フェノーダラの人間と同じく、荒々しい革や布を纏った人々で。
 でも彼等と違い、比較的小柄な者達が目立つ。
 戦いに馴れていない非戦闘民が多いからだろうか。

 迎えてくれたリーダー格の者もまたそこまで強そうではない。
 多少は筋肉質だが、それでもフェノーダラ兵と比べれば細い程度で。

 それでいて皆、勇達に細々と礼を向けてくれている。

 この様な邂逅を迎え、早速と話し合いの場へ。
 そうして座敷式の大広間にてすぐさま対話が始まる事に。
 勇達を間に挟み、御味と【アゾーネ】代表者達とが。

「それで今回の一件ですが、是非とも一連の訳をお聞きしたい」

「えぇ、多少複雑ですが……この際、仕方ありませんね」

 今の御味の話し方は福留にも通じる程だ。
 やはり師と仰ぐだけに影響リスペクトしている所があるのだろう。

 そんな敵対心を見せない話し方だからこそ、相手も安心して語れる。
 今回の騒動の原因を語るのもどうやら吝かではない様だから。

「実は我々は遥か昔より【ナイーヴァ族】と盟約を結んでいたのです」

「盟約、ですか……」

「そう。それはオーダラ王朝が滅んで間も無く、始祖が分かたれた頃ほど昔の事です。この地へと移り住んだ我々の始祖はここで【ナイーヴァ族】と出会い、一つの約束を交わしたそうで」

 ただ一つ紐を解けば、思っていたよりもずっと優しい話で。
 とても『あちら側』の話とは思えない過去の出来事に、皆が揃って聞き入る。

 それだけ興味深い話だったから。

「彼等はこう約束してくれました。〝もしも岬に砦を建て、汝等が祠を守護するならば、この地に永劫の恩恵を与えよう〟と」

「岬の祠……それが島の逆側にあるんですね」

「そうです。我等はそうして約束を交わして以降、先祖代々その祠を守護してきました。お陰で周辺の魔者はここに余り寄り付かず、比較的温和に過ごせたという訳です」

 そう、彼等はもう文化的に生きていたのだ。
 決して大きな発展こそしていないけれど。
 戦いから離れ、厳しい世から大きく隔絶して。

 それも魔者と共存するという形で。

 だからカプロが同伴しても平気なのだろう。
 【ナイーヴァ族】とも既に面識があって、魔者への抵抗も比較的少ないから。

「それで我々を拒絶したんですね」

「はい。祠の事を知られる訳にはいきませんから。何としてでも盟約を守る為には仕方のない選択だったと今でも思っています」

「けれど今回は状況が変わった?」

「えぇ。これもまた我々の不手際なのですが。少々お待ちを――彼等をここへ」

 しかし今回、その盟約を交わしたはずの【ナイーヴァ族】が襲ってきた。
 その理由はきっと彼等の手元にあるのだろう。

 するとそんな時、リーダー格の男が部下に何かを指示していて。
 そうして間も無く、三人ほどの者が部下達に牽引されてやってくる。

 男三人だった。
 それも腕を絞め縄で拘束された、どこか悪びれ風な。
 いずれも目つきが悪く、とても素直そうには見えない。

「私の息子と、その部下達です」

「えっ……!?」

「実は先日の『ニホンセイフ』との話し合いを、彼等はこっそりと聞いていた様でして。それで勘違いしてしまった様なのです。『世界が変わったならナイーヴァ族はもう居ない』のだと。それでとんでもない事を実行に移してしまったのです。祠を漁るという烏滸おこがましい凶行を」

「「「ええッ!?」」」

 そしてどうやら、この男達がとんでもない粗相をしでかしたらしい。
 古の盟約を反故にするどころか、【ナイーヴァ族】を蔑ろにする様な行為を。

「あの祠は彼等にとって、とても神聖な場所でして。かつてからの同胞英霊と、決闘によって亡くなられた者達の躯を祭っているのです」

「そうか、それでサヴィディア達は……」

「ならあの場所には彼等が使っていた魔剣もが収められているかもしれない。そう悟ったこやつらが盗掘し、荒らしてしまった。そしてそれに【ナイーヴァ族】達が気付き、攻め込んで来たという訳なのです」

 確かに彼等はこう言っていた。
〝【アゾーネ】が約束を破った〟と。
 となればこの者達が言った事とも辻褄が合う。

 けれどその原因は余りにも独善的だ。

「仕方ねぇだろうがッ!! 世界が変わったなら奴等も居なくなったって普通思うだろ!?」

「ッ!? お、お前、口を慎みなさい!」

「うるっせぇ!! そもそもがどうせ全部嘘なんだろうが!!」

「「「ッ!!」」」

 そんな時、主犯格が突如として咆え散らかす。
 【アゾーネ】リーダーの息子と呼ばれた者である。

 対話にしびれを切らしたのだろう。
 自分達のやった事を悪事とされたのが気に入らなくて。
 なら、ここまで我の強い者が黙っていられる訳も無かったのだ。

「本当は世界なんて変わっちゃいねぇんだ! あの空飛ぶ鉄とかも紛いモンだ! 俺達を騙してお宝だけ奪うか、侵略しに来たんだろうがッ!! でなきゃなんで【ナイーヴァ族】が来たんだよッ!!」

「や、やめなさい――」

「そうやって嘘を付いたテメーらの所為でこうなったッ!! だから俺達は悪くねぇ!! むしろ魔剣を手に入れた仲間の一人が奴等に殺された、テメーらが殺したんだ!!」

 遂にはぐいぐいと押し出し、罵倒まで始めていて。
 【アゾーネ】の者達が止めようとしてもどうにも止まらなくて。

 故にたちまち勇が押し黙り、更には御味が困惑する事に。
 それだけ汚い言葉ばかりをぶつけてきていたから。

「いい加減に――」

「うるせぇーッ!!」

「――うわあッ!?」

 そしてとうとうリーダー格の男をも蹴飛ばしていて。
 その横暴さはもはや【アゾーネ】の人間では手に余る程だ。
 恐らく盗掘で魔剣を手に入れたから命力を得たのだろう。

 だから御味も言葉がわかるのだ。
 それで困惑し、返す言葉を失ってしまった。

 そんな状況だからこそ、主犯格の男の言葉は更に過激さを増す事となる。



「全部テメーらの所為だ!! テメーらが来なけりゃ何も変わらねぇ、今まで通りだったんだからなあッ!! 何が『ニホンセイフ』だ、ふざけやがってェ!! この疫病神どもがァァァーーーッッ!!!」



 だがこの時、誰しもが気付きはしなかった。
 この横暴たる叫びに気を取られてしまって。
 ただただ男を抑えるか注目するかで夢中になっていて。

 いや、気付く訳など無かったのだ。



 勇が拳を振り上げて飛び跳ねていた事になど。



 余りにも一瞬の事だったから。
 誰しもが認識出来ないくらいに。
 それだけ全身に力を籠め、全力で跳ねていたからこそ。



 だからこそ今、主犯格の男は大地へと叩き付けられていた。
 その全身がひしゃげ、曲がり、元の形を忘れてしまう程に強く。



グッシャアアアッッッ!!!!!

 たちまち周囲に鮮血が撒き散って。
 床もが砕けて歪み込む。
 それだけの威力で殴り付けたからだろう。

 こうなればもはや絶句するばかりだった。
 御味も、心輝達も。
 【アゾーネ】の者達も
 禁を犯した仲間の二人さえも。

 潰れた相手から拳を離し、ゆるりと立つ勇を前に――言葉を失って。

 そんな拳は震えていた。
 耐え難い程の怒りで。
 更に力を籠め、ギリリと肉音を掻き鳴らして。
 その上で残った二人にさえ鋭い視線をぶつける。

 殺意に塗れた、その眼を向けて。

「俺達の事なんかどう言われたって関係無いさ……!」

「「ヒッ……」」

「けどな、お前等のその独善的な考えが、彼等に無意味な戦いをさせたんだッ!! そして彼等は〝この戦いを誇り〟と言って死んだんだッ!! お前等みたいな、自分勝手な奴等が、引き起こしたこの戦いにいッッ!!!」

 許せる訳が無かったのだ。
 あの戦いを起こした元凶がここまで愚劣だった事に。
 こんなくだらない理由であの戦いが始まっていた事に。

 その結果、サヴィディア達が無意味に命を落としたのだと知って。



「誇りってこんなに安っぽい物なのか!? こんなに愚かでくだらない物なのかッ!? 違うだろッ!! なのにこれじゃあ本当に、、彼等は無駄死にじゃないかあッ!!」



 その怒りが、猛りが、大地に激震をも呼ぶ。
 更には勇の足元から亀裂を呼び、歪んでいて。
 それだけ強く踏み締めたからだろう。

 その力強さはもはや誰しもが抵抗出来ない程で。
 残った二人はただただ怯え、ひれ伏す。

 魂が潰されんばかりに勇の叫びが響いたからこそ。

「ゆ、勇君……君は人を――」

「違いますよ御味さん、コイツは人なんかじゃあないッ!!」

「「「ッ!?」」」

 そして最もその叫びが響いたのは他でもない勇自身だったから。

 だから今、勇は涙していた。
 己の行いと、事の無意味さに懺悔を乗せて。
 その上で逝ってしまった者達への供養として。

 その悲しみを決意へと換える為に。



「人のツラを被った――魔なんだ……!」



 こうしての悪意を区分ける事で。

 悪意の心は魔物かいぶつ
 人間よりも、魔者よりもずっとおぞましくて、汚くて。
 そんな心を持つから誰もがおかしくなっていく。

 種族なんて関係無いのだ。
 そんな悪意があるから、ヒトは優しく成れない。
 誰かを咎め、妬み、罵って生きる事しか出来ないのだ。

 そんな者達と比べたら、魔者だってまだ純粋で優しいのかもしれない。

 だからこそ、勇はもうわからなくなっていた。



 人間と魔者――その境が。
 何が正しくて、何がおかしいのか。

 どうしたらその悪意が見分けられるのかと。



 こうして勇達は【アゾーネ】の者達と交渉を終えた。
 勇がしでかした事は不問となり、砦は拓くという形で。
 彼等なりの感謝と罪滅ぼしのつもりなのだろう。
 窮地を救ってくれた勇達と、かつての盟友【ナイーヴァ族】への手向けとして。

 それでこの後、【アゾーネ】の砦は放棄される事となる。
 民全員を本土の保護施設へと移した後に。

 島全域を【国家指定保護領域ナイーヴァ島】と名付け、保護する事を約束して。

 これは勇が立案し、受け入れられたものだ。
 あの無益な戦いを忘れない様にする為に。

 そして後日そんな島へと訪れた時、勇はふと思う。
〝こんな事にならない為にも、もっと力が欲しい〟と。

 そんな力があればきっと、今回も互いに生きて終わらせられたかもしれないから。

 



 人と獣、陰と陽。
 それが果たしてどちらを指して、どちらを言うのか。

 人は言う、敵は獣だと。
 獣は言う、敵は人だと。

 けれど敵だとのたまう人は獣の如く。
 敵だと宣う獣は人が如く。

 その境は存在する様で、実は存在しないのかもしれない。





 第十二節 完


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