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第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~隙を見て一気に逃げるから……ッ!~

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「「剣聖さぁぁぁーーーんッ!!」」

 余りにも激しい攻防だった。
 誰しもが立っていられない程に。
 それだけ元の地形が歪み尽くすまでに。

 それに、これだけ暴れてしまえば地震として周囲に伝わる。
 ならきっと近隣の街にも被害は届いているだろう。
 つまり、何もかもが後手に回ってしまっているのだ。

 しかしもう勇達にはそんな事さえ考える事が出来なかった。

 まさかの剣聖の敗北。
 頼みの綱だった存在がこうして地に堕ちたのだから。

 だからこそ剣聖が消えた彼方を見つめずにはいられない。
 実は戻って来るんじゃないか、そんな一抹の期待があって。
 今なお崩れ落ちる山から視線を外せずにいた。

 ただし勇以外は、だが。

「た、田中さん……今すぐ、俺の背に、乗るんだ……ッ!」
「えっ?」

 そんな二人は戦場の荒れ狂う末に離れていて。
 しかし今、勇が小声でちゃなを再び背に誘う。

 その顔と声に焦燥感と戦慄を交えながら。

 でもこの時、まだちゃなには何もわかっていなかった。
 勇は何故ここまで焦っているのかと。

 ただ、その顔が向けられていたのは自分とは違う場所で。
 つい釣られて、視線が同じ方へと向けられる。

 そしてすぐ気付いたのだ。



 【グリュダン】の眼が、今度は勇達へと向けられていた事に。



 亀裂の混じった眼が「ゴリリッ、ゴリリッ」と動く。
 まるで勇達にカメラの焦点を合わせているかの如く。
 しかしその動きも間も無く収まっていて。

 今にも、身体が動き出しそうだった。
 それこそ、勇達が何かすれば真っ先にと。

 だから勇は静かにちゃなを呼んだ。
 これ以上【グリュダン】を刺激するのは不味いと感じて。
 
 こうなればもはやちゃなも戦々恐々だ。
 恐る恐る勇へと近づき、ゆっくりと背負われて。
 互いに見つめ合い続けながら、勇が一歩を下げる。

 だが、その一歩で――巨人の足もが「ズリリ」と動いていた。

 そう、【グリュダン】は完全に二人を捉えているのである。
 敵として、戦闘対象として。
 しかも一切、妥協するつもりは無いらしい。

 今は見定めているのだろう。
 どういう行動を執るのか、何をするつもりなのかと。

 だから視線を一切外そうとしない。
 例え一日二日このままだろうと退かない、そんな気配があって。
 その所為で勇達もまたこう思えてしまう。

 〝いっそこのまま動かないで居た方がいいんじゃないか?〟と。

 だが事実上、それは不可能だ。
 あと八日間、このままで居られる訳が無い。
 身体を動かすどころか食事、生理現象処理まで叶わないならば。

「田中さん、隙を見て、一気に、逃げるから……ッ!」

 それに痺れを切らして一方的に動いて来る可能性も否めない。
 なら膠着状態の今、こっちから動いた方が僅かだけ有利になる。

 それだけ、少しでも逃げ易くなる。

 勇にはもう応戦するつもりなど無かったのだ。
 あれだけの戦いを見せつけられたならば。

 敵う訳が無い。
 それほど常軌を逸していたから。
 戦おうとしていた自分達がおこがましいと思えるくらいに。

 ならどうやって逃げるか。
 あれだけの運動性能を見せつけた相手から。

 可能性はただ一つだけ。
 ある程度の速度を付けたら、ちゃなの飛行能力で一気に飛び去る。

 これしかあの運動性能から逃げ切れる術は無い。

「――そういう事だから、頼んだよ……ッ!」

「わ、わかりました……!」

 小声で相談し合い、口裏を合わせる。
 絶対に、生きて帰る為にも。
 そう福留と約束したから。



 だから今、勇は駆けていた。
 己の力を振り絞り、地面を蹴り上げて。



 まるでロケットの様な加速だった。
 それだけの速さで裏へ跳ね、空中で転身。
 そのまま一気に駆け抜けていて。

 たったそれだけで、二人の速さは最大速度へ。
 であればもう飛び立つ事さえ可能となる。

「田中さんッ!!」
「はいッ!!」

 故に今、ちゃなは魔剣を握り締めていた。

 飛び方はもうしっかり覚えている。
 あの戦いの後、福留監修の下で練習を行ったから。
 だから今なら迷い無く飛び立つ事が出来るだろう。



 ただし〝その先に障害物が無ければ〟の話に限るが。



 二人は全て上手く行ったと思い込んでいた。
 このまま飛んで逃げて終わりなのだと。

 だがその時、二人の視界は闇に包まれて。
 たちまち突風と激震がその小さな体をこれ以上無く揺らす事となる。

「う、ああ……ッ!?」

 そして思い知るのだ。
 自分達が如何に浅はかだったのかと。

 逃げ切る道など何処にも無かった、という事実を目の当たりにして。



 なんと【グリュダン】は二人を飛び越え、先回りしていたのだ。
 この一瞬で、魔剣を構える間さえ与える事無く。



 まるで二人の作戦を理解しているかの様な行動だった。
 今まで話を聞いて、それでいて逃がすまいとして。

 しかも再びあの圧倒的な身体能力を見せつけたという。

 これでは空を飛んで逃げるなど到底不可能だ。
 この跳躍速度はもはやちゃなの飛行速度でさえ振り切れない。
 少なくとも、最高速度までは絶対に達しきれないだろう。

 きっと、それまでに掴まってペシャンコだ。
 
 だからこそ、またしても戦慄する。
 逃げ場無しと言わんばかりの巨人を前にして。



 逃げる事が叶わない今、勇達に成す術は殆ど残されていない。
 果たして、その中で生き残れる道は本当にあるのだろうか。


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