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第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」
~遺友 を 語る~
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キッカケは剣聖の心変わりだった。
事が落ち着いた時、突然こう言い始めたのだ。
「おう、やっぱり風呂に入るぜ。 背中流してくれや」
しかも勇の父親をも巻き込むという。
肩を掴んでは半ば強引に。
もちろん勇の父親も恩人に頼まれてしまえば断る事は出来ない。
だからこそ驚いてはいたが、途中からは頷き返していたものだ。
ただそんな時、勇はふと剣聖の目と合った気がして。
一瞬の事だったが、何となく何かを言いたそうで。
勘違いかもしれないけれど、でもそう信じたかった。
お陰で、一人で家を出る事が出来たのだから。
最初は父親と共に出立する予定で。
けどそれはなんか親に責任を押し付ける事になりそうな気がして。
だから本当は一人で赴きたいと思っていた。
それが当事者としての責任だと思ったから。
統也の死をその家族へと正しく伝える為にも、と。
幸い、母親はちゃなと共に早々と就寝していて。
後は物音を立たせない様にすれば簡単に出られたものだ。
それからはもう夢中だった。
夢中で走り続けた。
何も考えず、ただひたすらに。
その甲斐もあって、気付けばもう統也の家へと辿り着く事に。
でも今の勇には「司城」の名札を付けた塀が何だか大きく見えてならない。
まるで初めて訪れた場所だと思えてしまう程に。
だからか、不安が過る。
どんな顔で会えばいいだろう。
どこから話を切り出せばいいだろう。
どうやって証拠を示せばいいだろう、と。
正直な所、上手く話せる自信さえなかった。
相手を怒らせてしまう事だってあるかもしれない。
ただ、それでもすぐに伝えたかったのだ。
統也の死の事を。
統也にして貰った事を。
一つも飾る事なく。
その想いが勇を突き動かした。
不安も、恐れも振り払って。
リンゴーン……
思い切るままに、呼び鈴を押す。
緊張に震える指を押し込ませて。
その緊張もまた初訪に近い感覚だった。
思わず鼓動を高鳴らせてしまう程に。
その所為で時間が長くも感じたものだ。
〝早く出て欲しい〟〝早く話したい〟と待ち遠しかったから。
すると程なくして―――
ドタドタ! ガチャンッ!
「統也!?」
落ち着きの無い物音と共に扉が開かれる。
出て来たのは統也の母親だ。
「あ、藤咲君……統也は、統也はどこ?」
でも続いて放った声は怯えた様に震えていて。
きっと統也の事をずっと心配していたのだろう。
けれどその心配に応える事が勇には出来なかった。
途端に声が詰まってしまって。
口がパクパクと動くだけで、何も言い出せなかったのだ。
「お前、一旦彼を家に」
そんな時、二人の間にもう一人の低い声が割り込んできて。
ふと二人が屋内へ視線を移すと―――そこには男が立っていた。
統也の父親、だった。
統也の母親とは面識がある。
何度も家に訪れては、その度に挨拶を交わしたから。
けれど父親とは初めてだ。
弁護士をしているという事もあって、いつも忙しそうで。
その仕事柄なのか、勇の父親とは違う威厳の様なものを感じさせてくれる。
堂々と背筋を伸ばして立つ姿からは自信が垣間見えたから。
それでいてどこか優しくも感じる所は人柄もあるのだろうか。
そんな人物に誘われて今、勇は玄関に立っていた。
もちろん家人は家の中へと誘おうとしていたのだが。
勇がそれを拒否して今に至る。
それというのも、家に上がる事がどうにも憚れたから。
今の自分に、この家へ上がり込む資格があるのだろうか、と。
だから答えた声も掠れていて。
そこから何かを感じ取ったのか、統也の両親も了承したという訳だ。
「確か勇君、だったね」
「はい」
「統也は、君と遊ぶ事がとても楽しいと言っていたよ」
「はい、俺もそう思ってます」
統也の父親から放たれたのはとてもしっとりとした落ち着いた声で。
まるで引っ張られるかの様に、勇もすんなりと答えを返す事が出来ていた。
職業柄、話術にも長けているからだろう。
でも統也の父親は途端に目を細め、震えた唇をそっと動かす。
その時思い付いてしまった一言を放つ為に。
「あいつは、もう、帰って来ないんだな……?」
感づいてしまったのだろう。
勇が一人でここに訪れた時から。
統也がどこに行っていたかは知っていた。
母親から「勇と一緒に渋谷へ行く」と聞いていたから。
だからニュースの事もあって、不安が拭えなくて。
でもこうして勇だけがここに来てしまった。
それだけでもう、察するには充分過ぎたのだ。
だから父親はたった今覚悟したのだろう。
最悪の結末を。
「―――はい。 統也は、もう……」
そして勇の答えもまた残酷で。
希望も、期待も何もかもを打ち崩す事となる。
途端に統也の母親が泣き崩れ、その場に項垂れ倒れ込む。
ただただ沸き上がる感情のままに。
たちまち泣き叫ぶ声は家の中一杯に広がり、野外にも響いていて。
きっとそれほど愛していたのだろう。
統也を大切に思っていたのだろう。
勇も彼女がそれだけ優しい人だって事は知っている。
でも、そんな彼女に応える言葉が見つからない。
罪悪感だけが膨れ上がるばかりで、頭の中がグチャグチャになってしまって。
「それでも君は来てくれたね。 それはもしかして、他に話したい事があるからなんじゃないか?」
しかしそんな勇の心を、温かい声色が引き上げる。
落ち着きの伴った統也の父親の声が。
本当は彼も妻の事を励ましたかっただろう。
それでもそうしなかったのは、勇がここに来た理由を知りたかったから。
わざわざ一人で親友の死を伝えに来た本当の理由を。
「はい。 俺は伝えたかったんです。 統也が俺を守る為に盾になって戦ってくれたって事を。 俺がここに居られるのは全部、統也のおかげなんです」
「そうか、あいつがそんな事を……」
そう、勇はこれを伝えたかったのだ。
自分からの視線で見た統也の姿を余す事無く。
真実よりも何よりもまず初めに。
もしかしたら勇もがこの場に居なかったかもしれない。
統也が守ってくれなければ、背中を押してくれなければ。
だからこそ感謝したかった。
もう伝えられない統也への代わりに、その両親へ。
〝統也のお陰で、俺は生き残れたんだよ〟と。
その隠れた一言が父親の瞳にも潤いを呼ぶ。
息子の雄姿を、勇の声を通して見れた様な気がして。
しかしだからと言って泣きはしない。
子供を前にした人親としての誇りがそうさせたのだろう。
薄っすら浮いた湿気を指で拭っていて。
その時見せたのは、統也の肉親らしい凛とした顔付きで。
勇にはその様子が統也の姿と重なって見えていた。
だから覚悟する事が出来る。
これから全てを語る為の覚悟が。
それから勇は、渋谷で起きた事を全て伝えた。
突然街が変わり、魔者と呼ばれる怪物が現れた事。
統也が自分を庇って命を落とした事。
そして仇を取った事も。
到底信じられない話だっただろう。
テレビでその話に近い報道があったとしても。
でも不思議と、統也の父親も口を挟む事無く勇の言葉に耳を傾けていて。
その姿はまるで先の自分の両親と同じよう。
まるで勇の事を何一つ疑ってはいない様な。
それこそ統也と同じ、信頼の眼を向けていたのだ。
「それを伝える為に来てくれたんだね。 ありがとう勇君」
こうして全てを語り終えた時、統也の父親は礼を述べていた。
自らの足で伝えに来てくれた事に感謝を込めて。
ただその声は堂々としながらも僅かな震えを帯びている。
例えどんなに口達者であっても、悲しみを全て取り払う事は出来なかったのだろう。
そんな一言を前に、勇はじっと堪えていた。
もし気を緩めてしまえば、自分もまた泣いてしまいそうだったから。
とはいえ、伝えたかった事実はこれで全てだ。
勇の心情的に語れる事ももう残ってはいない。
故に二人の対話は途端の終わりを迎えて。
統也の母親の啜り泣く声だけがその場に木霊すばかりだ。
だが、勇が踵を返そうと片足を引いた時―――
「良かったら、少しだけ私の話を聞いてもらえないかな?」
そんな一言が勇の動きをピタリと止めさせる。
悲しみで覆われていた好奇心を掬い上げた事によって。
故に勇が静かに頷き、耳を傾ける。
統也の父親が語る過去の出来事へと。
両親と共に紡いできた、統也の秘めた想いの真相に。
事が落ち着いた時、突然こう言い始めたのだ。
「おう、やっぱり風呂に入るぜ。 背中流してくれや」
しかも勇の父親をも巻き込むという。
肩を掴んでは半ば強引に。
もちろん勇の父親も恩人に頼まれてしまえば断る事は出来ない。
だからこそ驚いてはいたが、途中からは頷き返していたものだ。
ただそんな時、勇はふと剣聖の目と合った気がして。
一瞬の事だったが、何となく何かを言いたそうで。
勘違いかもしれないけれど、でもそう信じたかった。
お陰で、一人で家を出る事が出来たのだから。
最初は父親と共に出立する予定で。
けどそれはなんか親に責任を押し付ける事になりそうな気がして。
だから本当は一人で赴きたいと思っていた。
それが当事者としての責任だと思ったから。
統也の死をその家族へと正しく伝える為にも、と。
幸い、母親はちゃなと共に早々と就寝していて。
後は物音を立たせない様にすれば簡単に出られたものだ。
それからはもう夢中だった。
夢中で走り続けた。
何も考えず、ただひたすらに。
その甲斐もあって、気付けばもう統也の家へと辿り着く事に。
でも今の勇には「司城」の名札を付けた塀が何だか大きく見えてならない。
まるで初めて訪れた場所だと思えてしまう程に。
だからか、不安が過る。
どんな顔で会えばいいだろう。
どこから話を切り出せばいいだろう。
どうやって証拠を示せばいいだろう、と。
正直な所、上手く話せる自信さえなかった。
相手を怒らせてしまう事だってあるかもしれない。
ただ、それでもすぐに伝えたかったのだ。
統也の死の事を。
統也にして貰った事を。
一つも飾る事なく。
その想いが勇を突き動かした。
不安も、恐れも振り払って。
リンゴーン……
思い切るままに、呼び鈴を押す。
緊張に震える指を押し込ませて。
その緊張もまた初訪に近い感覚だった。
思わず鼓動を高鳴らせてしまう程に。
その所為で時間が長くも感じたものだ。
〝早く出て欲しい〟〝早く話したい〟と待ち遠しかったから。
すると程なくして―――
ドタドタ! ガチャンッ!
「統也!?」
落ち着きの無い物音と共に扉が開かれる。
出て来たのは統也の母親だ。
「あ、藤咲君……統也は、統也はどこ?」
でも続いて放った声は怯えた様に震えていて。
きっと統也の事をずっと心配していたのだろう。
けれどその心配に応える事が勇には出来なかった。
途端に声が詰まってしまって。
口がパクパクと動くだけで、何も言い出せなかったのだ。
「お前、一旦彼を家に」
そんな時、二人の間にもう一人の低い声が割り込んできて。
ふと二人が屋内へ視線を移すと―――そこには男が立っていた。
統也の父親、だった。
統也の母親とは面識がある。
何度も家に訪れては、その度に挨拶を交わしたから。
けれど父親とは初めてだ。
弁護士をしているという事もあって、いつも忙しそうで。
その仕事柄なのか、勇の父親とは違う威厳の様なものを感じさせてくれる。
堂々と背筋を伸ばして立つ姿からは自信が垣間見えたから。
それでいてどこか優しくも感じる所は人柄もあるのだろうか。
そんな人物に誘われて今、勇は玄関に立っていた。
もちろん家人は家の中へと誘おうとしていたのだが。
勇がそれを拒否して今に至る。
それというのも、家に上がる事がどうにも憚れたから。
今の自分に、この家へ上がり込む資格があるのだろうか、と。
だから答えた声も掠れていて。
そこから何かを感じ取ったのか、統也の両親も了承したという訳だ。
「確か勇君、だったね」
「はい」
「統也は、君と遊ぶ事がとても楽しいと言っていたよ」
「はい、俺もそう思ってます」
統也の父親から放たれたのはとてもしっとりとした落ち着いた声で。
まるで引っ張られるかの様に、勇もすんなりと答えを返す事が出来ていた。
職業柄、話術にも長けているからだろう。
でも統也の父親は途端に目を細め、震えた唇をそっと動かす。
その時思い付いてしまった一言を放つ為に。
「あいつは、もう、帰って来ないんだな……?」
感づいてしまったのだろう。
勇が一人でここに訪れた時から。
統也がどこに行っていたかは知っていた。
母親から「勇と一緒に渋谷へ行く」と聞いていたから。
だからニュースの事もあって、不安が拭えなくて。
でもこうして勇だけがここに来てしまった。
それだけでもう、察するには充分過ぎたのだ。
だから父親はたった今覚悟したのだろう。
最悪の結末を。
「―――はい。 統也は、もう……」
そして勇の答えもまた残酷で。
希望も、期待も何もかもを打ち崩す事となる。
途端に統也の母親が泣き崩れ、その場に項垂れ倒れ込む。
ただただ沸き上がる感情のままに。
たちまち泣き叫ぶ声は家の中一杯に広がり、野外にも響いていて。
きっとそれほど愛していたのだろう。
統也を大切に思っていたのだろう。
勇も彼女がそれだけ優しい人だって事は知っている。
でも、そんな彼女に応える言葉が見つからない。
罪悪感だけが膨れ上がるばかりで、頭の中がグチャグチャになってしまって。
「それでも君は来てくれたね。 それはもしかして、他に話したい事があるからなんじゃないか?」
しかしそんな勇の心を、温かい声色が引き上げる。
落ち着きの伴った統也の父親の声が。
本当は彼も妻の事を励ましたかっただろう。
それでもそうしなかったのは、勇がここに来た理由を知りたかったから。
わざわざ一人で親友の死を伝えに来た本当の理由を。
「はい。 俺は伝えたかったんです。 統也が俺を守る為に盾になって戦ってくれたって事を。 俺がここに居られるのは全部、統也のおかげなんです」
「そうか、あいつがそんな事を……」
そう、勇はこれを伝えたかったのだ。
自分からの視線で見た統也の姿を余す事無く。
真実よりも何よりもまず初めに。
もしかしたら勇もがこの場に居なかったかもしれない。
統也が守ってくれなければ、背中を押してくれなければ。
だからこそ感謝したかった。
もう伝えられない統也への代わりに、その両親へ。
〝統也のお陰で、俺は生き残れたんだよ〟と。
その隠れた一言が父親の瞳にも潤いを呼ぶ。
息子の雄姿を、勇の声を通して見れた様な気がして。
しかしだからと言って泣きはしない。
子供を前にした人親としての誇りがそうさせたのだろう。
薄っすら浮いた湿気を指で拭っていて。
その時見せたのは、統也の肉親らしい凛とした顔付きで。
勇にはその様子が統也の姿と重なって見えていた。
だから覚悟する事が出来る。
これから全てを語る為の覚悟が。
それから勇は、渋谷で起きた事を全て伝えた。
突然街が変わり、魔者と呼ばれる怪物が現れた事。
統也が自分を庇って命を落とした事。
そして仇を取った事も。
到底信じられない話だっただろう。
テレビでその話に近い報道があったとしても。
でも不思議と、統也の父親も口を挟む事無く勇の言葉に耳を傾けていて。
その姿はまるで先の自分の両親と同じよう。
まるで勇の事を何一つ疑ってはいない様な。
それこそ統也と同じ、信頼の眼を向けていたのだ。
「それを伝える為に来てくれたんだね。 ありがとう勇君」
こうして全てを語り終えた時、統也の父親は礼を述べていた。
自らの足で伝えに来てくれた事に感謝を込めて。
ただその声は堂々としながらも僅かな震えを帯びている。
例えどんなに口達者であっても、悲しみを全て取り払う事は出来なかったのだろう。
そんな一言を前に、勇はじっと堪えていた。
もし気を緩めてしまえば、自分もまた泣いてしまいそうだったから。
とはいえ、伝えたかった事実はこれで全てだ。
勇の心情的に語れる事ももう残ってはいない。
故に二人の対話は途端の終わりを迎えて。
統也の母親の啜り泣く声だけがその場に木霊すばかりだ。
だが、勇が踵を返そうと片足を引いた時―――
「良かったら、少しだけ私の話を聞いてもらえないかな?」
そんな一言が勇の動きをピタリと止めさせる。
悲しみで覆われていた好奇心を掬い上げた事によって。
故に勇が静かに頷き、耳を傾ける。
統也の父親が語る過去の出来事へと。
両親と共に紡いできた、統也の秘めた想いの真相に。
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