上 下
26 / 1,197
第一節「全て始まり 地に還れ 命を手に」

~遺友 を 語る~

しおりを挟む
 キッカケは剣聖の心変わりだった。
 事が落ち着いた時、突然こう言い始めたのだ。

「おう、やっぱり風呂に入るぜ。 背中流してくれや」

 しかも勇の父親をも巻き込むという。
 肩を掴んでは半ば強引に。

 もちろん勇の父親も恩人に頼まれてしまえば断る事は出来ない。
 だからこそ驚いてはいたが、途中からは頷き返していたものだ。

 ただそんな時、勇はふと剣聖の目と合った気がして。

 一瞬の事だったが、何となく何かを言いたそうで。
 勘違いかもしれないけれど、でもそう信じたかった。



 お陰で、一人で家を出る事が出来たのだから。



 最初は父親と共に出立する予定で。
 けどそれはなんか親に責任を押し付ける事になりそうな気がして。
 だから本当は一人で赴きたいと思っていた。
 それが当事者としての責任だと思ったから。

 統也の死をその家族へと正しく伝える為にも、と。

 幸い、母親はちゃなと共に早々と就寝していて。
 後は物音を立たせない様にすれば簡単に出られたものだ。

 それからはもう夢中だった。
 夢中で走り続けた。
 何も考えず、ただひたすらに。

 その甲斐もあって、気付けばもう統也の家へと辿り着く事に。

 でも今の勇には「司城」の名札を付けた塀が何だか大きく見えてならない。
 まるで初めて訪れた場所だと思えてしまう程に。

 だからか、不安が過る。
 どんな顔で会えばいいだろう。
 どこから話を切り出せばいいだろう。
 どうやって証拠を示せばいいだろう、と。

 正直な所、上手く話せる自信さえなかった。
 相手を怒らせてしまう事だってあるかもしれない。

 ただ、それでもすぐに伝えたかったのだ。
 統也の死の事を。
 統也にして貰った事を。
 一つも飾る事なく。

 その想いが勇を突き動かした。
 不安も、恐れも振り払って。
 
リンゴーン……

 思い切るままに、呼び鈴を押す。
 緊張に震える指を押し込ませて。

 その緊張もまた初訪に近い感覚だった。
 思わず鼓動を高鳴らせてしまう程に。
 その所為で時間が長くも感じたものだ。
 〝早く出て欲しい〟〝早く話したい〟と待ち遠しかったから。
 
 すると程なくして―――

ドタドタ! ガチャンッ!

「統也!?」

 落ち着きの無い物音と共に扉が開かれる。
 出て来たのは統也の母親だ。

「あ、藤咲君……統也は、統也はどこ?」

 でも続いて放った声は怯えた様に震えていて。
 きっと統也の事をずっと心配していたのだろう。

 けれどその心配に応える事が勇には出来なかった。
 途端に声が詰まってしまって。
 口がパクパクと動くだけで、何も言い出せなかったのだ。
 
「お前、一旦彼を家に」

 そんな時、二人の間にもう一人の低い声が割り込んできて。
 ふと二人が屋内へ視線を移すと―――そこには男が立っていた。

 統也の父親、だった。





 統也の母親とは面識がある。
 何度も家に訪れては、その度に挨拶を交わしたから。
 けれど父親とは初めてだ。
 弁護士をしているという事もあって、いつも忙しそうで。

 その仕事柄なのか、勇の父親とは違う威厳の様なものを感じさせてくれる。
 堂々と背筋を伸ばして立つ姿からは自信が垣間見えたから。
 それでいてどこか優しくも感じる所は人柄もあるのだろうか。

 そんな人物に誘われて今、勇は玄関に立っていた。

 もちろん家人は家の中へと誘おうとしていたのだが。
 勇がそれを拒否して今に至る。

 それというのも、家に上がる事がどうにも憚れたから。
 今の自分に、この家へ上がり込む資格があるのだろうか、と。
 だから答えた声も掠れていて。
 そこから何かを感じ取ったのか、統也の両親も了承したという訳だ。

「確か勇君、だったね」

「はい」

「統也は、君と遊ぶ事がとても楽しいと言っていたよ」

「はい、俺もそう思ってます」

 統也の父親から放たれたのはとてもしっとりとした落ち着いた声で。
 まるで引っ張られるかの様に、勇もすんなりと答えを返す事が出来ていた。
 職業柄、話術にも長けているからだろう。

 でも統也の父親は途端に目を細め、震えた唇をそっと動かす。
 その時思い付いてしまった一言を放つ為に。

「あいつは、もう、帰って来ないんだな……?」

 感づいてしまったのだろう。
 勇が一人でここに訪れた時から。

 統也がどこに行っていたかは知っていた。
 母親から「勇と一緒に渋谷へ行く」と聞いていたから。
 だからニュースの事もあって、不安が拭えなくて。

 でもこうして勇だけがここに来てしまった。
 それだけでもう、察するには充分過ぎたのだ。



 だから父親はたった今覚悟したのだろう。
 最悪の結末を。



「―――はい。 統也は、もう……」

 そして勇の答えもまた残酷で。
 希望も、期待も何もかもを打ち崩す事となる。

 途端に統也の母親が泣き崩れ、その場に項垂れ倒れ込む。
 ただただ沸き上がる感情のままに。
 たちまち泣き叫ぶ声は家の中一杯に広がり、野外にも響いていて。

 きっとそれほど愛していたのだろう。
 統也わがこを大切に思っていたのだろう。

 勇も彼女がそれだけ優しい人だって事は知っている。
 でも、そんな彼女に応える言葉が見つからない。
 罪悪感だけが膨れ上がるばかりで、頭の中がグチャグチャになってしまって。

「それでも君は来てくれたね。 それはもしかして、他に話したい事があるからなんじゃないか?」

 しかしそんな勇の心を、温かい声色が引き上げる。
 落ち着きの伴った統也の父親の声が。

 本当は彼も妻の事を励ましたかっただろう。
 それでもそうしなかったのは、勇がここに来た理由を知りたかったから。

 わざわざ一人で親友の死を伝えに来た本当の理由を。

「はい。 俺は伝えたかったんです。 統也が俺を守る為に盾になって戦ってくれたって事を。 俺がここに居られるのは全部、統也のおかげなんです」

「そうか、あいつがそんな事を……」

 そう、勇はこれを伝えたかったのだ。
 自分からの視線で見た統也の姿を余す事無く。
 真実よりも何よりもまず初めに。

 もしかしたら勇もがこの場に居なかったかもしれない。
 統也が守ってくれなければ、背中を押してくれなければ。

 だからこそ感謝したかった。
 もう伝えられない統也への代わりに、その両親へ。



 〝統也のお陰で、俺は生き残れたんだよ〟と。



 その隠れた一言が父親の瞳にも潤いを呼ぶ。
 息子の雄姿を、勇の声を通して見れた様な気がして。

 しかしだからと言って泣きはしない。
 子供を前にした人親としての誇りがそうさせたのだろう。
 薄っすら浮いた湿気を指で拭っていて。

 その時見せたのは、統也の肉親らしい凛とした顔付きで。
 勇にはその様子が統也の姿と重なダブって見えていた。

 だから覚悟する事が出来る。
 これから全てを語る為の覚悟が。



 それから勇は、渋谷で起きた事を全て伝えた。
 突然街が変わり、魔者と呼ばれる怪物が現れた事。
 統也が自分を庇って命を落とした事。

 そして仇を取った事も。

 到底信じられない話だっただろう。
 テレビでその話に近い報道があったとしても。

 でも不思議と、統也の父親も口を挟む事無く勇の言葉に耳を傾けていて。
 その姿はまるで先の自分の両親と同じよう。
 まるで勇の事を何一つ疑ってはいない様な。

 それこそ統也と同じ、信頼の眼を向けていたのだ。



「それを伝える為に来てくれたんだね。 ありがとう勇君」

 こうして全てを語り終えた時、統也の父親は礼を述べていた。
 自らの足で伝えに来てくれた事に感謝を込めて。

 ただその声は堂々としながらも僅かな震えを帯びている。
 例えどんなに口達者であっても、悲しみを全て取り払う事は出来なかったのだろう。

 そんな一言を前に、勇はじっと堪えていた。
 もし気を緩めてしまえば、自分もまた泣いてしまいそうだったから。

 とはいえ、伝えたかった事実はこれで全てだ。
 勇の心情的に語れる事ももう残ってはいない。
 故に二人の対話は途端の終わりを迎えて。
 統也の母親の啜り泣く声だけがその場に木霊すばかりだ。

 だが、勇が踵を返そうと片足を引いた時―――



「良かったら、少しだけ私の話を聞いてもらえないかな?」



 そんな一言が勇の動きをピタリと止めさせる。
 悲しみで覆われていた好奇心を掬い上げた事によって。

 故に勇が静かに頷き、耳を傾ける。 
 統也の父親が語る過去の出来事へと。



 両親と共に紡いできた、統也の秘めた想いの真相に。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

処理中です...