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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~それぞれの願い、夢~

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 多くの参加者が交す話題は未だ尽きない。
 戦いの思い出話はもちろんの事、今だから訊ける舞台の裏話などなど。
 どの話もが新鮮そのもので、誰しもが実に興味をそそられたものだ。

 ただ、当事者同士が話を合わせたのかと言えば―――それは違う。

 それというのも、勇達は戦いの後にすぐ復興手伝いへと向かっていて。
 皆が散り散りとなっていたので話し合う暇なんてありはしない。
 休めたのは精々、心輝や瀬玲の様な重体・重傷者くらいだ。

 なので今日はあの戦い以降の、久々に再会出来た日でもある。
 
 だからきっと仲間に武勇伝を叩き付けたい者もいただろう。
 話に聞き耳を立てたい者もきっと多かったはず。
 そのお陰で一時間が経とうとも、地下会場はなお盛況が続いていた。

 そんな中、一つの小さな輪が話を終えて解けていく。
 デュランを囲んでいた奥様達の輪が。

ブラヴォいいね、良い話だったじゃあないか」

メルシィありがとう、ディックさん、リデル。 お陰で心行くまでに語れたよ」

「ふふっ、あの語り草、初めて会った時と変わらないわね」

 ここまでハッキリと区切りを見せるのはデュランくらいなものだ。
 何せ元が敵だったというだけで、そもそもは超が付く程の紳士だから。
 語り方は元より、締めにはしっかりと礼まで付ける様子はまるで役者のよう。
 おまけにブロンド髪の美形で女性の扱いに手馴れているのだからもう。

 お陰で話に集まるのは女性が主で。
 特に既婚者にはもう大人気そのもの、中にはうっとりと聞き惚れる者も。
 顔も器量も良過ぎるので夫陣営もさすがにこれはグゥの音も出ないらしい。

 故に一部の者が冗談交じりにこう語らざるを得ない。
 マダムキラー、デューク=デュランと。

 もしかしたら、リデルもこの紳士力によって落とされた一人なのかもしれない。

「あれから二人の進展はどうだい? もう元の生活に戻れただろうか」

「いんやぁ、復興だなんだで出ずっぱりだからな。 当面はなかなか会えやしない」

「私もお父様の復権の事もあって、色々と忙しくてね」

 しかし今となっては、かつての関係など残っていないが。
 ディックとリデル、二人の再婚を果たした今はもう。(もっとも、書類上は婚姻したままだが)
 デュランも二人を祝福し、未練はとうに断ち切っている。

「あの方はしっかりしているからきっと平気さ。 少しは自身の生活を守らなくてはいけないよ?」

「言うねい。 ただ、今は我慢してもいい時期さね。 のんびり過ごすのは、もう少し落ち着いてからでいい」

 そんな寄り添う二人を前に、デュランも何だか嬉しそう。
 ワイングラスをするりと掌で揺らし、眺めながら微笑みを浮かべていて。

 ただその瞳からはどこか哀愁をも感じずにはいられない。
 少なくとも、人をよく知るディックとリデルにはそう見えていて。

「もう少し落ち着いてから、か……良ければ私の話を少しだけ聞いてくれるかい?」

 ならこう問われれば頷きたくもなろう。
 その話が哀愁の理由なれば。

「ありがとう。 ……私はこの日までに多くの命を奪ってきた。 だからきっと、こんな私を影で怨んでいる人間も少なくは無いだろう。 それが例えまやかしによって騙されて行った事であっても」

「けど、その怨みを今回の戦いで断ち切れたんじゃないのかい?」

「そうだね。 だから多くの人々が称賛してくれた。 でもその影ではまだ苦しんでいる人がいるんだ。 〝何故デューク=デュランの様な人殺しが称賛されているのか〟とね。 私は、そんな者達の心もどうにかして救いたい、そう思っている」

 その哀愁の根源はやはり罪悪感だ。
 獅堂同様に、己の犯した罪をどうしても拭いきれなくて。

 でもどちらかと言えば己の贖罪の為ではなく、咎を背負わせた人々の救済を求めている。
 親族や友人を失った者達の悲しみがどうか晴れますように、と。

 デュランは元々そういう考えを持つ男だ。
 天士であるなしに拘らず。
 そうやって慈悲深いから、人心も惹く事が出来たのだろう。

 だからデュランは考えた。
 そんな彼等が救われる唯一の手段を。

「私はね、復興が落ち着いたら収監されようと思っているんだ。 出来る限り人々の怨みや憎しみを心から削ぎ取れる様にね」

「そ、そいつぁ……」

 現代で罪を償うなら、現代法で裁かれるべき。
 なら己の身を顧みず、粛々と裁きを受けよう―――そう考えたのだ。

 決して成果に溺れる事無く。
 自身の進化に見栄を張る事も無く。
 これから人々が前を向いて歩く為に、その礎となりたい。

 とてもデュランらしい考え方だった。
 潔い程の、それでいて自信さえ覗き見える程の。

 でもその考えは所詮、一人で背負おうとしただけの独りよがりでしかなくて。

「それがお前さんの決めた事なら反対する理由は無いよい。 ただね、お前さんは少し考え過ぎな様だ」

「えっ?」

「お前さんが背負った罪は一人で背負えるもんじゃあないんだってねぇ。 だからこそ、誰しもわかっちゃいるのさ。 お前さんだけを責めても仕方ないんだってねぇ。 それに、人は思うよりもずっと強いもんだぜ? そんな出方が裏目に出ちまうかもしれんくらいにな」

「ディックさん……」

「フランス政府は今、贖罪の為に動いているわ。 ジェロールの凶行を止められなかったのは政府にも責任があるから。 誰も貴方一人だけを責めようなんて思っていない」

 人はそんな独りよがりで満足するほど小さくは無い。
 それを祖国もわかっているから、罪を引き受けようとしているのだろう。

 もしデュランだけに罪を背負わせようとすれば、きっと国民が黙っていないだろうから。

 誰しも考えた事は一緒だったのかもしれない。
 勇達の戦いは汚い考えを吹き飛ばすくらいに美しかったから。

「そうか、そうなんだな……なら、私は皆に応えよう。 もし罪を償う上でまた求める声が起きたのなら、再び立ち上がる事にするよ。 今度はデューク=デュランいつわりのえいゆうではなく、レミエル=ジュオノただのにんげんとして」

 そんな人々の事をデュランは愛してやまない。
 ならもし求められれば、その願いを引き受けたいとも思う。

 きっとデュランはそうなって初めて、望んで被った仮面を引き剥がす事が出来るだろう。
 かつての尊敬せし者より引き継いだ罪の依り代ブーケミッセを。
 
 だからこそディックもリデルも願わずにはいられない。
 いつか目の前の男が天士レミエルとして人々の心を震わせてくれる事を。





 復興に勤しんでいたのは当然、グランディーヴァ側だけではない。
 救世同盟側も同様に奔走していたからこそ、今日交わせる話題も多いもので。

 でも生憎、デュランは女性陣の恰好の的で手が離せない。
 なのでエクィオはと言えばあのパーシィと一緒だ。
 とはいえピューリーの監視者として、どうにも落ち着けないでいるが。

「正直、私は帰りたくないわねぇ~。 この世界の方がずっと便利だしぃ。 石鹸の無い世界に戻るなんて考えたくもないわぁん」

「その気持ちはわからなくもないですね。 それなら僕達がそういったモノを造ればいいんです。 パーシィさんの美観は一流ですから、きっと眼鏡にかなうモノが出来れば大人気間違いなしですよ」

「だけは、ってなによぅ。 私はいつだって常に何事もパーフェクトなのよぉん?」

 というより、どちらかと言えば面倒事を押し付けられただけか。
 パーシィの延々と続く愚痴に付き合う役割もまた担っていたから。

 ただ、この場にキャロの姿は無い。
 それだけが不幸中の幸いと言った所か。

「……そういえば、聞きましたよ。 キャロさんはまだ意識不明だって」

「ええ。 何とか命は繋いだらしいケド。 でもきっともう二度と会えないわね。 ま、その方が踏ん切りが付くわ。 未練を残すよりもずっといいもの」

 場を濁す可能性もあったし、何より余計な気を遣わなくて済むから。

 パーシィは『あちら側』の人間だ。
 でもキャロと組んでから奇妙な友情を育み、もはや出生世界の境など存在しない。
 さりげなく彼女から学んだ美観や習慣を今でも大事とする程に。

 だからこそ別れが惜しい。
 石鹸の話題で濁らせているが、実際はまた会いたいくらいに寂しいのだろう。

「後はあの子が自分らしく生きてくれればそれでいいわぁ。 どうせ私にゃやりたい事なんて他に無いしねぇ。 あ~あっちに帰ったらホント、ソープ屋でも始めようかしら」

「パーシィさんがそう言うと変な風に聴こえるんですが」

 もしかしたらパーシィは、そんなキャロの鏡であろうとしていたのかもしれない。
 己を戒め、飾る事を諦めた彼女のあるべき姿として。

 その姿はとてもお洒落とは言えず、恐ろしく不格好だったけれど。
 それでも受け入れ、キャロに奇抜な己を見せ続けて来た。
 欲望に囚われないまま自分らしくあり続けて欲しい、そんな願いを秘めて。

 その願いは最後の時だけ見せる事叶わないだろう。
 けれど、それでいいのだ。

 キャロはきっといつか欲望に打ち勝ち、なりたい自分になれると信じているから。

「ところで、エクィオは帰ったらどうするつもりなのん?」

 惜しむらくは、パーシィがそんなしみったれた話を好まない事か。
 その口からは真意を語る事も無く、代わりに巧みと話題を切り替えてみせる。

 もちろんエクィオもそんな話を振られれば、語るのはまんざらでも無かったらしい。

「僕はすぐ実家に帰るつもりです。 そして一族の暴走を止め、弟達を救い出したいと思っています。 一秒でも早く」

「ふふん、なるほどねぇ。 ま、今の貴方の実力なら血族主義の盲人共なんか瞬コロでしょうね」

「そう願いたいですね。 でも出来る事なら話し合い、その上で事を決めたいとも思っていますよ」

「相変わらず甘いわねぇエクィオは。 私ならそれ程の相手、問答無用で皆殺しよん」

 エクィオは現代よりも『あちら側』に禍根を残してきたクチだ。
 弱くて情けなくて、生きる事だけで必死だったから。
 心残りと思っても手が出せずにいて。

 でも、今はもう違う。
 例え虫の様に少ない命力でも、幾らでも増幅出来る強い心を手に入れたから。
 その実力はまさに、双つ世界でも群を抜いて指折りの強者だと言えよう。
 そんなエクィオが、血だけで強くなったと勘違いしている凡庸達に負ける訳がない。

 そこにはもう自信しか無かった。
 絶対に事を成すという気概に溢れていた。

 そんな義憤を魅せられれば、仲間なら黙っても居られないだろう。

「なら私も付き合ってあげるわん。 貴方は詰めが甘いから、そこの所はしっかりフォローしたげる」

「パーシィさん……ありがとうございます!!」

 仲間も加わればもう鬼に金棒だ。
 特に、心から信頼すべき仲間ならば。

 例え奇抜でも、戦いになればこれ以上頼もしい存在はいない。
 互いの夢と切望を賭けているからこそ、きっとその力は今まで同様に発揮してくれるだろう。

 もう何の憂いも無いと思えてしまう程に。



 こうして世界の片隅で、人が想いを交わし合う。
 あの戦いより高まった希望をますます増幅させる程に。

 でも時間は儚く過ぎていく。
 奇しくも、望めば望むほど早く早くと。

 そして気付けばもう、その時が訪れていた。



 世界を分断する時がとうとうやってきたのである。


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