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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~二人はもう、一つだから~

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 陽光を大小二つの影が一瞬遮る。
 勇達が飛び抜け、アルトラン・アネメンシーが追い掛ける事で。

 確かに飛行能力は得た。
 でも未だ攻勢に移れないでいる。
 故に防戦一方で、追い掛けられっぱなしだ。

 それというのも、茶奈がまだ飛行能力を自由に操り切れていない。
 【ラーフヴェラの光域】が失われた今、自身だけで制御しなければならないからだ。

 だから今はまだ全てが不安定。
 常にグラつき、速度が安定しなければ自在に曲がる事も出来ない。
 まるで飛行能力を得たばかりの時の様に。

 けれどそれが妙な懐かしさをも呼んでいて。
 不思議と、二人とも比較的落ち着けている。
 
「も、もう少し、待って!」

「ああ、茶奈が慣れるまで俺が防いでみせるさ。 だから思う存分、君らしく飛んでくれ!」

 共に居れる安心が勇気と自信も呼び込んでくれたのだろう。
 だから挟む様に迫る崩力球でさえ、【創世甲】の天力領域で弾く事が出来る。
 先程までよりもずっと強固に。

 そうして護ってくれるから茶奈も安心して空を突き抜けられる。
 こんな相互作用があるから、一人で戦うよりもずっと気軽だ。

 少なくとも、幾度と無い爆発に晒されようと避けられるくらいには。

ズズンッ!! ドドドドッ!!!

 だからと言って猛攻が止まる訳では無いが。
 むしろ先程よりもずっと激しくなっている。
 執拗に、巧妙に、隙を突く様にして。

 茶奈がまだ自由と飛べない事に気付いているからこそ。

『いい加減に諦めて磨り潰されよ!! 今なら痛みも与えず消してやるッ!!』

「そう言えるお前だから信じられないんだッ!! 誰もッ!! 最初からあッ!!」

『そしてその減らず口を黙らせろォォォーーーーーーッッ!!!』

 それでも茶奈の体現する速度は依然として凄まじく速いままだ。
 無数の閃光爆の尾を引こうとも一切巻き込まれない程に。

 しかも弧を描いて旋回し、更には海面を跳ねる様に降下・上昇をも見せつけていて。

 なれば海さえも爆発の餌食となろう。
 勇達の通った後では海水さえ吹き飛び、抉られた海底までが露わに。

 その破壊力を目の当たりにすれば、気軽でも精神は削られる。
 だからか、茶奈にじわりと焦りが滲む事に。

「う~~~ッ!! どう、どうするの!! 安定、どうしたら!!」

「焦らなくていいんだ茶奈。 初めて空を飛んだ時を思い出そう。 俺達がどうやって制御しようとしたのかを」

「あっ!」

 でもそんな茶奈の焦心を、勇が優しい声で撫で上げる。
 まるでこびり付いた汗をそっと拭き取るかの様に。

「あの時は夢中で理屈を実践しようとしていたけど、本当は違ったんだって。 心で感じて、魔剣に願って、それで応えてくれた。 なら【エフタリオン】だって出来るハズだ! 君に応えてくれるハズなんだ!」

 なまじ制御を別の魔剣に委ねていたから忘れていたのかもしれない。
 本当の魔剣の使い方を。
 己自身の声・言葉と同様に。
 
 だとしても、これなら思い出す事なんて簡単だ。
 扱いは武器よりもずっと繊細デリケート敏感センシティヴだけど。
 想像と、閃きと、思い切りがあればそれでいいから。

 それらを駆使して育ってきた思い出は、まだ忘れていない。

「だったら、私らしく! 勇さんの力に、なる!!」

 その想像力は存分に培ってきた。
 閃けるだけの経験は積んで来た。
 そして頑固だから、思い切りに糸目は付けない。



 だからこそ今、茶奈は勇の背に顔を埋める。
 なんとあろう事か、自ら視界を塞いだのである。



『馬鹿めが!! 視界を塞いだ肉など飛んで火に居る虫けらに過ぎないのだとおッ!!』
 
 そんな茶奈に崩力球が襲い掛かる。
 まるで彼女を狙わんとばかりに、勇の背へと向かう様にして。

 だが、それらが当たる事は無かった。

 全てが、抜けられていく。
 狭い隙間全て、狂いも無く突き抜けて。
 崩力球の嵐を見ないままに全部切り抜けて見せたのだ。

『なんだとッ!?』

「そうか君はッ!? ―――なら、俺も応える!!」

 その要因に勇だけが気付いていた。
 茶奈が視界を防ごうとしたその意図に。

 〝茶奈らしさ〟の正体が何であるのかという事に。



 茶奈は頑固だが、意思はそれほど強くは無い。
 だから基本的にはニッコリ微笑んで傍に居てくれるだけだ。
 彼女が人に寄り添いたいと願う大人しい娘だから。

 けれどそれは決して応対能力コミュニケーションが弱いからという訳では無い。

 人に合わせたい、何かしてあげたいという想いが強いから。
 なのでどうしても受動的になって、故に大人しいとも見えてしまう。
 本人もあまり良くないと思っている一面だと言えよう。

 しかしこれが茶奈の長所でもある。
 誰かの為に何かをしたいという気持ちの表れなのだと。

 そんな想いがあるから頑張れる―――というのなら。



 だったら、相手の思う様にその身を委ねればいい。
 


 これが茶奈の導き出した結論だった。
 究極の献身、受動の極致。
 勇の想いを体を通じて受け取り、そのまま魔剣へと受け流す。
 しかも直接的な揚力を勇自身へと与えるという。
 これはこの二人だからこそ出来る事だ。

 二人はもう通じ合っている。
 邪神に乗っ取られるその直前から。
 届くはずの無い叫びを伝えられたくらいに。

 あの現象は天力でも命力でもない。
 紛れも無く愛と絆が生んだ奇跡だ。
 そしてその繋がりは今もなお続いている。
 だから邪神から断ち切る時、茶奈を見つける事が出来たのだ。

 その繋がりがある今、もう言葉は要らない。
 見る必要も無いし、考える必要さえ無い。
 勇が見て聞いて感じるだけでいい。

 たったそれだけで翼が勇の思う様に動いてくれるから。

 故に今―――勇達は何よりも速く、天空に舞っていた。
 自由と太陽を背に受け、神々しく輝くままに。

 ならば邪神が嘲笑おうがもう怯む要素は無い。
 欲していた力が今、全て揃ったのだから



 空蒼くうそうに輝く【創世甲】と。
 優紅ゆうくに瞬く【光燐翼】と。
 閃翠せんすいに煌く【双界剣】と。
 更に、それらを操る三人の意志が秘めたる力さえも呼び起こそう。

 輝き、瞬き、煌き唸る。
 三つの光が混じり、うねりを巻いて空一杯へ広げる程に。



 故に、ここからが真の戦いである。
 そうして繰り広げられる死闘は、もはや神知さえも凌駕する事だろう。



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