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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~再び、二人舞う~

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 勇が空を駆ける。
 アルトラン・アネメンシーが動き回る中、崩力領域スレスレを回る様にして。
 それも、絶えず撃ち込まれる崩力球を避け続けながら。

 この走行速度なら本来、領域を突き抜けるなど訳は無い。
 一周さえ瞬時に行えるだろう。
 だがそれは空気抵抗と慣性を退けた結果だからに過ぎない。
 その二つが失われればたちまち失速してしまうだろう。

 その末の速度では到底追い付けはしない。

 だからこそ走る勇には苦悶が浮かぶ。
 決定打を打ち込めない現状に。

 そう、状況は既に変化している。
 勇の攻勢が留まるという形で。

 それはアルトランが自分自身の動かし方に慣れ始めているから。
 初めての顕現に適応し始めているのだろう。
 だからアルトラン・アネメンシーの方は余裕だ。
 勇の疾走さえ妨げようとしてくる程に。

 ただそれでも【双界剣】の事を恐れている事に違いは無い。
 故に近づき過ぎず、徹底的に遠距離の攻撃に徹している。
 このまま戦えば勇が先に力尽きるのは明白だからこそ。

『どうしたあッ!? 先程の威勢は虚言うつろいごとかあああッ!?』

 そのせめぎ合いの末に領域が追い立てて。
 勇が避ける様に空へと駆け跳ね上がる。
 無数の崩力球が追い掛け、青空へと突き抜ける中を。

「ぐううッ!!」

 迫る弾を切り裂き、時には弾いて。
 尾を引く残光を弧に描いていく。
 時には跳ね曲がり、いびつに歪ませながら。

 それでも執拗に追いかけて来る。
 どうしても引き離せないのだ。

 それは勇が最大速力で駆けられないから。
 もし勢いのまま飛んでしまえば回り込まれ、領域に囚われかねない。
 そうなれば集中砲火を喰らって一巻の終わりである。

 故に、アルトラン・アネメンシーがその機会を今かと付け狙う。
 ただただ冷静に、冷徹に。

 その本質は今も変わらない。
 むしろ力を解放した今、何の躊躇いがあろうか。

『さぁさぁさあああ!! 潰れてひしゃげて挽肉と成れ!! その血一滴までも残さず蒸発させてえええ!!』

 遂には逃げ道を塞ぐ様にして崩力球をばら撒いていく。
 まるで遊戯でシャボン玉を吹き付けるかの如く。

 なればたちまち空一面が黒く染まる事に。
 それもけたたましい爆風を撒き上げながら。

 でも、それでも勇は怯まない。
 剣を振り回し、崩力球を次々切り裂いて。
 如何な大きさの弾さえも一撃の名の下に消し飛ばしていく。

「おおおーーーーーーッッ!!!」

 その最中の軌道は、鋭利に曲がっていた。
 それも迫り来るアルトラン・アネメンシーへと向けて直下に。
 更には突如として跳ね、降下加速さえ利用して飛ぶという。

 自加速と相対接近を利用した奇襲攻撃だ。

『クフフフッ!! 危ない危なぁい!!』

 しかし接近するどころか離れていく。
 動きが見抜かれていたのだ。

 むしろ遊ばれている様にさえ見えてならない。
 それ程までに余裕な笑みを見せつけていたのだから。

 遂には後退軌道を大きく逸らし、落ちていく勇に並び飛ぶ。
 しかもまたしても崩力球をばら撒きながら。

「チィィッッ!!」

 それを勇が縦横無尽に跳ねて躱していく。
 天地をも無視するまでの連続瞬間跳躍で。

 故に、黒球の群中に幾つも虹光が跳ね飛ぶ事に。
 余りの高速機動の連続で、空はもうそんな残光軌跡で一杯だ。

 さっきからもうこんな攻防を繰り返している。
 でも未だ機会チャンスは訪れない。
 どんな手を打とうとも覆してくるからだ。

 焦りが募る。
 苦悩が滲む。
 もう何も手が無いのかと思えてしまう程に。

 〝いっそ空さえ飛べれば〟と願ってしまうまでに。

 そんな雑念ないものねだりさえ脳裏に過って止まらない。
 それ程までに追い詰められているのだろう。

 ただその雑念が一瞬だけ眼を曇らせる事となる。

 いつの間にか、躱した崩力球がそのまま弧を描いていて。
 勇の進路に回り込む様に動いていたのだ。

 その動きに気付く間も無く。

「な―――ッ!!?」

 たちまち、漆黒の悪意が勇を覆い込む。
 正面からも。
 背後からも。
 上下左右からと全域を。

 一瞬の隙を突かれ、囲まれてしまったのである。

「うおおおーーーーーーッッ!!?」

 一方の勇は回避に集中していて体勢が崩れている。

 このままでは【極天陣】が使えない。
 一つ一つ切り裂こうにも数が多過ぎる。

 そしてその全てに勇を戦闘不能へ追いやる力がある。



 すなわち、対処不可能。



 失敗した。
 負けてしまった。
 そんな悔いが、一瞬で勇の脳裏を突き抜ける。

 情けないとさえ思っただろう。
 こんな早くに敗北するなどとは。
 これで世界を救うと言っていたなんて、と。



 だがこの時、突如として紅光の弾丸が崩力球の中を突き抜けた。
 まるで稲妻の如く、隙間を縫う様にして。

 それも、勇をも巻き込んで。



バッサァッッッ!!!

 その突破直後、弾丸がばさりと開く。
 まるでヴェールを剥ぐかの様にして。

 そうして現れたのは―――茶奈だった。
 なんと己を弾丸に換えて飛び込み、見事に勇を救出したのだ。

「ちゃ、茶奈ッ!?」
「ゆ、勇さんッ!! 私ッ!!」

 手に掴める程の力は無い。
 だから腕で抱き込む様にして捉え。
 その上で超高速で飛び突き抜けて。

 そのお陰で勇が窮地を脱する事が出来た。

 なら勇にとってこんなに嬉しい事は無いだろう。
 心のどこかで茶奈の力を求めていたから。
 彼女の様な翼が欲しいと、強く、強く。

 そしてその願いが今、見事に叶った。
 茶奈自身という翼がこうして舞い降りた事によって。

「私、勇さんの力、なりたいっ!! なりたいの!! だからあッ!!」

「茶奈……わかった。 君の力を俺に貸してくれッ!!」

「―――うんッ!!」

 僅かにグラつきながらも海上を飛び抜けていく。
 アルトラン・アネメンシーの追跡にも負けない速度で。

 その中で二人が想いを交わし合う。
 共に死力を尽くそうという意志を。

 ただ守るだけでなく。
 ただ守られるだけでなく。
 共に戦い、共にこの戦いに勝利する為にと。

『馬鹿め、今更ノコノコと死地に来た所で……!! なれば共に消してやろう、その上でお前達の恐怖さえも呑み込み、我の力と換えてやる!!』

「そんな事、させないッ!!」

「ああ、俺達でやるぞ茶奈あッ!!」

 だからこそ今、飛沫を打ち上げ空へと突き抜ける。
 迸る茶奈の想いを体現するかの如く鋭く。
 勇の背に張り付く様に抱き着きながら。

 ならば茶奈の願いをも受け入れて、勇の願いも別の形で迸ろう。
 【創世剣】を万物より防ぐ盾へと換える程に。

 その名を【創世甲】。
 この力は、愛するべき人を護る為に。



 勇と茶奈。
 この二人の力を極限に合わせる時がようやくやって来たのだ。


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