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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~覆す事の叶わない一.〇二%~

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 遂に最後の切り札が神々しい姿を見せつけた。
 【双界剣グランディーヴァ】、カプロの遺した至神の一振りである。

 しかもその能力は【創世剣ア・リーヴェ】に勝るとも劣らないという。
 加えて現代物理特性を持つからこそ、崩力領域内であろうと偏向しない。
 だから邪神制御下の茶奈を斬れ、かつ茶奈自身を斬らずに済んだ。
 ならば本体が現れた今、それさえも斬る事が出来る。

 まさしくアルトラン・アネメンシーを倒す究極の切り札と言えよう。

 その切り札を携えた勇が飛び掛かり、邪神が避ける様に空へと舞い上がる。
 そんな姿が空へと映り込み、勇攻勢を余す事無く伝えていく。

 もちろん、それは隣島に居る心輝も瀬玲も例外ではない。

 【双界剣】が現れた時、二人とも興奮せずにはいられなかったものだ。
 それだけ衝撃的だったからこそ。

「カプロの奴、あんなもん造ってやがったのかぁ! さしずめ天士用の魔剣ってトコだな!!」

『ええ、私も驚きました。 まさかカプロさんがあれ程の物を創っていたとは……』

「ア・リーヴェさんも知らないなんてね。 ならもう〝魔剣〟じゃなくて〝神剣〟って事かな」

 どうやらア・リーヴェさえも驚きは同じだったらしい。
 それも当然か、こうして【創世の鍵】をもう一つ目の当たりにしてしまえば。

 ア・リーヴェなら見ただけで構造も特性も理解出来るだろう。
 勇の奮う【双界剣】が如何な物体なのかが。
 その上でこうして驚いている。

 何せこの世界における【創世の鍵】構築は本来有り得ない。
 試算としては何百万年も先の話と推定されていた精神技術だからこそ。
 この奇跡を成し得たのは運命力の賜物か、それとも勇達の絆のお陰か。

 いずれにせよ現実として再現してみせた。
 ならば、新たな神剣が導く可能性に期待せずにはいられない。

 ただし現実問題を加味した上では、まだ手離しで喜ぶなど到底出来ないが。

「ならこれでアルトラン・アネメンシーに勝てるって事だな!」

『……いいえ、そうとも限りません』

「え、どういう事?」

 瀬玲が茶奈をそっと地面に寝かし、膝枕に頭を乗せる。
 安心してのそれだったのだが、言葉を濁すア・リーヴェを前に困惑を隠せない。

『確かにあの剣はアルトラン・アネメンシーにとっての想定外です。 しかしそれは我々にとって【崩力】という懸念エンサイティ要素ファクターの穴埋めにしかなりません。 【崩力】は強力でも所詮、力の一端にしか過ぎませんから』

 するとそんな中、ア・リーヴェが空の映像へと指を差す。
 心輝と瀬玲に再び戦いを注視させる為に。

 その映像からもア・リーヴェの懸念は払拭出来ない。
 一見攻勢に見えても、彼女にだけは劣勢にしか見えなかったからこそ。

『見てください。 アルトラン・アネメンシーはああして可視化していますが、浮く事に対して何の抵抗もありません。 それは彼が物理特性に囚われない不可逆的指向性を有しているから。 つまり彼は見えるだけの、いわば幽霊の様な存在と言えるからなのです』

「要するに今のア・リーヴェさんと同じ様な存在って事ね?」

『はい。 それも不可逆的ですので物理干渉を受けず、かつ逆にあちらからは干渉する事が出来ます。 故に空間移動が自由であり、物理特性を無視出来るからこそ慣性の影響も受けません」

「あっちからは好き放題動きまくり、触りまくりって事かよ……」

『ええ。 ですが勇は違います。 今だと力及ばず、同様の天力子固着が出来ません。 なのでどうしても物理現象の影響を避けられず、地球重力影響下での戦いを強いられてしまいます。 また、あの切り札は天力子状態では使用出来ません。 物質化していなければ結局【崩力】によって歪められてしまいますから』

 実際、勇が転移して攻撃を仕掛けても当たる気配は一切無い。
 アルトラン・アネメンシーが軽々と避け続けていて。

 その動きは大きさに伴わないと思えるほど速い。
 例え天力転送だろうと追い付くのでやっとだ。
 まだ心輝や茶奈ほどの航空機動力があるならマシなのだろうが。

『それにもっと大きな問題があります。 これが勇だけしか戦えない理由ともなるでしょう』

 しかしその機動力が仮にあったとしても、なお覆せない不安要素が存在する。
 常人である心輝や瀬玲が加わった所で何の意味も成さない理由が。

『可視化するのでよく見てください。 あの大きな領域を』

「えッ!? あれが崩力領域!?」

「で、でけぇッ!?」

 こうしてア・リーヴェがキッカケを与えて初めて、人は目の当たりにする事が出来る。
 アルトラン・アネメンシーを覆う驚異の領域を。

 余りにも巨大な黒球体だった。
 邪神自身を覆い尽くしてもなお大余りある程に。

 直径で言えばおおよそ一〇〇メートルオーバー。
 本体の五倍以上もある領域が黒々しく包んでいたのだ。

『ご存知の通り、あの領域において天力は一切働きません。 【命踏身ナルテパ】さえも使えないでしょう。 すなわち勇は領域外から勢いを付けて飛び込むしか無い。 ですがあの移動速度ではどうしても本体に届く前に躱されてしまう。 それが現状なのです』

「でもそれなら命力を持った俺達なら―――」

『いいえ。 それは確かに茶奈さんが本体だった時なら有効だったでしょう。 しかし今のアルトラン・アネメンシーはエネルギーの集合体の様なもので、反力である天力でしか影響を受けません。 つまり天力以外で傷付ける事は叶わないのです。 それどころか下手に命力で攻撃すれば、力を吸われて栄養分にすらなりかねません』

「そうか、だから勇は私達を止めたのね……私達じゃもう何も出来ないから」

 加えてその【崩力】が守る本体は天力しか受け付けない。
 
 なら天士が邪神を傷付けるには約五〇メートルという領域距離を乗り越えるしかない。
 しかも瞬時に、天力を駆使せず、それも物理影響下で。
 おまけに邪神そのものの抵抗を躱しながら。

 これが地上ならまだ何とかなりそうだが、空だからそうとはいかない。
 例えプロセスアウトを経ても駄目だ。
 どうしても直後に慣性や大気抵抗を受け、速度が大きく減衰してしまう。
 それだけの領域距離が存在するからこそ。

 だから影響を受けない人間が攻めようにもそうもいかない。
 命力での攻撃は効かないから。

 人間なら近づける、けど傷付けられない。
 天士なら傷付けられる、けど近づけない。
 つまりはこういう事だ。

 ア・リーヴェが最初に打ち出した勝利の可能性、約四〇%。
 これはあくまで茶奈が本体だった時の話で。
 命力が通用するからこそ叩き出せた数値だと言えよう。

 だがもう、そうはいかない。
 今繰り広げられているのは可能性一.〇二%の世界。
 これは心輝達ではどうしようもないからこその確率なのである。

 だからこそ悔しさを滲ませずにはいられない。
 自分達もが天士になれればどれだけ良かったか、と。

 でも後悔しようと現実は変わらない。
 今は勇に託すしか無いのだと。

 たったは、そう思うしか無かったのだ。


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