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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~神たる故の思考論理~

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 眷属の死さえも嘲笑う、極に悍ましき邪神アルトラン・ネメシス。
 その歪なまでの存在感を前にして、多くを知って来た勇達さえ戦慄しよう。

 この存在の性質はやはり人とは全く異なるのだと。

「ふふっ、でも私は彼等の様な出来損ないとは違います。 なんたって私は『タナカチャナ』なんですからっ!! この力が世界を滅ぼす為にあったんだってようやく気付いたんですっ!!」

 すると途端、茶奈が叫びのままに空へと飛び上がる。
 真っ赤に染まった燐光を周囲へと撒き散らしながら。
 勇達を激しく煽ろうが構う事無く。

 その末には勇達を見下ろし、「あっはは!!」と高らかに笑っていて。

 余程の自信があるのだろうか。
 勇達を前にしてもなお揺るがない勝利の切り札を持ち合わせているのだと。
 まるでそう思わせる程に、その笑い方がどこか不自然だったから。

 しかしそんな茶奈から意図を読み取るなど不可能だ。
 もはや彼女のそれとは全く異なる言動だからこそ。

「戯言は無駄だ、アルトラン・ネメシス。 幾ら茶奈の真似で動揺を誘おうとしてもな。 俺達にはわかっているんだ、お前の擬態がどれだけ歪なのかって事をッ!!」

「関係無い奴は騙せても俺達には通用しないぜッ!! 茶奈の全てを見てきた俺達を欺けると思うなよッ!!」

「っていうか全く真似出来てないし。 滑稽なくらいにさあッ!!」

 だからこそだ。
 だからこそ勇達が揃って憤る。
 半端な声真似で茶奈を侮辱している様にも感じられたから。
 彼女の存在感を歪に利用し貶めているとさえ思えてならなくて。

 その胸に抱いた決意を更に強固とせんばかりに。

「茶奈を返してもらうぞ! お前を跡形も無く取り除いてッ!!」

 このまま邪神の弄ぶままにしておく訳にはいかない。
 最も尊き仲間であり、大切な恋人でもある茶奈の姿のままでいさせるなどとは。

 そんな想いを抱く勇の憤りはもはや最高潮だ。
 冷静さを失わないまでも、心は常に昂ったままで。
 一心に茶奈を睨み、握り締めた両拳から光を煙の如く吐き出している。

 膨れ上がった天力が抑えきれず噴出した事によって。

 天力とは言わば無限力。
 感情の昂りで幾らでも増幅する事が出来る。
 時にはこの様に体から漏れだす事もあるだろう。

 しかし天士とは須らく、その溢れる力さえも許容出来る肉体を有しているものだ。
 でもなお漏れるという事。
 それすなわち、勇がそれだけより強く昂っているという証拠となる。
 そして決意と覚悟の表れが、戦意と闘志の矛先が拳先からの流出とさせたのである。

 まるで、その力を以て邪神を討ち倒せといわんばかりに。

「クフフ、そうか。 やはり、小手先の人形劇では、満足させられはしない、様だな」

 その気にあてられたからだろうか。
 途端、茶奈の雰囲気がガラリと変わる。

 まず笑みが消えた。
 その代わりに、敵意を剥き出しとする噛み歯を覗かせていて。
 冷徹な眼で鋭く見下す姿が大空に。

「だが、お前の望みが叶う事は、もう無い」

「何……ッ!?」

「何故なら、あの娘の精神は、私が喰った、からだ」

「「「ッ!?」」」

 更には、その身に纏う邪気さえ露わとする。

 まるで片言口調がその邪気を押し上げるかの様だった。
 一言一言が勇達の心を突き、「ズンッ、ズンッ」と響いていたのだ。
 それも、勇から溢れていた天力が堪らず掻き消える程に強く。

「実に悦楽、だった。 あの娘が泣き叫び、情けを請い、絶望に堕ちていく、その姿は……!」

「んな訳あるかあッ!! あの茶奈がそんな事するワケ―――」

「クフフッ! ならば、実践して、見せてみようか!?」

「てっめ……!!」

 遂には真偽のわからない事を宣い、勇達の心を掻き乱すという。

 特に心輝の様な真っ直ぐな性格タイプには効果的だったらしい。
 たちまち心が揺らぎ、身纏う命力の波が激しくうねって収まらない。
 明らかに動揺している証拠だ。

「今まで喰らってきた者達も、同じだった。 皆、心地良い絶望の、悦楽を吐き出し、悦ばせてくれたものだ。 そしてこの世界の、滅びによって生まれる、新たな絶望が、私を果ての原初へと、きっと押し上げてくれるでしょう……!!」

 その仕上げと言わんばかりに、世界の滅ぶ先の末路をも露わとする事に。

 世界崩壊は永劫苦痛の始まり。
 そうして生まれた絶望空間が放つ負の力は、邪神が世界を遡る限り供給され続けるのだろう。
 つまり、その絶望空間こそが邪神の無限エネルギー源ともなりうるという事だ。

 しかも天士とはあらゆる理を通り抜けるフリーパスを得た様な存在で。
 そんな存在が世界レベルの強大なエネルギーを受けたならば―――

 そうなればもはや邪神を止められる者は居なくなる。
 前世界を閉じようが、リセットしようが関係無い。
 その全ての事象さえ通り抜け、全ての世界を貫き消し飛ばすだろう。

 それも更なる絶望の力を得ながら。

 すなわち、この世界とはアルトラン・ネメシスにとっての燃料でしかない。
 ただただ使い潰すだけの、絶望を生むだけの消耗品として。

「ふっざっけッ!! 私らはアンタの餌じゃないってぇのッ!!」

「てめぇ……!! 人を、命を何だと思ってやがるッ!!」

 そうも言われてしまえば怒らない訳が無い。
 あの冷静沈着な瀬玲でさえ嫌悪感を露わにする程だ。

 しかしそれはこの二人が邪神の本質をまだ理解しきっていないからに過ぎない。
 その証拠と言わんばかりに、勇だけはただ冷静に見上げ続けている。

 それは勇だけが邪神の持つ真意を理解出来ているからこそ。
 ア・リーヴェを通して真実を知った勇だけが。



「フフッ、何を言うかと思えば……命など、この世界には存在しないでしょう?」
「「なっ!?」」



 故に茶奈が再び嘲笑う。
 己が真意の与り知らぬ二人を前にして。
 
「星に力を分け与えられ、その事を知らないままのうのうと暮らし、惰性を貪り、果てには分体同士でいがみ合う。 いずれも同じ存在だというのにも拘らず、一体何を勘違いしたのか……」

 いや、知らないのはこの世界に住む生物全てだ。
 この地球のみならず、宇宙に散らばるありとあらゆる生物全てに言える事なのだ。

 彼等は皆、母なる星に生かされている存在なのだという事を。

「それでもなお勘違いを続け、遂には自分達を、命と言う。 実に滑稽な事だ。 星が無くなれば、お前達は所詮、そこまでだというのに。 命とは自らの力のみで、生きられる者を指す。 それすなわち―――」

 そしてその呪縛に囚われた者達は自らを「命」と言った。
 尊い存在であり、生かさなければならないのだと。

 でもそれは人間が創った理だ。
 繁栄する為に戒めた戒律だ。

 神の定めし世界創造の理とは違う、ただの戯言にしか過ぎない。





「お前達は命ではない。 意思があると勘違いした、ただの『肉』だ」





 故に神位の者は言う。
 人は所詮、『動く肉』でしか無いと。
 自立さえ出来ない、星に依存し続けるだけの者達なのだと。

 その認識内での価値は、非知的生命体と如何ほども変わらない。

「そしてこの事はア・リーヴェ、お前もよく、知っているはずだろう?」

「「えッ!?」」

 しかしてその認識は決して邪神が独自に得た境地ではない。
 むしろ邪神にその認識を伝えた者が居る。

 そう、この世界を創りし者の一人―――ア・リーヴェである。

『ええ。 確かに貴方の言う通り、私達の世界ではそういう認識です。 天士に成れない者は生物としては認められず、場合によっては処分される事も少なからずありましたから』

「ア・リーヴェさん!?」

 まるで邪神の呼び掛けに応えるかの如く、ア・リーヴェさんが勇の胸元から現れる。
 こうして渋々と真実を語りながら。

 でもその瞳は悲哀で溺れそうな程に潤んでいた。
 前世界と今世界との理の隔たりにこの上無い後悔を潜ませて。

『ですがそれは成熟しきった世界の話です! 私はこの世界に訪れて知りました。 命とは決して、自立した生物の事を指しているのではないのだと。 いつかその境地へと達する為に、魂を紡ぎ継いでいく者達こそが命なのだと……!』

 神とて元は人。
 例え生まれた世界は違くとも、他者を想えたから天士になれたのだ。
 ならばその認識も、世界が変わればおのずと正されよう。

 かつてはまるでゲームの様な感覚でこの星を見つけた事だろう。
 でもア・リーヴェは今、この星にとても順応している。
 それは単に、『あちら側』と『こちら側』を同時に見続けて来たから。

 その中で人間を魔者を知り、命の在り方を知った。
 例え戦いに塗れた世界であろうと一生懸命に生きようとした者達を見て来た。
 決して命ではないなどと言い切れない程の、多くの人々の深い生き様を。

 だから今のア・リーヴェも勇達と同じ認識だ。
 邪神の思想など、もはやカビの生えた忌まわしき過去の風習に過ぎない。

 故にア・リーヴェさんもまた睨み返す。
 その忌まわしき風習を未だ引き摺り貫こうとする者へと。

「クフフ、やはりお前は、そうなるか。 以前と変わらない、な。 すぐ他者に感傷的になる所は」

『アルトランの記憶だけで私を語らないでください! 貴方とは直接的に会っていない事を忘れなきよう!』

 勇達に付き添ってきたおかげでア・リーヴェ自身の心も強くなっている。
 こうして邪神へと反旗の意思をハッキリと向けられる程に。
 古き認識を抱いていた過去の自分と決別出来るまでに。

「お前が何を言おうと、理は変わらない。 命無き世界など、無価値、なのだと」

 ただそれでも茶奈は鼻で笑って返すだけだ。
 こんな話も所詮は勇達の動揺を引き出す為の遊びの一つに過ぎないから。
 こうハッキリと返されようとも、まともに取り合うつもりは無いらしい。

「―――ですが、それでも例外はありますっ! この世界には一人だけ、命と呼べるべき存在が産まれました! そう、それが勇さん、貴方なのですっ!!」

 それどころかその矛先は遂に勇にさえも向けられる。
 性懲りも無く茶奈の声色を操り意気揚々と。

「さぁ勇さん、この世界に産まれた真なる命として共に世界の果てに旅立ちましょう! この狂った世界の繋がりを断ちきる為に!」

 更には勇を求めるかの様にその左手を差し出して。
 優悦な笑みを浮かべて誘おうとするという。

 まるで悪魔の囁きだ。
 唯一性をくすぐる甘言だ。



 だが、勇はもう一切動じる事はなかった。



「言ったはずだアルトラン・ネメシス……! 俺達に戯言は通じないとッ!! 言った通り茶奈は返してもらう!! その上でお前を倒して世界を救ってみせるッ!!」

 勇はもう気付いていたのだ。
 茶奈の宣う事の殆どが、自分達を怯ませる為の嘘や歪説ばかりなのだと。
 真の茶奈はまだ生きていて、今も救いを求めているのだという事を。

 だからこそ怯まない、騙されない。
 口先だけの言葉などでは決して。

 そうして邪念を祓い、今はただ見据えよう。
 己の討つべき敵を、救うべき人を。
 
 全ては、勇達へ期待を注ぐ命の為に。


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