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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~遂に対峙せし意志~

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 人間ヒトよ 魔者ヒトよ 教えておくれ

 姉星そらと 妹星うみを なだめる唄を

 枯れて 果てた 御心浸す 生命いのちこいねがいし詩を―――





 日本列島の遥か北東にある海、ベーリング海。
 その南端には太平洋とを隔てる小さな諸島群が存在する。
 大概が日本の県にも満たない程に小さく、それでいて殆どが無人島で。
 人の住んでいる島だとしても人口は五〇〇人にも満たないと極小規模という。
 地理的にもユーラシア大陸とアメリカ大陸を結ぶ群島というだけで、それ程の重要性は無い。

 そのとある一つの無人島に、勇達は立っていた。

 ここがどこなのかなど勇達にはわからない。
 それは単に悍ましい気配を辿って来ただけだから。
 仲間が切り拓いてくれた道を通り抜けただけだから。

 ただ地球上のどこかに居て、浅緑の低草と岩肌が目立つ場所に立っているとだけ。
 せいぜい潮の香りで海が近いとわかるくらいか。

 でも間違い無く、ここが到達点だ。
 何故なら―――



 勇達の視界にはもう、茶奈の姿が見えていたのだから。



「やっぱり、来てしまったんですね。 ふふっ」

 その姿は早朝に見せた映像のまま。
 手には一つ星の欠いた【ユーグリッツァー】を、背には【エフタリオン】を。
 それら白銀の装備を純白のワンピース姿で身纏う様相はどこか神々しささえ感じさせる。
 海風に晒されて靡く黒髪が輝きをチラリチラリと遮り、瞬かせる事でなおさらに。

 ただ、そんな彼女が勇達に見せた笑顔はどこかよこしまで。
 細めさせた眼と僅かに吊り上がった口元、それが並々ならぬ雰囲気を醸し出している。
 茶奈が今までに見せた事も無い冷徹な微笑みだ。

 いや、目の前に居るのは茶奈であって茶奈ではない。
 彼女の皮を被り仕草を真似ただけの、世界を滅ぼさんとする邪神なのだから。
 
 故に似ても似つかない。
 姿形はそのものでも、彼女を良く知る勇達にとってしてみれば違和感そのもので。
 たった今の一言を聴いただけで目前の存在が敵であると認識出来る程だ。

「ああ、来たさ。 仲間の皆がここまでの道を切り拓いてくれたんだ。 俺達をお前の下に辿り着かせる為にな」

 その偽物とも言うべき存在を前にして、勇が鋭く睨み付ける。
 ここまで導いてくれた仲間達に報いようと、その覚悟と決意で瞳を輝かせて。

 もちろんそれは心輝も瀬玲も同様に。
 勇の左右隣りに立ち、既に命力をも滾らせている。
 臨戦態勢、いつ飛び出してもおかしくない状態だ。

 二人も相応に覚悟していたのだろう。
 再び地上に立つ時がすなわち戦いの始まりという事はもう知らされていたから。
 それも、最悪の場合の―――茶奈を殺すかもしれないという事も踏まえて。

 いずれにせよ茶奈を、その身操る邪神を抑えれば世界融合フララジカは停止する。
 それが停滞に終わるのか、それとも永遠の解決を成すのかは自分達次第なのだと。

「俺達がここに来てるって事はよォ、ご自慢の【六崩世神】とかいう奴等が纏めてやられたって事だよなぁ……! へへ、ざまぁねぇぜッ!!」

「このままアンタもあっさり倒されてくれれば言う事無いんだけど?」

 しかし機運は今、間違い無く勇達に傾いている。
 邪神の眷属である【六崩世神】を見事に討ち倒した今ならば。
 反抗作戦の必須事項でこそあるが、世界にとっては何より大きな功績と言えるのだから。

 その成果が勇達の気持ちを押し上げる。
 天力を、命力をより強く高められる程に。

 だが―――

「クフフッ、元より彼等に期待なんてしていませんよ。 勇さん達が来るのはわかっていましたから」

「ッ!?」

 茶奈はそれでも、笑っていた。
 眷属達が敗れた事実を突きつけられてもなお。
 まるで彼等の死さえも嘲笑うかの様に。

「所詮は天士の領域にも上がって来れない存在です。 であれば期待する価値なんて欠片も無いでしょう? どうせこの世界が終わった時に置き捨てる予定でしたから何の問題もありません」

「て、てめぇ……!」

「ですが良い余興になったと思います。 いずれも中途半端な駄作ばかりでしたが、世界を恐怖に陥れるには充分な働きをしてくれましたから。 お陰で今、世界は負の感情で覆われています! 聴こえますか、人々の悦びを示す呻きがっ!」

 いや、実際に嘲笑っている。
 眷属達の死と絶望も糧にして。
 今なお続く混沌に悦び悶える余り、その両手で頬を撫で充てうっとりと。

 これ程の邪悪さを持ち合わせた相手が今までに居ただろうか。
 人々の苦しみをここまで悦びに換える者など。
 これは人の苦しむ姿を楽しんでいるだけでは無い。
 人が苦痛を望んでいると思い込んでいるが末の悦びだ。

 だから心底から嬉しがっている。
 による満足心と、悦楽を求める欲求が連なった狂悦なのだ。

 この様な歪んだ悦びを勇達が理解出来る訳が無い。
 理解したい訳も無い。

 故に三人揃って表情を濁らせる事となる。
 嫌悪と憤りが堪えられない程に沸き上がってきていたからこそ。

「勇、今ハッキリわかったぜ。 あの時お前が俺を全力で止めようとした意味をよぉ……!!」

「控えめに言って醜悪ね。 救いが無いくらいにさ」

「ああ。 だからコイツだけは止めなければいけない。 何があろうともッ!!」

 人ならざる者は思考さえ人を逸する。
 その意味を言動で示された今、加減の意思さえも消し飛ぼう。

 この諸悪の根源を絶対に野放しにしないという強き意思を籠めて。





 邪神アルトラン・ネメシス。
 かつての天士から生まれた、凝縮されし負の感情の塊。
 その存在はもはや理では縛る事が出来ない程に凶悪で醜悪だった。

 故に人ではない。
 まさに独立した単一精神生命体とも言うべき存在である。

 その真なる異形と勇達が、長きを経て遂に対峙した。

 だが勇達はまだ完全に理解してはいない。
 遥か古より知識を蓄え続け、歪ませ重ねて来たその業を。
 目前に立つ存在がどれ程の悍ましさを秘めているのかを。

 その意識が生命の価値観さえ磨り潰すまで奇怪に膨れ上がっているのだという事を。



 邪神はまだその全てを曝け出した訳では無いのだから。


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