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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」
~天涙よ、想いを流し尽くせ~
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雨が降る。
何もかもを溶かし冷ます、寒々しい雨が。
元々予報には無かった雨だけれど。
これはもしかしたら、誰かの悲しみを代弁してくれた天涙なのかもしれない。
揚々と戦いに挑み、逝ってしまった者達への手向けとして。
勇達がフェノーダラ城へと戻ってから二時間が過ぎた時の事である。
ちゃなは依然気絶したまま、今は仮泊まり用のテントの中で寝ていて。
勇もそんなちゃなを寝かした後、別テントでずっと椅子に座ったまま。
机に両肘杖を突き、おでこを支えてじっとし続けている。
先日までジョゾウ達と囲んでいたその机で。
思い出そうと思えばすぐ鮮明に思い出せる。
皆で楽しく語り合ったその様子を。
作戦だったり、悩みを打ち明けあったり、雑談だったり。
話題は色々だったけど、でも皆それでもどこか楽しそうで。
それでも勇は思い出そうとしなかった。
思い出したら、それだけで涙が出そうだったから。
例え心が強くなっても、友人を失えばやっぱり辛いのだ。
ドゥルンドゥルン、ギギィ……
そう無心で辛さに堪えていた時、中継移動基地のトレーラーが帰還する。
数多に滴る雫々りの中、杉浦が構う事無く飛び降りつつ。
ジョゾウ達も無事だ。
杉浦の後から彼等も続き、濡れようと構わず外に出て来ていて。
静かに項垂れる勇の下へと揃って歩み寄っていく。
「勇殿、此度は協力頂き誠に感謝致しまする。 拙僧らはこれより杉浦殿の好意に頼り、一度里へと帰る所存でありますれば、しばしのお別れをと」
「うん。 ジョゾウさん、本当にお疲れさまでした。 どうかお元気で」
「勇殿……」
でも今の勇に労いの言葉を交わす程のゆとりは無い。
いつまでもずっとこうしていたいと思える程に、気持ちが落ち込んでいたから。
本当は勇だって色々話したいに決まっている。
ジョゾウ達の事は信じているし、杉浦にも感謝しているから。
それでも口を開けないのは、そんな良い事も全て悪い思い出に引っ張られそうで。
だから必死に堪えないといけない。
悲しみじゃなく、それ以上の想いでジョゾウ達を送り出さないと。
そんな感情が、唇の震えからも滲み出るかの様だ。
きっとジョゾウ達も杉浦も、そんな勇の気持ちを察したのだろうか。
これ以上は何も言えず押し黙る事に。
するとそんな時、またしてもエンジン音が一つ。
福留の乗った車が到着したのだ。
勇達を家へ送り返す為にと。
そんな福留が傘を差し、勇達へと近づいていく。
「杉浦三佐、お疲れさまです。 作戦指揮など、本当に助かりました」
「ハッ!!」
「それとジョゾウさん達の事も。 相手方の遺体の搬送など、厄介ごとも押し付けて申し訳ありません。 どうかよろしくお願いいたしますねぇ」
「いえ、これが自分達の責務ですから! それでは失礼いたします!」
戦いが終わった後の処理は福留や杉浦達の仕事だ。
勇とちゃなを家に帰す事も、ロゴウ達の遺骸を回収して里に返す事も。
きっと戦いが終わった時から何もかもが予定通りなのだろう。
そんな事もあって、杉浦も割とドライだ。
元々悲しんでいる余裕も無ければ、そもそもが耐えられる程に心を鍛えているから。
それに何より、生きているならまた会える日が来るかもしれない。
少なくとも関係者である以上は。
だから今はそっとインカムを返して踵を返す。
今はまだ、勇に言葉を掛ける必要は無いと思っているからこそ。
ただ、ジョゾウに限り話は別だった様だ。
「勇殿、どうかミゴとライゴの死を嘆かぬようお願い申し上げたし」
「……え?」
ジョゾウ達とはもしかしたらもう会う事が無いかもしれない。
それどころか、場合によっては敵になる可能性だって。
言わずとも知れた事だろうが、【カラクラ族】とは東北・秋田に出現した魔者達だ。
彼等とは交渉が通じ休戦となったものの、友好関係を結んだ訳ではない。
つまり、日本政府と【カラクラ族】は未だ対立状態にあるのだ。
今回だけが特例であって、その関係が緩和された訳でも無く。
人間の主を得た今でも、対立の状況は何も変わらない。
だからもしかしたらこれが最後の対話となる事だってあり得る。
そう察し、ジョゾウは勇へと伝えようとしたのだろう。
ミゴとライゴの死が決して無駄死にでは無かったのだと。
「彼等はとても勇敢で御座った。 そんな彼等の死は、勇殿に止められた自死と違い―――とても意味のある死で御座ろう」
「ジョゾウさん……」
「なればその悲しみ、胸に想い力と成しましょう。 それこそが先逝った彼等が望む形であろうと拙僧は願いとう御座る」
人は死ねば想っていた事などもうわからない。
だからこそ願っていたと信じよう。
彼等が死を選んだのは、後に残った者達を悲しませるつもりではなかったのだと。
これはずっと前に勇が父親からも教えて貰った事だ。
親友だった統也の死について悩んでいた勇を落ち着かせた言葉だ。
それが今、ジョゾウの口からも意図せず零れ落ちた。
これはきっと、ジョゾウが勇の父親とも変わらない思考を持っているからで。
そんな言葉の巡り合わせが、また勇の心を叩く。
かつての思い出を飛び出させんばかりに強く。
それでいて優しく暖かく包み込んでいく。
「なればこれにて。 勇殿、いつかまた再び共に戦える事を祈り、これからの健闘を御期待し申す」
「ジョゾウさん……本当にありがとうございました。 逢えて、嬉しかったです」
その想いが、勇の心にほんの少しだけ勇気を与えてくれたらしい。
こうして感謝の想いを伝えられる程に。
それを聞いて安心したのだろう。
ジョゾウもそっと微笑み、翼を掲げて別れを示す。
静かに待つ杉浦と仲間達の下へと踵を返しながら。
でももしかしたら、本当に救われたかったのはジョゾウだったのかもしれない。
勇の下を去るその姿は項垂れている様にも見えていたから。
とても哀愁を漂わせる程に、ただただ力無いままに、と。
ジョゾウ達と杉浦が去り。
その後誰にも会わぬまま、勇達の乗せた車もが城の下を去る。
疲れて眠ったままのちゃなを後部座席へと寝かせ、ゆっくりと静かに。
「勇君、今回の戦いは本当に厳しいものだったと我々は感じています。 お二人の機転が無ければきっと状況は一転していた事でしょうから」
その中で語られる福留の労いを、天涙はしきりに車を叩いて遮ろうとしてくる。
まるで勇に何も聴かせないと言わんばかりに只ひたすらと。
「今回の勝利はフェノーダラ王国の方々に大きな希望を与えたに違いありません。 加えて君が改めてくれた魔者への印象緩和も大きな一歩となるでしょう。 その事を考えれば実に有意義な勝利と言えます。 なのでどうか誇ってください。 それと、なにとぞ気に病まぬよう。 君は何も悪く無いのですから」
「そう、ですね……。 それに田中さんも頑張ってくれたから、皆が居てくれたから今回の戦いに勝てたんだ。 誇らなきゃ、じゃなきゃ皆に申し訳ないですもんね」
「勇君……」
とはいえちゃんと聴こえてはいるのだろう。
だからこうして思い切って返す事も出来るし、頷き返す事も出来る。
でも俯いた顔だけは幾らも上がる事はなくて。
ここまで落ち込んだ勇を、福留は知らない。
それでも、多くの人を見て来たから感覚的にわかるものなのだろう。
その俯いた顔を引いているのが如何に重い苦しみであるのかを。
「でも、俺には何も出来なかったんです。 出来たのはただ飛び跳ねて、皆の代わりに敵を斬っただけなんだ。 だからライゴさんも守れなかったし、ミゴさんを犠牲にするしかなかったんだ……!」
勇にとって魔剣を持つという事は、敵を斬る責任を持つという決意の現れだ。
だから相手を斬る事は当然だし、成さなければならない覚悟もあるつもりで。
けれど自分自身の力が至らないから、結果的に敵を斬る前に仲間が逝ってしまった。
ただただそれが悔しくて、自分に腹が立ってならなくて。
そんな想いを抱いたのは何も今回だけではない。
いつか熊本でザサブ族と戦った時も多くの自衛隊員を犠牲にして。
もっと強ければあんなに苦戦する事も無かったし、被害も少なく済んだかもしれない。
〝何もかもが自身の不甲斐なさで引き起こしてしまった〟
こう思い、自分を責めずにはいられなかったのだ。
そんな想いが不意に、数日前までの思い出を記憶の井戸から引き上げていく。
ジョゾウを始めとした七人が並び立ち、主君の誓いを立てた姿を。
ライゴを中心に【コケッコーラ】で盛り上がり、飲み騒いだあの食事会を。
コイバナで盛り上がり、ミゴに戦々恐々としたあの夜を。
共に空へと上がり、声を合わせて飛び回った訓練を。
それが今では、遠い思い出にさえ感じられて。
忘れてしまうのが怖くて、何度も繰り返して脳裏にフラッシュバックして。
「俺、助けられなかったんだ……! 俺が、弱かったからッ!!」
その度に勇の顔が歪んで、強張り、絞られていく。
震え、噛み締め、その顎が引かれていく。
瞳に潤いさえ呼び、雫を浮き上がらせて。
「ミゴさんはもうすぐ、結婚するはずだったんだッ!! ライゴさんは誰よりも、【コケッコーラ】が大好きでッ!! 皆、皆いい人達だったんだ……ッ!! いい人達だったんだよ……なのに、助げられながっだんだ……ッ!! ウッ、ううッ、う" あ"あ"ッあ"ッ!!―――」
そこまで至ったらもう、心を止める事は叶わなかった。
遂には感情がとめどなく溢れ、涙と嗚咽となって車内に響く。
ジョゾウ達に見せまいと抑えて来た全ての悲しみを叫びへと換えて。
そんな勇の救いがあるのだとすれば、天涙がその叫びを覆い隠してくれた事か。
だからこそ今はただ泣き叫ぶ。
深い深い悲しみを全て絞り尽くすまで。
戦いが終わった今、それも許されるから。
福留も静かにその悲しみを受け止めてくれるから。
勇達を生かす為に散っていった二人へと、懺悔と哀悼を捧げる為にも。
今はただ、想い願う事に―――その一心を注ごう。
何もかもを溶かし冷ます、寒々しい雨が。
元々予報には無かった雨だけれど。
これはもしかしたら、誰かの悲しみを代弁してくれた天涙なのかもしれない。
揚々と戦いに挑み、逝ってしまった者達への手向けとして。
勇達がフェノーダラ城へと戻ってから二時間が過ぎた時の事である。
ちゃなは依然気絶したまま、今は仮泊まり用のテントの中で寝ていて。
勇もそんなちゃなを寝かした後、別テントでずっと椅子に座ったまま。
机に両肘杖を突き、おでこを支えてじっとし続けている。
先日までジョゾウ達と囲んでいたその机で。
思い出そうと思えばすぐ鮮明に思い出せる。
皆で楽しく語り合ったその様子を。
作戦だったり、悩みを打ち明けあったり、雑談だったり。
話題は色々だったけど、でも皆それでもどこか楽しそうで。
それでも勇は思い出そうとしなかった。
思い出したら、それだけで涙が出そうだったから。
例え心が強くなっても、友人を失えばやっぱり辛いのだ。
ドゥルンドゥルン、ギギィ……
そう無心で辛さに堪えていた時、中継移動基地のトレーラーが帰還する。
数多に滴る雫々りの中、杉浦が構う事無く飛び降りつつ。
ジョゾウ達も無事だ。
杉浦の後から彼等も続き、濡れようと構わず外に出て来ていて。
静かに項垂れる勇の下へと揃って歩み寄っていく。
「勇殿、此度は協力頂き誠に感謝致しまする。 拙僧らはこれより杉浦殿の好意に頼り、一度里へと帰る所存でありますれば、しばしのお別れをと」
「うん。 ジョゾウさん、本当にお疲れさまでした。 どうかお元気で」
「勇殿……」
でも今の勇に労いの言葉を交わす程のゆとりは無い。
いつまでもずっとこうしていたいと思える程に、気持ちが落ち込んでいたから。
本当は勇だって色々話したいに決まっている。
ジョゾウ達の事は信じているし、杉浦にも感謝しているから。
それでも口を開けないのは、そんな良い事も全て悪い思い出に引っ張られそうで。
だから必死に堪えないといけない。
悲しみじゃなく、それ以上の想いでジョゾウ達を送り出さないと。
そんな感情が、唇の震えからも滲み出るかの様だ。
きっとジョゾウ達も杉浦も、そんな勇の気持ちを察したのだろうか。
これ以上は何も言えず押し黙る事に。
するとそんな時、またしてもエンジン音が一つ。
福留の乗った車が到着したのだ。
勇達を家へ送り返す為にと。
そんな福留が傘を差し、勇達へと近づいていく。
「杉浦三佐、お疲れさまです。 作戦指揮など、本当に助かりました」
「ハッ!!」
「それとジョゾウさん達の事も。 相手方の遺体の搬送など、厄介ごとも押し付けて申し訳ありません。 どうかよろしくお願いいたしますねぇ」
「いえ、これが自分達の責務ですから! それでは失礼いたします!」
戦いが終わった後の処理は福留や杉浦達の仕事だ。
勇とちゃなを家に帰す事も、ロゴウ達の遺骸を回収して里に返す事も。
きっと戦いが終わった時から何もかもが予定通りなのだろう。
そんな事もあって、杉浦も割とドライだ。
元々悲しんでいる余裕も無ければ、そもそもが耐えられる程に心を鍛えているから。
それに何より、生きているならまた会える日が来るかもしれない。
少なくとも関係者である以上は。
だから今はそっとインカムを返して踵を返す。
今はまだ、勇に言葉を掛ける必要は無いと思っているからこそ。
ただ、ジョゾウに限り話は別だった様だ。
「勇殿、どうかミゴとライゴの死を嘆かぬようお願い申し上げたし」
「……え?」
ジョゾウ達とはもしかしたらもう会う事が無いかもしれない。
それどころか、場合によっては敵になる可能性だって。
言わずとも知れた事だろうが、【カラクラ族】とは東北・秋田に出現した魔者達だ。
彼等とは交渉が通じ休戦となったものの、友好関係を結んだ訳ではない。
つまり、日本政府と【カラクラ族】は未だ対立状態にあるのだ。
今回だけが特例であって、その関係が緩和された訳でも無く。
人間の主を得た今でも、対立の状況は何も変わらない。
だからもしかしたらこれが最後の対話となる事だってあり得る。
そう察し、ジョゾウは勇へと伝えようとしたのだろう。
ミゴとライゴの死が決して無駄死にでは無かったのだと。
「彼等はとても勇敢で御座った。 そんな彼等の死は、勇殿に止められた自死と違い―――とても意味のある死で御座ろう」
「ジョゾウさん……」
「なればその悲しみ、胸に想い力と成しましょう。 それこそが先逝った彼等が望む形であろうと拙僧は願いとう御座る」
人は死ねば想っていた事などもうわからない。
だからこそ願っていたと信じよう。
彼等が死を選んだのは、後に残った者達を悲しませるつもりではなかったのだと。
これはずっと前に勇が父親からも教えて貰った事だ。
親友だった統也の死について悩んでいた勇を落ち着かせた言葉だ。
それが今、ジョゾウの口からも意図せず零れ落ちた。
これはきっと、ジョゾウが勇の父親とも変わらない思考を持っているからで。
そんな言葉の巡り合わせが、また勇の心を叩く。
かつての思い出を飛び出させんばかりに強く。
それでいて優しく暖かく包み込んでいく。
「なればこれにて。 勇殿、いつかまた再び共に戦える事を祈り、これからの健闘を御期待し申す」
「ジョゾウさん……本当にありがとうございました。 逢えて、嬉しかったです」
その想いが、勇の心にほんの少しだけ勇気を与えてくれたらしい。
こうして感謝の想いを伝えられる程に。
それを聞いて安心したのだろう。
ジョゾウもそっと微笑み、翼を掲げて別れを示す。
静かに待つ杉浦と仲間達の下へと踵を返しながら。
でももしかしたら、本当に救われたかったのはジョゾウだったのかもしれない。
勇の下を去るその姿は項垂れている様にも見えていたから。
とても哀愁を漂わせる程に、ただただ力無いままに、と。
ジョゾウ達と杉浦が去り。
その後誰にも会わぬまま、勇達の乗せた車もが城の下を去る。
疲れて眠ったままのちゃなを後部座席へと寝かせ、ゆっくりと静かに。
「勇君、今回の戦いは本当に厳しいものだったと我々は感じています。 お二人の機転が無ければきっと状況は一転していた事でしょうから」
その中で語られる福留の労いを、天涙はしきりに車を叩いて遮ろうとしてくる。
まるで勇に何も聴かせないと言わんばかりに只ひたすらと。
「今回の勝利はフェノーダラ王国の方々に大きな希望を与えたに違いありません。 加えて君が改めてくれた魔者への印象緩和も大きな一歩となるでしょう。 その事を考えれば実に有意義な勝利と言えます。 なのでどうか誇ってください。 それと、なにとぞ気に病まぬよう。 君は何も悪く無いのですから」
「そう、ですね……。 それに田中さんも頑張ってくれたから、皆が居てくれたから今回の戦いに勝てたんだ。 誇らなきゃ、じゃなきゃ皆に申し訳ないですもんね」
「勇君……」
とはいえちゃんと聴こえてはいるのだろう。
だからこうして思い切って返す事も出来るし、頷き返す事も出来る。
でも俯いた顔だけは幾らも上がる事はなくて。
ここまで落ち込んだ勇を、福留は知らない。
それでも、多くの人を見て来たから感覚的にわかるものなのだろう。
その俯いた顔を引いているのが如何に重い苦しみであるのかを。
「でも、俺には何も出来なかったんです。 出来たのはただ飛び跳ねて、皆の代わりに敵を斬っただけなんだ。 だからライゴさんも守れなかったし、ミゴさんを犠牲にするしかなかったんだ……!」
勇にとって魔剣を持つという事は、敵を斬る責任を持つという決意の現れだ。
だから相手を斬る事は当然だし、成さなければならない覚悟もあるつもりで。
けれど自分自身の力が至らないから、結果的に敵を斬る前に仲間が逝ってしまった。
ただただそれが悔しくて、自分に腹が立ってならなくて。
そんな想いを抱いたのは何も今回だけではない。
いつか熊本でザサブ族と戦った時も多くの自衛隊員を犠牲にして。
もっと強ければあんなに苦戦する事も無かったし、被害も少なく済んだかもしれない。
〝何もかもが自身の不甲斐なさで引き起こしてしまった〟
こう思い、自分を責めずにはいられなかったのだ。
そんな想いが不意に、数日前までの思い出を記憶の井戸から引き上げていく。
ジョゾウを始めとした七人が並び立ち、主君の誓いを立てた姿を。
ライゴを中心に【コケッコーラ】で盛り上がり、飲み騒いだあの食事会を。
コイバナで盛り上がり、ミゴに戦々恐々としたあの夜を。
共に空へと上がり、声を合わせて飛び回った訓練を。
それが今では、遠い思い出にさえ感じられて。
忘れてしまうのが怖くて、何度も繰り返して脳裏にフラッシュバックして。
「俺、助けられなかったんだ……! 俺が、弱かったからッ!!」
その度に勇の顔が歪んで、強張り、絞られていく。
震え、噛み締め、その顎が引かれていく。
瞳に潤いさえ呼び、雫を浮き上がらせて。
「ミゴさんはもうすぐ、結婚するはずだったんだッ!! ライゴさんは誰よりも、【コケッコーラ】が大好きでッ!! 皆、皆いい人達だったんだ……ッ!! いい人達だったんだよ……なのに、助げられながっだんだ……ッ!! ウッ、ううッ、う" あ"あ"ッあ"ッ!!―――」
そこまで至ったらもう、心を止める事は叶わなかった。
遂には感情がとめどなく溢れ、涙と嗚咽となって車内に響く。
ジョゾウ達に見せまいと抑えて来た全ての悲しみを叫びへと換えて。
そんな勇の救いがあるのだとすれば、天涙がその叫びを覆い隠してくれた事か。
だからこそ今はただ泣き叫ぶ。
深い深い悲しみを全て絞り尽くすまで。
戦いが終わった今、それも許されるから。
福留も静かにその悲しみを受け止めてくれるから。
勇達を生かす為に散っていった二人へと、懺悔と哀悼を捧げる為にも。
今はただ、想い願う事に―――その一心を注ごう。
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