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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~共に大地へ帰ろう~

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 ロゴウを倒し、脅威は去った。
 ただ戦いが終わったとしても、勇とちゃなに終わりが訪れた訳では無い。

 それは、着陸しなければならないからである。

 最初は滞空状態のまま降りればいいと思っていた。
 ゆっくり降りられれば何の危険も無いから。
 でも現実はそう上手く行かないらしい。

「ご、ごめんなさい勇さん、もしかしたら墜落、しちゃうかも……力が、入らないんです」
「な、なんだって!?」

 そう、ちゃなの命力が尽き掛けているのだ。

 幾ら容量が尋常でなくとも、飛行状態を長時間支える事は出来なかったらしい。
 加えて初めての飛行ともあって燃費も度外視だったからか、気付けば使い切っていて。
 その所為で自然と、今はもう雲下にまで降下している。

 これでは悠長に浮遊して降りるなどとても不可能。
 途中で落下し、潰れて終わるのが関の山だろう。
 ドローン達を待っている余裕すら無い状態だ。

「あとすこし、あとすこし頑張れます。 何とかしないと……」

「ならこのまま速度を維持してくれ! 俺がコントロールするから!」

「わかり、ましたっ」

 ならばと勇が柄先を動かし代わりに操縦する。
 考える力を少しでも和らげるために。

 そうして勇が柄先を向けたのは、フェノーダラ城だった。

 厳密に言えば城前の荒野、勇達がキャンプしていた場所で。
 そこならば滑走路代わりにもなる広さがあるし、周囲の森林がカモフラージュになる。
 ある程度は人に見られるだろうが、そこは自衛隊任せだ。

「城前まで何とか耐えるんだ! 地上近くまで行ったら俺が何とか着地してみせる!!」

「は、はい……!」

 幸い、直進速度ならジョゾウ達の比ではない。
 お陰であっという間に城が目前に。

 後は無事に地面と着地タッチダウン出来ればいいのだが。

「う、あ……」

 もうちゃなは朦朧としている。
 頭をグラリグラリとよろけさせながら。
 既に【常温膜域ヒートフィールド】さえ解かれ、風の抵抗が彼女の体力を更に奪っていて。

 限界だ。
 これ以上の飛行はもう。

 そう思えるままにフェノーダラの敷地を囲う木々上空へと飛び込んだ時―――

グラリッ!

 杖が傾く。
 勇達ごとガクンと。

 ちゃなが意識を失ったのだ。
 それも城に到達する前に。
 遂に使える命力を使い果たしたのである。



 だとすればもう、地上へと前のめりに落ちていくしかない。
 まだ過ぎ去りきらぬ林の中へと。



 そこからは全てが夢中の出来事だった。

 勇が【大地の楔】の力で僅かに推力を放って。
 迫る木の上を飛び越え、辛うじて荒野の中へと飛び込んでいく。

 するとその魔剣さえもが宙を舞い。
 突風に煽られたまま地上を跳ねる事に。

 その空いた両手で勇がちゃなを抱き込んで。
 烈風を無数に引きながら、高速のまま地上へと到達する。

 それと共に【ドゥルムエーヴェ】が跳ね、大きく回りながら打ちあがり。
 その最中を、勇が遂に地へと足を付く。

 だが速度が速い、速過ぎる。
 このままでは頭から転げ落ち、勇もちゃなも無事では済まされない。

 だからこそ勇は、走っていた。
 まるで飛び跳ねる様に勢いよく、それでいて確実に素早く足を突きながら。

 余りの速度、余りの強さゆえに砂煙を巻き上げて。
 それも空高く打ち上がる程に激しく。

 それでも走り切れている。
 ちゃなを抱きかかえながらでも辛うじて必死にと。

 ただフェノーダラ城前もそれほど距離がある訳では無い。
 このままでは奥の林に突っ込んで一巻の終わりだ。

 そうならない為にも、その足を踏み止まらせる。
 するとたちまち更なる土埃を巻き上げ大地を滑る姿がそこに。

 両脚を開きつつも、自身の背が地に付かんばかりに膝を曲げきっていて。
 その姿勢はもはやプロ野球選手でさえ真っ青になる程に低いスライディングだ。

 大地を抉り、跳ね上げ突き抜ける。
 圧縮整理された仮道路でさえも剥ぎ取りながら。

 迫る木々、焦り滲ませる勇。
 しかして速度は間違い無く落ち続けている。

「うおおおーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 だからだ。
 だからこそ今一度、その両脚に力を籠める。

 その途端、勇の体が大地に弧を描きながら反転する。
 進路全ての土面をも打ち砕きながら。

 その腰、膝、踵、つま先に全ての力を籠めて。
 何もかもをも蹴り飛ばさん勢いで命力さえ迸らせて。

 故に打ち上がろう、土塊が砂埃が。
 奥の林に撒き散らさんばかりにバサバサと。



 その直前で動きの止めた勇をまるで拍手で称賛せんばかりに。



 間一髪だった。
 踵が幹の根を捉える程に。
 でもそのお陰で耐えられた。
 それだけ、勇もギリギリだったから。

「ハーッ、ハーッ……いぃよぉぉぉしッ!!!」

 それでも止まれたのだ。
 こうしてちゃなを無事に抱えたままに。
 その現実が、勇の心持ちをこれ以上無い悦びへと昇華させる。

 もちろんその惨状は酷いものだ。
 何せフェノーダラ城前を車が通れない程に削り取っていて。
 おまけに勇自身もボロボロで、下半身に至ってはもはや悲惨の一言。

 靴は破れて足首の一部分しか残っていない。
 アンダーも膝下が余りの運動によって裂け飛び残っていなくて。
 足の裏も皮がめくれ焼けて痛々しい様相だ。

 でも、足自体には力は残っている。
 立ったままでもいられるし、なんなら命力も残っていて。
 それ無しでも歩み出せる程に余力があるらしい。

 これなら自由落下で落ちて着地しても平気なんじゃないか。
 そう思えてならない程の強靭さを、勇の脚は示していたのである。
 
 そう思うのも当然か。
 今勇が抑えきった速度は明らかに自由落下速度よりも速かったから。
 それ程までの速度を肉体一つで支えきるなど正気の沙汰ではない。
 普通の人間は愚か、魔剣使いでさえ瞬時にしてミンチと化してもおかしくない事案だ。

 勇当人は気付いていないが、これもまた偉業となろう。
 飛行機並みの速度の物体を足二本で抑え込むという行為はもはや。

 その偉業を成す程なのだ、勇は間違い無く強くなっている。
 以前よりも断然に、確実に。



 勇の機転のお陰で墜落の危機は免れた。
 後はジョゾウ達と杉浦達が合流すれば作戦は終了となる。

 勇達側の勝利として。

 ただ正直な所を言えば、手放しで喜ぶ事は出来ないだろう。
 余りに色々な事が起き過ぎたから。

 だからだろうか。
 こうして着地を果たした今も、勇はただ静かに湿り気を伴う空を仰ぎ続けていた。


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