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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」
~彼奴が来る!~
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フェノーダラ滞在からはや四日目、早朝。
いつもと変わらない時間であろうとも、今日だけは少し景色が違う。
空が陽光を遮る程の厚い雲で覆われていた故に。
お陰で外はまだ暗く、更なる寒気さえ呼び込んでいて。
それでいてとめどなく動き続ける雲がその大気の強い流れを示すかのよう。
その様な空をジョゾウが一人眺め見上げる。
いつに無い真剣な面持ちを向けて。
「この雲―――彼奴が来る……!」
来たるべき時を予感するままに、そう口ずさみながら。
ならば今は思うがままに指を走らせよう。
時が来た事を皆へと伝える為に。
決戦は間違い無く、今日訪れるのだと。
一方の勇達はというと、フェノーダラ城内で夜を明かしていた。
先日の調べ物も結局片付かず、提案もまとめ切れないままで。
答えが出る前に時間切れ、そのまま城に泊まったという訳だ。
もちろん勇とエウリィの間には何も起きてはいない。
それどころじゃないという意思は二人にもあったから。
だからこそ今はそんなエウリィの部屋の中で三人揃っての雑魚寝状態で。
でも久しぶりの柔らかな布団の上だったから。
勇もちゃなもなんだか気持ちよさそうに寝顔を浮かべて眠っている。
未だグッスリな所は、昨日余程遅くまで精力的に動いていたからなのだろう。
しかしそんな勇は間も無く、意図しない出来事で目覚めさせられる事となるが。
「う、なんだぁ……」
その時響いたのはスマートフォンの振動。
僅か一回限りの、メッセージ着信を報せるものだ。
それでも気付けたのは、勇がいつもこの時間に起きる事に慣れているからか。
眠気眼を摩り、ぼんやりとスマートフォンを手に取る。
「きっとまた心輝のぼやきだろう」などと思いながら。
でもそんな眠気も、届いたメッセージを前にすれば瞬時と消え去る事に。
『ジョゾウ:今日、彼が来ます』
それは思いも寄らぬ決戦の報せだったからこそ。
「ッ!? 田中さん、起きて!」
「んん……あとすこしねかせてくださぁい」
「それどころじゃない! ロゴウが来る!」
「えっ……」
二人のやりとりはエウリィさえも起こしてしまう程で。
その傍らで見守られる中、勇に続いてようやくちゃなが起き上がる。
まだ先日の疲れが取れていないのだろう。
身支度を整えるちゃなの姿は少しふらふらと。
例え身構えはあっても、眠気には逆らえないらしい。
「お二人とも、お気をつけて」
「ありがとう! 行ってくる!」
勇がそんなちゃなの手を引き、揃って部屋を駆け出て行く。
エウリィが眠気眼で微笑むままに送り出す中で。
城の構造はもう憶えている。
だから迷わず外へと走る事だって出来る。
でも門はきっと閉まったままだろう。
今は開く事なんて待ってはいられない。
だからこそ勇達は逆に、上階バルコニーへと迷わず走っていた。
城周辺一帯を一望出来るあの場所へ。
そして辿り着いた時、その脚で大きく跳ね飛ぶ姿がここに。
ちゃなをその胸へと抱えながら、城壁外へと向けて。
勢いのままに空高く。
ドズンッ!!
その間も無くに勇が地上、城壁外へとその足を付く。
強靭な足腰はちゃなを抱えていようがもはや動じない。
すぐに屈めた膝を伸ばし、テントへ向けて駆けていくという。
抱えられたちゃなはといえば、また眠ってしまいそうな程にとろんとしていたが。
勇の真剣な面持ちを前にしてもなお「ふわぁ」と大きな欠伸をかいてしまう程だ。
だとすると、きっと跳んでいた事にも気付いていないのだろう。
「ジョゾウさん!」
「来られたか勇殿! メッセージの通り、今日恐らくロゴウめが攻め来るであろう。 準備されたし!」
「わかった!」
自衛隊員達は既に起きて動き始めている。
元々起きるのが早いのと、ジョゾウからも話を聞かされているから。
杉浦も隊員達へと指令を出し、張り切る姿を見せていて。
その姿に触発されるまま、勇が自分達用のテントへと向けて力強く駆けていく。
「田中さんっ! そうして寝てると、俺が着替えさせるよ!」
「ふわぁ……いっそそうしてくださいぃ」
「そういう訳にはいかないってえっ! ほらっ!」
後はポイッと、ちゃなを半ば放り投げる様にしてテントへ。
勇も空かさず自分の場所へと潜って戦闘服へと着替える。
見纏うのは冬空でも耐えられる防寒素材を追加した新バリエーションモデルだ。
先日福留が訪れた際、一緒に預かった新装備である。
もちろん本命のインカムも忘れない。
こうして準備を整え、勇達がようやく外へと立つ。
露出した箇所は少し肌寒いが、この際だから仕方無いだろう。
とはいえ、ちゃなが尋常じゃなく寒がっているのでどうにかしなければならないが。
朝に弱いのは相変わらずの様子。
「二人とも準備は整った様だな。 しかしまだすぐ動くには至らん。 現在、無人偵察機が上空で索敵中だ。 なので何か動きがあるまで待機としよう」
「早く起きる必要なかったじゃないですかぁ~」
「そういう訳にもいかんな。 今この時偵察機が敵影を見つけるかもしれんのだから。 ほら、これを使え」
そんなちゃなを見かねたのか、杉浦が秘策の道具をそっと差し出す。
差し出されたのは浅底状のカップで、いざ開けば中には白いペースト状の何かが。
ワセリン軟膏である。
保湿剤としても有用なこの薬剤だが、実は優れた防寒能力も有している。
例え極寒の冬海であろうと、この薬剤を体に塗れば難なく泳げてしまう程に。
しかも副作用も殆ど無く、お陰で一般流通するくらいの便利な代物だ。
まさに今回の戦いにうってつけの小道具と言えるだろう。
「これを化粧のつもりで顔や体にくまなく塗っておけ。 それでまだ寒さを感じ部位があれば更に塗る。 今の内に馴染ませておくんだ。 なにせ空はもっと寒いからな、隙があればそこから凍傷さえ負いかねん」
どうやら今回が寒空の中での戦いである事を踏まえ、予め用意しておいたらしい。
杉浦は険しい顔のままだが、滲む優しさは相変わらずである。
とはいえ、そんな優しさに馴れたちゃなだからこそ甘えもあるのだろう。
ドンドンドンと積まれるワセリン瓶の山を前に、眠気眼のままの落胆顔が浮かぶ。
「うぅ~ん、それなら着替える前に欲しかったなぁ」
「戯言を抜かすなッ!! 急げ!! 時間は無いぞッ!!」
「「は、はいっ!」」
そんな緩みきった顔も間も無く、杉浦の厳しい怒号によって引き締まる事となるが。
ちゃなの言う事にも確かに一理はある。
でも非常時に細かい段取りなど気にしてはいられない。
成せる時に最大効率の行動を。
無駄口を叩いている暇が有ったら動く。
軍隊仕込みの怒号は僅かこの一声だけでその全てを伝えてくれる。
杉浦も伊達に高官をやっている訳では無いという事か。
こうして勇とちゃながテントへ戻っては軟膏を塗りたくり、改めて準備を終える。
ワセリン効果は実に抜群で、不思議にも暖かみさえ感じていて。
多少は脂感もあって気持ち良いとは言えないが、我儘も言っていられないだろう。
魔剣も手に吸い付いてくれるから滑り落ちる事も無い。
家から【ドゥルムエーヴェ】も運んでもらってきたから武装も完璧だ。
それでもまだ不安は残っている。
ちゃなの新しい攻撃手段に関しては残念ながら未解決のままで。
先日の文献漁りもさしたる収穫も無く、キッカケさえ未だ掴めてはいない。
これならいっそ一緒に飛ばない方がいいとさえ思える状況と言えよう。
けれど勇もちゃなも、もう飛ぶ気満々だ。
この日まで空で戦う為に訓練してきたから。
そうして培った自信を胸に、全てをぶつけるつもりだから。
故に今、二人は空を仰ぐ。
力強い視線を、来るであろう敵へとぶつけるかの如く。
そしてその視線を真にぶつける時が―――遂に訪れるのだった。
いつもと変わらない時間であろうとも、今日だけは少し景色が違う。
空が陽光を遮る程の厚い雲で覆われていた故に。
お陰で外はまだ暗く、更なる寒気さえ呼び込んでいて。
それでいてとめどなく動き続ける雲がその大気の強い流れを示すかのよう。
その様な空をジョゾウが一人眺め見上げる。
いつに無い真剣な面持ちを向けて。
「この雲―――彼奴が来る……!」
来たるべき時を予感するままに、そう口ずさみながら。
ならば今は思うがままに指を走らせよう。
時が来た事を皆へと伝える為に。
決戦は間違い無く、今日訪れるのだと。
一方の勇達はというと、フェノーダラ城内で夜を明かしていた。
先日の調べ物も結局片付かず、提案もまとめ切れないままで。
答えが出る前に時間切れ、そのまま城に泊まったという訳だ。
もちろん勇とエウリィの間には何も起きてはいない。
それどころじゃないという意思は二人にもあったから。
だからこそ今はそんなエウリィの部屋の中で三人揃っての雑魚寝状態で。
でも久しぶりの柔らかな布団の上だったから。
勇もちゃなもなんだか気持ちよさそうに寝顔を浮かべて眠っている。
未だグッスリな所は、昨日余程遅くまで精力的に動いていたからなのだろう。
しかしそんな勇は間も無く、意図しない出来事で目覚めさせられる事となるが。
「う、なんだぁ……」
その時響いたのはスマートフォンの振動。
僅か一回限りの、メッセージ着信を報せるものだ。
それでも気付けたのは、勇がいつもこの時間に起きる事に慣れているからか。
眠気眼を摩り、ぼんやりとスマートフォンを手に取る。
「きっとまた心輝のぼやきだろう」などと思いながら。
でもそんな眠気も、届いたメッセージを前にすれば瞬時と消え去る事に。
『ジョゾウ:今日、彼が来ます』
それは思いも寄らぬ決戦の報せだったからこそ。
「ッ!? 田中さん、起きて!」
「んん……あとすこしねかせてくださぁい」
「それどころじゃない! ロゴウが来る!」
「えっ……」
二人のやりとりはエウリィさえも起こしてしまう程で。
その傍らで見守られる中、勇に続いてようやくちゃなが起き上がる。
まだ先日の疲れが取れていないのだろう。
身支度を整えるちゃなの姿は少しふらふらと。
例え身構えはあっても、眠気には逆らえないらしい。
「お二人とも、お気をつけて」
「ありがとう! 行ってくる!」
勇がそんなちゃなの手を引き、揃って部屋を駆け出て行く。
エウリィが眠気眼で微笑むままに送り出す中で。
城の構造はもう憶えている。
だから迷わず外へと走る事だって出来る。
でも門はきっと閉まったままだろう。
今は開く事なんて待ってはいられない。
だからこそ勇達は逆に、上階バルコニーへと迷わず走っていた。
城周辺一帯を一望出来るあの場所へ。
そして辿り着いた時、その脚で大きく跳ね飛ぶ姿がここに。
ちゃなをその胸へと抱えながら、城壁外へと向けて。
勢いのままに空高く。
ドズンッ!!
その間も無くに勇が地上、城壁外へとその足を付く。
強靭な足腰はちゃなを抱えていようがもはや動じない。
すぐに屈めた膝を伸ばし、テントへ向けて駆けていくという。
抱えられたちゃなはといえば、また眠ってしまいそうな程にとろんとしていたが。
勇の真剣な面持ちを前にしてもなお「ふわぁ」と大きな欠伸をかいてしまう程だ。
だとすると、きっと跳んでいた事にも気付いていないのだろう。
「ジョゾウさん!」
「来られたか勇殿! メッセージの通り、今日恐らくロゴウめが攻め来るであろう。 準備されたし!」
「わかった!」
自衛隊員達は既に起きて動き始めている。
元々起きるのが早いのと、ジョゾウからも話を聞かされているから。
杉浦も隊員達へと指令を出し、張り切る姿を見せていて。
その姿に触発されるまま、勇が自分達用のテントへと向けて力強く駆けていく。
「田中さんっ! そうして寝てると、俺が着替えさせるよ!」
「ふわぁ……いっそそうしてくださいぃ」
「そういう訳にはいかないってえっ! ほらっ!」
後はポイッと、ちゃなを半ば放り投げる様にしてテントへ。
勇も空かさず自分の場所へと潜って戦闘服へと着替える。
見纏うのは冬空でも耐えられる防寒素材を追加した新バリエーションモデルだ。
先日福留が訪れた際、一緒に預かった新装備である。
もちろん本命のインカムも忘れない。
こうして準備を整え、勇達がようやく外へと立つ。
露出した箇所は少し肌寒いが、この際だから仕方無いだろう。
とはいえ、ちゃなが尋常じゃなく寒がっているのでどうにかしなければならないが。
朝に弱いのは相変わらずの様子。
「二人とも準備は整った様だな。 しかしまだすぐ動くには至らん。 現在、無人偵察機が上空で索敵中だ。 なので何か動きがあるまで待機としよう」
「早く起きる必要なかったじゃないですかぁ~」
「そういう訳にもいかんな。 今この時偵察機が敵影を見つけるかもしれんのだから。 ほら、これを使え」
そんなちゃなを見かねたのか、杉浦が秘策の道具をそっと差し出す。
差し出されたのは浅底状のカップで、いざ開けば中には白いペースト状の何かが。
ワセリン軟膏である。
保湿剤としても有用なこの薬剤だが、実は優れた防寒能力も有している。
例え極寒の冬海であろうと、この薬剤を体に塗れば難なく泳げてしまう程に。
しかも副作用も殆ど無く、お陰で一般流通するくらいの便利な代物だ。
まさに今回の戦いにうってつけの小道具と言えるだろう。
「これを化粧のつもりで顔や体にくまなく塗っておけ。 それでまだ寒さを感じ部位があれば更に塗る。 今の内に馴染ませておくんだ。 なにせ空はもっと寒いからな、隙があればそこから凍傷さえ負いかねん」
どうやら今回が寒空の中での戦いである事を踏まえ、予め用意しておいたらしい。
杉浦は険しい顔のままだが、滲む優しさは相変わらずである。
とはいえ、そんな優しさに馴れたちゃなだからこそ甘えもあるのだろう。
ドンドンドンと積まれるワセリン瓶の山を前に、眠気眼のままの落胆顔が浮かぶ。
「うぅ~ん、それなら着替える前に欲しかったなぁ」
「戯言を抜かすなッ!! 急げ!! 時間は無いぞッ!!」
「「は、はいっ!」」
そんな緩みきった顔も間も無く、杉浦の厳しい怒号によって引き締まる事となるが。
ちゃなの言う事にも確かに一理はある。
でも非常時に細かい段取りなど気にしてはいられない。
成せる時に最大効率の行動を。
無駄口を叩いている暇が有ったら動く。
軍隊仕込みの怒号は僅かこの一声だけでその全てを伝えてくれる。
杉浦も伊達に高官をやっている訳では無いという事か。
こうして勇とちゃながテントへ戻っては軟膏を塗りたくり、改めて準備を終える。
ワセリン効果は実に抜群で、不思議にも暖かみさえ感じていて。
多少は脂感もあって気持ち良いとは言えないが、我儘も言っていられないだろう。
魔剣も手に吸い付いてくれるから滑り落ちる事も無い。
家から【ドゥルムエーヴェ】も運んでもらってきたから武装も完璧だ。
それでもまだ不安は残っている。
ちゃなの新しい攻撃手段に関しては残念ながら未解決のままで。
先日の文献漁りもさしたる収穫も無く、キッカケさえ未だ掴めてはいない。
これならいっそ一緒に飛ばない方がいいとさえ思える状況と言えよう。
けれど勇もちゃなも、もう飛ぶ気満々だ。
この日まで空で戦う為に訓練してきたから。
そうして培った自信を胸に、全てをぶつけるつもりだから。
故に今、二人は空を仰ぐ。
力強い視線を、来るであろう敵へとぶつけるかの如く。
そしてその視線を真にぶつける時が―――遂に訪れるのだった。
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