上 下
270 / 1,197
第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~善意と悪意と定められぬモノ 恥~

しおりを挟む
 四時間ほどを消費して、勇達がようやく東京へと戻って来た。
 しかし悠長に昼食を食べている暇などは無い。
 マヴォの無事をその目で確認するまでは。

 マヴォが目を覚ました事は既に福留を通して聞いている。
 勇達が北海道を発つ頃にはもう、自ら食事をするくらいの元気があったのだとか。
 さすがアージと同じ強者、心身の強さは折り紙付きという事か。

 ともあって心配はしていない。
 でもやはり実際に会って話さねば。

 そんなはやる気持ちを抑える中で、遂にヘリコプターが着陸タッチダウンを果たす。
 すると福留が察したかの様に扉を開き、勇とアージを外へ誘っていて。
 その好意を汲み、二人が颯爽と飛び出しては塔屋へと駆けていく。
 さながら、プレゼントを前に我慢出来ず破り開く子供の様に。

 ただし、世の中そう簡単に上手く行くとは限らないが。

 最初の関門を前に、また再びアージが唸る。
 立ち塞がる銀壁を前にすれば、困惑の表情さえ浮かべもしよう。

「ぬ、行き止まりでは無いか」

「いや、これ自動昇降機エレベーターです。 上下階移動が出来る装置なんですよ」

「な、なんだとォ……!?」

 そう、エレベーターでさえアージにとっては驚異だ。
 しかも建物ガワが大きいだけに、スマートフォンよりも衝撃が大きいという。
 招致ボタンを押すだけで、「チーン」と音が鳴るだけでビクリと震える程に。

 更に銀壁とびらが左右に開けば、首を引かせずにはいられない。

「確かマヴォさんは二階だったかな」

「は、入るのか?」

「入りましょう?」

 そして自然に入っていく勇を前にしてもなお、アージは躊躇する。
 このビビりっぷりはどうにも新鮮だ。

 いっそこの隣に隠れた階段を使えばいいのだろうが。
 どことなく勇も楽しそうなので、そこは敢えて目を瞑るとしよう。

 何事も恐れては変われない。
 こうして触れさせるのも馴染む為に大事な事だから。

「うおおッ!? 喰われたあッ!? 」

 とはいえいささか驚き過ぎか。
 先日は随分と慣れたものだったのだが。
 どうやら気持ちが落ち着き過ぎて威勢を忘れてしまったらしい。

 いざ筐体が下降を始めれば、腰を深く落として身構えていて。
 こうなるともはや檻中の虎―――いや熊だった。

チーン

 その間も無く扉が再び開き、先とは全く別の内装が目の前に。
 こうなるともうアージもただただ息を殺し、周囲を伺うばかりで。

「で、出ても平気なのか?」

「大丈夫です」

 そう問う声は何故か小声に。
 もちろん、勇も釣られて同様に。

 そう応えを受け、アージが腰を落として摺り足で行く。
 腰に添えた小斧に手を添え、完全警戒状態で。
 戦いの中で身に付いた警戒心が存分に働いているのだろう。
 なにもそんなにビビらなくてもいいのに。

 すると遠くから微かな声が聴こえて来る。
 低い声と高い声の喋り合う声が。

「ッ!! この声は―――」

 そう、その声の一つは紛れも無くマヴォのもの。

 ならばもう、アージが警戒する必要は無い。
 今目前の、廊下へと光を零す部屋の中にマヴォが居る、その事実があるだけで。

「マヴォッ!! 無事なんだなぁ!!」

 故に、そう気付いた時にはもう飛び出していた。
 一時も早く再会したい、その想いの一心で。



 だがその時、アージは絶望する事となる。
 マヴォの凄惨な姿を前にして。



 仰向けに倒れ、腹を露わにし。
 腕脚をこれでもかという程に曲げ縮ませて。
 だらしなく舌を剥き出しにし、興奮のままに悦び喘ぐ、その情けない姿を。

「俺のカワイイ女神ちゃあん、本当にあっりがとぉ!! 大好きだよォン!!」

 その姿、もはや犬である。
 飼い主に異常な愛嬌を振り撒く駄犬である。
 その様な羞恥の欠片さえ無い姿を隣に座るちゃなへと見せていた―――のだが。

 勇もアージもただ唖然とする他無かった。
 ついでに言うと、ちゃなとマヴォ自身も。

 それはまるで全員が凍り付いたかの様だった。
 なお、マヴォが痴態丸出しの姿のままで。
 
「―――マヴォ、お前は一体何をしてるのだ……?」

 その時、建物が揺れる。
 アージを震源として、微弱な振動を伝わらせたのだ。

 そして光が、灯る。
 堪らぬ怒りが、迸る。
 その武人が如き猛り顔に陰りをも浮かばせながら。

 歯軋りさえ響くその中で。
 
「ウゲェ!? 兄者ァ!?」

「どうやらお前は、今一度鍛え直す必要が、ある様だな。 その乱れきった心をなぁ……!」

「あばばばば」

 その足が一歩踏み出す度に、床が軋む。
 怒りが近づく度に、マヴォが狼狽える。
 そこにもはや勇とちゃななど視界にすら映らない。

 ちゃなが怯えて離れ行く中、とうとうアージがマヴォの前に。
 たちまち熱く滾る巨大な掌が、痴態を見せた男の頭をむんずと掴み取る。

「ぎゃあああ兄者ァ!! 許してぇーーー!!」
「許さいでかあッ!! この痴れ者めえッ!!」

 しかも頭蓋をミシミシと軋ませ、その巨体を持ち上げる事に。

 渾身のアイアンクローである。
 これは痛い、相当痛い。
 命力付きだから死ぬほど痛い。
 このまま無かった事にして引導を渡すつもりかアージよ。

 一方のマヴォももう懇願する事しか出来はしない。
 ただただ情けなく、目から口から鼻から体液駄々洩れのままに。

 きっと兄であるアージは抵抗叶わぬ存在なのだろう。
 こうなればもはや当人にとっては地獄でしかない。
 
「ゆ、勇さん、これほっといていいんですか……?」

「さ、さぁ?」

「ま、まぁ入院している人は他に居ませんし構いませんが……部屋だけは壊さないで欲しい所ですねぇ」

 更には福留も加えた傍で、阿鼻叫喚はなお続く。
 その叫びを野外にまで響かせながら。

「いっそこの役立たずの棒を引き抜いてくれようかぁ!!」
「あッ!! それはダメェェェーーーーーーッッッ!!!!」

 その騒動は遂には更なる痴態を招く事に。
 ちゃなが思わず顔を掌で覆ってしまう程の辱めを。
 ちゃっかり頬を赤らめながら指の間から見てしまっていたけれども。



「アアッ!! ちょ、やめ……アッ、ア"ッーーーーーーッッッ!!!!」



 何があったかは敢えて語るまい。
 しかしその後、外に居た警備員はこう報告したという。
 それは別室に居ても聴こえるくらい、とてもとても大きくて情けない叫びだったと。

 こうやって東京の街に木霊するくらいに喘いだのだ。
 心配して駆け付けた兄に対し、きっと当人も反省する事だろう。

 きっと、たぶん。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

処理中です...