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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~そして戦士達は理解する 解~

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 自然の猛威が突如として、戦いの最中の勇達へと迫り来る。
 雪崩という、豪雪山の洗礼が。

 しかしこれは決して偶然ではない。
 だからと言って神が聞き届けたという訳でも無い。
 起きうるべくして起きた必然事象だった。

 その主な発生原因は―――ちゃなの熱線砲にある。

 確かに熱線砲からは爆発音の様な強烈な音は出なかっただろう。
 でも、熱線そのものからは常に鳴音が響き渡っていて。

 この鳴音がいけなかった。

 音とは空気の振動。
 鳴音とは高周波、すなわち極細振動の連続を差す。
 この連続極細振動は地表を震えさせ、雪との接合面に強い影響を及ぼすという。
 それが大地と雪の剥離現象を引き起こし、遂に状態は最終段階へ。

 そこに勇とアージの放った一撃が引き金となり、雪崩を誘引してしまったのである。

 とはいえ戦地に到達するにはまだ少し間が掛かるだろう。
 ただ今の勇達に退避する程の力が残されているかどうか。

 もし今の状態で巻き込まれればどちらも死は免れない。

「田中さぁんッ!! 雪崩だぁー!! すぐ太い木の上に逃げるんだぁーーー!!」

 それにも拘らず、勇は叫んでいた。
 遠くで眺めていた彼女へと向けて、ただただ必死に。
 目前にアージが居るにも拘らず、その顔まで背けさせて。
 ちゃなの身の方が自分よりもずっと危険なのだと悟ったからこそ。

 しかしそんな勇へと向けて、アージが大地を蹴り飛ぶ。
 魔剣すら落とし、その身を身軽としたままに。

「―――ッ!?」
 
 勇が気付いた時には既に遅し。
 アージの身はもう、目と鼻の先で。

 だがその瞬間、突如としてその巨体が―――勇の視界から、消える。



 なんと、跳んでいたのだ。
 勇の頭上を飛び越える程に高々と。



「うおおおーーーッッ!!!」

 それでもなお勢いを止める事無く、雪さえ弾き飛ばして。
 ただひたすらに真っ直ぐ、必死に駆け抜けていくという。

 逃げたのか?
 いや違う。

 勇がその背を追って振り向いた時、その目に映すだろう。
 アージが駆け抜けなければならなかった原因を。



「くまさーん、どこいったのー?」



 それは麓で見かけた少女だった。
 あろう事か、たった一人でここまで登ってきていたのだ。
 それはただ夢中で「くまさん」達に危ない事を伝えたくて。

 そしてその最中に現れたアージを前に、どれだけ無垢な笑顔を見せていた事か。

「くまさんっ!!」

「どうしてここまで来たのだッ!! 」

 しかもアージもが信じられない事をしてみせる。

 少女を抱きかかえていたのだ。
 まるで親の様に優しく包み込む様にして。
 襲うのでも、脅かすのでもなく、だ。

 ただもう子供をあやしている間など無い。
 咄嗟に坂上へと振り向けば、雪崩がもう間近に迫っていて。

 でも足が、思うように動かない。

「ぐうッ足が動かん!? だが、この子だけは、この命に代えてもォ!!」

 ここまで走り込むだけでも相応に消耗したのだろう。
 辿り着くだけで精一杯で、とうとう膝まで突いて。

 だからこそ雪を前にして、今度は蹲る様にして少女を抱き込む。
 その巨体で全身を包み込みながら。

「すまんマヴォ!! 後は任せた―――」

 後はそう、覚悟するだけだった。
 迫り来る雪を目前として。
 少女を守ろうと必死に。



「おおおーーーッッッ!!!!!」
 
 

 するとその時。
 その耳に、雄叫びが届く。
 その心に、命の煌めきが打つ。

 そう気付いてアージが振り向いてみれば―――そこにはなんと、勇の姿が。

 勇が雪崩との間に立ち塞がっていたのだ。
 それもあろう事かアージに背を向けて。

 この時煌かせしは命の輝き。
 魔剣を基として光を迸らせて顕現させよう。
 幾多に及ぶ走光を楔へと替えて、大地へ打ち立たせんが為に。



「はぁぁぁ!! 【アースバインド】ォォォーーーッ!!!」



 そして今、光が解き放たれる。
 何者をも束縛成す、大地への光楔こうけつを。

 これはいつか魔剣【大地の楔】を得たウィガテ王が放った技。
 魔剣そのものに秘められた特殊能力である。
 それも命力に目覚めた勇ならば完全に使いこなす事が出来よう。

 故に、あの時の様に己の身をも封じられる事は、無い。

 その力が今、雪崩を塞き止める。
 ただし勇達の目前に迫っていた雪だけが。
 この間にも、束縛を免れた滑雪が左右より挟み込まん程に勢いよく流れていて。

 かつ勇自身も必死だ。
 歯を力一杯に食い縛らせ、重い物を背負うかの様に身体を震わせていて。
 魔剣を突き出させた手も肘も、身体を支える膝も既に限界に近い。
 雪崩からの負荷もさる事ながら、先の戦いでの消耗も多大に影響しているのだろう。

「早くその子を連れて逃げろおッ!! もう長くは持たないッ!!」

「何いッ!?」

「い そ げぇぇぇーーーッ!!!」

 それでも勇を突き動かしたのは、少女の為だけではない。
 彼女を庇ったアージをも守ろうとしたのだ。
 その決意が、想いが、勇にまた力を与えた。

 【大地楔縛アースバインド】を解き放てるだけの命力を。

 しかしこの能力は勇自身の力ではない。
 魔剣固有の力だからこそ、消耗も使用者の意志にそぐわず大きい。
 故に、そう叫んだ時にはもう膝が折れかけていた。
 もしその膝が大地を突けば、その時が間違い無く力が切れる。

 そしてその時まではもう、三秒とて残されてはいない。



 だが、その三秒を待つ事も無かった。
 その直後には、膝どころか勇の身体自身が浮かび上がっていたのだから。



「うわあっ!?」

 なんとアージが勇の襟首を取り、跳び上がっていたのである。
 少女をもその胸へと抱え込んだままに。

 たちまち目下に雪崩の脅威が映り込む。
 何者をも飲み込み去る自然の暴力が。
 テレビから見る只の映像とは違う、激音と振動の織り成す破壊の波が。

 細木は巻き込まれ、へし折れて。
 低木に至っては飲み込まれた瞬間その姿を消し。
 大木でさえ幹を揺らし、耐えるので精一杯という惨状だ。

 その大木の一つへと、アージが強引に着地を果たす。
 幹を股で挟み、その大きな口牙こがで噛み込み勢いを殺して。
 獣のなりらしい合理的な手段と言えよう。

ゴゴゴ……

 その間も無く、雪崩の脅威がアージ達の下を過ぎ去り麓の彼方へと。
 跡に残ったのは、人が切り拓いた痕跡を塗り替える程の深い雪のみ。

 そんな地表へと目掛け、突如として勇が落下する。
 アージが容赦無くその手を離した事によって。

 いや、もう支えられなくなったと言った方が正しいか。

 さすがにもう限界だったのだろう。
 今先ほど沸き上がった命力も尽き掛けていたから。

 アージも勇と同じだったのだ。
 自分達を守ろうとした勇を前に、心を奮い立たずにはいられなくて。
 そして思わず勇をも助けた。
 まるで命力を奮い立たせた事の返礼と言わんばかりに。

 しかしそれももう限界だ。
 たちまちアージも大地へ落ち、雪へと埋もれる事に。
 ただし仰向けに、少女の為のクッションとなる様にして。

「いっつつぅ……」

 勇はと言えば、落ち方が酷かった様で頭を摩る姿が。
 どうやら頭から雪へと突っ込む羽目へとなっていた様だ。
 ほんの少し「解せぬ」としかめっ面を浮かべながら。

「何故だ、何故助けた?」

 するとそんな勇へと、落ち着いた声が届く。
 それに気付き振り返れば、アージが体を起こそうとしていて。
 でも、その姿からは先程までの戦意は見えない。

 なら、勇だって当然―――

「アンタがその子を助けようとしていたからだよ。 だったら戦う理由だって無いじゃないか」

「ヌゥ、どうやら貴様は普通の魔剣使いとはどこか違う様だな……」

 戦意を失くしただけでは留まらない。
 魔剣もが既に腰へと下げられていて。

 だからこそアージも驚かざるを得ない。
 先程の行動もさる事ながら、戦いの最中に剣を降ろすという行為には。
 『あちら側』でなら絶対に有り得ないと言い切れるほど、常軌を逸脱していたから。

 それに、この時勇が浮かべていたのが―――笑顔だったから。

「でもなんでその子を助けたんだ? 魔者って言えば人間が嫌いってイメージなんだけど」

「幼子に魔者も人間もあるまい。 敵意無き純心は総じて守るべきものよ。 少なくとも俺はそう信じて今まで生きて来た」

 微笑まざるを得なかったのだ。
 理由などに関係無く、起きていた事が何だかとても嬉しかったから。

 似た者同士とは思っていたが、まさかここまで似てるとは思っても見なくて。

 殺伐とした印象の強い『あちら側』の者にも、こんな考え方を持つ者が居た。
 これを勇ほどの者が嬉しがらずにいられようか。

「それにこの子には面識がある。 先日山で迷っていた所を見つけてな、泣いていたから麓まで連れて行ったのだ」

「うんっ、くまちゃんといっしょにおはなししたよ!」

「えぇ!? そうだったのかぁ~!! 事実関係ちゃんと調べてよ福留さぁん……」

 となれば素の姿さえ曝け出そう。
 知らなかった真実を前に、ショックの余り再び雪へとずっぽり倒れ込む事に。

 きっとこれはアージ達と少女だけの真実なのだろう。
 子供の言う事を真に受けてくれる大人は少ないから。
 少女の親が下山時に遭遇し、勘違いした事から全てが始まったに違いない。

 物事とは得てして、見たものが全てでは無いという事だ。
 その偏見的論理ロジックの結果に振り回された勇としてはたまったものではないが。

「フッ、その様子だと〝戦いに来た訳ではない〟と宣ったのも嘘ではないという事か」

 故にアージも、思わず鼻で笑いを上げていた。
 事実に気付いた今、もはやこれまでの戦いが茶番にしか思えなくて。
 何故戦ったのか、と笑わずには居られなかったのだろう。

 事の可笑しさと、己の浅はかさにも気付かされて。



 誤解とは、一度解かれれば蟠りもろとも消えるもの。
 その仕組みは例え生まれた世界が違おうとも変わらない。

 人が、魔者が理性という知恵を抱いている限りは。

 そして今、その理性を持つ者がわかり合った。
 それも似た志を抱く者同士が。

 勇と、アージ。
 この二人の出会いは、紛れも無く世界の在り方を一歩前へと押し進めたのだ。


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