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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」

~白が燃ゆる山 豪~

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「はぁっ、はぁっ……」

 ちゃなが雪に埋もれながらゆっくりと傾斜を登る。
 出来る限り動きを読まれないようにして。
 勇とアージ、二人の戦いを遠く眺めながら。

 二人が繰り広げているのは明らかな激戦だ。
 それでいて勇の劣勢も見る限り否めない。

 だからこその焦燥感が心を包む。
 〝何も出来ない、してあげられない〟と心で無念を叫びながら。

 体力が元々無いから、遂には太木に背を預けて身体を休めていて。
 そうでありながら頭を回転させ続ける。
 今彼女が出来るのはたったそれだけだから。

「何か、何か良い方法は? 爆発を起こさない様にして、それであれだけ速く動ける人に当てられる方法は……? どうしたらいいの……」

 こんな時ほど心輝がしてくれる様な入れ知恵が欲しくなる。
 多くの知識を持っているからこそ叶う助言が。

 アイディアとは知恵と知識が混ざって産まれる子供の様なものだ。
 時には無から産まれ出る事もあるが、大抵は何かしらの経験がキッカケとなる。
 そこに己の知恵を織り込んで形にし、初めて新しい何かが産まれるのである。

 でもその知恵も知識もまだ足りないちゃなだからこそ、頭を抱えて止まらない。

 初めて魔剣を奮った時、【炎弾ぼん】を想像する事は容易だったのに。
 その後に弾を小さくしたり、連射したりと工夫を凝らす事は出来たのに。
 今はその発展型が思い浮かばなくて。

「わからない、わからないよ! 音を出さない様に当てるなんて……!」

 遂には項垂れ、雪の中で膝を抱えて蹲る姿が。

 いっそこのまま諦めて勇に全てを託してしまいたい。
 そんな弱音が心の隅にぼんやりと浮き上がる。

 逃げるのは簡単だ。
 昔はそうやってすぐ諦めて、怖い親にされるがままで。
 ただじっと耐えれば苦しい事なんてすぐどこかに消えてくれるから。

 けれどその弱音を、今の自分が否定する。

 もしその苦しい事が消えなかったら?
 楽しい事までが消えてしまったら?

 今、勇は必死に戦っている。
 自分の分まで戦ってくれている。
 そんな優しい人がもし消えてしまったら、絶対に後悔するだろう。

 もう二度と、あの暖かい家に帰る事は出来ないだろう。

 だからこそ思考を巡らせる。
 勝利を掴む為に、二人で一緒に家に帰る為に。

「駄目、考えなきゃ。 絶対に何かあるハズ。 炎を剣みたいにして戦う? ううん、それじゃ私がやられちゃうし邪魔になっちゃう―――あっ」



 そしてその諦めない心を知恵として、今の戦いを知識として。
 その脳裏に今、類稀たる一つの結晶が産まれ出る事となる。



「―――じゃあ遠くから、剣みたいにして戦えれば……!!」



 その結晶を具現化する事が成せるかどうかはまだわからない。
 少なくとも、思い付いた事はかなりの危険性リスクを孕んでいるから。

 だが、それでもちゃなは実行するだろう。

 このまま手をこまねいているくらいなら、危険を取った方がまだマシなのだと。
 勇が危険を承知で戦っているのだから、自分もその中に飛び込むべきなのだと。

 かつ、勝利へと繋げる一手とする為に。





 一方その時、勇とアージは―――

「身軽になった所で、地形の不利は誤魔化せんッ!! カァァァーーーッッ!!」

 なおアージの優勢一方という形で攻防が繰り広げられていた。

 巨大な両手斧が一閃を切る度に、雪が弾けて打ち上がる。
 それを勇が辛うじて躱すも、迂闊に近寄る事が出来ない。
 下手をすれば返し刃の一閃が待ち受けているからこそ。

 おまけにこの雪の中ではまともに戦うのも困難で。

 勇の劣勢の要因はやはり雪だ。
 確かに防寒服を脱いだから動き易くはなったのだが。
 想像を越えて纏わり付く雪に脚を取られ、本来の速さを発揮出来ないままでいる。

 ただ、その条件はアージも同じはず。
 では何故こうまで状況が変わらないのか。

 答えは至極単純だ。
 種族の差である。

 勇は雪に慣れておらず、足腰がまだ順応しきれていない。
 力の籠め具合がまばらで、意思通りに動けないでいて。
 加え、人間の身体は野生の動物などと比べて非常に脆弱だ。
 幾ら命力があろうと補える事には限りがある。

 しかしアージはその強靭な足腰を奮い、強引に雪を押し退けている。
 大地を蹴る指先にさえも満遍なく力を籠めて。
 それも命力では無く、己が肉体の力を。
 更に雪にも慣れているからこそ、まるで制約を感じさせないのだ。

 やはり白熊らしい姿は伊達では無い。
 いざ拳を突き出せば、木の幹でさえ一撃で打ち砕くだろう。
 しかも指先に伸びる爪でさえ、人間を殺すには充分な殺傷力を備えている。

 それでいてアージの方が技術的にも卓越しているという。
 このままでいては勇が勝てる訳も無い。

「ならその不利を失くせばいいだけだッ!!」

 だからこそ勇がまたしても跳ぶ。
 今度は木々の背に負けない程に高々と。
 その中で魔剣を一本の針葉樹の幹へと引っ掛け、その足を付かせていて。

 するとその直後、アージの視界から勇の姿が―――突如として消えた。

「ぬうッ!? 速いッ!?」

 これはオンズ戦でも見せた戦法だ。
 そう、今こそ勇の本領が発揮されたのである。
 木々の間を飛び跳ね、相手の反応速度を越えて動き回るという。
 雪が無い空中という領域でならば、その真価を得る事も可能だからこそ。

ガガガガッ!!

 今この時、アージの頭上に無数の残光が刻まれる。
 勇がそれ程の速さで縦横無尽に跳ね飛んでいたのである。

 地上に生きる生物であれば頭上は死角で。
 その理論はアージ程の強者でさえも変わらない。

 実際に今、アージは勇を追いきれないでいる。
 キョロキョロと周囲を見渡すだけで、視線が定まっていない。
 勇の素早さに対応しきれていないのだろう。

 なら、この戦い方にこそ勝機がある。

―――今だ! 背後からならあッ!!―――

 背ならばなお意識は向け難い。
 そしてその背後を取る事など、今の勇なら容易だ。

 故に勇が跳ぶ。
 アージの背後目掛けて真っ直ぐと。
 まさに目にも止まらぬ素早さで。



 だが―――



「甘いッ!! ウオオオーーーーーーッッッ!!!!!」

 アージにはお見通しだった。
 背後の死角を狙ってくる事など。
 背を見せればこうしてやってくるのだと。

 その末に打ち放ったのは、なんと咆哮。
 迫る勇へと振り返り、凄まじいまでの雄叫びを浴びせていたのだ。
 それもただの叫びでは無く、命力を乗せたものを。

 すると途端に木々を傾かせる程の衝撃波もが生まれる。
 それも、電撃の様に走る強い威圧感をも乗せて。

「なあッ!? う、うわぁあああ!?」

 その威力は凄まじく、飛び掛かっていたはずの勇を弾き返すほど。
 不意の事に姿勢まで崩れ、たちまち再びの雪の中へと落ちる事に。

「勝利に焦れば判断を見誤る。 背を見せれば飛び掛かって来るとはわかっていた。 経験不足が故の結果だなッ!!」

 こうなる事は全て計算ずくだった。
 速さで翻弄してくる事も、背後から迫り来る事も。

 そして、今勇の落ちた場所が傾斜下であるという事も。

 アージとて雪崩を懸念しているのだろう。
 だから敢えて背を麓側へと向けていて。
 自慢の咆哮を山では無く空へと向けて打ち放っていたのである。

 相手の動きまで予測するなど、なんたる戦術眼か。

「だがもう茶番は終わりだ! 大人しく叩き斬られるがいいッ!! 心配するな、もう一人もすぐに送ってやるッ!!」

「ふっざけるっなッ!! そんっな事させるっもんかあッ!!」

 しかしその咆哮自体に攻撃力は無い。
 だからこそ勇が雪を掻き分けながら再び立ち上がる。

 猛追してくる相手に負けない為にも。

 こう言い放っていた時、アージはもう既に駆けていた。
 有効手段を失った勇へとトドメを差さんとばかりに。
 またしてもその巨大な斧を引き絞り構えながら。

「させて貰うッ!! 貴様に成す術が無い事などお見通しなのでなあッ!!」

「くううッ!?」

 でもふと退こうとするも、太木がその退路を防いでいるという。
 今や立ち位置でさえアージの占有下だ。

 逃げ道無し。
 そんな最中、遂に剛健一閃の横薙ぎが雪原上に突き抜ける。

バッキャァァァーーーンッ!!!

 たちまち太木の幹が炸裂し、雪と木片を無数に撒き散らす事に。

 勇は辛うじて無事だ。
 咄嗟にその身を低く降ろし、頭上スレスレで躱した事によって。

 ただ、目前に巨体が立っているという事実は変わらない。

 懐の今なら反撃も。
 そう思った時には既に遅し。

 なんとこの一瞬で、太い脚が勇の身体を蹴り上げていたのだ。

 アージの武器は何も両手斧だけとは限らない。
 その手足、いや肉体そのものが武器だと言えよう。
 この強靭な身体を前にすれば、生物的に非力な勇には成す術が無い。
 例え魔剣で防御していたとしても、受けた衝撃は計り知れないだろう。

「が、はっ!?」

 勇の身体が木片粉雪と共に打ち上がり、雑木林の中を突き抜けていく。
 アージがなお追撃に迫るその中で。

 それも遂には雪より跳び上がり。
 両手斧を大きく掲げる巨影がまたしても空に浮かび上がる。
 その太陽光でさえ味方に付けて。

ドッバァァァーーーーーーッッ!!

 その間も無く雪が炸裂して飛び散る事に。
 ただ真白な雪だけが。

 勇はもはや必死の回避一辺倒で。
 今では体裁も何も関係無く、雪の中を掻き分け転がる事しか出来ないでいる。
 アージもそれを追って二度、三度と斧を叩き付け、雪中の相手を狙い撃つ。
 その様相はまるで雪モグラ叩きだ。

 だがそんな攻防も長くは続かない。

「小賢しい真似をッ!! しかしいつまでも逃げられると思うなあッ!!」

 遂には進路を塞ぐ様にして斧が叩き込まれて。
 そうして動きが止まった勇を、巨大な斧がまるでスコップの如く掬い跳ね上げる。

ドッゴォッッ!!!

 しかもそんな勇へと目掛けて剛拳が。
 たちまち右肩へと打ち当たり、豪快に跳ね飛ばされる事となる。

 それもあろう事か、魔剣を手放してしまう程に強く激しく。

「ぐうああッ!?」

 更には、飛ばされた先で幹へと叩き付けられて。
 力無く落ちる姿はもはや満身創痍、回避もままならない程にボロボロだ。
 全身に走る痛みに蝕まれ、落ちた雪の上で呻く事しか出来ないでいる。

 例え目で見えていても、対処出来ない世界が今ここに在った。
 剣聖との戦いでは体験させて貰えなかった、真の格上との戦いが。
 レンネィにも見せて貰えなかった、情け容赦の無い戦いが。

 掠れた眼が映すのは、それらを成した圧倒的強者の姿。
 〝今のままでは絶対に敵わない〟、そう思わせる程に充分なまでの。

「ク、クソ……ッ!!」

「ここまで戦える奴は早々おらん。 お前はよくやった。 だから誇るがいい。 その力と、我等【白の兄弟】の手に掛かる事を」

 その強者が遂に勇の前に立つ。
 巨大な斧を天へと向けて掲げながら。

 最後の一撃を見舞う為に。



「これが運命さだめなれば己の業を呪え。 さらばだ、若き魔剣使いよ」



 もはやその意志に一片の情け無し。
 掲げる両手斧は非情の光を灯し、ただただ来たるべき時を待つのみである。


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