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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~鬼神、その生き様 獅堂達 対 忘虚⑤~

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 全ての始まりは、おおよそ八〇〇年前。
 俺がまだ若者と呼ばれるくらいの歳の頃だ。

 あの時は貧しかったが、とても幸せだった。
 故郷は隠れ里だったが、隠れる事を辞めて。
 表世界と交流し、少しづつ現実を受け入れていたから。

 その時の俺には、相方が居た。
 まだ寄り添って間も無い人生の伴侶が。

「ギュー、お父さんに言ってあげて! 今はお腹が大事で金槌も振れないんだって!」

 彼女の名はエナ。
 魔剣製造士の父親を持つ元気な娘、だった。

「といいつつ昨日はしっかり振っていたじゃないか。 心配無さそうだし、俺は見回りに行くよ」

 当時の俺は里を守る衛士で、魔剣を使う事も多かったから。
 自然と交流も多く、結ばれる事は必然だったのかもしれない。

 だからきっと幸せは続くだろうと信じていた。
 俺が里を守り続ける限りは。

 そんな里に不穏な風が吹いたのは、いつの頃だったか。 

 麓の噂が流れて来たのだ。
 近くの人間の街に【雷鳴候ゾグルト】と名乗る強者が訪れたのだと。

 その噂を正式に運んできたのは、俺達と同盟を結ぶ【グワント族】の斥候で。
 彼等は知能こそ低いが、集団戦闘能力に長けた周辺地域の支配者だ。
 だから俺達も彼等に従って生きて来た。
 戦えば勝つ自信もあったけど、逆らう理由も特に無かったから。

「ギューゼル、是非ともお前に【雷鳴候】を討って欲しい、との王たっての願いだ」

 俺はそこまで戦いに興味は無い。
 強くなったのは里を絶対に守ろうという意思があったからで。
 その実力は引き抜きがあったくらいに知られている。
 もちろんその話は断ったがな。 

 でも【雷鳴候】を討つ事には賛同した。
 放っておけば、真っ先に狙われるのは俺達の里だろうから。

「ギュー、これを持って行って。 貴方なら武器より鎧の方が似合ってると思うから」
 
「鎧? はは、そんな物なんか要らないさ。 俺の実力は知ってるだろう?」

 エナには心配を掛けたな。
 彼女が造ってくれた【マルクアルグ】は俺にピッタリでね。
 きっと案じて、身重の身体を奮って造ってくれたのだろう。
 だから俺はそう返しつつも魔剣を受け取り、里を後にしたのだ。

 俺は休まず走った。
 一刻も早く帰る為に。
 その間に子が産まれればきっと後悔するだろうから。

 だからすぐ人間の街へと辿り着けたよ。

「【雷鳴候】とやらを出せぇい!! 反抗の意思あらば殲滅も辞さんッ!!」

「ほう、あれが噂の【破赤拳】か。 面白い!」

 俺の噂は人間にも伝わっていたらしい。
 その事に気付いたヤツは自ら勝負を仕掛けて来たよ。

 長い長い戦いだった。
 一日を掛け、死力を尽くし合ったものだ。
 気付けば共に笑いながら槍と拳を打ち合ってな。

 そしてその末に、俺は勝った。
 自慢の拳でヤツの体を貫いた事によって。

「み、見事だ……故に一つ、教えてやる。 俺は、非道なグワントの奴等、しか、狙うつもりは―――」

 でもそんな俺に返したのは辞世の句ではなく、この一言で。
 これに不穏を感じた俺は、即座に踵を返した。
 一時も休む事無く。

 恐らくは平気だろう。
 きっと思い過ごしだろう。
 そう心に何度も言い聞かせて。
 
 けれど、現実は惨劇しか残してなかった。

 俺が帰った時、里は血で染まっていたのだ。
 一人残らず千切れ、潰れ、血を流し尽くして。
 皆体は大きかったけど、温厚だったから抵抗も出来なかったのだろう。

「エナ、エナァーーーッ!!」

 その中を夢中で駆け、俺は工房へと向かった。
 エナはまだ生きているかもしれないという僅かな希望に縋って。

 でも工房には瀕死の義父だけが残されていて。

「エナは、【グワント族】に連れて、行かれた……他の、女達と共に―――」

 そう伝えて息絶えたのだ。

 全ては罠だったのだろう。
 俺をこの里から引き離す為の。
 ついでに【雷鳴候】を弱らせて一網打尽にする為の。

 しかし俺は勝った。
 それはきっと、奴等にとっての誤算だったのだろうな。

 故に俺はまた駆け抜けた。
 エナを、攫われた同族を救う為にも。
 斥候を千切り、防衛網を砕いて、何もかもを叩き潰しながら。

 そして俺は遂に王と対峙した―――のだが。

「グワント王ッ!! 貴様、何故この様な事をォ……!!」

「クハハ! 全ては、我等の繁栄の為だ!! だが簡単に勝てると思うな。 今の我はきっと、お前より強い!!」

「どういう事だあッ!?」

「喰った、からだ!! お前のつがいと子を!! 喰った!! ならその力は、我に引き継がれるゥ!! いずれ魔剣をも生み、我が最強、となるゥ!!」

 そこで俺は、最悪の絶望を知る事となる。
 奴が頭だけとなったエナを差し向けた事によって。

 戦いに身を置き続ければ、この様な考えすら浮かぶのだろう。
 知能が低ければ、この様な戯言すら信じ込むのだろう。

 醜悪だ。
 奴等はこの世に居てはいけない存在だ。

 そう思った時、俺の頭は何もかもが真っ赤に染まった。
 何も考える事も出来ないドス黒い感情に塗り潰されたから。

 〝全てを血肉と化し、滅せよ〟という感情に。
 
 ただただ咆えた。
 己の感情のままに。
 腕を、脚を奮い、全てを薙ぎ尽くすまで。

 殲滅するのに時間は必要なかった。
 全て、触れただけで粉微塵に出来る程弱々しかったから。
 王でさえ、一瞬で消し飛ばせる程に脆弱だったから。

 でも俺の心は満たされなかった。
 もうエナは帰ってこない。
 俺達の子も、同族達も。
 攫われた者達も皆死んでいたから。

「こんな事が、こんな事があっていいのか……ッ!! 何故殺し合う!? 何故騙し合う!? どうして戦いを辞める事が出来ないのだあッ!!」

 エナは信じていたよ。
 本当は魔者も人間も大差が無くて、話せばわかるかもしれないって。
 そんな優しさをもった人だから愛せたのに。

 世界はそんな彼女を愛してはくれなかった。

 その失望を抱いて俺は旅に出た。
 仲間達も弔ったし、もうここには居られないと。
 自分の浅はかさの所為で皆を死なせてしまったから。

 それから俺は常に体を鍛え続けた。
 皆に恐れられ、戦う事さえおこがましいと思われる存在になる為に。
 気付けば【魔烈王】の銘まで冠し、魔者・人間から畏怖されたものだ。



 それでも悲劇は終わらなかったがな。



 旅の道中で色んな者達と出会った。

 旅生活の知恵を教えてくれたシュポー。
 荒んだ俺を癒そうと親身になってくれたウロカ。
 力が無くとも一緒に戦いたいと願ったコフタン。
 真実の愛を教えたいと付き纏ってきたレキル。
 強さを求めて師事を願い来たジューグ。
 救ってくれた礼にと一時の従者となったルルイ。
 やたらとお節介に絡んでくるアフランス。

 そして世界を救うと誓い、俺を迎えたデュゼロー。

 皆、死んだ。
 守り切れず、死んだのだ。

 力があろうとも成せぬ事はある。
 その現実を、世界は俺に知らしめた。

 決して何かの報いという訳では無いのだろう。
 こうなる事が運命だったのだろう。

 でも諦めきれる訳が無い。
 何も救えないと思える訳が無い。

 エナは信じてくれたのだ。
 俺ならきっと何でも出来るのだと。
 そんな俺が諦めたら、彼女の心までも救えなくなってしまう。

 だから俺は救おう。
 この命を賭して。
 生きる限り、救い続けよう。

 例えそれが叶わなくとも。
 例えそれが無駄だとしても。

 あの娘茶奈が流してくれた涙へ応える為に―――この命をも捧げよう。










「俺は、何故生きているのだ……」

 そう、捧げたはずだった。
 【東京事変】で魔特隊と戦った時に。
 あの虹の光で、俺は消し飛んだはずだったのに。

 気付けば、海の真ん中に浮いていた。

 でも死に掛けていた事には変わりない。
 きっとこのまま力尽き、海の藻屑になる事だろう。
 魚達の餌になるのなら、彼等も救えるだろうか。
 そう想いを巡らせ、俺は死を待っていたのだ。

 でも世界は、そんな俺をほっときはしなかったよ。

「おや、誰かと思えば【魔烈王】じゃあないかあ。 こんな所で会うなんて奇遇だねぇ」

 この様なわざとらしい声を掛けて来る奴は一人しか居ない。
 俺の思い出の中で数少なく生き続けた―――いや、俺より生きてるコイツしか。

 ギオだ。
 俺にこの様な銘を付けて広め、あの剣聖にまで引き合わせた疫病神の。

 海の上で偶然とは随分白々しい嘘を付くものだ。
 おおかた俺の事に気付いて追ってきたのだろう。

 もしかして命が助かったのもこの男の仕業か。
 そうも思っていたが、それは少し違ったらしい。

「随分と大層な傷を受けてるみたいだが―――良かったね、魔剣が守ってくれたらしい。 こんな時の為にと魔剣に放脱機構が付いていた様だよ。 製作者の愛を感じるね」

 どうやら俺が助かったのは魔剣のお陰だったらしい。
 エナの造ってくれた魔剣が今更、俺を救ってくれたのだと。

 いっそ動いてくれない方がどれだけ良かったか。
 そのまま死ねば、彼女の下に逝けたから。
 もう救えない苦しみに苛まれる事も無かったから。

 でもそれは違うのだな。
 それでもエナならこう言うだろう。
 〝満足するまで諦めない方が貴方らしい〟と。

 だから俺は諦めない事にした。
 恥を忍んでギオに頼み、生に執着する事にしたのだ。
 エナが繋いでくれたこの命を後一度、何かに使う為に。





 ギオが運んでくれたのは、メキシコという国の西部海岸沿いにある小さな町だった。
 どうやらそこが今の彼の仮住処という事らしい。

 しかし俺はそこで驚かされる事になる。

 その町の人々は何も言わず俺を迎え入れてくれたのだ。
 それも、何者かもわかった上でかくまう様に。
 ギオの息が掛かっていたのはわかっていたが、まさかこれまで友好的だとは。
 こうして人間と共に暮らす事になるとは思ってもみなかったな。

 最初の生活は苦労したものだ。
 両腕を失ったから、飯を食うにも難儀して。
 ギオもさっさと消えてしまったから頼れる者も居なくてな。

 そんな時、俺は一人の人間の少女と仲良くなった。
 ふとした出会いで和解して、それからは親身に対応してくれたものだ。

 木で出来たフォーク付きの義手を造ってくれたり。
 町の人との話の間に立ってくれたり。
 感謝してもし尽くせない程に世話になった。
 守ってあげたいと思える程に。

 そうして俺は二年間、その町でひっそりと生きた。
 時に町人の仕事を手伝い、時に海岸を清掃したりと貢献して。
 別の魔者が移住してきた時には、彼等の助けにも入ったりな。
 もちろん少女も一緒に。

 気付けば俺にとってこの町は掛け替えの無い場所になっていた。
 何度目かはわからない、新しい故郷として。

 今までに無い程に、充実していたよ。
 どうしてこの世界にもっと早く来れなかったのかと思ってしまう程に。
 もしエナとこの世界に来れたなら、どれだけ幸せだったのだろうかと。

 でも幻想を見続ける訳にはいかない。
 この世界はまだ、救われていないのだから。

 そう思っていた時、ギオが戻って来た。
 いつに無い真剣な顔つきでな。

「どうやら世界の滅ぶ日が近づいて来たみたいだよ。 そこで質問だ。 君が望むのは滅びかい? それとも、生き続ける事かい?」

 続いたのは、愚問だった。
 考える必要も無い程の、な。

「答えは決まっている。 両方だ。 俺は滅しよう。 生命脅かせし者を。 そして恩人達に生きて貰う為ならば、俺自身さえ滅する事も厭わん」

「やはり君は退屈させてくれないね。 なら僕自身の期待も乗せて託すとしようか。 僕もこのままこの世界を失くさせるのはもったいないと思っているからさ」

 だからこその愚答に、ギオは応えてくれたよ。
 その両腕を自ら切って差し出すという行為でな。

 奴の体は万物に適合するよう造られたのだそうだ。
 ならばと、奴は自らの腕を俺にくれたのだ。
 どうせまたいつか生えて来るから問題無いとな。

 その好意に甘え、俺は腕を受け取った。
 町の人々に無理を言い、強引に焼き付けてもらって。
 その時の少女の顔面蒼白な様子には少し悪気も感じたものだが。

 それから俺は三日三晩寝ずの命力鍛錬を続けた。
 くっつけた腕を適合させる為に必要な事だったからな。

 そしてようやく、俺の腕として馴染んだ。
 ならば後は衰えた体を仕上げて戦いに赴くのみ。
 己の力を奮い、アルトラン・ネメシスとやらを討ち倒す力となろう。

 俺を二年間受け入れてくれた人々に報いる為に。
 少女がこれからの人生で、エナの様な悲劇を迎えない為に。

 この命、もう惜しくは無い。
 エナの残してくれたこの命の炎を、全て燃やし尽くす時が来たのだ。



 この人生の記憶を受け止めきれるものなら受け止めてみせよ。
 俺の積み重ねて来た人生の重みを、深みを、理解出来るのならば。

 それ叶わぬならばすなわち、我が人生に虚無は無しッ!!




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