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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~ただ心赴くままに、その生命を賭そう~

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 仲間達に全てを託した。
 邪神への道程を切り拓く役目を。
 だからもう迷わない。
 必ず果たしてくれるから。
 ならば今は信じよう。
 例えその想いが彼等の力と換わらなくとも。

「さすがだよね、莉那ちゃん。 うちらよりもずっと若いのにさ」

「まぁ年齢は俺達も大して変わんねぇけどな。 やっぱ芯が違うよなぁ」

「そりゃな、シンがゲームで遊び惚けてた時にもかなり勉強してたみたいだし。 ま、あの強情な所は昔っからだけど」

 林の中に佇むアルクトゥーンを前に、勇達が立つ。
 きっと準備を整えてる最中なのだろう、動きはまだ見えない。
 ただそんな巨体に感慨を乗せた視線を向け、そっと目を細めさせていて。

 ここまで長い様で短い戦いだった。
 期間的に言えば半年程度しかこの艦には乗っていない。
 でも、そんな僅かな時間でもずっと一緒だったから。

 だからこんな銀の龍に今では愛着も感じよう。
 家族や仲間を守ってきてくれたという感謝も込めて。
 
「えぇ、あの子は自慢の孫です。 なんだかんだで、やはり一人では行かせたくないと思うくらいのね」

 そんなふねが間も無く空へ消えるかもしれない。
 もう戻ってこないかもしれない。
 最愛の孫を乗せて永遠に。

 そう思えば憂いも残るだろう。
 たった一人、福留だけはアルクトゥーンに悲哀の眼を向ける。
 自分の意思を貫く事も無く置いてきてしまった事に罪悪感さえ感じて。

 今の福留の心は今までに無いほど勇達と離れていた。
 まるで今彼等の傍に佇む一本樹の様に。
 他の樹から離れて孤独に立つ姿は、まさに今の福留の心境を映しているかの様で。

 そんな樹木に触れ、想いを馳せる。
 銀龍を背に、願いを迸らせる。
 どうか無事に帰ってきて欲しいと強く強く。

「大丈夫ですよ福留さん。 俺みたいなんて言わないですけど、莉那ちゃんは確証が無い事をやる子じゃないですから」

 そんな想いや願いを拾った勇が福留の肩を叩く。
 無念を背にした福留を目にするのは初めてじゃないから。
 その無念を創り出し続けてきた本人だからこそ見える事もあるのだろう。

「えぇ、もちろんわかっていますとも。 けど違うんです。 私の無念はむしろ、〝共に戦おう〟と言えない所にあります。 あと五〇歳若ければどれだけ良かったか、と何度思った事か」

「多分歳なんて関係無いですよ。 福留さんが体力あるって事くらい彼女も知ってますから。 もちろん俺も、皆もね」

 いや、もしかしたら皆が知っている。
 福留がどれだけ〝皆と共に戦いたい〟という強い想いを抱いているのかを。

 福留はもう七〇代だ。
 一般的に見れば走る事は愚か、歩く事さえ難儀し始める頃で。
 本来なら戦う事は当然のこと、武器を構える事さえ叶わないだろう。

 でも福留はそんな歳にも拘らず、実は毎日の様に深夜の走り込みを続けている。
 勇達にも負けず、年齢にも負けず、諦める事も無く。
 それどころか人目を憚ってトレーニングルームを使っている事も。
 むしろ一般訓練機器に至っては使用回数なら福留の方がずっと多い。

 それも恐らく、勇を知る前からずっと続けていたのだろう。
 これは共に暮らすようになってからわかった事実である。

 昔から並みの老人では無い事など、勇はとっくに知っている。
 その胆力の根源が地道な努力の賜物だとすれば説得力も生まれよう。
 孫である莉那が未来を託したくなるのもわかる程に。

「ありがとうございます。 それでも歳に敵わないのは癪ですがね。 どうして世界はこうも老人に厳しいのか。 努力すれば報われるなんていうのも、若い子の特権だって思い知らされますよ」

 だからこそ叶わないのが悔しい。

 努力の対象が経験の活きる芸術や文芸ならばまだ役立っただろう。
 けれど身体という物は奇しくも衰える性質を持っていて、歳をとればその勢いは顕著になる。
 それこそ人一倍の努力をしても若者には届かないのだ。

 故に人二倍の努力をする福留の憂鬱は重い。
 気持ちだけでは覆せない現実を目の当たりにしてしまったから。

「……それじゃあ俺達は行きます」

「もう、行くのですか?」

「ええ、命脈の中に身を投じておいて体を馴染ませておく必要もありますから。 皆が拓いてくれた道を即座に渡れるように。 例え【六崩世神】を倒して道が拓けても、別の方法で即座に閉じられる可能性もありえますから、間を縫って通らないといけないんです」

 でも勇達にそんな憂鬱を拭っている余裕は無い。
 そっと肩に置いた手で再びポンポンと叩いて踵を返す。
 勇を待つ仲間の下へと向けて。
 福留が後ろ髪を引かれる様に振り返る中で。
 
 それは莉那に向けていたのと同じ想いを勇にも抱いているからこそ。
 こうして〝子供達〟が離れていく、それが見るに堪えなくて。

 ふと勇が気付けば、背後には一緒に歩む福留の姿が。

 いつまでもぐちぐちと後悔し続けるほど福留は弱くない。
 例え現実が酷だとしても、それを受け入れて生きて来たから。
 自分の気持ちを誤魔化す事も、何度も繰り返してもう慣れた。

 だから勇達を気持ち良く送り届ける為に微笑み、頷きで返していて。

「では勇君、瀬玲さん、心輝君、お気をつけて」

「ウス、パパっと茶奈を助けてきますわ」

「ついでにアルトラン・ネメシスをボッコボコにしてね」

 そんな強い想いに、勇達も笑顔で応える。
 四人が拳を突き合わせながら。
 福留の戦いたいという想いを受け継いで。



 しかしこの時、勇達は気付く事となるだろう。
 こうして突き合わせる拳が実は一つ足りなかったという事に。



「ちょっと待って欲しいッスー!!」



 あの毛玉の声が聴こえた事によって。

 それに気付いて振り向いてみれば、視線の先には走り来るカプロの姿が。

 何も顧みない手振り素振りで慌てて駆ける、そんな姿は昔となんら変わらない。
 例えどんなに成長しても、カプロはカプロのままだ。
 その姿がどうにも懐かしくて、皆が微笑まずには居られない。

 思えば、全てはこので始まったものだ。
 今はもう一人欠けてしまったけれど。

 確かに、戦い自体は勇と茶奈だけの時に始まったのかもしれない。
 正式に戦う事になったのは福留と会ってからなのかもしれない。

 でも勇が誰かを守る為に戦うと心から決めたのは、カプロと出会ったからだ。

 だからきっと、あの時からグランディーヴァは始まっていたのだろう。
 二つの世界を心で繋ぎ、平和を掴み取る戦いが。
 あれからの思い出が礎となって、勇達を象っているのだと。

 だからこそ誘わずにも居られない。
 突き合わせた拳を見せつける様に隙間を空けて。

 コツンッ

 そして辿り着けば間も無く、新しくも小さい衝撃が各々の拳に響く。
 カプロの小さな拳が押し加えられた事によって。

「ハァ、ハァ、良かった、間に合ったッス……」

 とはいえ、ずっと引き籠っていたカプロが一連の事情など知る訳も無く。
 ノリで拳を合わせたものの、たちまち息切れのままに上身を沈ませていて。
 膝に手を当て、肩を揺らして息を整える情けない姿が今ここに。

 なんだかんだでアルクトゥーンからは何百メートルと離れているから。
 体力の乏しいインドア派のカプロならばその間を走ればこうなるのは当然か。

 もっとも、目元にクマが残るくらいに元から疲れていた様だが。

「間に合ったって……送り迎えは要らないぞ? 俺達は帰ってくるつもりだからな」

「そうじゃねーッス。 勇さんに渡したい物があって。 ギリギリだったけど、何とか完成が間に合ったって事ッス」

「えっ?」

 そんなカプロの背中には、布生地に包まれた長いが背負われていて。
 それをヒョイと抱え上げると、勇へとそっと差し出す。

 いつに無い真剣な表情を向けながら。

も連れて行って欲しいッス。 少しでも勇さん達の力になりてーッスから」

「カプロ……うん、わかった」

 先程の話も聞いていた訳ではない。
 でも戦いに向ける想いは皆一緒なのだ。
 戦えないから、想いを託す。
 力が無いから、力を託す。
 やる事は皆、変わらない。

 だからカプロもまた、己の意思に殉じて力を託す。
 誰に求められた訳でも無く、ただ自分がそうしたいから。

 そうして差し出された物を、勇が遠慮する事も無く手にする。
 しかしその途端何かを感じて―――その動きが、突如として止まった。

「うッ!? こ、これは……カプロ、お前……ッ!?」

「うん、やっとボクのやりたい事が出来たんス。 どうかその力で

 受け取った物から全てを悟ったのだろう。
 この物体が何を意味するのか、如何な物なのか。
 そして、カプロがこの物体を差し出すその意味をも。

 それを理解した今、受け取った物を握り締めずには居られない。
 腕が震え、息が震えてしまう程に強く、強く。

「……わかった。 茶奈は俺達が救うから、安心していてくれよな。 絶対に、成し遂げるから」

「うぴぴ、よろしく頼むッスよ」

 その間も無く、受け取った物が生地ごと光と成って弾けて。
 残光を引きながら勇の腕へと吸い込まれていく。

 それを見届けたからにはもう、カプロも安心出来たのだろう。
 疲れを残した顔で見上げ、にこりとした笑みを勇達へと向ける。

「さて、ボクは疲れたからちょっと休ませてもらうッスよ」

「ああ、ゆっくり……休んでくれ」

 でも勇はそんな顔を直視する事無く、顔を背けていて。
 心輝や瀬玲、福留が不思議そうに見つめる中、影で唇を震わせる様子が。

 そんな勇を知ってか知らずか、カプロも同様に踵を返し。
 近くにそそり立つ一本樹の根本へと腰を掛けて背を預ける。
 よほど疲れ切っていたのだろう。
 間も無くにうつらうつらとしてしまう程に。

「それじゃあ行こう二人とも。 茶奈を救いに……!!」

「おうっ!!」

「フフッ、おっけ!」

 そんなカプロや福留を背に、勇達が行く。
 まだどこに居るかもわからない相手を探る為に。
 その末に茶奈を見つけて救い、世界を救う為にも。

 決意の輝きを放ち今、三人は光と成って星へと消えたのである。

 後に残された福留はただただ願う。
 皆がここに帰って来てくれる事を。
 今拳を突き合わせた者が誰一人として欠ける事無く。

「さて、我々も皆の所に戻りましょう。 やれる事がまだ―――」 

 でもそんな想いを巡らせて間も無く、福留は気付く事になる。
 背後で輝き、空へと舞い上がる緑光を目の当たりにした事で。

 その輝きが全てを物語っていたのだ。 
 勇が何を思っていたのかも、何が起こっていたのかも。

「―――そうですかカプロ君、君は……」

 故に福留は振り返りきる事も無く、その眼をアルクトゥーンへと戻す。
 今までに無い力強い眼光を向けて。

 例え博識と呼ばれる程の老人でも、学べる事はまだまだ多い。
 勇やカプロの様な若者からでさえ教えられる事も沢山あった程に。

 そしてまた教えられた。

 時には計算や確率、確証などに頼るよりもずっと大事な事があるのだと。
 ただ心の赴くままに、思いきりのままに命を賭す事が必要な時もあるのだと。



 だから今、福留はスーツの上着を脱ぎ棄てる。
 教えられた心に従い、決意をも晒して。



 そうして露わとなった身体はもはや老人のそれではない。
 まさしく戦士に相応しい、細くも引き締まった肉体だ。

 その身体を以って意思を成そう。
 勇が、莉那が、カプロがその命を賭した事と同じくして、志を貫く為に。



 古の戦士はまだ、戦士のままなのだから。


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