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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~積年の懺悔に感謝を~

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「久しぶりだね、勇君」

 それは勇が両親達から勇気を貰い、身を震わせていた時の事。
 そんな時突然、聴き慣れない声が勇の耳に触れて。

「えっ?」

 ふと振り返ってみると、そこにはいつの間にやら見慣れない中年男女の姿が。
 人々に意思を向けていて気付かなかったのだろう。

 ただ勇としては首を傾げずには居られない。
 いきなり現れた二人が誰だかわからなかったから。
 「久しぶり」と言われても、この一瞬では思い出せなくて。

 同伴組の一人だろうか。
 そう思ったがそれも違う。
 彼等とはまた一つ違う心の色を持っていたからこそ。

 同伴組は勇達と共に行動した事で、とても強い希望を胸に抱いている。
 だから勇なら見ただけですぐにわかりそうなものだ。

 でもこの二人から感じるのは―――強い失望。
 グランディーヴァに関わった者達なら抱くはずもない感情で。
 思わず心を覗き込んだ勇が顔をしかめる程に強く染まっている。

 ただそれでも心の色だけはわかるもので。
 そのお陰で勇は気付く事となる。

 その心の色が誰を意味していたのかと。
 いつか夢の中で見た親友の心色ととてもそっくりだったから。



「まさか……統也のおじさんとおばさん!?」



 そう、なんと二人はあの統也の両親だったのだ。

 一度きりしか会った事が無く、それでも忘れられない。
 それだけ印象深い対面を果たしたあの二人が、勇の前に今再び現れたのである。

「良かった、覚えていてくれたんだね」

「忘れる訳も無いですよ、あれだけの無念を語ってくれたんですから」

 あれは【フララジカ】が始まった翌日、勇が統也の死を伝えた時の事。
 事実を伝えた勇に、統也の父親は返礼として親友の内なる思いを教えてくれた。

 そしてその思い出は今にも繋がっている。
 勇の信念の原動力の一つとして間違い無く結びついているのだ。
 だからこそ忘れられない。
 例え顔を忘れても、その存在感は忘れようも無い。

「でもどうしてここに? お二人は今、別の所に行ったんじゃ……」

 ただ、以降会えなかったのには理由がある。
 実はこの二人、事件直後から別の場所に引っ越していたのだ。
 それも勇にさえ行き先を伝える事無く。

 そんな事もあって以降は音信不通に。

 にも拘らず、こうして突然現れたのが不思議でならなくて。
 勇がまたしても首を傾げさせる。

「ええ、実は色々あって最近まではあの街から離れていたの。 でも勇君にはどうしても話をしたくて、また戻って来たのよ」
 
「えっ?」

「それというのも、君にどうしても謝りたくてね」

「謝る……?」

 更には思い当たらない話までがこうも出てきて。
 堪らず顎に手を当て、思考を巡らせる。

 それでも思う節が全く見当たらない訳だが。

「今が忙しい時という事はわかってる。 無礼だという事も。 それでも君に伝えたかったんだ」

「俺に伝えたい事……?」

 けれどこの二人の決意は本物だ。
 真面目な時の統也にも通じる瞳がそう教えてくれる。
 語ろうとする話は、二人にとっては何事よりも大事なのだと。

 故に勇は静かに頷き応える。
 二人が語りたい事を聴き入れようと。
 それこそが、今こうして訪れてくれた二人への報いになるのならばと。

「……ありがとう」

 そうして、まばらに人が駆ける中で統也の両親から告げられる。
 彼等が今までどんな想いで今日まで生き続けて来たのかを。

 そこには少なからず、勇達に影響を与えていたから。

「謝りたいというのは他でも無い、君を責め続けてしまっていた事だ」

「俺を?」

「ええ。 実は私達ね、勇君に事実を伝えられた後からずっと、反政府運動を行っていたのよ。 どうして危険な魔者の事を隠すのかって。 統也が殺されたのに、なんで黙ってるのって」

 そう、これこそ二人が引っ越した理由だったのだ。
 最も政府を叩き易い場所に移り、行動を起こす為の。

 勇から真実を聞いた二人だからこそ、黙ってはいられなかったのだろう。
 なればその結果はもう想像にも容易い。

「それから私達は、統也の事を盾にずっと政府を責め続けたわ。 影で貴方が戦い続けていた事も知らずに。 私達はずっと……自分達の事ばかりで精一杯で……!」

「あの【東京事変】の後に、君が最初から魔剣使いとして戦い続けていた事も知ったよ。 でも、それでも私達は止まらなかった。 止められなかったんだ。 じゃないと統也が報われないと思い込んでしまって。 だからその後、魔特隊を責め続ける事さえ止められなかったんだ……」

 きっと二人はよほど統也の死が堪えたのだろう。
 その責任を他者に押し付けたくなる程に。
 それが間違っているのだと、例え心の奥底で思っていようとも。

 その末に影で反政府運動を行い、糾弾し続けた。
 更には勇達を知った後、魔特隊をも責め続けた。

 つまり、【東京事変】の後に本部を囲っていたのはその反政府団体。
 統也の両親とその仲間達の団体だったという訳だ。

 なんという皮肉か。
 勇を守って死んだ親友の両親が、まさか批判側に回る事になるなどとは。

「でもそれは間違いなんだってやっと気付いた。 報われないのは統也じゃなく、私達なんだと。 今までやってきた事が余りに愚かで情けない事だったのかと、この間の公式発表ア・リーヴェの真実の時にやっと気付けたんだ」

「貴方が仇を討ってくれたと教えてくれた時も、そういう事なんだって思うだけで考えようとはしなかったわ。 事実を知っても、目を背けて理解しようともしなかった。 だから後悔したわ、私達はどれだけ無知だったのかって……貴方はずっと、世界の為に戦い続けていたというのにね」

 ただそれでも人は成長し、理解する。
 勇達の戦いがその答えを導き、正しい形に向かわせたのだろう。

 だからこうして懺悔を面と向かって行う事も厭わない。
 この時の為に覚悟と決意を固め続けて来たから。
 その想いを形にする為に、団体も解散し、心も正し、仲間も正し、全てを賭してここに来た。

 少しでも勇の力になりたいという想いのままに。

「許してくれとは言わない。 怨んでくれても構わない。 ただ知って欲しかっただけなんだ。 私達ももう君の敵になる事を止めたのだと。 それが私達に出来る唯一の償いだから……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい、勇君……」

 故に今、二人は頭を下げる。
 今まで背負い続けた後悔と罪悪感を重しにしたままで。
 その重さ故に深々と、身体が震える程に力強く。

 これが二人の望んだ姿だからこそ。





 そんな二人を今、勇はいた。
 命脈アストラルストリームの中から、その心までを覗き込む様にして。

 隣で輝く灯と共に。

『いよぅ勇、久しぶりだなァ』

「ああ。 まさかお前がまだ星に還ってなかったなんて思わなかったよ。 

 その灯こそ、かつて勇を守って散った統也当人。
 何かしらの後悔を抱き、ずっと世界に残り続けた魂だったのである。

 とはいえ、その姿はまさに魂と言った所で、人とはどうにも言い切れないが。

『へへ、こんな姿でわりィな。 死んで久しくて、自分の形すら忘れちまった』

「もう五年以上になるしな。 そもそもお前、自分の姿なんてそこまで意識してなかっただろ?」

 その性質は生前の性格にも起因する。
 なれば自身像に無頓着な統也なら、人の形すら成さないのは必然か。
 その性格こそ、以前となんら変わりないけども。 

 そしてその心に宿す後悔さえも。

「まぁでもお前がまだを残してて良かったよ。 あの二人が来てくれたお陰で気付けた。 それに、お前の声も今なら届けられそうだ」

『おう、すまねェな。 どうやら俺の後悔も、あの二人に向けたモンし助かるわ』

 例え魂となっても時の流れというものを感じるのかもしれない。
 だからこそその後悔の素もぼんやりとして、よく思い出せなくて。

 でも今は思い出せる。
 勇なら天力でその掠れた心を復元する事が出来るから。

『お、サンキュ。 お陰で思い出したわ。 やっぱり何だかんだで俺もあの二人が好きだったんだなァ。 だから別れが言えなかったのが悔しいって、そんだけだった。 ハハッ』

「そうか。 でも、それでいいんじゃないか? 二人もお前の事を想って色々やってたらしいしな。 なら、俺はあの二人にお前の想いを伝えるだけさ。 内容なんて関係無い」

『そうかァ、ならちょっと伝言頼むわ』

 そうして生まれた後悔の塊が灯の中からポコリと剥がれて。
 小さな灯として勇へとふわりふわりと渡っていく。

 言葉ではなく、姿や仕草ででもなく。
 心の一部を直接手渡す事で、想いを託す。
 これがこの空間における最も効率的な想いの伝達方法だから。

『……つう訳でやっと俺も星に還れそうだ。 じゃあな勇、後は任せたわ。 あの二人も守ってやってくれよな?』

「お前はまたそういう事を俺に押し付けて……わかった、後は任せろ」

 でも、そう勇が言いきった時には既に統也は消えていた。
 想いを託した時からもう、消え始めていたから。

 けれど勇の声は届いてる事だろう。
 星を通して、溶けていく心にきっと。
 天力はそれさえも成せる奇跡の力なのだから。

 去り行く親友にサヨナラを捧げて。





 勇が統也と話を交わしたのは、体感時間でおおよそ〇.〇〇五秒。
 刹那と呼ばれる時間の中である。

 詰まる所、統也の両親が頭を下げた直後だという事で。

「―――二人とも、頭を上げてください」

 その二人に間も無く勇の一言が囁かれる。
 穏やかで、慈しみに溢れた一声がゆるりと。

 その声に誘われて統也の両親が顔を上げると―――

 視線の先には、微笑みを向けた勇の素顔が。
 
「俺は全く気にしてませんよ。 むしろ来てくれてありがとうって感謝したいくらいです。 お陰で気付けなかった心に気付けたから」

「気付けなかった……心?」

 勇は本当に嬉しかったのだ。
 この二人が来てくれなければ、きっと統也の魂には気付けなかったから。

 天士は万能に見えるが、実はそんな事もない。
 星に還れなかった魂の存在もキッカケが無ければ気付けないし、見えもしない。
 全てが見えている様で、意外と見えていないものだ。

 でもこの二人が来てくれた事で、親友の存在に気付けて。
 話まで交わして、お別れも出来た。
 それが嬉しくて堪らなかったのだろう。

 それにもう勇が人を怨む事は無い。
 それこそが天士の本質であり、勇の持つ心の在り方だから。



「ええ。 そんな二人に統也から伝言です。 〝俺の事を想い続けてくれてありがとう〟って」



 空色の心を前に、人は疑いを向ける事など出来ない。
 空の如き広大さが疑念さえも吸い込み、彼方に溶けて消してしまうからこそ。

「勇君、君は……そうか、そんな事も見えるんだな、天士という者は」

 故に今、統也の両親は勇の言葉を信じる。
 真に統也の言葉として受け入れる。

 そう信じたくなる程に、今の言葉が心へと響いたのだから。

「なら私達も贈るよ。 統也の声を届けてくれてありがとう。 そして世界を、どうかよろしくお願い致します」

 そして今は二人の人間として願う。
 その広大な空色の心に願う。

 統也が居たこの世界を終わらせない事を。
 息子の生きた証を残し続ける事を。

 またしても頭を下げて。
 背負っていた重しを降ろし、決意のままに鋭く力強く。

「任せてください。 俺は負けませんから」

 だからこそ勇は応えよう。
 その想いを叶えると誓って。

 統也の願う、二人が居る世界を―――必ず守るのだと。





 こうして統也の両親は場から去っていった。
 勇にまた一つ願いを託して。

 確かに二人のしてきた事は間違っていたのだろう。
 許される事とは到底言い難い。

 しかしそれでも、彼等は知った。
 その末に過ちを正す勇気を持った。

 それだけで充分なのだ。
 人とはそれだけで正しい一歩を踏み出せる生き物だから。
 ただそれだけで、この世界が希望に満ちていくのだから。



 それだけで勇はまた強くなれる。

 茶奈を救い、世界をも救う為の力を―――また一つ。


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