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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」
~〝ありがとう〟~
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あれから同様の攻防が続いた。
人知のみならず理をも凌駕した戦いが。
勇が追い詰め、輝光剣を奮い。
デュゼローが躱し、魔剣を焼かれ。
床や壁や天井を斬り裂きながら駆け巡る中で。
もはや展望台は原型を留めていない。
今にも壁や天井が崩れ、地上へと落下しそうな程に。
その様な状況は階下から見ても明らかで。
既に報道陣や野次馬達は都庁から離れ、状況を静観している。
配信された動画を前に、固唾を飲んで見守りながら。
でも、それでも二人の戦いはまだ終わらない。
どちらもまだ、心も体も折れていないからこそ。
カララァーーーンッ……
これで何度目だろうか。
刃を失った魔剣が床を打ち転がっていく。
デュゼローが握るのはもう既に一本の魔剣のみ。
加えて、片手を懐を探ろうとも出て来る物は無い。
「クッ、もう無いか」
数を数える余裕さえ無かったのだろう。
今更気付いた事実に、その顔が苦悶で歪む。
合計で一一本。
勇が斬り裂いた魔剣の数だ。
ここまでで四分。
勇が輝光剣を顕現してからの時間だ。
たったそれだけの攻防の中で、その全てが溶断し尽くされた。
でも勇の力は衰えるどころか力を増している。
剣柄からは今なお光が溢れ、床と大気を削り続けていて。
その圧倒的な力を前にして、デュゼローの顔に焦燥感が滲む。
―――状況は圧倒的に不利、ここは一旦引くか?―――
その中で脳裏を巡ったのは、自問自答。
追い詰められた心が不屈を揺るがしたが故に。
じりじりと詰め寄って来る勇を前に、焦りさえ抑えられなくなったのだろう。
―――いや、時間を与えれば状況は悪化するだけだな―――
ただその退案も更なる思考が覆す。
撤退の先に見えた更なる不安を拭えなくて。
勇の謎の力の秘密がわからない以上は。
―――もし奴が今の力をモノにしてしまえば、勝機は無い―――
勇の力は本人もが与り知らない事だ。
でももしここで見逃し、その力を理解する時間を与えてしまったならば。
その結果、今以上の力を手に入れてしまったならば。
また戦った時に勝てる可能性は、皆無。
―――ならば全てを賭すしかあるまい。 計画をやり直してでも―――
それにデュゼローも勇の速度に目が馴れつつある。
完全回避は出来なくとも、反撃の糸口が見えるくらいには。
だからこそ光明を手放すつもりは無い。
例え費やした三〇〇年が無駄に消える事になろうとも。
その決意がまたしてもデュゼローを奮い立たせる。
目の前の脅威を全力で振り払う為に。
勇の心は今、この上無く穏やかだった。
まるで同じ形の雲をいつまでも残し続ける青空の様に。
その心に先程の夜の如き暗闇はもうどこにも残されてはいない。
全てはあの時始まったのだ。
命力を全て失った時に。
亜月を失った悲しみも。
世界を混乱に陥れた事への怒りも。
信念を砕かれて生まれた失意も。
あの時何もかもが心の中で混ざり、溶け合って。
虹の一雫となって、心の闇空に落ちて消えた。
でも雫はただ消えた訳じゃなくて。
たちまち暗闇に波紋を誘い、反射し、うねりと成って光を呼び込んだ。
そしてその光はとても眩しく、暖かったのだ。
それは、青の空を願う心を取り戻す程に。
覆っていた暗闇を溶かし尽くす程に。
心の奥底に潜んでいた奇跡の光を汲み取れる程に照らしてくれた。
―――あずは本当は戦いを好む様な子じゃなかったんだ―――
そんな心の青空に勇の声が響いていく。
青空を揺らす波紋をとなって。
―――それなのに、俺を助ける為に来てくれた―――
波紋の影に、かつての記憶がちらりと映る。
亜月と紡いだ思い出が。
仲間と共に歩んできた姿と共に。
―――ありがとうな、あず―――
その時映り込んだ亜月の笑顔はどれも眩しくて。
もしかしたら、暗闇を照らしたのはその眩きだったのかもしれない。
そう思えてならなかったから。
だから今、自身を導いてくれた亜月に感謝の言葉を贈る。
光をもたらしてくれてありがとう、と。
―――だから後少し待っててくれ。 すぐに終わらせるから―――
その光を以って、勇は行く。
湧き上がる自信をも胸に秘めて。
助けに来てくれた亜月へ報いる為にも。
安寧の未来への可能性を諦めない為にも。
荒れ果て、暗闇に堕ちた展望台に三つの輝きが灯る。
闇夜を照らす月明かりと、デュゼローの迸る命力光と。
そして、そのどちらをも押し退けて煌めき輝く、勇の輝光剣である。
そんな二人を高空の強風が煽り、髪を、服を、外套を靡かせて。
沈黙が誘ったはずの静寂をも拭い去っていく。
まるで、二人の決着を今かと急くかの様に。
でもそう煽る必要も無いのかもしれない。
もうどちらも、次の一撃に賭けているからこそ。
故にどちらも静かに心を昂らせ、来たるべきその時に備えているのだろう。
もう、どちらも覚悟を決めたから。
互いの目指す未来へと進む為に。
この戦いに己の全てを注ぐのだと。
「まさかこの様な事に成るとは思ってもみなかった。 全ては順調だった」
そんな中、風切り音に誘われたのかデュゼローがポツリと零す。
恨み節にも足る思いの丈を。
「お前を死に追いやり、共存の道が誤りであると証明し、戦いの世界を安定させる事で、この計画は不動となるはずだったのだ……!」
それも当然か。
この日の為にずっと心血を注ぎ続けて来たのだから。
その積年の努力を無為にさせられれば恨みもしよう。
それもただ憎むのではなく。
怨恨から生まれた怒りさえも力と換える為に。
「だがまだ間に合うだろう。 今ここでお前が死にさえすればまだ矯正は出来る―――いいや、成さねばならん!! だからお前はここで倒れねばならない……絶対にッ!!」
その怒りが、憎しみがデュゼローの魔剣を輝かせる。
たった一本となった今でも、前以上に強く眩く。
でも勇がそんなデュゼローの言動に反応を見せる事は無い。
静かに意識を集中し、五感を鋭くさせていたからだ。
もう戯言に付き合うつもりは無いのだから。
今はただ、剣を交える瞬間を待つのだと。
そして、その時は突如として訪れた。
二人が再び床を蹴り、同時に飛び出したのだ。
恐れる事も、怯む事も焦る事も無く。
ただその手に握る剣の一閃を叩き込む事だけを一心に。
「倒れろォ!! フジサキユウゥゥゥーーーッ!!」
「やらせるものかデュゼロォォォーーーッ!!」
その叫びが木霊した時。
間も無く二人が肉迫し、互いの刃が交差する。
キュゥィィィンッ!!
打ち合ったのではない。
これは初手の牽制だ。
刃を擦れ違い流しただけの。
間も無く共に足で床を踏み抜き、その力を急転の突撃力へと換える。
その中で先に振り切られたのは―――勇の返し刃による斬光一閃。
斜に刻まれた一閃である。
ただ、それはデュゼローの予想通りだった。
空かさず身体を捻らせ、紙一重で躱していて。
それも捻った勢いのまま、その身に弾丸の如き回転力さえ与えよう。
そうして体現せしは渦斬り。
勇の隙だらけの脇腹へと抉り込む様に刃が襲う。
しかし勇はその斬撃を驚くべき手段で躱していた。
なんとデュゼローの拳を蹴り上げていたのだ。
あろうことか魔剣の掴んでいた拳を。
それも剣が届くよりも速く、跳ね上げる程に強く。
「くおおッ!?」
たちまちデュゼローの体が不自然に跳ね上がる。
突撃力さえも無為にする程の蹴り上げだったが故に。
そしてこの機会を逃す勇ではない。
その瞬間、二人の間に真円の残光が刻まれる。
勇が蹴り上げた勢いのまま回転斬撃を放っていたのだ。
キュォォォーーーーーーンッ!!!
万物を焼き切る一撃が今再び。
床を抉り、溶断する程の一撃が振り上げられたのである。
でもデュゼローはその斬撃さえも躱しきる。
魔剣で床を突き、急転回避行ったが故に。
外套を、片腕の肌を焼かせながらであるが。
それでも魔剣は無事なままだ。
最後の武器を易々と失わせる程、この男は甘くないからこそ。
ズザザッ!!
再びデュゼローが床へと足を付く。
石床を削り飛ばして。
石面から反射し瞬く輝きを眼に納めながら。
この時、デュゼローは垣間見る事となるだろう。
そのまま見上げた先に映る光景を。
太陽の如き輝きを放ち、極限までに体を捻り振り絞る勇の姿を。
今までの攻防はただの前準備に過ぎない。
全てはこの一閃へと繋ぐ為の。
そうして放つ光全てが力。
何者をも断つ剣となろう。
その力を以って今、究極の一閃を解き放つ。
だが―――
なんとデュゼローはその一閃を前に、臆する事無く踏み出ていた。
デュゼローはもう既に見切っていたのだ。
この輝光剣がもたらす威力を、速さを。
その斬撃の有効範囲までをも何もかもを。
故に、例え極限の一撃であろうとも躱せよう。
振り切られたのは横薙ぎの一閃。
しかしその一閃も、デュゼローに届く事無く空を切る。
寸前で躱したのだ。
斬撃圏内へと踏み込んだにも拘らず。
上半身だけを仰け反らした事によって。
まさに紙一重だ。
外套の襟さえ消し、首の皮一枚を焼き取らせただけに留めて。
それでもなお、前進の勢いは止まらない。
全ては狙い通りだったからこそ。
それを成したこの時こそ、デュゼローにとって最大の好機となろう。
勇の閃光一閃は威力こそ高いが、打ち放った後の隙が限り無く大きい。
全身のバネを利用した大振りの一撃であるからこそ。
よってもしその攻撃を躱しつつ突撃出来れば、勝機は充分。
そして時宜を得た。
狙いは完璧である。
ならばもう後は勝利を手にするのみ。
その想いが魔剣の切っ先を勇へと伸ばさせる。
全身全霊の刺突。
これこそがデュゼローの狙う集大成だ。
何よりも速く。
何よりも鋭く。
何よりも瞬いて。
雷光を纏った一撃は全てを穿つ。
渾身の余りに背を向ける今の勇ならば、もはや躱す事さえ叶わないだろう。
〝勝ったあッ!!〟
今この時、デュゼローが心中でそう叫ぶ。
勝利を確信した雄叫びが―――
―――いつからだろう?
いつから、思考を止めていたのだろうか。
いつから〝何故?〟と思う事を止めたのだろうか。
〝勇の力の根源は何か〟という疑問を捨てたのは。
今見せるモノが全てだと、いつから思い込んでいたのだろうか。
「な に―――ッ!?」
そう気付かされた時はもう、何もかもが手遅れだった。
それだけの刹那の中だったから。
何もかもが覆せぬ事だったから。
そう、悟ってしまったから。
勇の左手に輝き瞬く激光を前にして。
それは右手に掴む剣とは違う、全く新しい光の剣。
剣柄を必要とせず、勇自身から放たれた―――二本目の輝光剣。
そしてその希望の剣が今、振り切られる。
ギュィィィィィーーーーーーンッッ!!!
刹那、超速の一閃再び顕現す。
その力、万物をも焼き尽くそう。
突き出された魔剣を。
剣を奮う右腕を。
その果てに、デュゼローの身体をも。
今、全てを斬り裂いて、一刀の下に―――両断する。
バンッッッ!!!!!
凄まじい威力だった。
あの強靭なデュゼローの身体を一瞬にして上下に分ける程に。
その身二つを宙へと跳ね上げる程に。
バチャッチャッ……
たちまち鮮血を撒き散らしながら床へと転がり落ちて。
その場に、臓器を撒き散らした無様な姿を晒す事となる。
こうなればもう、デュゼローとて命を繋ぐ事は叶わないのだろう。
「も、ウ……終わ、ガブッ……貴様が、せか、イを……」
その眼は掠れて虚ろで、意識ももはや乏しく。
唇も震え、溢れる鮮血さえ抑える事も出来ない。
それでも、青ざめた顔には無念を滲ませて。
うめきと共に、感情が声となって溢れ出す。
「終わ……せ、た―――」
それを辞世の句として。
大義を成し得なかった事への無念は、最後まで男を奮わせた。
その大義こそが信念であり、人生であり、悲願だったからこそ。
しかしその想いが与える力もここまでだったのだろう。
間も無く瞳孔が開き、筋肉を弛緩していく。
持ち上がっていた指も倒れ、肩が沈んでいく。
もうその心に光は灯されていない。
こうして今、デュゼローは息絶えた。
救世主になろうとした男は、その一歩を踏み出す事も無いままこの世を去ったのである。
風切音が虚しく場に響く中、勇がデュゼローの亡骸に哀しみの視線をただ向ける。
勝利に浮かれるどころか、むしろ後悔さえも滲ませて。
ここに至るまで、全てが長く苦しい戦いだった。
力及ばぬ相手に苦戦を強いられ、殺され掛けて。
その末に亜月の命まで失われてしまったから。
故に喜べる訳も無かったのだ。
この戦いで得られた事など何も無かったから。
失われた事の方がずっと多かったから。
そう、勇は何も得られていない。
デュゼローが秘めていた世界救済の手段も。
【フララジカ】の原因も、根源も。
剣聖達の求める答えの真偽も何もかも。
残ったのは、亜月の死と混沌の世界という現実のみで。
本当に勝って良かったのか、という愚かな疑問さえ過る。
だから哀しまずには居られなかったのだろう。
自分の勝利に意味さえ感じなかったのだから。
そんな無念を胸に、踵を返す。
端に倒れた亜月の亡骸へと向けて。
「あず、一緒に帰ろう。 皆の所に」
もう亜月の体に纏った血は固まり、冷え切って。
僅かに開かれた瞼からは力の失った瞳が覗く。
激戦に晒された所為か、無数の埃さえ被ったまま。
そんな埃を払い、亡骸を大事に抱きかかえて勇は行く。
ただ静かに、仲間達が待つであろう階下へと向けて。
全てが終わった事を伝える為に。
そうして非常階段へと去っていく勇を、千野とモッチはただ静かに見つめていた。
ただ茫然としたままに。
動かなかった事が功を奏したのだろう、二人とも無事だった様だ。
カメラもなお、そんな勇の背を撮り続けていて。
でもその事さえつい忘れ、思わぬ呟きがポロリと漏れる。
「ち、千野さん、彼にインタビューしなくていいんすか?」
しかし千野はそれでも動く事は無かった。
それは決して恐れたからでも、腰が抜けたからでも無い。
「出来る訳ないじゃない……こんなの、見せられたらさ……」
彼女もまた人間だから。
他者の心を見る事が出来る人間だから。
勇の悲哀を読み取ったからだろう。
亜月を抱えた姿に、これ以上無い悲壮感を感じてしまったから。
幾ら千野でも無神経な声を掛ける気にはなれなかったのだ。
この二人のやりとりを最後に、動画は終わりを告げた。
そしてこの動画は以後、長年に渡って多くの人々の眼に留まる事となるだろう。
世界を救済しようとした男の、凄惨な末路を遺した映像資料として。
人知のみならず理をも凌駕した戦いが。
勇が追い詰め、輝光剣を奮い。
デュゼローが躱し、魔剣を焼かれ。
床や壁や天井を斬り裂きながら駆け巡る中で。
もはや展望台は原型を留めていない。
今にも壁や天井が崩れ、地上へと落下しそうな程に。
その様な状況は階下から見ても明らかで。
既に報道陣や野次馬達は都庁から離れ、状況を静観している。
配信された動画を前に、固唾を飲んで見守りながら。
でも、それでも二人の戦いはまだ終わらない。
どちらもまだ、心も体も折れていないからこそ。
カララァーーーンッ……
これで何度目だろうか。
刃を失った魔剣が床を打ち転がっていく。
デュゼローが握るのはもう既に一本の魔剣のみ。
加えて、片手を懐を探ろうとも出て来る物は無い。
「クッ、もう無いか」
数を数える余裕さえ無かったのだろう。
今更気付いた事実に、その顔が苦悶で歪む。
合計で一一本。
勇が斬り裂いた魔剣の数だ。
ここまでで四分。
勇が輝光剣を顕現してからの時間だ。
たったそれだけの攻防の中で、その全てが溶断し尽くされた。
でも勇の力は衰えるどころか力を増している。
剣柄からは今なお光が溢れ、床と大気を削り続けていて。
その圧倒的な力を前にして、デュゼローの顔に焦燥感が滲む。
―――状況は圧倒的に不利、ここは一旦引くか?―――
その中で脳裏を巡ったのは、自問自答。
追い詰められた心が不屈を揺るがしたが故に。
じりじりと詰め寄って来る勇を前に、焦りさえ抑えられなくなったのだろう。
―――いや、時間を与えれば状況は悪化するだけだな―――
ただその退案も更なる思考が覆す。
撤退の先に見えた更なる不安を拭えなくて。
勇の謎の力の秘密がわからない以上は。
―――もし奴が今の力をモノにしてしまえば、勝機は無い―――
勇の力は本人もが与り知らない事だ。
でももしここで見逃し、その力を理解する時間を与えてしまったならば。
その結果、今以上の力を手に入れてしまったならば。
また戦った時に勝てる可能性は、皆無。
―――ならば全てを賭すしかあるまい。 計画をやり直してでも―――
それにデュゼローも勇の速度に目が馴れつつある。
完全回避は出来なくとも、反撃の糸口が見えるくらいには。
だからこそ光明を手放すつもりは無い。
例え費やした三〇〇年が無駄に消える事になろうとも。
その決意がまたしてもデュゼローを奮い立たせる。
目の前の脅威を全力で振り払う為に。
勇の心は今、この上無く穏やかだった。
まるで同じ形の雲をいつまでも残し続ける青空の様に。
その心に先程の夜の如き暗闇はもうどこにも残されてはいない。
全てはあの時始まったのだ。
命力を全て失った時に。
亜月を失った悲しみも。
世界を混乱に陥れた事への怒りも。
信念を砕かれて生まれた失意も。
あの時何もかもが心の中で混ざり、溶け合って。
虹の一雫となって、心の闇空に落ちて消えた。
でも雫はただ消えた訳じゃなくて。
たちまち暗闇に波紋を誘い、反射し、うねりと成って光を呼び込んだ。
そしてその光はとても眩しく、暖かったのだ。
それは、青の空を願う心を取り戻す程に。
覆っていた暗闇を溶かし尽くす程に。
心の奥底に潜んでいた奇跡の光を汲み取れる程に照らしてくれた。
―――あずは本当は戦いを好む様な子じゃなかったんだ―――
そんな心の青空に勇の声が響いていく。
青空を揺らす波紋をとなって。
―――それなのに、俺を助ける為に来てくれた―――
波紋の影に、かつての記憶がちらりと映る。
亜月と紡いだ思い出が。
仲間と共に歩んできた姿と共に。
―――ありがとうな、あず―――
その時映り込んだ亜月の笑顔はどれも眩しくて。
もしかしたら、暗闇を照らしたのはその眩きだったのかもしれない。
そう思えてならなかったから。
だから今、自身を導いてくれた亜月に感謝の言葉を贈る。
光をもたらしてくれてありがとう、と。
―――だから後少し待っててくれ。 すぐに終わらせるから―――
その光を以って、勇は行く。
湧き上がる自信をも胸に秘めて。
助けに来てくれた亜月へ報いる為にも。
安寧の未来への可能性を諦めない為にも。
荒れ果て、暗闇に堕ちた展望台に三つの輝きが灯る。
闇夜を照らす月明かりと、デュゼローの迸る命力光と。
そして、そのどちらをも押し退けて煌めき輝く、勇の輝光剣である。
そんな二人を高空の強風が煽り、髪を、服を、外套を靡かせて。
沈黙が誘ったはずの静寂をも拭い去っていく。
まるで、二人の決着を今かと急くかの様に。
でもそう煽る必要も無いのかもしれない。
もうどちらも、次の一撃に賭けているからこそ。
故にどちらも静かに心を昂らせ、来たるべきその時に備えているのだろう。
もう、どちらも覚悟を決めたから。
互いの目指す未来へと進む為に。
この戦いに己の全てを注ぐのだと。
「まさかこの様な事に成るとは思ってもみなかった。 全ては順調だった」
そんな中、風切り音に誘われたのかデュゼローがポツリと零す。
恨み節にも足る思いの丈を。
「お前を死に追いやり、共存の道が誤りであると証明し、戦いの世界を安定させる事で、この計画は不動となるはずだったのだ……!」
それも当然か。
この日の為にずっと心血を注ぎ続けて来たのだから。
その積年の努力を無為にさせられれば恨みもしよう。
それもただ憎むのではなく。
怨恨から生まれた怒りさえも力と換える為に。
「だがまだ間に合うだろう。 今ここでお前が死にさえすればまだ矯正は出来る―――いいや、成さねばならん!! だからお前はここで倒れねばならない……絶対にッ!!」
その怒りが、憎しみがデュゼローの魔剣を輝かせる。
たった一本となった今でも、前以上に強く眩く。
でも勇がそんなデュゼローの言動に反応を見せる事は無い。
静かに意識を集中し、五感を鋭くさせていたからだ。
もう戯言に付き合うつもりは無いのだから。
今はただ、剣を交える瞬間を待つのだと。
そして、その時は突如として訪れた。
二人が再び床を蹴り、同時に飛び出したのだ。
恐れる事も、怯む事も焦る事も無く。
ただその手に握る剣の一閃を叩き込む事だけを一心に。
「倒れろォ!! フジサキユウゥゥゥーーーッ!!」
「やらせるものかデュゼロォォォーーーッ!!」
その叫びが木霊した時。
間も無く二人が肉迫し、互いの刃が交差する。
キュゥィィィンッ!!
打ち合ったのではない。
これは初手の牽制だ。
刃を擦れ違い流しただけの。
間も無く共に足で床を踏み抜き、その力を急転の突撃力へと換える。
その中で先に振り切られたのは―――勇の返し刃による斬光一閃。
斜に刻まれた一閃である。
ただ、それはデュゼローの予想通りだった。
空かさず身体を捻らせ、紙一重で躱していて。
それも捻った勢いのまま、その身に弾丸の如き回転力さえ与えよう。
そうして体現せしは渦斬り。
勇の隙だらけの脇腹へと抉り込む様に刃が襲う。
しかし勇はその斬撃を驚くべき手段で躱していた。
なんとデュゼローの拳を蹴り上げていたのだ。
あろうことか魔剣の掴んでいた拳を。
それも剣が届くよりも速く、跳ね上げる程に強く。
「くおおッ!?」
たちまちデュゼローの体が不自然に跳ね上がる。
突撃力さえも無為にする程の蹴り上げだったが故に。
そしてこの機会を逃す勇ではない。
その瞬間、二人の間に真円の残光が刻まれる。
勇が蹴り上げた勢いのまま回転斬撃を放っていたのだ。
キュォォォーーーーーーンッ!!!
万物を焼き切る一撃が今再び。
床を抉り、溶断する程の一撃が振り上げられたのである。
でもデュゼローはその斬撃さえも躱しきる。
魔剣で床を突き、急転回避行ったが故に。
外套を、片腕の肌を焼かせながらであるが。
それでも魔剣は無事なままだ。
最後の武器を易々と失わせる程、この男は甘くないからこそ。
ズザザッ!!
再びデュゼローが床へと足を付く。
石床を削り飛ばして。
石面から反射し瞬く輝きを眼に納めながら。
この時、デュゼローは垣間見る事となるだろう。
そのまま見上げた先に映る光景を。
太陽の如き輝きを放ち、極限までに体を捻り振り絞る勇の姿を。
今までの攻防はただの前準備に過ぎない。
全てはこの一閃へと繋ぐ為の。
そうして放つ光全てが力。
何者をも断つ剣となろう。
その力を以って今、究極の一閃を解き放つ。
だが―――
なんとデュゼローはその一閃を前に、臆する事無く踏み出ていた。
デュゼローはもう既に見切っていたのだ。
この輝光剣がもたらす威力を、速さを。
その斬撃の有効範囲までをも何もかもを。
故に、例え極限の一撃であろうとも躱せよう。
振り切られたのは横薙ぎの一閃。
しかしその一閃も、デュゼローに届く事無く空を切る。
寸前で躱したのだ。
斬撃圏内へと踏み込んだにも拘らず。
上半身だけを仰け反らした事によって。
まさに紙一重だ。
外套の襟さえ消し、首の皮一枚を焼き取らせただけに留めて。
それでもなお、前進の勢いは止まらない。
全ては狙い通りだったからこそ。
それを成したこの時こそ、デュゼローにとって最大の好機となろう。
勇の閃光一閃は威力こそ高いが、打ち放った後の隙が限り無く大きい。
全身のバネを利用した大振りの一撃であるからこそ。
よってもしその攻撃を躱しつつ突撃出来れば、勝機は充分。
そして時宜を得た。
狙いは完璧である。
ならばもう後は勝利を手にするのみ。
その想いが魔剣の切っ先を勇へと伸ばさせる。
全身全霊の刺突。
これこそがデュゼローの狙う集大成だ。
何よりも速く。
何よりも鋭く。
何よりも瞬いて。
雷光を纏った一撃は全てを穿つ。
渾身の余りに背を向ける今の勇ならば、もはや躱す事さえ叶わないだろう。
〝勝ったあッ!!〟
今この時、デュゼローが心中でそう叫ぶ。
勝利を確信した雄叫びが―――
―――いつからだろう?
いつから、思考を止めていたのだろうか。
いつから〝何故?〟と思う事を止めたのだろうか。
〝勇の力の根源は何か〟という疑問を捨てたのは。
今見せるモノが全てだと、いつから思い込んでいたのだろうか。
「な に―――ッ!?」
そう気付かされた時はもう、何もかもが手遅れだった。
それだけの刹那の中だったから。
何もかもが覆せぬ事だったから。
そう、悟ってしまったから。
勇の左手に輝き瞬く激光を前にして。
それは右手に掴む剣とは違う、全く新しい光の剣。
剣柄を必要とせず、勇自身から放たれた―――二本目の輝光剣。
そしてその希望の剣が今、振り切られる。
ギュィィィィィーーーーーーンッッ!!!
刹那、超速の一閃再び顕現す。
その力、万物をも焼き尽くそう。
突き出された魔剣を。
剣を奮う右腕を。
その果てに、デュゼローの身体をも。
今、全てを斬り裂いて、一刀の下に―――両断する。
バンッッッ!!!!!
凄まじい威力だった。
あの強靭なデュゼローの身体を一瞬にして上下に分ける程に。
その身二つを宙へと跳ね上げる程に。
バチャッチャッ……
たちまち鮮血を撒き散らしながら床へと転がり落ちて。
その場に、臓器を撒き散らした無様な姿を晒す事となる。
こうなればもう、デュゼローとて命を繋ぐ事は叶わないのだろう。
「も、ウ……終わ、ガブッ……貴様が、せか、イを……」
その眼は掠れて虚ろで、意識ももはや乏しく。
唇も震え、溢れる鮮血さえ抑える事も出来ない。
それでも、青ざめた顔には無念を滲ませて。
うめきと共に、感情が声となって溢れ出す。
「終わ……せ、た―――」
それを辞世の句として。
大義を成し得なかった事への無念は、最後まで男を奮わせた。
その大義こそが信念であり、人生であり、悲願だったからこそ。
しかしその想いが与える力もここまでだったのだろう。
間も無く瞳孔が開き、筋肉を弛緩していく。
持ち上がっていた指も倒れ、肩が沈んでいく。
もうその心に光は灯されていない。
こうして今、デュゼローは息絶えた。
救世主になろうとした男は、その一歩を踏み出す事も無いままこの世を去ったのである。
風切音が虚しく場に響く中、勇がデュゼローの亡骸に哀しみの視線をただ向ける。
勝利に浮かれるどころか、むしろ後悔さえも滲ませて。
ここに至るまで、全てが長く苦しい戦いだった。
力及ばぬ相手に苦戦を強いられ、殺され掛けて。
その末に亜月の命まで失われてしまったから。
故に喜べる訳も無かったのだ。
この戦いで得られた事など何も無かったから。
失われた事の方がずっと多かったから。
そう、勇は何も得られていない。
デュゼローが秘めていた世界救済の手段も。
【フララジカ】の原因も、根源も。
剣聖達の求める答えの真偽も何もかも。
残ったのは、亜月の死と混沌の世界という現実のみで。
本当に勝って良かったのか、という愚かな疑問さえ過る。
だから哀しまずには居られなかったのだろう。
自分の勝利に意味さえ感じなかったのだから。
そんな無念を胸に、踵を返す。
端に倒れた亜月の亡骸へと向けて。
「あず、一緒に帰ろう。 皆の所に」
もう亜月の体に纏った血は固まり、冷え切って。
僅かに開かれた瞼からは力の失った瞳が覗く。
激戦に晒された所為か、無数の埃さえ被ったまま。
そんな埃を払い、亡骸を大事に抱きかかえて勇は行く。
ただ静かに、仲間達が待つであろう階下へと向けて。
全てが終わった事を伝える為に。
そうして非常階段へと去っていく勇を、千野とモッチはただ静かに見つめていた。
ただ茫然としたままに。
動かなかった事が功を奏したのだろう、二人とも無事だった様だ。
カメラもなお、そんな勇の背を撮り続けていて。
でもその事さえつい忘れ、思わぬ呟きがポロリと漏れる。
「ち、千野さん、彼にインタビューしなくていいんすか?」
しかし千野はそれでも動く事は無かった。
それは決して恐れたからでも、腰が抜けたからでも無い。
「出来る訳ないじゃない……こんなの、見せられたらさ……」
彼女もまた人間だから。
他者の心を見る事が出来る人間だから。
勇の悲哀を読み取ったからだろう。
亜月を抱えた姿に、これ以上無い悲壮感を感じてしまったから。
幾ら千野でも無神経な声を掛ける気にはなれなかったのだ。
この二人のやりとりを最後に、動画は終わりを告げた。
そしてこの動画は以後、長年に渡って多くの人々の眼に留まる事となるだろう。
世界を救済しようとした男の、凄惨な末路を遺した映像資料として。
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