上 下
1,106 / 1,197
第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~海に堕、想に砲杖裂光す~

しおりを挟む
 茶奈は用途に応じて魔剣を使い分けている。
 例えば【ユーグリッツァー】は主に対多人数戦で―――つまり白兵型。
 【イルリスエーヴェ】は長距離移動後の戦闘用に―――つまり強襲型。
 基本的にはこの二本で全てをまかない、不足点も強引に乗り切って来た。
 前線で戦う事が久しく、それだけで何もかもが圧倒出来たから。

 しかし茶奈が本来得意とするのは、何と言っても支援砲撃だろう。

 彼女は魔剣を手に入れた時から、ずっとそのスタイルを貫き続けて来て。
 勇の背中を守り、時に遠方を薙ぎ払い、敵をことごとく吹き飛ばしてきたのだから。

 では覚えているだろうか。
 かつて茶奈が有していた魔剣の中に、『砲撃型』と呼ばれる物が存在していた事を。

 それは長い戦いの歴史の中で殆ど使われる事無く。
 余りの強さ故に封印され、その歴史に埋もれてフェードアウトしていった。
 一度使えば、たったそれだけで多くが消し飛ぶから。
 だからもう使う必要は無いだろうと心に決めて。



「行きましょう、【クゥファーライデ】……!! 貴方ならこの蛇岩も破壊出来るハズ!!」



 その封印が今、遂に破られる。

 それが茶奈の誇る最強最高の魔剣【クゥファーライデ・イクザリオ】。

 カプロが初めて造り上げた有機構式砲撃魔剣であり、その完全完成型。
 それでいて、一度も使われる事無く仕舞われていた至高の一品である。

 手放そうにも手放せなかったのだ。
 茶奈初の自分専用魔剣【クゥファーライデ】、その後継器たるこの魔剣には思い入れがあるから。
 アイデンティティとして、自信の源としても。
 砲撃魔剣こそが彼女の原点であり、唯一他者に誇れる力だから。

 その性能は砲撃能力だけならば、ざっと【ユーグリッツァー】の六倍。
 【命力ソウル超増幅機構フルチャージャー】を使ってもなお届かないという驚異の出力を誇る。
 
 だからほんの少し力を籠めて撃つだけで山が吹き飛ぶだろう。
 だからほんの少し刃を解き放つだけで街が真っ二つになるだろう。
 これが封印される事となった由縁。

 けれどいつかこんな日がくるかもしれないと、ずっと【エフタリオン】に仕舞い込んできた。
 カプロに頼み込み、仕舞える様な機構へと改造して貰って。

ジャキンッ!!

 それ程の力を誇る魔剣をその手に、茶奈が空を突き抜ける。
 魔剣を長大な杖状へと変形させて。

 ただ、例えそれだけの出力を誇っていても、先程と同じ方法で撃てば結果は変わらない。
 大きな成果は得られるだろうが、蛇岩を止める事は出来ないだろう。

 だから決定的な一手を。
 その為にも、今はとにかく接近しなければ。



 だがそんな時、突如として状況が大きな変化を見せる。

 なんと蛇岩がその体を大きく縦にうねらせて降下を始めたのだ。



「そんなッ!? まだ海溝までは遠いのに!!」
 
 今の海域はマリアナ海溝までそれなりにまだ距離がある。
 故にもう少し余裕があると思っていたのだが、どうやらその考えは甘かったらしい。

 蛇岩にとってはそんな距離など何の関係無いのだろう。
 その圧倒的質量を前にすれば、海溝を囲う海底岩壁さえも崩して進む事が出来るから。

 つまり、勇達の予想は奇しくも正解だという事だ。
 間違いなく、蛇岩の狙いはマリアナ海溝への自沈。
 そしてその結末さえも意図した通りか。

 でもまだ茶奈は蛇岩の表皮には辿り着けていない。
 岩塊との攻防が激し過ぎて、距離を大きく離し過ぎていた所為で。

 このままでは、蛇岩が海溝深くへ沈む所を眺めるだけだ。

「やらせない……やらせない、絶対にッッ!!!」

 今、何が何でも止めなければ世界が海に沈んでしまう。
 勇と約束した事がふいになってしまう。

―――必ずアレを壊して帰ってきますからね―――

 あの一言はなんて事の無い口約束に過ぎない。
 けれど茶奈には何よりも大事な約束だから。

 その約束を果たす為ならば。
 世界を救う役に立つ目ならば。
 この状況を打破する為なら、もうなりふり構ってはいられない。
 何があろうともこの巨体を完全消滅させなくては。



 その覚悟が、茶奈を海中へと飛び込まさせる。



 もちろん、海中であろうとも岩塊が追ってくるだろう。
 だから五つの星を迎撃に回し、残り十五の星達で突貫の手助けを行う。
 海水を掻き分け、少しでも抵抗を減らす為に。

 基本的には海中も空と同じ。
 でも水という抵抗は物体にまとわりつく。
 その特性が故に、限り無く速度を減衰させていくのだ。
 それも、深度が深ければ深い程際限なく。

 だから茶奈はその水圧という抵抗を防ぎつつ速度を維持、または越えなければならない。
 さもなければ、蛇岩に到達するなどほぼほぼ不可能だ。

 故に、星達が力を撃ち放って水圧を押し退ける必要がある。
 それだけで茶奈の速度は空と何ら変わらない速度を維持出来るのだから。

 加えて【エフタリオン】の力を最大限に発揮し、強力な推力を生み。
 超硬度の円錐状空気圧フィールドを形成し、海水を掻き出して進む。
 それはさながら海中を貫く螺旋鋲ドリルの如く。

 背後に迫る岩塊は増していく一方。
 対して、正面からも迫る岩塊が容赦無く茶奈の戦力を削っていく。



 星達が一つ、また一つと砕け、潰され、藻屑と消えて。

 それを補う為に残った星達が力を振り絞り、活路を拓き。

 茶奈はそれに目も暮れず、ただ一心に蛇岩へと向けて潜航していく。



 その必死さが。
 そのひたむきさが。

 遂に茶奈を、蛇岩の口先へと到達させる事となる。



 すると突然、【エフタリオン】から伸びた四枚の巨大な翼が捻じれて変形を始めたではないか。
 水圧と、命力塊の強引な形状変更に伴う異音を「メキメキ」と掻き鳴らしながら。

 こうして現れたのは、まるで四本の巨大な爪。
 それをあろう事か、蛇岩の口先へと突き刺して。
 更には突き刺した途端に蛇岩へと命力の根を打ち込む。
 それも多大な命力を誇る、幾重もの深くに至る強靭な根を。

 そう、【剛命功デオム】だ。
 秘技がその翼と蛇岩の口元を限り無く強固に繋いだのだ。

―――うわあああーーーーーーーーーッッッ!!!!!―――

 導いた可能性を掴み取る為に、今茶奈はその力を奮う。
 心の叫びと、己の身体の迸りを全て打ち放って。

 その心に一つ抱く、逆転の道筋を誘う為に。



 そしてその道筋が遂に開かれる。



 なんと、蛇岩の口が開いたのだ。
 茶奈が強引に押し広げたのである。

 蛇岩からしてみれば、ただ唇の先がほんの少し広げられただけだろう。
 でも、人間からして見れば―――

 それは全長一〇メートルにも及ぶ、巨大な窪みの誕生だ。

 それだけの窪みがあれば、力は充分にへ届くことだろう。
 全てを穿つかの一撃ならば確実に。

 そうして見せたのは、残った星全てを駆使した十芒星の【命力ソウル超増幅機構フルチャージャー】。
 しかも【ユーグリッツァー】を十字に重ね合わせる【クロッシング】をも体現させて。

 ここまでして生まれる出力はもはや計算不能。
 




 その力が今、海深くより閃光を差して解き放たれる。





 今この時、海底が激しく輝いた。
 幾里もの先へと、閃光が行き渡る程に強く強く。
 それも、海面から覗く蛇岩をも包む様にして。

 いや、それは少し違う。

 光が―――蛇岩から溢れていたのである。

 節々から、隙間無く、とめどなく。
 それも大陸が如きその巨体の尾が、空へと高く高く持ち上がりながら。
 それどころか膨らみながら、その尾を強引に宇宙へ突き上げる。

 まるで、空気を詰められたの棒風船の如く。

 そう、それはもう破裂寸前だったのだ。

 当然だろう。
 無限にも足る星の光を内包してしまえば、その子たる大陸如きに耐えられる訳が無い。



 そして万を穿つ星の光は邪岩の矛を空へと還す。
 その輝きに抱かれて今、千の児星こせいの瞬きと成ろう。



 再びの【星穿煌】が蛇岩を完全に消し去ったのである。
 巻き込んだ海水や大気をも貫き蒸発させて。

 たちまち、大穴の空いた海が渦を巻いて元の姿へと戻っていく。
 何事も無かったかの様な、いつもの海の形へと。

 星巫女を底に留めたままで……。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...