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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~空を翔ける伝説~

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 ジョゾウとレヴィトーン。
 共に「刀を操る鳥型魔者」という似た者同士だが、その技術の差は歴然だった。

 見る事も無く斬撃を躱し。
 追撃の魔剣をも叩き落とし。
 その流れのままに反撃技カウンターさえも仕掛けるという。

 レヴィトーンの見せた数々の神業に、ジョゾウは焦りを禁じ得ない。

「それで終わりかジョゾウよ? なれば次は俺からこう」

「ぬう……!!」

 しかもその様な芸当の出来る相手が、遂には攻勢へと転じようとしている。
 であればジョゾウがこうして強い警戒心を露わとするのはもはや必然だ。

 もし少しでも油断し、太刀筋を見誤ろうものならば。
 その瞬後には死が待っているだろうから。

チャキンッ……!!

 その時、レヴィトーンの天向く長刃が僅かに傾く。
 切っ先がなおジョゾウへと示されたまま。

「【斬影顛ざんえいてん】、その実力で凌げるものならやってみるがいい……!!」

 その傾きが、紫に染まった刃を白光へと染め上げて。
 ギラリとした刃文がその隙間から覗く。
 輝きそのものを殺意と換えるかの如く。

 そしてその切っ先が狙いを澄ました時、それは起きた。

 レヴィトーンが瞬時にして、真っ直ぐ飛び込んだのである。
 それも切っ先を伸ばしたかの如く、刀をも突き出しながら。

 しかも速い。
 己の足による一歩にも拘らず、瞬時にしてジョゾウの懐前へと到達する程に。

 ならば刺突が先穿つなどは言わずとも知れた事。
 狙いの定めた頭部へと向けて。

ギャリリリッ!!!

 しかしジョゾウはその刺突を辛うじて凌いでいた。
 再び紙一重、魔剣の刃で滑らせる事でやり過ごしていたのである。
 その頭を守る様に魔剣を構えながら。

 たちまち命力の火花が散り、被った羽毛を僅かに焦がす。
 それだけの熱量を帯びる程に、二人の力が激しく打ち合っていたからこそ。



「ううッ!?」



 だがその時、ジョゾウは気付く事となる。
 今の刺突が決してレヴィトーンの本懐ではなかったという事に。

 何故なら、ジョゾウが滑らせていたのが鋭刃ではなく、逆峰だったのだから。

 相手を断つつもりならば、刃を向けるのが当然だろう。
 でも気付けば、その刃は天から地へと向いていた。
 たった今一瞬の間に、刀が天地真逆に持ち替えられていたのだ。
 
 ならば本命はやはり―――斬撃。

 それに気付けたからこそ、ジョゾウが再び地を足で突く。
 先と同様、再び攻撃を跳ねて躱す為に。



 あのレヴィトーンがそんな事などを許すはずがないとも気付かずに。



 だからこそ、こうなるのは必然だった。

 気付いた時、ジョゾウはその身を大きく傾けていて。
 仰向けに倒れ行く中で、藍色の空と共にレヴィトーンを見上げていたのである。

 引こうとしていた足が、動かない。
 意思に反して、引かせられない。

 それもそのはず。
 レヴィトーンの深く伸ばした脚がジョゾウの揚げ足を妨げていたのだから。
 避ける事を予見し、先手を打って踏み出していたのだ。

「ヌ、オオオッ!?」

 しかも、踏み込んだ脚はそのまま腰の入った斬撃をも誘うだろう。
 なれば待つのは、その長い太刀による豪快一閃。

「【虚照回刃きょしょうかいじん】―――フォオッ!!」

 脅威の超高速大回転斬りが再びジョゾウを襲う。

キュウォォォンッッ!!!!

 その規模はもはや先程の反撃技をも超えている。
 床すらくり貫き、抉り、それでもなお勢いが衰えない程に。

 斬撃が象りしは巨大な真円。
 その姿、まさに偽りの太陽が如し。
 
バンッッッ!!!!



 そうして刀が斬り下ろされた時、灰色の羽毛が無数に舞い散る事となる。
 斜陽の影を床面へと無数に浮かばせながら。



 だが、それでもレヴィトーンは刀を降ろす事は無い。
 何故なら、まだ戦いが終わった訳ではないのだから。
 
「……ほう、なかなかの機転だ」

 斜に構えた魔剣をそのままに、鋭い嘴を空へと向ける。
 そして見上げた時、その眼で捉えるだろう。



 空を舞うジョゾウの姿を。



「間一髪に御座ったあ!!」

 そこはさすがの鳥型か。
 間一髪、空へと飛び上がっていたのである。

 今の鍛えられた肉体ならばこう瞬時に跳び上がる事も可能だ。
 例え鍛錬が手抜きがちでも、空を飛ぶ事に関しては妥協しなかったからこそ。
 この先天的長所だけは誰にも負けたくないと思うが故に。

 だから航行速度では茶奈に劣っていても、空戦能力で負けている訳ではない。
 空における空間戦闘能力でジョゾウの右に出る者はまだ居ないのだ。



 ただし、それは同族の居ない魔特隊に限った事だが。



 この時、ジョゾウは失念していた。
 相手が何者なのかという事を。

 その者が何においても自身の上を行く存在であるという事を。

 そう気付いた時には既に遅かった。
 その時にはもう、漆黒の影が飛び上がり終えた所だったのだから。

「お、おおッ!?」

 空に舞い上がりしはレヴィトーン。
 漆黒の翼を広げ、悠々と羽ばたく姿はまさに鴉そのものか。
 陰帯びた空さえ陽を感じる程に、かの者の姿は業の如く闇深い。

 そして持っていた刀は、手から足に。
 足先を器用に使って刃を向け、更なる殺意を見せつける。

 さながら、獲物を狙う猛禽類の様に。

「空がお前の独壇場という訳ではない。 むしろ、空こそ俺の最も得意とする戦場よ」

 慄きを見せるジョゾウを前に、優越感さえ纏わせて。
 妖しく光る瞳が獲物を見下ろしほくそ笑む。

 レヴィトーンは悟ったのだ。
 ジョゾウとの実力差がどれほどなのか、という事を。
 このたった二度の攻防だけで。

「魔特隊のジョゾウ……同族と聴いてどれ程かと思えば、取るに足らん小物か」

「な、なんと、拙僧が小物と……」

「何もかもが未熟。 剣も、足捌きも、体術も羽ばたきさえも何もかもな……!!」

「うぐっ……!!」

 見抜くには充分だったのだろう。
 ここまでの動きだけでも、ジョゾウが如何に鍛錬不足であるのかという事は。
 自慢の羽ばたきでさえも、レヴィトーンには未熟に見えたのだ。

 でなければ、こうして簡単に頭上を取られる事も無いのだから。

 それに、ジョゾウにはもう一つ決定的に不足している物がある。
 戦う為に何よりも大事な要素とも言える物が。

「そして何より、お前には空での経験が足りていない。 でなければ今この場に飛ぶ事さえおこがましいとわかるはずなのだからな」

 そう、ジョゾウには戦いの経験が圧倒的に足りない。
 それは空で戦う必要が今まで無かったから。
 あるいは、空で戦う機会がなかったから。

 負けたくなくとも、負けるはずがなかったのだ。
 当然だろう、ここまでに空を飛ぶ敵と戦った事などほぼ皆無なのだから。

 故に至らなかったのだろう。
 空を飛ぶ上で必要な、に気付くまでには。

「なっ、何ゆえそう言い切れるかッ!?」

「ならば問おう!! お前は何故その魔剣を未だ手に取っているッ!?」 

「うッ!!」

「手練れならば気付けよう。 空戦で何よりも必要なのは―――得物の長さなのだとッ!!」

 そう、ジョゾウは気付いていないのだ。
 自分の持つ魔剣が空戦において最も武器である事に。



 鳥は空襲を仕掛ける時、必ず獲物との距離を見極める。
 確実に仕留め、確実に出来る様にと。

 何故なら、空襲は見た目以上に命の危険が伴うからだ。

 もし狙いが外れ、体勢が崩れた場合。
 襲撃者は瞬く間に地上へと激突する事となる。
 そうなれば華奢な体では耐えきれず、一瞬で潰れるだろう。

 すなわち、それは死を意味する。
 この事実は魔者とて変わらない。



 では魔剣使いならばどうか。



「空戦は陸戦と違い、互いの距離を詰める事が非常に困難かつ危険極まりない行為だ。 しかし我等の様な空を飛び戦う者に相応しい得物は数少ない。 何故なら、魔剣とは元来地上で戦う者達が造った物なのだから」

 地上で戦う者に翼は無い。
 だから剣や槍といった武器でも有用に戦う事が出来る。

 でも鳥型はそうもいかない。
 伸ばした翼が何よりも長いからこそ、普通の魔剣では短か過ぎるのだ。

 攻撃するよりも先に、攻撃される翼が敵に届いてしまうからこそ。

「故に、空を飛ぶ魔剣使いには何よりもまず、攻撃距離の長い魔剣こそが必須となるのだ」

「そうか、それで……ッ!!」

 ジョゾウの故郷カラクラの里にはかつてより幾つかの魔剣があった。
 一つ、王だったロゴウが所持していた砲撃型魔剣【オウフホジ】。
 二つ、魁将メズリが履いていた、斬空攻撃の出来る足甲型魔剣【イェステヴ】。
 そして三つ目、最近まで所持者が居なかった短刀型魔剣【テオグル】。

 上二つはまさに至宝とも言うべき代物で。
 古来より里を守り続けて来た心強い魔剣だった。

 しかし【テオグル】だけは違う。
 宝物庫の奥に仕舞われたまま、つい最近まで使い手が居なかったのだ。

 それも当然か。
 単純に、その刀身リーチが余りにも短かったからこそ。
 空戦を主体とする種族にとって、これほど使い難い武器は無い。

 今までジョゾウが使ってこれたのも、単に空で戦う事が無かったから。
 だからこそ、まさに空戦における戦闘技術が乏しいという結論に至るのである。

「だが、それは其方も同じであろうッ!!」

 ただ、それが理由で見下しているのならば、レヴィトーンも滑稽という事になり得る。
 彼の持つ得物もまた陣太刀であり、見た目からして空戦に適しているとは到底思えないからだ。

 長さにしてみれば【テオグル】のおおよそ三倍、一メートル半余りといった所で。
 それでも空に拡げた翼と比べれば小物の様な小ささなのだから。

 だが―――

「フッ、それは違うぞジョゾウよ。 この魔剣ほど空が愛した武器は無いのだから」

「ど、どういう事よ!?」

 その一言と共に、再びレヴィトーンがほくそ笑む。
 魔剣を見せつけるかの如く、平に刀身を構えさせて。

 今こそ露わとするだろう、その正体を。
 空が愛してやまない、史上至高の大業物の名を。



「これこそ、かつて大空たいくう血紅ちあかに染め上げし伝説―――魔剣【エベルミナク】なりィ!!」



 これこそがレヴィトーンの誇る唯一無二の力であるが故に。
 その魔剣に灯る光はもはや並々ならない。

「【エベルミナク】!? ま、まさ あの古代三十種が一つのおッ!?」

「そうだッ!! お前も同族なら知っていよう!? かつて大空の英雄ウージーンが駆り、地に列挙する人間達の首を一刀の名の下に百飛ばした伝説を!!」

 そう、ジョゾウは知っているのだ。
 レヴィトーンが握る魔剣の正体を。
 古来より伝え続けられ、お伽話として数多く聴かされてきたからこそ。

 それが伝説の魔剣【エベルミナク】。

 かつてあった古代の戦争において、一人の魔者がこの魔剣を奮った。
 その名こそがウージーン。
 鳥型魔者の英雄にして、今に生きる同族達の始祖とも言われている。

 その逸話は決して空想でも嘘ではなかったのだ。
 レヴィトーンという存在が今こうして居るのだから。

「我がアルアバ族こそがそのウージーン一族の宗家直系なり!! 里の至宝だったこの魔剣こそがその証明よ!!」

「な、なんたる……!!」

「しからば見よ!! 空行く者に愛されたとされるその逸話の真実を!! 百飛ばしたとされるその力の秘密をッ!!」

 そう言い切った時、突如として【エベルミナク】が光に包まれる。
 ジョゾウが怯む程の輝きをも放って。

 ただ、それだけで終わる訳がない。
 その光が瞬く間に収束し、刃先へと集まり始めていて。
 たちまち光は筋となり、反り上がった刃に伴っていく。

 するとその途端、それは起きた。
 なんと、光の筋が刃を走り、切っ先から空中に伸び始めたのである。

 しかも筋が伸びて止まらない。
 刀身よりも長くなろうともなお。
 翼の大きさを越えても更に。

 そしてその勢いが留まった時、ジョゾウは驚愕する事となる。

 

 光の筋が象りしは―――刃。
 まるで魔剣が伸びたかの如く、光線状の延長刀身が空に浮かび上がっていたのだから。



 その刀身、本体を含めておおよそ八メートル。
 二人の間に距離があるにも拘らず届いてしまいそうな程の長さだ。
 まさに、鳥型魔者が扱うに相応しいと言えよう。

「ぐぐっ、なんと力強き……!!」

 しかも伝説に謳われた魔剣であるからこそ、ジョゾウの受ける畏怖は想像を絶する。

 幼少期から聴かされ続けた空の英雄と魔剣。
 一振りで百の首を斬った逸話の顕現。
 更にはその力強き輝きを前にして、絶望さえ抱かずにはいられない。

「―――だが、拙僧とて負ける訳にはいかぬのだ!! でなければ勇殿達に面目立たぬ!!」

 でも、その絶望などで剣を落とす訳にもいかない。
 幾つもの絶望を乗り越えて来た勇達と共に居たジョゾウならばなおの事。

 こうして絶望が闘志に塗り替えられた時、ジョゾウの翼が羽ばたかれる。
 屋上床面へと向けて、力強く。

「なお戦うか、絶望を前に」

「無論である!!」

 それは決して逃げたのではない。
 戦う力を取り戻す為に扇いだのだ。

 向かった先は、先程叩き落された【テオグル】の下。
 颯爽と掴み取り、その勢いのままに再び空へと飛び上がる。

「世界の為、ひいては仲間達や故郷の者達の未来の為に、拙僧は負ける訳にはいかんのだ!!」

「ならばもう言うまい。 この刃の飾る伝説の一つと成れよジョゾウッ!!」

 再び刀を交える為に。
 己の信念を貫くがままに。





 こうして今、互いの信念が再びぶつかり合う。
 共に命力を奮い、強き光を打ち放って。

 影帯びる空に二つの瞬き。
 果てに消えるのは―――どちらの輝きか。


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