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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~里に虚、忘に邪悪を見る~

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 グランディーヴァが世界を駆ける。
 アルトラン・ネメシスの足跡を追って。

 その間も各地でデュラン達が反抗勢力を潰して回っている事だろう。
 加えて世界各国の協力も得た今、もう勇達を止める者は誰一人として居ない。

 でも、そんな最中も一般人の営みは変わらない。
 元々争いに縁の無い国ならなおさらだ。



 その頃。
 日本、京都府―――アルライの里。

 この場所もまた平和を享受し続けている。
 勇に見つかり、日本政府と手を取り合ってからずっと。
 【東京事変】の後も、この里だけは仲違いもせずに融和路線を続けてきたから。

 融和の為の親善交遊も落ち着き、里の若者達も今はこの里に戻っている。
 自分達が行うべき本来の仕事に従事しているのだ。

 いつか世界が元に戻っても、昔と同じ生活が出来る様にと。

 それだけではない。
 現代の技術を学ぶ者も少なくはなく、既に何人かがこの数年間で多くの技術を学んでいる。
 建築や機械といった工学技術を始め、食品科学から薬品化学なども。
 更にはやそこに至る為の素材知識や精製技術といった根幹技能も忘れない。

 特に、勇がア・リーヴェと接触してからは顕著で。
 自分達だけで工夫し、出来うる限り生活レベルを自給自足に近づけている。
 電気に至っては、自分達で学んだ技術を素に自家発電機まで造っているのだから驚きだ。

 これも世界が戻った後、彼等が自らの手で発展する為に。

 そう、彼等はもう元の世界に戻る気でいるのだ。
 勇達が必ずそう導いてくれると信じているからこそ。

 勇を天士として送り出し、悲願を叶えたからこそ。

「ニャラちゃん、今日も見回りご苦労さん」

「はぁい、村長さんも無理しないでくださいねぇ~」
 
 ともあれ、里の中は至っていつも通り。
 こうして恒例とも言えるジヨヨ村長とニャラの挨拶が今日も交わされる。

 【東京事変】からニャラも随分逞しくなったものだ。
 魔剣を持ったままどこかに消えた彼女も、今はこうして故郷に戻って来ていて。
 料理が得意で温厚だった彼女の面影はもはやこんな表顔の時のみ。
 今ではすっかり戦士として板も付き、しっかり里の警備隊長を任されている。

「はぁ、今日も穏やかやのぉ……そろそろモノミちゃん来る頃かいの」

 それにジヨヨ村長もへこたれてはいない。
 マッサージ役だったニャラが里から出て行った時は相当落ち込んだもので。
 でも今では里の若手少女モノミちゃんが代役として訪れる様になり、すっかり落ち着いている。

 勇が訪れた時の動きを見るに、どうにもマッサージが必要とは思えないのだが。

 マッサージだけでなく、こうして日向ぼっこをするのも村長の日課だ。
 広場の石碑の前に座り、訪れた者と挨拶を交わす。
 アルライの里で昔から行われてきた慣習の一つである。

「さて家に戻ろかの」

 そんな慣習も定刻を過ぎて人の気配が薄れればそれまでで。
 となれば本日の村長の御勤めは終わり。
 待望の時を求め、刻む足取りは軽やかに。

 しかしそんな時、ジヨヨ村長が何かに気付く。

「ん、なんやあれは……」

 それはそっと見上げた先、里中心に伸びる大樹の真上に。



 見えたのは、青い空の中に浮かぶ白い光。
 太陽とは少し違う、眩しくも直視出来る不思議な光であった。



けったい奇妙な光やのぉ……じゃが、妙に落ち着く気がするわ」

 気付けば足を止め、静かに見上げていて。
 それも村長だけでない。
 バノやニャラ、他の村の誰しもが揃って。

 まるでその光に誘われるかの様に。

「綺麗じゃのぉ~……」

 遂には見惚れ、淡い溜息が漏れ出る。
 掴んでいた杖さえ手放し転がしてしまうほど夢中となって。

 一方の白い光にも変化が訪れていた。

 次第に大きくなり始めていたのだ。
 彼等の視線を引き付け続けながらも。

 段々と、段々と、際限無く。

 でも誰もそんな光を前にして疑う事は無い。
 ただただボーっと眺め続けるのみ。



 光が木一本丸ごと覆い尽くす程に大きくなっているにも拘らず。



 だがその時―――



「かあああーーーーーーッ!!!」

 その白い光の更にその上空から、金の光が迸り。
 そして遂には白い光へと目掛け、流星が如き軌跡を描いていくではないか。

バッギャァーーーンッ!!

 黄金の流星が大樹を打ち砕きながら落下していく。
 奇妙な光をも打ち砕かんと力の限りに。

 対する白い光はと言えば―――突如として弾け、元の大きさへ。
 しかもまるで嘲笑うかの様に、砕けていく樹の周り回りながら空へと舞い上がっていて。

『キヒィーーーッヒッヒ!! ざぁんねぇん!! もう少しでせたのにぃ~!!』

 その様な奇怪な声だけを残し、空の彼方へと消えていった。

 それはとても小さな光だった。
 人間の頭ほどしかないくらいの。

 しかし見せたのは明らかな敵意。
 それも得体の知れない程に邪悪な。

「ヌゥ、逃したか……あの邪悪な気配、まさか例のアルトラン・ネメシスとかいう者なのでは?」
 
 その醜悪な残光を前に、金の光を放ちし者が見上げ呟く。
 脅威が去った事への安堵の溜息も添えて。

 その者、アージ。

 彼はこうして遠路はるばる日本まで来ていたのだ。
 マヴォから受け取った【ヴォルトリッター】で大陸を駆け抜け、海を渡って。

 この場所、アルライの里へと訪れる為に。

「ジヨヨ村長、お久しぶりです」

「おぉ~……」

 そんなアージが目の前に立つ村長へと話し掛けたのだが―――

 まともな答えが返らない。
 それどころかなおも空を見上げ続け、ボーっとし続けるだけで。

「……お? おぬは誰、じゃったかのぉ~」

 それでようやく気付くも、とろんとした目を返して首を傾げるのみ。
 その目はまるで焦点も合っていない。

「……んん? アージか? おぬ、いつからそこにおったんや?」

 それも間も無く、何かを思い出したかの様に「ハッ」としていて。
 そこでようやくアージへとハッキリとした視線を向ける。

 とはいえ、そうして放たれた一言はどこか奇妙だ。

「いつと言われましても、今のを見ていらっしゃらなかったのですか!?」 

「今の、とはなんじゃいの?」

 そう、ジヨヨ村長は今起きた出来事がわかっていない。
 目の前に立って眺めていたのにも拘らず。
 あれだけ激しく大樹を炸裂させたのにも拘らずに、だ。

 それはまるで、今の今まで何もかも忘れていたかの様で。

「忘れている……? いや、すぐ思い出せているという事は消えた訳ではないのか」

 それに最初はアージを前にしても全く反応を見せなかった。
 光を前にして意識を奪われたかの様に。

 いや、厳密に言えば意識ではなく意思。
 起きているが自由意思を、そんな感じだ。

「ムゥ、考えてもわからん。 こういう時にピネやカプロの様な者が居ればいいのだが」

 しかしその原因や現象が何なのか、武闘派のアージには皆目見当も付かない。
 その事態を引き起こした相手が超常的な存在なのならばなおの事だろう。

「……とりあえず今はアルライの里を救えただけでも良しとしよう」

「救うってなんじゃいね―――っておお!? 中央の隠れ樹が折れとるゥ!? なんでや!?」

 ここでようやくジヨヨ村長が事態に気付いた模様。
 しかも破砕されたのがずっと里を隠し続けて来た大樹の一つなのだ、その驚愕は計り知れない。

 ただその犠牲も止むを得ないだろう。
 あのまま光が大きくなり続ければ、里がどうなっていたかなどわかりはしないのだから。

「今貴方達は謎の相手から攻撃を受けていたのです。 それを払う為に折ってしまった。 申し訳無い」

「なんとのぉ……まぁ誠実なおぬがそう言うなら信じるしかなかろ。 しゃーない、不問にしたるわぁ」

「ありがとうございます―――もう全てを思い出せたという事か。 やはり不可解だ」 

 それでもやはり疑問は尽きないが。

 何故あの白い光がここに現れたのか。
 何が目的で何をしようとしていたのか。
 この忘れる現象はなんなのか。

 これがアルトラン・ネメシスの策略であるとして、何の意味があるのか。

 そもそもの情報が乏しいアージには、浮かぶ疑問に首を傾げるくらいしか出来はしない。
 つくづく、歩んだ道を見誤った事に後悔するばかりだ。

「こう考えても仕方あるまい。 ジヨヨ村長、バノ様は今いずこへ?」

「んん? いつもの工房におるんやないかのぉ。 場所はわかるけ?」

「ええ。 あ、そのヘアスタイル良いですな。 イメージチェンジなされた様で。 では失礼します」

 しかしこういう所で割り切れるのもアージの強み。
 目的の場所をこう訊き出せば、後は手早く駆け抜けるだけだ。
 もちろんアージなりの配慮も欠かさずに。

「んん? どういうこっちゃ……ってなんじゃこりゃあ!?」

 ただ、その配慮が一つの核心に繋がっていた事に気付けはしない。
 それ程に自然な様相だったからこそ。

 そのアージの一言に気付いたジヨヨ村長が己の毛をたくし上げれば―――



 手元には、カールして伸び上がる幾つもの毛先が。



「ワシ、こんなん知らんで……歳の所為で縮れたかの。 最近毛繕い忘れてたしのぉ……」

 ジヨヨ村長自身もその原因はわかっていない。
 クルクルと巻き上がった毛先を前にして、眉を細めるばかりで。

「ま、ええか。 最近読んだ漫画の【鮮烈お嬢様マドカちゃん】の髪型みとうでかわええしの」

 元々楽天的ともあり、深く考える事も無く。
 むしろすんなりと受け入れ、軽快な足取りで家路に就く。

 今の今まで、何事も無かったかの如く。





 人とは自ら見たものしか事実として認識する事は出来ない。
 例えどの様な事態が起きようとも、その危機感が伝わらなければ。

 それは同じ心を持つ魔者とて同じ事だ。

 だから今日もアルライの里は平和であり続ける。
 「大樹が一つ壊れた」、その認識だけを抱いて。
 ただただいつも通りに、気に掛ける事も無く。



 里が滅ぶ寸前だったという事にも気付かないまま。


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