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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~山に災、剛に堅牢抗えず~

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 遂に剣聖が内包せし力を解き放つ。
 巨大化しながらも若々しさに満ち溢れたその身体を。
 底知れぬ命力をも蓄えたまま。

 その様子は空の上からでも一目瞭然だった。
 余りにも強烈な力が解放されたが故に。
 
 そして打ち放たれた力の奔流が茶奈達に畏れをも誘う事となる。

「莉那さんッ!! 今すぐアルクトゥーンを上昇させてくださいッ!!」

「えっ?」

 その畏怖がこれ以上に無い危機感さえも呼び込む。
 非戦闘員ではわからない、命力を持つ者だからこそ抱ける危機感を。
 
ズズズ……

 その直後、僅かな振動と共に景色が上下に揺れ始める。
 ブライアン達がついその眼で追ってしまう程に大きな揺れが。

 でも決して世界が揺れているのではない。
 アルクトゥーンが揺らされているのだ。

 茶奈がこう退避を叫ぶのも無理は無いだろう。
 剣聖が力を解き放っただけでこれなのだから。

 戦いが始まれば―――もう、どうなるかわからない。



「これから行われるのはもう戦いなんかじゃありません!! 例えるなら……災害ですッ!!」



 茶奈ももうこれ以上の言葉が見つからない。
 例えようもなかったのだ。

 茶奈は勇とデュランの戦いをも目の当たりにして。
 そこで天士の戦いが如何に人知を超えたものかを知った。
 
 そしてきっと、勇と剣聖との戦いはそれをも超越するだろうと理解してしまったから。
 
 ならば恐れない道理など無い。
 剣聖の力をここまで引き出せなかった彼女達ならば特に。
 


 故に間も無く、アルクトゥーンが上昇を始める。
 これから始まる〝災害〟に巻き込まれない為にも。
 ブライアンがただ一人惜しむ中で。

 巻き込まれてしまえば最後、アルクトゥーンはきっと無事では済まされないだろうから。










 剣聖が両手に携えしは二本の大剣型魔剣【アラクラルフ】。
 並の人間であれば抱える事すら困難な程に重く。
 かつ魔剣使いでも一本を両腕で扱わねばならぬ程に極幅長大。

 でも今の剣聖にそんな制約など何のデメリットにもなりはしない。

 今の姿と比べれば、そんな魔剣もまるで軽い小剣のよう。
 手軽く指先でクルクルと振り回して見せ、まるで小物扱いだ。
 その様子は肉体解放の小手調べと言わんばかり。

『いいですか勇、【第五の門 ズ・ケェベ】の慣性相殺イナーシャーブレイクも限度があります。 もしそれを超えてしまえば如何に貴方と言えど―――』
「わかってるッ!! なら俺も力をぶつけて上書きすればいいだけだッ!!」

 対する勇ももう本気だ。
 既に天力を空一杯に舞い上げる程に放ち、一帯を虹色へと変えていて。
 つまり、もう【第四の門 ナ・ロゥダ】やその上位の力さえも開門しているのである。

 そうでもしなければ、太刀打ちさえ叶わない。

 直感がそうさせたのだ。
 目の前の極人を前にして。
 相応の力をぶつけなければ一瞬にして肉塊と化すのだと。

「いいぜ、その思い切り。 俺も力を出した甲斐があるってもんだ。 なら、早速行くとしよう」

 こうして準備の整った相手を前にしたら、剣聖が動かぬはずも無い。
 今まで抑え込んで来た欲求に従う様に、遂にその一歩を踏み出す。

バギンッ!! ゴゴゴッ!!

 だがその一歩さえももはや常軌を逸する。

 一歩を踏み出し、足を突いただけで―――大地が割れたのだ。
 亀裂が走り、軋みが響き、山全体を覆い尽くして。

 その途端に、山が崩れ始めたのである。

ゴゴゴゴ―――!!

 二人立つ頂上付近から突如として、山が無数の瓦礫と化して崩落していく。
 それも二人すら巻き込みながら、大地に吸い込まれるかの様に。
 先程の力の放出に山そのものが耐え切れなかったのだろう。

 山一つ丸ごと崩壊する光景は異様そのもの。
 その様子はまさに天変地異の如く。

 しかしその崩落する瓦礫の中に在ろうとも、勇達は戦っている。
 落ち行く瓦礫を足場にして飛び交い、ぶつかり合っているのだ。

 互いに剣をぶつけ、その度に命力と天力が弾け飛ぶ。
 力に晒された岩が弾け飛ぶ程の衝撃を伴って。
 そうして刻まれるのは、心輝にも負けない二つの稲妻軌道。
 それが土煙の中で瞬き、あっという間に彼方へ消えていく。
 通った先の粉塵を掻き消しながら。

ドッゴォーーーンッ!!!

 その直後、突然すさまじい衝撃音が響き渡り。
 それと同時に、一筋の光が土煙の中より飛び出す。

 勇だ。
 ただしその身は激しくきりもみし、表情にも苦悶を浮かばせていて。

 そして更にもう一つの光が土煙から凄まじい速度で追従する。
 剣聖もが飛び出していたのだ。

 二つの剣を広げて空を貫く姿はまるで戦闘機の如し。
 その勢い、もはや空気抵抗どころか大気さえも退いていく程に豪胆。

ドッガァァァ!!

 間も無く勇の体が隣の山肌へと打ち付けられる。
 というよりも実際は「山を殴っていた」と言った方が正しいが。

 自身の慣性を相殺する為に、直撃の寸前で創世拳を打ち込んだのである。

「ハッハアーーー!!!」

 でもそんな無防備な相手を見逃す剣聖ではない。
 飛び出した勢いのままに剣を突き出し、勇目掛けて突っ込んでいく。

「おおおッ!!!」

 ただ勇も負けてはいられない。
 この程度では。

 咄嗟に両腕をクロスさせ、二つの創世拳で受け止める。
 その身に秘めた力を一極集中させて。



ゴゴゴ―――



 そうもなればその山もが崩壊するのも当然か。
 剣聖の打ち出した一撃は、何千メートルの厚さを誇る岩壁をも貫き砕く威力だったのだから。

 ただし、砕かれるのはその山一つとは限らない。
 もう一つ、二つと、弾き飛ばされた勇の体が山々を打ち抜いていく。
 むしろ、並み居る山々がクッションとしての役割を果たしているかのよう。

 更には、全力で追い掛ける剣聖の力の波動が辺り一帯を揺らし、崩壊を招いていく。
 その姿はまさに動く災害。
 次々と砕けていく山々を前に、遠くで眺めるブライアンも唖然とするばかりである。

 その惨状を前に、「魔剣使いの戦いとはこれ程までに常軌を逸しているのか」と。

 でもこれはもう〝魔剣使い〟の戦いではない。
 言うなれば現人神 対 超魔人。
 まさに天変地異を招ける者同士の、神話級の戦いに他ならないのだから。

「無茶苦茶過ぎる!! このままだと何もさせてはもらえないぞッ!!」

 それだけの攻防を実現出来る剣聖を前に、勇も焦りを隠せない。

 ア・リーヴェの言った【第五の門 ズ・ケェベ】はいわば防御の門。
 慣性を【創世の鍵】の力で自動相殺し、衝撃などの影響を無効化するものだ。
 だから勇はこうやって弾かれてもなお平然と出来るし、思考も充分働かせられる。

 ただその能力には当然、上限がある。
 もし突破されれば、その時相殺していた全ての力が一挙に押し寄せる事となるだろう。
 こうなればいくら天士と言えどひとたまりも無い。
 最悪の場合、その時点で即死だ。

 故にこのまま一方的に攻撃され続ければ、いつか限界突破の一撃が見舞われかねない。
 だからこそ今にでも反撃を繰り出して流れを変えなければ。

「かあああーーー!!!」

 こうして今にも迫る剣聖を止めなければ。



 しかし、今の勇にはそれさえ容易だ。
 【第四の門 ナ・ロゥダ】の力ならば。



ドッゴォ!!



 その瞬間、剣聖の頭上で虹光が弾けて瞬いた。

 勇のプロセスアウトによる急転直下の一撃が加えられたのだ。
 それも創世拳の力を惜しみなく発揮した渾身の一撃を。

 たちまち、勇へと真っ直ぐ突き抜けていたはずの剣聖が墜落していく。
 その速度は凄まじく、間も無く目下遥かの大地から粉塵が巻き上がる程だ。
 空からでも見てわかる程の亀裂を刻み、更には深く陥没までさせて。

 でも、こんなもので終わる剣聖ではない。
 そんな事など勇は誰よりも良く知っている。
 だからこそ間も無く空より姿を消し、大地へと瞬時にして降り立つ。

 そうして立つのは、粉塵のすぐ傍。
 土煙の中で蠢く影を前にして、一定の距離を保たせて。

 なんと、今の一撃は剣聖には全く通じてなかったのだ。
 地面に叩き付けられてもなお、平然と立ち上がっていて。
 突然現れた勇を前に、「ニヤァ」とした笑みを浮かべて返す。

「そいつがデュランをブッ飛ばした技かぁ。 面白ぇじゃあねぇかあ!!」

 効かないのも当然だ。
 今の剣聖にとって、土や岩の硬さなど布団と変わらない。
 己の持つ体の硬度が余りにも極限に達しているから。

 つまり、勇の慣性相殺と同レベルの防御力をナチュラルに有しているという事だ。

「ならきやがれッ!! デュランが突破出来なかったその力を、もっと俺にぶつけてみろッ!!」

「言われなくてもやってやるさあッッ!!!」

パキィィィィィィンッッ!!!

 そう言い放った直後、剣聖の肩側部で再び虹光が弾け飛ぶ。
 再び勇のプロセスアウトの拳撃が見舞われていたのだ。
 それも肉体を貫かんばかりに鋭く突き抜ける一撃を。

 その一撃、勇にとって最大最高。
 幾重の虹光の円環さえも弾き出し、砂埃や瓦礫を一つ残らず消し飛ばす程に。



 だが、この時勇は戦慄する。
 その一撃がもたらした結果を前にして。



「なッ!?」



 剣聖は―――全く動じてなかったのだ。

 まるで大地に貼り付いているかの様だった。
 それだけの一撃を前に、足を滑らせる事すら無く。
 身じろぎどころか、衝撃が伝わっていないのではないかと思える程に。

 それ程までに、堅牢。

「これが【剛命功デオム】だ。 己の肉体、細胞一つ一つに命力を通わせ、繋げ、大地に根を張る。 深く深くな。 そうなればなんざどうにでもなる」

 身体強化術の一つ、【剛命功デオム】。
 己の体を限界まで硬化させる防御術である。
 これは瀬玲がアージ相手にして見せた技でもあり、決して珍しい技術では無い。

 でも剣聖がこうして使えば、それはもはや不動不壊の肉壁と化す。
 何故ならば、剣聖の宣った「根を張る」―――その深さが尋常ではない深度を誇るから。

 その深さ、グランドキャニオンの山々でさえも一割に過ぎないという程。
 それ程の地中奥深く、強固な岩盤にまで伸ばし、繋ぎ、一体化している。
 
 簡単に言えばつまり、今の勇はまさに地球を殴っていたのと同義だという事だ。

「くうッ!! なら根幹から砕くだけだあッ!!」

ドガガガガッ!!

 ならばと、勇が繰り出したのは無数の連撃。
 全てがプロセスアウト、全てが全力。
 何もかもが瞬時にして剣聖の胸中一点。
 それをあらゆる方角から打ち込み、集中させる。

 それも僅か一秒にも足らずの間に。



 それでも、剣聖は―――無動。



 それは、ただ地球と一体化しているだけではないから。
 命力による究極の硬化が更に施され、創世拳の連撃すら無効化する。

 すなわち、大地に付いている時の剣聖に生半可な攻撃は無意味だという事だ。

「言ったハズだ。 この程度では無理だと。 【剛命功】は全身くまなく張り巡らせる事が出来る。 そして受けた力を全て命力を通した場所へ散らせる事もな。 おめぇの一撃も全て大地へ受け流し相殺した。 例え全身を破壊する一撃であろうとも関係は無ぇ」 

 剣聖は今の連撃で創世の拳の仕組みを理解したのだろう。
 その一撃が剣聖という存在そのものを破壊しようとする力なのだと。

 それが逆に創世拳の弱点でもある事も。

 創世拳の特性である存在破壊。
 撃ち込んだ相手の全身にくまなく衝撃を与え、魔剣を粉々に砕く事さえ可能とした。

 ただそれはつまり、力が均等に分散しているという事に他ならない。

 ならば全身に散った威力をくまなく大地に流し込めばいい。
 全身を【剛命功】によって包めば、そんな芸当など訳は無いのだから。

「おめぇが【剛命功】を貫くにゃ一点集中しかねーぜ。 って事はだ、その腕甲じゃあ無理ってこった」

「ぐッ!!」

「それにもう小細工は要らん。 抜きな、おめぇの一番創世剣を。 俺ぁそれにしか興味はねぇ。 それに言ったハズだ、本気を出さなけりゃおめぇは死ぬってよぅ」

 どうやら今の連撃で勇の拳術練度を見抜いた様だ。
 その練度が創世拳の威力に雑さをもたらしていた事も。

 だからこそ望む。
 創世剣を使う事を。

 それが最も有効で、かつ満足に戦える唯一無二の武器なのだから。



 剣聖の超防御力を前には、プロセスアウト攻撃すら無為に帰す。
 通用する可能性があるのはもはや創世剣のみ。

 でももしそれが通用しなかったならば―――

 まだ始まったばかりにも拘らず、二人の戦いを暗雲が覆う。
 果たして勇はどこまで剣聖と戦えるのか。
 剣聖を打倒する事は出来るのか。

 まだまだその答えは欠片も見えそうにない。


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