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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~労に休、海に感慨と戯を~

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 デュラン達やフランス政府との話し合いを終え、ようやくアルクトゥーンがフランスを発つ。

 デュラン達と、リデルに見送られて。

 どうやらリデルは以前同様にデュラン達を支える事を選んだ様だ。
 ただそれは愛人としてではなく、救世同盟のメンバーとして。

 やはり彼女は自ら戦う事を選びたかったのだろう。
 ディックの傍で置物として居るよりも。
 だから今まで通りにデュラン達を支える事を選んだのだ。

 それに今は頼れる父親が居るから。
 きっと心配は無いから、ディックも安心して彼女を送り出す事が出来る。



 故にグランディーヴァは何の疎いも無く、先日の打ち合わせ通りの進路へ。
 一度スイスに立ち寄ってからアメリカへ向かう事に。



 しかし、スイスではさしあたって長い滞在となる訳でも無く。
 そこはさすがのリッダ達か、普段の緩さとは思えぬ采配であっという間に用件は済み。
 到着から半日も経たず内に、アルクトゥーンの進路は北米大陸へと早速向けられていた。

 という訳で現在は大西洋へと向けてゆっくり航行中。
 デュラン達との会合から二日後の話である。

「おぉ勇君、お疲れさまでした。 どうでしたか、国連の反応は?」

 例え国連でのお役目の後だろうとも、まだ勇に休む暇は与えられていない。
 国連の感触を伝える為にも、こうして管制室へ足を運んでいて。

「まだ半信半疑の人が多数、って感じですね。 やっぱりいきなり救世同盟が鞍替えしたって言っても不安は隠せないみたいです」

「それも仕方ありません。 被害を受けた国も少なくはありませんからねぇ」

 管制室に辿り着いて早々、集まった仲間達を前に話が始まる。

 ……ただ、戦闘員組はと言えばディックしか居ない訳であるが。

「そういえば皆は?」

「皆さんは全員自室で療養中です。 医務室のベッドが足りないので」

「あー……なるほど」

 今頃、一人残らず自室で唸りを上げている頃だろう。

 勇も話題だけは聞いていたのだが、事情を聞くのは今が初めて。
 でもこの如何にも結果がわかりそうな一言に、勇ももはや苦笑しか浮かばない。

 なんだかんだで先日の宣言通り、茶奈達が剣聖と戦ったというのだから。

 ただ、どうやら相当手酷くやられた様で。
 こうして誰もが出っ張れない辺り、特に瀬玲とイシュライトがやられたと見るのが妥当だろう。
 回復役に恵まれ続けた昨今なだけに、こうもなると不便さえ感じてならない。
 
「ちなみに剣聖さんは満足した様で、今は訓練フロアで寝ているそうです」

「ホント自由だな、あの人」

 本当は勇も参加したかったのだが、やはり優先度は世界が上。
 リーダーとなった以上、我儘も言ってられないから。

 ほんのちょっと「面倒だなぁ」などと、内心では思ってはいるけども。

 とはいえこうして終わってしまった物は仕方が無い。
 それに、今欲しいのは戦いよりも―――休息なのだから。

 とりあえず国連の感触を軽く説明し、仲間達への報告はそれで終わり。
 この後には待望の休息期間が待っている。
 デュラン達との戦闘後から初めての休暇だ。

 待望も待望、これほど休みが嬉しいと感じた事はきっと無いだろう。

 何せ戦いが終わってからは色んな後始末に忙殺されて。
 デュラン達やフランス政府との会合や荷運び・懇談会など、やる事が目白押しだったのだから。

 おまけに悲しいかな、今の艦内時間は不運にも現地時間と真逆で。
 艦内の事にも掛かりっきりで、寝る時間すら削らなければならず。

 戦いで疲れていようがもはやお構いなし。
 怒涛のスケジュールに、勇もさすがに疲労困憊なのである。
 例え天士と言えども、疲れるものは疲れる様だ。

「それじゃ、俺は休息に入りますね。 お疲れさまでしたぁ」

「えぇ、ごゆっくりなさってください。 あ、でも二日後にはアメリカに着く予定ですのでお忘れなく」

「うへぇ……」

 アルクトゥーンが航空機並みの速度で航行していない事が唯一の救いか。

 与えられた僅か二日休みの嬉しさを噛み締めて、ようやく勇が管制室を後にする。
 力の抜けた手振りを見せつけながら。





「ちょっと気分だけでもリラックスさせるかな。 もう海の上だろうし」

 そんな訳で管制室から退室したのだが。
 自室に戻る訳でも無く、そのまま居住区域へ。
 関係者専用の外環路を進み行く。

 その目的はと言えば―――

「なんだかんだで海とも疎遠だったからなぁ。 オーシャンビューさえまともに見る時間も無かったし」

 そう、それは海の景色。
 折角だからと、陽に当てられた海でも見物しようと思い立ったのだ。

 外環路とは居住区を囲う様にして円状に設けられた通路の事で。
 最外部に位置しており、大空から地平線を眺められるというもの。
 そこから眺める外の景色は実に絶景。
 それも隊員にのみ訪れる事を許されるという絶好の観覧スポットである。
 
「アメリカでは海で遊ぶどころじゃなかったし、戦いが終わっても物資の搬送手続きとかで働き詰めだったし。 フランスに行く事になっても、海どころか天力転換ですっ飛んだからなぁ……海、泳ぎたいなぁ」

 しかも隊員のみが通れる通路ともあって、全く人が居ない。
 そうもなればこんな独り言が漏れるのも仕方ない訳で。

「そういや、魔特隊に入ってからずっとそれらしい旅行とか行ってないよな。 あ、トルコは結構良かったか―――いや、あの国での事は忘れよう」

 そうして思い返せば、意外と楽しかった出来事なんてなかなか思い出せないものだ。
 戦いと失望まみれの五年間だったからこそ。
 記憶に新しいのはせいぜい渋谷での茶奈とのデートくらいか。

 とはいえあのデートも結果は散々だった。
 後にグランディーヴァの発足に繋がる大惨事になったので、一概に良い事とも言えないだろう。

「たまにはパーっと思いっきり遊びたいよなぁ……お、ここでいいや」
 
 そんな独り言を零しつつ、良さげな場所へと辿り着く。
 そのまま窓枠へと腕を掛けて外を眺めれば、そこにはキラキラと輝く海の姿が。

 外は実に穏やかなものだ。
 風もほとんど無く、海上も荒れず静かで。
 とても世界が滅ぶ寸前とは思えない程に。

 緩やかに立つ波が僅かに陽光を反射して、チラチラとした瞬きを生んでは勇のまばたきを誘う。
 でもそれは疲れた彼には逆に心地良くて。
 暖かな陽気が眠気をも誘い込む。

 この姿勢だと、このまま今にも眠ってしまいそうだ。

「こんな事になるなら、魔特隊時代にでも旅行の一つ二つくらい行っとけば良かったか……ほんとあの頃が懐かしいや」

 ここまでに色んな事があり過ぎた。
 魔剣使いになって、魔特隊に入って、グランディーヴァを結成して。
 目まぐるしいまでの出来事を越えて、悲しみや苦しみも乗り越えて。
 全てが全て、自分を犠牲にしてきたから。

 楽しい事が何なのかすら忘れてしまいそうな程に。

 だから漏れるのはこんな一言。
 今日に至るまで、本当に一瞬と思える程に時が過ぎ去っていったからこそ。



「何ジジ臭い事言ってんのよぉ。 柄でも無い」



 だがそんな思い出に耽る勇の下に甲高い憎まれ口がポイッと届く。
 それに気付いた勇が振り向けば、視線の先に居たのは―――

「あれ……セリ、自室療養してたんじゃなかったのかよ?」

 まさかの瀬玲である。
 剣聖に叩きのめされたはずの。

 その様子はと言えば、至っていつも通り。
 制服でも戦闘服でもなく普段着で。
 軽々しい足取りで勇へと歩み寄り、同じ様に窓枠へと腕を掛ける。

「んー、いい景色じゃん」

「いや、お前、怪我は?」

「あー、たまには秘術使わなくてもいいじゃん? って事でやられたフリしてやり過ごした。 イシュはご想像通りの状態だけどね」

 抜け目無い所は相変わらずと言った所か。
 「ニシシ」と笑って見せる辺り、他の皆も心配は無さそうだ。
 それがわかってて、敢えて秘術を使わなかったのだろう。

 それで自分だけ回復して、こうしてピンピンしているという訳で。

「ぶっちゃけ、あの人剣聖に勝てる気がしないわ。 底が知れないもん。 いいとこまでは行くけど、罠を突破されると止めようが無いし」

「セリがそう言うんだから相当だな」

 この立ち回りこそが瀬玲らしさとも言えよう。
 時には優しく、時には厳しく、たまにはいじらしく。
 それでいて自分主体である事は変わらない。

「でも意外だよ、あのお前が真面目に剣聖さんと戦うなんてさ。 前は戦うのも嫌がってたのに」

 ただそれでも、瀬玲自身はこの長い年月で相当変わった。
 いや、むしろ彼女が彼等の中で最も変わった存在だと言えるだろう。

 最初は戦う事にも否定的で。
 それでも勇達をほっとけないと、渋々戦う事を選んで。
 勇のやり方に疑問を持ち、戦いから離れようとさえして。

 でもイ・ドゥールの師父、ウィグルイと戦って、瀬玲の価値観は完全にひっくり返った。

 それから戦う事に貪欲となり。
 有利に戦う事に余念無く、命力技術を高め続けて。
 気付けば剣聖に認められる程に卓越した存在と成っていた。
 果てには自分専用の魔剣まで開発する程にまで至ったのだから大躍進とさえ言える。

 勇がこう言うのも不思議ではない程に。

「色々あったしね。 美羽達にも言われたもん。 『アンタだいぶワイルドになったよね』って。 『それくらいで丁度いい』とかも言われたけどさ」

「それ、俺もなんかわかる気がするな。 前の瀬玲はドライって感じが強かったからさ。 むしろ今くらいの方が〝人〟らしいんじゃないかって」

「何それ、自分が人間じゃなくなったからって下に見てるぅ?」
 
「ちげーよ……褒めてんだよ」

 とはいえ、なんだかんだで瀬玲には今まで世話になりっぱなしだった勇だから。
 幾らワイルドになろうが何だろうが、頼もしい友人である事には変わり無い。
 こうして褒めたくなるくらいに信頼しているからこそ。

「ま、私も懐かしいって思う気持ちはわかるけどね。 どうしてこうなっちゃったんだかなぁ。 普通に働いて、普通に恋して、普通に結婚して、普通に子供産んで……そんな人生送るのかと思ってたのに」

「巻き込んだのは悪いと思ってるよ」

 そして信頼し合う仲だからこそ、こんな何気無い話だって出来る。
 嫌味の様に聴こえても、それが普通だって思える―――そんな心を許した者同士の会話が。

「別にいいけどね、なんだかんだで楽しいし。 『世界を救う為に戦う!』なんてさ、柄でも無い私が関われたんだから」

「そうだなぁ。 俺もまさかこんな事になるとは思って見なかったよ。 でも、それももうすぐ終わると思うから。 それまで頑張ろうぜ?」

「終わるって、ヤバい方で?」

「いや、俺達が勝つさ。 勝って終わらせて、昔みたいに戻ろう。 普通の人生が送れる毎日に」

「んん……ならもうちょっと気張るかなぁ」

 穏やかな陽気が気付けば瀬玲にも眠気を誘い、その身を大きく真っ直ぐに延ばさせる。
 なんだかんだで彼女も今日までずっと頑張って来たから。
 剣聖との戦いを終えて、こうしてようやく気持ちも整ったから。

 見えて来た希望に今はすがってもいいだろう。

 今だけは、ゆっくりと。





「何してるんですか、勇さぁん……!!」





 だがそんな憩いの一時を、高くもどもった声が遮る事に。
 予想もしなかった真打の登場に、勇も瀬玲も思わずその眼を開かせる。

 現れたのはなんと茶奈。

 そんな彼女の耳元の髪には、いつだか勇がくれたウサギ人形の髪飾りが。
 随分とお気に入りな様で、貰って以降はこんな平時ともなればいつも身に付けている。

 しかし何故か、それに加えてエプロンを掛け、片手に携えたデッキブラシで床を突いていて。
 そして覗く肌部には絆創膏が幾つも見えて痛々しいが、それでいて妙に気迫一杯だ。

 おまけに足元にはキッピーも。
 茶奈の真似をしているのか、太筆を同様に携えての登場だ。
 遂には振り回し始め、何をしようとしているのかもはや理解不能である。

「あれ、茶奈……怪我は―――」
「そんなの気合いですっ!! 気合いと根性でどうにかするんですっ!!」
「アンタそんなキャラだったっけ……?」

 茶奈も結構変わった方とはいえ、昨日から今日への変化は特に凄まじい。
 剣聖との戦いで何か得るものでもあったのだろうか。
 主に心境とか心持ちとか。

「それよりも勇さん! 今日は私と勇さんのお掃除の日じゃないですか! 決めたの勇さんなのに、なんで来ないんですかぁ!!」

「あ……」

 そんな気合の入った茶奈を前にして、ようやく勇が自分の置かれた状況に気付く。

 いつか居住区が〝居住街〟へと変わった頃。
 街の住人達の活気に当てられて、勇が仲間達にちょっとした提案を打ち上げたのだ。
 〝戦いじゃない時は、戦闘員持ち回りで掃除でもしよう〟と。

 居住区は住人達が掃除をしているので比較的綺麗になっている。
 でも関係者専用路はそうもいかない。
 床だけは自動掃除機が動き回っているのだが―――行き届かない場所はどうしようもなく。
 こびり付いた汚れや窓の縁の埃などは堪っていく一方なので。

 そこでそう打ち上げたという訳だ。
 少しでも住民達の活気に乗っかろうとして。

「やっべ、忘れてた……」

 でも哀しいかな、提案していた本人が全く憶えてなかった模様。
 というよりも、戦闘と仕事の連続でそれどころじゃなかったというのが実情であるが。
 加えて休む間も無かったので、思い出す余裕も無く。

「さぁ、勇さんもお掃除しましょう!」

「いいっ!? 俺今日休暇なんだけど!?」

「休暇だからですっ!!」

 しかしどうやら、勇に休む事はまだ許されなさそうだ。

 間も無く、勇が半ば強制的に茶奈に引きずられて去っていく。
 憐れにもキッピーに筆で足を小突かれながら。

 これがグランディーヴァリーダーの、頑張った末の末路である。

 残された瀬玲としてはちょっと心中複雑だ。
 「もう少し優しい声を掛けてあげればよかったかなぁ」などと思ってならなくて。
 深い深い溜息が溢れ出る程に。

「相変わらずあの二人は……ハァ、なんだろ、すっごいモヤモヤするわぁ」

 そんな彼女には、昔にも感じた妙な感情が沸々と湧き上がっていて。
 窓枠に沿えた腕へと顎をドカリと乗せる。

 その顔はなんだかどうにも不機嫌そうだ。

 以前は勇と茶奈のくっつきそうでくっつかない状況にやきもきしていたものだが。
 今はカップルが成立しているのに、不思議とその気持ちがまたしても湧き出て来る。

 その感情の正体がわからないから、なんだか気持ち悪くて。
 不機嫌な顔のままに、またしても大きな溜息が漏れる。



 ただ、その腹の底から溢れ出た溜息が、奥底に引っ掛かる針をも吹き上げる事となる。



「ああ~そうかぁ~! 気付いちゃったかぁ……なんで今まで気付かなかったんだろ」

 その途端、顎を突いていた顔がくたりと腕の中へと沈み込む。

 どうやら気付いてしまった様だ。
 色んな出来事を重ねる事で隠れていた自分の気持ちに。



「私、勇の事好きだったんだ。 そうかぁ~……」



 ずっと余計な事に拘り過ぎて、「そうではない」と思い込んでいて。
 心が解き放たれた後も、「それは絶対にない」と決めつけていて。

 でもやっぱり気になるから、あーだこーだと関わっては他人以上に付き纏う。
 そして誰よりも親しく話せてしまうのも、心の内では好きだったから。

 それが瀬玲の心に居座り続けていた蟠りの正体。
 彼女の奥底で最後に潜んでいた、抑圧されし想いだったのだ。

「……ま、今更気付いちゃったものはしょうがないよね。 あーでもスッキリしたわぁ」

 しかし瀬玲がそんな事にいつまでも拘るほどウェットに富んでいる訳でもなく。
 ―――その呟きはと言えば唸る様に低い声色で、ほんの少し悔しそうではあるが。

「この戦いが終わったら、真面目に恋人探しでもしようかなぁ」

 そんな事を呟きつつ、瀬玲もその場を後にする。
 露わと成った蟠りを打ち消す為にも、一つ体を動かしに。
 今となっては慰めてくれる相手イシュライトも動けないから。



 瀬玲ならきっと、真面目に探せば相応しい相手は沢山いる事だろう。
 お金もあり、名声もあり、おまけに二十代前半で若くてスタイルも良いからこそ。
 例え拘りが強くとも、いつかはきっと見つかるに違いない。

 この戦いが終わり、全てが元通りに戻ったその時こそ、きっと。



 だから、そんな希望を抱いて―――相沢瀬玲は今日も華麗に歩を刻む。


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