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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」
~手に技、才に執念と理解~
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ピネ―――それがデュラン達の武装を造りし後援者の名。
カプロよりもずっと小柄でありながらも、あれ程の強力な魔剣を造り続けた少女である。
しかし見た目の可愛らしさとは裏腹に、その発言から滲み出るのは―――
「ピネにとっては魔剣こそが第一なのネ。 その魔剣が使えないアータに興味は無いのネ」
この変人っぷりである。
まるでカプロがもう一人増えた様な。
「失礼ッスね、ボクは女の子にも興味津々ッスよ。 ピネと一緒にしないで欲しいッス」
「堂々と言う事か? それ」
もとい、魔剣にご執心な所はカプロとそっくりである。
オマケに言えば、背が低い所も、妙な所で性格がキツそうな所も。
天才芸術家とは大抵変人だとかよく言われるもので。
もしかしたらカプロやピネも同じくして至った事なのかもしれない。
もっとも、カプロに限ってはただ青臭いだけ、ではあるが。
「にしても良かったな、待望の女の子じゃん。 この艦に乗ってる魔者の女性ってなかなか居ないからなぁ」
とはいえ、ピネが女の子である事に変わりはない。
例え変人であろうと年上であろうとも。
となればカプロ待望の女性魔者が一人増えた事になる。
人と魔者が手を取り合う世界を創りたいグランディーヴァ。
しかしその旗艦であるアルクトゥーン艦内に、実のところ魔者はほとんど乗り合わせていない。
カプロを始め、イシュライトやマヴォ、ズーダーといった所をメインとして。
構成員に四人、うち一人が女性(ただし夫在り)という少なさだ。
後は居住区に構成員の家族が七人ほどといった所。
ゲストとしてリッダが居るが、異性としてカウントするにもあの性格ではちょっと。
という事で以前からカプロが「女性の魔者人員を増やして欲しいッス。 出来れば若い子で」などと訴えていて。
でも明らかな個人的要求だったので、勇達も跳ね退けていたのだが。
だがこの日、遂にその念願(?)が叶う事と成る。
確かにデュランよりもちょっと年上らしいが、そこは見た目でカバーも出来るだろう。
性格もちょっとアレだが、リッダ程ではない。
ある意味で言えば理に適った人物だと言えるのではないだろうか。
「何言ってるんスか。 ボクが求めてるのはもっとこう、ボボン・ギュッ・ボォンって感じの女の子ッス。 こんなちんちくりんじゃねぇッスよ」
「あ"!?」
などと思えた矢先のこれである。
そのこだわりは魔剣製造への熱心さにも匹敵し、瀬玲の好色さにも負けていないとさえ思える程。
ピネ当人を前にしてのこの余裕っぷりに、勇が据わった目を向けていたのは言うまでも無い。
しかもカプロのこだわりはこれだけに留まらず。
「これなら人間の女子の方がイイッスね。 理想は茶奈さんッス。 あの体付きがたまんねぇッスねぇ」
「俺を前にしてそれを言うか?」
もはやその対象はピネだけでなく勇にまで波及する事に。
個人女性の体付きの話を、どうしてその彼氏の前でこうも出来るのだろうか。
「それが叶わないならロマーさんくらいの人でギリギリ許せるッス。 筋肉でもある程度はむっちり見えるッスからね」
「それ当人の前で言ったらくびり殺されかねないぞ?」
空島奪還作戦の時にお世話になった兵士ロマーも、今のカプロには性的対象に見えるらしい。
ただその言い分は恩人に向けたものとはとても思えない程に酷い。
いっそこの艦に乗ってなくて良かったと思えてならないまでに。
「故にボクがピネに欲情する事は有り得ないッスね。 もう少し脂を摂った方がいいッス。 あとお風呂に入る事もオススメするッスよ。 ちょっと獣臭い」
「よかろう、貴様は明日から新型魔剣実証テストの的にするのネ」
こうハッキリと言い切る性格は相も変わらず。
デリカシーの欠片も無いのは昔からの事なので、勇ももはや馴れたもの。
ただし初見の相手となれば話は別だ。
これはピネがブチ切れるのもさすがにしょうがない。
「おっまえホント我儘だよなぁ……ならリッダとかどうなんだよ? ワンチャンある?」
「え、アレ女の子だったんスか……?」
「よかろう!! 貴様は明日から剣の鍛錬の的にしてやるうッ!!」
おまけにどこからともなくリッダ当人を召喚する程の香ばしさである。
もちろん、間も無くアネットによる愛のネックハンギングツリーを喰らった状態で退場していったが。
「……別にアータの性的対象に見られなくても差し支え無いのネ。 ピネに愛や恋なんて無縁なのネー。 ニュザシキもピネに惚れても無駄なのネ。 そんでそんな事言わせてお風呂に入れようったってそうはいかないのネ。 一緒でも入らないのネ」
「いや、俺はそういう趣味無いんだけど? 性別も少しはわかるし?」
「ガはあッ!!」
一方の勇の一言も、デュランにだけは深く深く突き刺さる。
堪らず悶え転がる程に。
相当痛い追い打ちだったのか、たちまちピクリとも動かなくなった訳であるが。
「っていうかお風呂くらい入りなよ……女の子なんだしさ」
「そんな暇なんて無いのネ。 ピネは少しでも技術を磨いて最高の魔剣製造士にならなければならないのネ。 それがこの天才ピネに与えられた天命なのネ」
だがそんなデュランになど、もはや気に掛ける事も無く。
突如として、ピネの人差し指が「ビシッ」っとカプロへと向けられる。
キリッとした目付きと共に。
「その天才ピネの越えるべきがアータなのネ!! 魔剣製造士カプロ、アータの鼻をへし折るのが今のピネの目標なのね!!」
遂には「ふんすっ」と鼻息を荒げた興奮姿を見せつけていて。
一度も会った事が無いはずなのにこの対抗心。
これにはカプロも思わず顔をしかめさせてならない。
思わず勇へと視線を背けてしまう程だ。
もちろん勇も同様にして。
「鼻折られたら痛そうッスね」
「ピネは魔剣製造士を育て続けた隠れ里【ラマヤ族】の末裔ネ!! その中でも稀代の天才と呼ばれ、技術を誰よりも強く濃く受け継ぎ、進化させたのがこのピネなのネ!! だからピネが造る魔剣こそが最強最高なのネ!! 唯一無二なのネ!!」
「比喩だから。 あと少し話聞いてあげよう?」
「時に岩の様に豪胆、時に流水の様に流麗!! それを成しつつ使い手にとって究極とも言える魔剣を造り上げた時こそがピネの悦びなのネ!! 至上至福の瞬間なのネ!!」
それは自身が打ち震える程に誇りを乗せた語りで。
感極まった指先さえもが、差先の定まらないまでに揺れ動く。
それだけ、魔剣に向ける熱意は本物なのだろう。
あの【魔導鎧装】を造り上げてしまう程に強い誇りを有しているからこそ。
ちなみにその指を差されたカプロはと言えば―――現在納品リストの続きを閲覧中である。
相変わらずのマイペースっぷりのカプロを前に、ピネのプルプルとした震えが止まらない。
ただし、誇りだとか至福だとかよりもずっと強い怒りで。
たちまちその頬が「ぷくぅ」と膨れ、真っ赤に染め上がる。
まさにどんぐりをギッチリと詰め込んだリスの様に。
さすがリス型魔者だけあって、その膨らんだ頬の大きさは尋常ではない。
「でもアータはピネの作品をも超えるアイディアを打ち出し続けて来たのネ!! アルライなんちゅう聞いた事も無い種族のアータが、この天才であるピネを驚愕させ続けたのネ!! これ程悔しい事なんて今まで無かったのネ!!」
でもその怒りは、彼女にとってはずっと内に秘められ続けていた感情だったのかもしれない。
それも、己に対する怒りとして。
「【魔装】や【魔甲】を始め、飛行魔剣や魔剣バイクなど、アータは想像もしえない物ばかり造って来たのネ!! ……どうしてそんなにアイディアがポコポコ出るのか不思議でしょうがなかったのネ。 だからもう、ピネにはそれを真似する事しか出来なかったのネ……」
その怒りも、言葉を重ねるうちに萎んでいき。
気付けば膨らんでいた顔も気持ちと共に縮み、しょんぼりとしていて。
きっと彼女は里では余程もてはやされていたに違いない。
だからこそ増長し、かつ負けぬ様にと努力もしてきた。
それなのに、彼女よりもずっと知識に乏しいはずのカプロにこうして出し抜かれてしまったのだ。
しかもアイディアで負けたのがよほど悔しかったのだろう。
天才の誇りを完膚なきまでに打ちのめされたかの様で。
「デュラン達の期待にも答えなければと、ピネなりに考察して造り上げたのが【魔導鎧装】や【ネラヴィーユの激情】ネ。 でも、それも負けたのネ。 完敗なのネ……口惜しいけど、アータの方が一枚上手だったのネ。 そこはもう認めざるを得ない事実なのネ」
でも、こう認める事が出来るのもピネという存在だ。
技術とは自分の実力を把握して初めて身に付くもの。
増長したり、自身の過ちを認めなければ、いつまでたっても「付いた気に」しかならない。
だからこうして認められるのもピネの強みの一つなのだ。
全ては彼女が才者であるが故に。
故郷で培ってきた精神は、決して間違いでも過ちでも無い。
そしてその才能も―――決して嘘ではない。
「何言ってるんスか。 アンタは充分天才じゃねッスか。 ここまで一人で作ったんでしょ?」
そんな時漏れたのは他でも無いカプロの一言。
ピネにも負けない魔剣への強い想いを持つカプロらしい一言だった。
「そんなの当たり前なのネ。 魔剣は一人で造るモンなのネ」
「だったらなおさら凄いじゃねッスか。 だって、ボクは一人で魔剣造ったんじゃねぇッスもん」
「……え?」
しかしピネはその一言を前にただ茫然とするばかりだ。
カプロの言った意味が理解出来なくて。
それは当然の事だったのだろう。
ピネにとっての技術の伝承とは一子相伝で。
魔剣を造る技術は最も優れた者しか扱う事は許されなかった。
それが里のルールだったから。
だからピネはその技術を誰よりも高めて、今奮う事が出来ている。
それはたった一人で造る事を前提として。
「言っとくッスけど、魔剣のアイディアを出したのは魔剣技術班の全員ッスよ。 ボクは構想しただけで。 特に、【ヴォルトリッター】は日本のバイクメーカーに基礎を設計してもらって、そこから技術班が自動命力循環機構を仕込んで、ボクが最後に仕上げたってだけッス。 【翼燐エフタリオン】や【ラーフヴェラの光域】はそのアイディアを元に対人・小型化しただけッスし」
しかしカプロは違う。
確かに、カプロも閃く力は天才級と言えるだろう。
その閃きと技術力で勇達を幾度となく助けて来た。
でも今は彼だけでなく、技術班の全員が居る。
全員が知識と知恵を合わせて、常に新しい技術を生み出し続けているのだ。
今もきっと、新素材を素にした新機構魔剣の構想を練っているのだろう。
カプロが居なくても、そう出来てしまう。
それこそがグランディーヴァの技術的な強み。
人間と魔者の知恵が重なり、高め合える。
アルクトゥーンはそれが成せる最高技術の発展場と化しているのである。
それがピネに無く、カプロに有る決定的な差なのだ。
「でもアンタは一人で【魔導鎧装】とか造ったんでしょ? 相当じゃねッスか。 それならボクの代わりに技術班長やって欲しいッス。 そうすりゃきっともっといいモン造れそうッスし。 ピネなら多分何の問題ねーッス」
「カプロ、アータ……」
そしてもしそこに、基礎技術からを全て完璧に備えたピネが加わったならば。
もしかしたらカプロが頭を張っていた時以上に優れた物が出来上がるかもしれない。
そうでなくとも、彼女の知恵が今以上の装備を生み出せるかもしれない。
そうも思えば可能性は無限大。
カプロにとってピネはそう思える程に優れた存在に見えていたのだ。
ただ、カプロの発言に驚いたのは何もピネだけではない。
勇もまた、今聞いた様な話題に戸惑いを隠せない様で。
「え、お前、技術班長辞めるつもりなのか?」
「ピネがやってくれるならッスけどね。 ボクちょっとこれからやりたいと思ってた事があるんスよ。 だから丁度良かったッスね。 ま、これから多分部屋に引き籠る事になるかもッスから、どちらにしろ会議とか諸々には出れなくなると思うッス」
カプロの引退宣言は突然に。
とはいえ、決して魔剣から離れる訳でも、グランディーヴァを辞める訳でもなさそうだが。
理由こそわかりはしないが、本人はもうその気の様で。
変な所に拘るカプロの事だ、きっと何か面白そうな事でも考えているのだろう。
それも、勇達にとって有利になる何かを。
そうもなれば勇に止める理由は無い。
カプロを信じているからこそ。
「そうなのか……でもたまには顔を出せよな?」
「会議とかはキツいッスけど、ご飯食う時くらいは話せると思うッス」
だからこう決めたなら、後腐れなく送り出すだけだ。
毎日会えるのなら、何の問題も無いから。
後は笑顔を向け合うだけで。
「全く、ピネを置いてけぼりにするんじゃないのネ。 ケド、アータがそう言うなら聞かないでもないのネ。 技術班とやらはピネがビシバシ仕込んでやるのネ」
「よろしく頼むッスよ」
それにピネもまんざらではないから。
そんなカプロと、現代らしく握手を交わしてみせる。
役割を与えられた事への昂りで浮かんだ微笑みを見せつけながら。
こうして、グランディーヴァに新たな仲間が加わった。
それがカプロに代わる天才魔剣製造士・ピネ。
彼女の参加がグランディーヴァの戦力にどれだけ影響を及ぼすかはまだわからない。
でもきっとカプロや勇の期待に存分と応えてくれる事だろう。
それこそが天才である事を望む彼女の誇りなのだから。
その意思に、偽りは無い。
カプロよりもずっと小柄でありながらも、あれ程の強力な魔剣を造り続けた少女である。
しかし見た目の可愛らしさとは裏腹に、その発言から滲み出るのは―――
「ピネにとっては魔剣こそが第一なのネ。 その魔剣が使えないアータに興味は無いのネ」
この変人っぷりである。
まるでカプロがもう一人増えた様な。
「失礼ッスね、ボクは女の子にも興味津々ッスよ。 ピネと一緒にしないで欲しいッス」
「堂々と言う事か? それ」
もとい、魔剣にご執心な所はカプロとそっくりである。
オマケに言えば、背が低い所も、妙な所で性格がキツそうな所も。
天才芸術家とは大抵変人だとかよく言われるもので。
もしかしたらカプロやピネも同じくして至った事なのかもしれない。
もっとも、カプロに限ってはただ青臭いだけ、ではあるが。
「にしても良かったな、待望の女の子じゃん。 この艦に乗ってる魔者の女性ってなかなか居ないからなぁ」
とはいえ、ピネが女の子である事に変わりはない。
例え変人であろうと年上であろうとも。
となればカプロ待望の女性魔者が一人増えた事になる。
人と魔者が手を取り合う世界を創りたいグランディーヴァ。
しかしその旗艦であるアルクトゥーン艦内に、実のところ魔者はほとんど乗り合わせていない。
カプロを始め、イシュライトやマヴォ、ズーダーといった所をメインとして。
構成員に四人、うち一人が女性(ただし夫在り)という少なさだ。
後は居住区に構成員の家族が七人ほどといった所。
ゲストとしてリッダが居るが、異性としてカウントするにもあの性格ではちょっと。
という事で以前からカプロが「女性の魔者人員を増やして欲しいッス。 出来れば若い子で」などと訴えていて。
でも明らかな個人的要求だったので、勇達も跳ね退けていたのだが。
だがこの日、遂にその念願(?)が叶う事と成る。
確かにデュランよりもちょっと年上らしいが、そこは見た目でカバーも出来るだろう。
性格もちょっとアレだが、リッダ程ではない。
ある意味で言えば理に適った人物だと言えるのではないだろうか。
「何言ってるんスか。 ボクが求めてるのはもっとこう、ボボン・ギュッ・ボォンって感じの女の子ッス。 こんなちんちくりんじゃねぇッスよ」
「あ"!?」
などと思えた矢先のこれである。
そのこだわりは魔剣製造への熱心さにも匹敵し、瀬玲の好色さにも負けていないとさえ思える程。
ピネ当人を前にしてのこの余裕っぷりに、勇が据わった目を向けていたのは言うまでも無い。
しかもカプロのこだわりはこれだけに留まらず。
「これなら人間の女子の方がイイッスね。 理想は茶奈さんッス。 あの体付きがたまんねぇッスねぇ」
「俺を前にしてそれを言うか?」
もはやその対象はピネだけでなく勇にまで波及する事に。
個人女性の体付きの話を、どうしてその彼氏の前でこうも出来るのだろうか。
「それが叶わないならロマーさんくらいの人でギリギリ許せるッス。 筋肉でもある程度はむっちり見えるッスからね」
「それ当人の前で言ったらくびり殺されかねないぞ?」
空島奪還作戦の時にお世話になった兵士ロマーも、今のカプロには性的対象に見えるらしい。
ただその言い分は恩人に向けたものとはとても思えない程に酷い。
いっそこの艦に乗ってなくて良かったと思えてならないまでに。
「故にボクがピネに欲情する事は有り得ないッスね。 もう少し脂を摂った方がいいッス。 あとお風呂に入る事もオススメするッスよ。 ちょっと獣臭い」
「よかろう、貴様は明日から新型魔剣実証テストの的にするのネ」
こうハッキリと言い切る性格は相も変わらず。
デリカシーの欠片も無いのは昔からの事なので、勇ももはや馴れたもの。
ただし初見の相手となれば話は別だ。
これはピネがブチ切れるのもさすがにしょうがない。
「おっまえホント我儘だよなぁ……ならリッダとかどうなんだよ? ワンチャンある?」
「え、アレ女の子だったんスか……?」
「よかろう!! 貴様は明日から剣の鍛錬の的にしてやるうッ!!」
おまけにどこからともなくリッダ当人を召喚する程の香ばしさである。
もちろん、間も無くアネットによる愛のネックハンギングツリーを喰らった状態で退場していったが。
「……別にアータの性的対象に見られなくても差し支え無いのネ。 ピネに愛や恋なんて無縁なのネー。 ニュザシキもピネに惚れても無駄なのネ。 そんでそんな事言わせてお風呂に入れようったってそうはいかないのネ。 一緒でも入らないのネ」
「いや、俺はそういう趣味無いんだけど? 性別も少しはわかるし?」
「ガはあッ!!」
一方の勇の一言も、デュランにだけは深く深く突き刺さる。
堪らず悶え転がる程に。
相当痛い追い打ちだったのか、たちまちピクリとも動かなくなった訳であるが。
「っていうかお風呂くらい入りなよ……女の子なんだしさ」
「そんな暇なんて無いのネ。 ピネは少しでも技術を磨いて最高の魔剣製造士にならなければならないのネ。 それがこの天才ピネに与えられた天命なのネ」
だがそんなデュランになど、もはや気に掛ける事も無く。
突如として、ピネの人差し指が「ビシッ」っとカプロへと向けられる。
キリッとした目付きと共に。
「その天才ピネの越えるべきがアータなのネ!! 魔剣製造士カプロ、アータの鼻をへし折るのが今のピネの目標なのね!!」
遂には「ふんすっ」と鼻息を荒げた興奮姿を見せつけていて。
一度も会った事が無いはずなのにこの対抗心。
これにはカプロも思わず顔をしかめさせてならない。
思わず勇へと視線を背けてしまう程だ。
もちろん勇も同様にして。
「鼻折られたら痛そうッスね」
「ピネは魔剣製造士を育て続けた隠れ里【ラマヤ族】の末裔ネ!! その中でも稀代の天才と呼ばれ、技術を誰よりも強く濃く受け継ぎ、進化させたのがこのピネなのネ!! だからピネが造る魔剣こそが最強最高なのネ!! 唯一無二なのネ!!」
「比喩だから。 あと少し話聞いてあげよう?」
「時に岩の様に豪胆、時に流水の様に流麗!! それを成しつつ使い手にとって究極とも言える魔剣を造り上げた時こそがピネの悦びなのネ!! 至上至福の瞬間なのネ!!」
それは自身が打ち震える程に誇りを乗せた語りで。
感極まった指先さえもが、差先の定まらないまでに揺れ動く。
それだけ、魔剣に向ける熱意は本物なのだろう。
あの【魔導鎧装】を造り上げてしまう程に強い誇りを有しているからこそ。
ちなみにその指を差されたカプロはと言えば―――現在納品リストの続きを閲覧中である。
相変わらずのマイペースっぷりのカプロを前に、ピネのプルプルとした震えが止まらない。
ただし、誇りだとか至福だとかよりもずっと強い怒りで。
たちまちその頬が「ぷくぅ」と膨れ、真っ赤に染め上がる。
まさにどんぐりをギッチリと詰め込んだリスの様に。
さすがリス型魔者だけあって、その膨らんだ頬の大きさは尋常ではない。
「でもアータはピネの作品をも超えるアイディアを打ち出し続けて来たのネ!! アルライなんちゅう聞いた事も無い種族のアータが、この天才であるピネを驚愕させ続けたのネ!! これ程悔しい事なんて今まで無かったのネ!!」
でもその怒りは、彼女にとってはずっと内に秘められ続けていた感情だったのかもしれない。
それも、己に対する怒りとして。
「【魔装】や【魔甲】を始め、飛行魔剣や魔剣バイクなど、アータは想像もしえない物ばかり造って来たのネ!! ……どうしてそんなにアイディアがポコポコ出るのか不思議でしょうがなかったのネ。 だからもう、ピネにはそれを真似する事しか出来なかったのネ……」
その怒りも、言葉を重ねるうちに萎んでいき。
気付けば膨らんでいた顔も気持ちと共に縮み、しょんぼりとしていて。
きっと彼女は里では余程もてはやされていたに違いない。
だからこそ増長し、かつ負けぬ様にと努力もしてきた。
それなのに、彼女よりもずっと知識に乏しいはずのカプロにこうして出し抜かれてしまったのだ。
しかもアイディアで負けたのがよほど悔しかったのだろう。
天才の誇りを完膚なきまでに打ちのめされたかの様で。
「デュラン達の期待にも答えなければと、ピネなりに考察して造り上げたのが【魔導鎧装】や【ネラヴィーユの激情】ネ。 でも、それも負けたのネ。 完敗なのネ……口惜しいけど、アータの方が一枚上手だったのネ。 そこはもう認めざるを得ない事実なのネ」
でも、こう認める事が出来るのもピネという存在だ。
技術とは自分の実力を把握して初めて身に付くもの。
増長したり、自身の過ちを認めなければ、いつまでたっても「付いた気に」しかならない。
だからこうして認められるのもピネの強みの一つなのだ。
全ては彼女が才者であるが故に。
故郷で培ってきた精神は、決して間違いでも過ちでも無い。
そしてその才能も―――決して嘘ではない。
「何言ってるんスか。 アンタは充分天才じゃねッスか。 ここまで一人で作ったんでしょ?」
そんな時漏れたのは他でも無いカプロの一言。
ピネにも負けない魔剣への強い想いを持つカプロらしい一言だった。
「そんなの当たり前なのネ。 魔剣は一人で造るモンなのネ」
「だったらなおさら凄いじゃねッスか。 だって、ボクは一人で魔剣造ったんじゃねぇッスもん」
「……え?」
しかしピネはその一言を前にただ茫然とするばかりだ。
カプロの言った意味が理解出来なくて。
それは当然の事だったのだろう。
ピネにとっての技術の伝承とは一子相伝で。
魔剣を造る技術は最も優れた者しか扱う事は許されなかった。
それが里のルールだったから。
だからピネはその技術を誰よりも高めて、今奮う事が出来ている。
それはたった一人で造る事を前提として。
「言っとくッスけど、魔剣のアイディアを出したのは魔剣技術班の全員ッスよ。 ボクは構想しただけで。 特に、【ヴォルトリッター】は日本のバイクメーカーに基礎を設計してもらって、そこから技術班が自動命力循環機構を仕込んで、ボクが最後に仕上げたってだけッス。 【翼燐エフタリオン】や【ラーフヴェラの光域】はそのアイディアを元に対人・小型化しただけッスし」
しかしカプロは違う。
確かに、カプロも閃く力は天才級と言えるだろう。
その閃きと技術力で勇達を幾度となく助けて来た。
でも今は彼だけでなく、技術班の全員が居る。
全員が知識と知恵を合わせて、常に新しい技術を生み出し続けているのだ。
今もきっと、新素材を素にした新機構魔剣の構想を練っているのだろう。
カプロが居なくても、そう出来てしまう。
それこそがグランディーヴァの技術的な強み。
人間と魔者の知恵が重なり、高め合える。
アルクトゥーンはそれが成せる最高技術の発展場と化しているのである。
それがピネに無く、カプロに有る決定的な差なのだ。
「でもアンタは一人で【魔導鎧装】とか造ったんでしょ? 相当じゃねッスか。 それならボクの代わりに技術班長やって欲しいッス。 そうすりゃきっともっといいモン造れそうッスし。 ピネなら多分何の問題ねーッス」
「カプロ、アータ……」
そしてもしそこに、基礎技術からを全て完璧に備えたピネが加わったならば。
もしかしたらカプロが頭を張っていた時以上に優れた物が出来上がるかもしれない。
そうでなくとも、彼女の知恵が今以上の装備を生み出せるかもしれない。
そうも思えば可能性は無限大。
カプロにとってピネはそう思える程に優れた存在に見えていたのだ。
ただ、カプロの発言に驚いたのは何もピネだけではない。
勇もまた、今聞いた様な話題に戸惑いを隠せない様で。
「え、お前、技術班長辞めるつもりなのか?」
「ピネがやってくれるならッスけどね。 ボクちょっとこれからやりたいと思ってた事があるんスよ。 だから丁度良かったッスね。 ま、これから多分部屋に引き籠る事になるかもッスから、どちらにしろ会議とか諸々には出れなくなると思うッス」
カプロの引退宣言は突然に。
とはいえ、決して魔剣から離れる訳でも、グランディーヴァを辞める訳でもなさそうだが。
理由こそわかりはしないが、本人はもうその気の様で。
変な所に拘るカプロの事だ、きっと何か面白そうな事でも考えているのだろう。
それも、勇達にとって有利になる何かを。
そうもなれば勇に止める理由は無い。
カプロを信じているからこそ。
「そうなのか……でもたまには顔を出せよな?」
「会議とかはキツいッスけど、ご飯食う時くらいは話せると思うッス」
だからこう決めたなら、後腐れなく送り出すだけだ。
毎日会えるのなら、何の問題も無いから。
後は笑顔を向け合うだけで。
「全く、ピネを置いてけぼりにするんじゃないのネ。 ケド、アータがそう言うなら聞かないでもないのネ。 技術班とやらはピネがビシバシ仕込んでやるのネ」
「よろしく頼むッスよ」
それにピネもまんざらではないから。
そんなカプロと、現代らしく握手を交わしてみせる。
役割を与えられた事への昂りで浮かんだ微笑みを見せつけながら。
こうして、グランディーヴァに新たな仲間が加わった。
それがカプロに代わる天才魔剣製造士・ピネ。
彼女の参加がグランディーヴァの戦力にどれだけ影響を及ぼすかはまだわからない。
でもきっとカプロや勇の期待に存分と応えてくれる事だろう。
それこそが天才である事を望む彼女の誇りなのだから。
その意思に、偽りは無い。
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転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
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