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第八節「心の色 人の形 力の先」

~実践、今の勇のポテンシャル~

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 上野駅に着いてしまえば、後の道程はほぼ真っ直ぐで。
 歩いて十五分もすれば、見慣れた建物が見えて来る。
 【大安商事】という名を飾る建物を抱える敷地だ。

 だが―――その様相はと言えば、以前と大きく異なる。

「うおぉ……なんだよあれ!?」

 こうして辿り着いた途端、心輝達が堪らず唸りを上げる程に。

 それもそのはず。
 道路に面した入口には、仰々しい程の金属製ゲートが設置されていたのだから。

 高さ的に言えば五、六メートル程の大きな箱状ゲートで。
 人間一人ではどうにもならなさそうな大型シャッターが遮っている。
 しかも敷地を囲う外壁も銀色の鉄板が張り巡らされ、指の入る隙間すら無い。
 おまけに等間隔で監視カメラや赤外線センサーまで設置されており、ぬかりも無し。
 更には入口前に警備員の駐在する専用部屋が設けられていて。
 施設はなんと、機械的にも人為的にも監視可能な鉄壁の要塞と化していたのである。

 見た目はもはや商社というよりも、どちらかと言えば監獄に近い。
 そんな様相を前にすれば驚かない訳が無く。

「前まではこんなんじゃなかったんだけどね。 色々あったから結果的にこうなったらしい」

 心輝達の反応を前に、堪らず苦笑いを浮かべる勇の姿が。

 こうなってしまったのはもちろん、グゥの脱走が主な要因で。
 また魔者を連れてきては脱走―――なんて事が無い様にと、急遽設置されたのだとか。

 ただ、これにはもっと深いワケがある様で。

「まぁこれでグゥさんみたいな人の脱走が防げる訳無いんだけどさ。 なんか偉い人に納得させる為に造ったハリボテみたいな物だって、福留さんが言ってたよ」

 そう、これは勇の言う通りただの飾りにしか過ぎない。

 何せグゥは相当卓越していたと思われる存在だ。
 人の目に付かない様に移動出来るのだから。
 それと同等の力を持つ者ならば、いくら鉄板で周囲を囲もうとも逃げる事など造作もないだろう。

 しかしその非常識たる事実を、〝偉い人〟は理解出来ない様で。
 その認識を逆手に取って、適当に誤魔化す為にここまでやったのだそうな。
 福留の策略もここまで来ると、どこまで冗談なのかわからなくなりそうではあるが。





 なんだかんだとそう話している内に、問題の敷地前に到着。
 見上げる程に大きいゲートを前に、未だ心輝達は驚きを抑えられない。

「お疲れ様です。 皆通れますか?」

 そんな最中に、勇が手馴れた応対で受付を行っていて。
 警備員もまるで心輝達を知っているかの様に、迷う事無く頷きを見せる。

「はい、全員許可を頂いています。 念の為、入場申請と指紋と声紋チェックは行わせて頂きますが」

 そんな個人情報を一体いつ手に入れたのだろうか。

 謎は深まるばかりだが、手続きしない事には入れそうもない。
 やむを得ず、心輝達が差し出されたタブレット端末に情報を入力していく。
 とはいえ、ただ名前を書いて、手を充てて、一声を上げるだけだが。

 もちろん認証は全員一発成功、なかなかの感度と精度である。

 手続きが終われば間も無くシャッターが上へと開いていく。
 「キリキリ」と軋む様な音がその重厚さを物語るかのよう。

 そして開いた先に見えたのは―――



「またシャッターかよッ!!!」



 多重ロックは機密保持の基本である。
 しかもカメラが四方から監視し、逃げ場はどこにも無い。
 もっとも逃げる必要も無いし、第一シャッターが閉まれば逃げようもないが。

「ねぇ、私達どこに行くの? 刑務所?」

「ただのフィットネスクラブだよ」

 ここまで警備にお金を掛けた運動施設フィットネスクラブがあるなら見てみたいものだ。
 普通の人間なら、ここまでの緊張感だけで相当なカロリー消費が出来る事請け合いだろう。

 洒落にもならない冗談を前に、いつもクールな瀬玲でさえ眉間にシワが寄る。

「まぁここ越えたら普通の会社っぽい敷地が待ってるから安心していいよ」

 とはいえ第二シャッターが開いてしまえば、後は言った通りに。
 アスファルトの路面と、整った芝生や植木が彩る路肩が姿を見せ。
 その先にある医療棟や事務棟、そして訓練棟の全容が明らかとなっていく。

「派手なのは入口だけだったー! ギャワー!!」

「そりゃ全部派手だったら誤魔化せねーだろ!」

 外とのギャップが堪らずあずーの笑いを呼び起こす。
 それだけゲートが何もかもを台無しにしていただけに。

 いくら誤魔化す為とはいえ、ここまでやり過ぎると逆に目立ってしまいそうである。





 ようやく敷地に入った勇達は、そのまま足取りを訓練棟へ。
 今日はただの見学の様なものなので、事務棟などに顔を出す必要は無い。

 もっとも、事務棟はまだそれほど使われておらず。
 今日は予定も無いので事務員も居ないが。

 いざ訓練棟へと入ってみると、早速心輝達にとっての目新しい物が視界に映り込む。

「うおおっ!! すっげぇ!!」

 入ってすぐにあるのは、本当の意味でのトレーニングルーム。
 アスリートが使う様なトレーニング機材等が軒並み揃えられた部屋だ。
 ランニングマシンやサイクリングマシン、ベンチプレスやフリーウェイトマシンなど、数多くの機器がずらりと並ぶ。
 しかもいずれも新品同様の最新機種で、使っているのはほぼ勇だけ。
 というよりも、勇だけでは使い切れない程にやたらと多い。
 これが全て勇の様な存在の為に用意されたというのだから驚きだろう。

「相当お金掛けてますよね、初めて見た時びっくりしました。 私は怖くて使えないんですけど」

 ちなみにちゃなは触り程度にしか使っていない。
 彼女も言う程機械には強くない様で、ランニングマシンを数十メートル分走っただけなのだとか。
 もちろん体が弱い彼女なだけに、あっという間にバテたというオマケ付きで。

「皆も入れるみたいだし、気が向いたら使っていいんじゃないかな。 福留さんも関係者なら使っていいって言ってたし。 事務所の人が使ってる所も見た事あるしね」
 
 つまり、関係者だけに解放された施設だという事。
 勇が「フィットネスクラブだ」と宣ったのもあながち間違いではないという訳だ。
 
「よぉし!! 早速俺が使ってやんよ! 圧倒的フルパワーを見せてやんよ!!」

 そうともなればと一番に名乗り出たのは当然、彼。

 どうやら心輝君、新しい物には目が無い様で。
 ここぞと言わんばかりに近くに置かれたバタフライマシンへ駆け寄っていく。

 バタフライマシンとは、左右に開かれたアームを両腕で胸元まで引き込む様に動かす機器だ。
 大胸筋を鍛えるのに適した重量設定自由機フリーウェイトマシンである。

「俺これ使った事ねーんだよなー。 スポコン漫画とかじゃよく見るけどよ。 っしゃらああ!!!」

 そして早速、記憶にあるままアームを掴み、勢いのままに両腕で引き込もうと力を籠める。
 だが―――

 動……かない。

「んぐぅおおおああああ!!! ふんぎぃいいいい!!!」

 いくら気合を入れても。
 どんなに踏ん張っても。
 姿勢を変えて押しても引っ張っても。
 片アームに全神経を集中しても。

 全く微動だにさえしない。

「ハァ、ハァ……フッ、どうやら安全装置を外すのを忘れていた様だな」

「安全装置なんてねぇよ。 こないだ俺が使った時のままだから重いだけだよ」

 そう言われていざ機器の奥を見てみれば。
 そこには、これでもかという程に積まれた鉄製の重りがどっさりと。

 これには心輝もドン引きである。

「一応これが性能限界のウェイトらしくてさ。 折角だからってこれでやってるんだよ」

 ただ、その一言を前に―――全員の視線がただちに勇へと向けられる事に。

「これでやってるって……これ、アンタ動かせんの?」

「うん? ああ、出来るよ。 一応ね」

 そんな疑いの声が上がる中、今度は勇が機器へと座り込む。
 その姿はなんだかもう既にさまになっている様にすら見えていて。
 緊張による静寂が包む中、その両腕がアームを掴み、ゆっくりと力を加えていく。

「フゥ~~~……ンンッ!!」
 
 するとどうだろう。
 ゆっくりではあるが、徐々に徐々にアームが前へと動いていく。
 引き込む腕や胸こそ震えてはいるものの、確実に胸前へとアームが寄せられていたのだ。

「う、おお……!?」
「す、すごい」
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
「ヤバイ! 勇君ヤバイ!!」

 最後辺りになれば、表情も歪んで苦しそうではあるが、それでも腕は止まらない。
 最終的にはアーム同士が突き当たり、今度は逆にゆっくりと戻っていく。
 それでも確実に、衰える事無く、負ける事も無く。

 そしてとうとう、アームが定位置へと戻ったのだった。

「フゥ、フゥ……まだこの一回くらいしか出来ないんだけどさ。 なんかこれ出来ると嬉しいし、強くなった実感が得られて面白いんだよな」

「って事は、今のって命力有りでって事?」

「うん。 命力を鍛える為ってのもあるからね、こう出来る様にってわざわざ特注品を用意して貰ったんだぜ?」

「マジかよ!?」

 こうして次々と明らかになる事実を前に、心輝達も理解するのがやっとだ。
 福留というパトロンもさることながら、用意された物全てが驚きの塊な訳で。

「ところでこれ、何キロくらい積んでるの?」

 しかし新たな驚きを前にすれば、遂にはその理解さえも追い付かなくなる事だろう。



「え? 確か一五〇キログラムだったかな」



 成人男性が支えられる重量限界は五〇〇キログラムとされている。
 ただそれは基本的に理論上の話であり、実例はあっても一部の特殊なケースでしかない。
 通常の人間ならば全身を使って二〇〇キログラムを支えるのがやっとといったところで。
 一般人であれば一〇〇キログラムの重量物を抱えるだけでも相当難儀するはず。

 だが勇はなんと、上半身運動だけで一五〇キログラムを支える事が出来たというのだ。

 その数字は決して嘘ではない。
 疑った心輝がウェイトを数えてみれば、ジャストピッタリで。

 その事実が明らかとなった途端、心輝達が後ずさるまでの慄きを見せつける。

「お前本当に人間かよ……」

「命力がそんだけ凄いんだよ。 身に付けたら普通の事だって」
 
 そんな事を宣う勇の口元には、ほんのちょっぴりニヤリとした笑みが。
 予想以上の好反応に、これまでにない優越感を感じていた様で。

 「こんな気分もたまには悪く無いな」と、密かに心で思う勇なのであった。


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