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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~Vraie famille <真の家族とは> 茶奈とピューリー④~

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「嘘……だろ……!?」

 もはやピューリーはただただ戦慄するしかなかった。
 遂に解き放たれた、次元を超える力を目前にして。

 自分の知っている力なんてちっぽけな物だった。
 同じくらいの力を持っているからなんて事ないはずだった。

 でもその常識は一瞬にして蒸発する。

 それ程の圧倒的な力の奔流を、茶奈は見せつけていたのである。

「本当ならこんな力なんて使いたくなかった。 でも貴女が暴力で全てを解決するつもりで、止めるつもりも無いのなら。 そして貴女の仲間もそれを止める気が無いのなら。 ならば私が、この力で止めます!! 例えそれが何の解決にならないのだとしても、独善なのだとしても……ッ!!」

 巨大な翼が鋭く動き、彼女の意思を体現する。
 鋭く伸びる様にして背面へと畳まれたのだ。
 なお激しく光を打ち放ちながら。

 これから示す行動を成す為に。



「例えそれが結果的に貴女を殺す事になろうとも……私がその怨念の根源を破壊しますッ!!」



 そう言い放った時、茶奈の眼からは雫が跳ねていた。



 茶奈も苦しいのだ。
 言葉でも、想いでも、届かなくて。
 こうして自分の親と同じ様に暴力を奮う事しか出来ない。
 そんな不甲斐なさと哀しさで。

 でもきっと、茶奈以外に身を以って教えてくれる人が居ないから。
 ピューリーという少女の行いが間違っていると体でぶつかってくれる人が居ないから。

 だから今、茶奈は想いを決意に換えて力を迸らせる。
 ピューリーを想うが故に。
 あるべき姿を願うが故に。

 これが茶奈の愛のカタチ。
 例え血が繋がってなくとも、子を想う親の様に―――その手を奮う。

 全てを正す為に。



 その決意が極限に達した時、世界は揺れる。

 ただ、茶奈が突撃しただけで。



 たったそれだけで、ピューリーは天へと向けて跳ね飛ばされていた。

 

「うっげぇッッ!!!????」

 当人は何が起きたのかさえわかっていない。
 それ程の速力、それ程の圧力だったから。

 気付けば景色が認識出来ない程にぐるぐると回っていて。
 体が潰れたかの様な圧迫感が襲い掛かる。

 それは体の中を掻き乱される程の捻転さえも生み。
 堪らず口から吐しゃ物が撒き散らされていく。

「これが力です。 貴女が奮っていた力です」

 そんなピューリーの背を一本の腕が支えて止める。
 既に回り込んでいた茶奈の腕によって。

「貴女が人を不幸にしようとしていた力ですッ!!」

 だが間も無く、ピューリーの体は再び暴力に晒される事となる。
 ただ一扇ぎ、巨大な翼を広げただけで。

 たったそれだけで、体全身を巨大重機で押し潰した様な重圧が加えられたのである。

「ぎあああッッッ!!??」

 たちまち、まるで空気と空気に押し潰された様な感覚がピューリーを襲う。
 全身に「メキメキ」とひしゃげていく様な痛覚をもたらしながら。

 その一扇ぎだけで、強固なはずの魔剣にさえも無数の亀裂が。

 これこそが茶奈の力の一端。
 しかも決して殴っても、蹴ってもいない。
 ただ動いているだけに過ぎないのだ。

 これでも彼女はまだ全力では無い。
 それも当然か、この力も地球が持つ命力のほんの一部に過ぎず。
 割合で言えば一.二%程度でしかないのである。

 その程度で充分な相手なのだから。

「あッ、がッ!?」

 でもそんなピューリーが苦しみ悶える時間さえ与えない。
 そうした時には既に彼女の足を茶奈が掴み取っていて。

「貴女はこの暴力を奮われてどうにも思わないんですか。 復讐する事しか考えないんですか。 そうやって更に強い暴力でねじ伏せるんですか? この様に―――ッ!!」

 理解するまで、もしくは体が潰れるまで、茶奈のは―――終わらない。

 突如、茶奈の体がぐるりと回る。
 ピューリーを振り回す様にして。

 その速度、普通の人間なら弾け飛ぶ程の速力。
 このピューリーでさえも脚が付け根から捥げてもおかしくない程の。

 でもそれさえ許さない。
 茶奈が自身の命力で強引にピューリーの体全身を繋ぎ止め、敢えて保護する。

 その上で、放り投げたのだ。

 そうして生まれた投てき速度はもはや流星の如く。
 突如としてピューリーの体を包む空気の層が赤化し、轟音を掻き鳴らす。
 もう呻き声すら出せない程に息が枯れ枯れの中で。

 そう、ピューリーはもはや呼吸すら許されない。
 凄まじい速度の中において、空気すら介在する事が出来ないのだから。

「貴女はそれでいいかもしれない。 それで満足かもしれない」

 その様な状況下でも、茶奈は平然と回り込める。
 想いを届ける為に。
 心を教える為に。

 今まで誰もが教えて来なかった、本当の人間らしさを教える為に。

 そうして放たれたのは―――平手打ち。
 茶奈が初めて見せた直接的な暴力。

 でもその威力は、ピューリーの体が空一直線に突き抜ける程に強烈。

「でもそれは、貴女が受けた痛みと同じ物を与えているのと変わらない。 貴女が受けた傷と同じ傷を他人に刻んでいるのと何も変わらないんです!」

 打ち上げられたピューリーと、それを並走する茶奈。
 その姿の差はもはや歴然。

 ピューリーはただただ成す術も無く。
 茶奈は自由意志のままに空を突き抜けて。
 
 その果てに追い越し、再び天を覆い尽くす。
 巨大な四枚の翼によって。

 その時見せるは、超濃度圧縮命力によって輝く拳。
 もはや音と認識出来ない程に幾重もの重音を掻き鳴らす、破壊の煌拳である。

 ピューリーの螺旋拳など子供だましとさえ思える程の。

 その力が示すモノを前にして、ピューリーは何を思うのだろうか。
 自身が向けて来た物を向けられて、何を想うだろうか。

「や、やめて……」

 そう、彼女はまだ子供だから。
 例え強くても、怨念に支配されていても。

「助……けッ」

 まだ何者よりも強いと言える心が―――未熟だから。

 でも、そう懇願する事が許しを誘う訳ではない。
 心が理解しなければ、許される訳もないのだ。

「そう懇願されて貴女は許しましたか!? 許さなかったでしょう!!」
「あ"ッ!? あ"あ"ッ!!?」

 だからこそ茶奈は今こそ力を奮う。
 心を叩き直す為に。
 直らないのであれば砕く為に。 

 その心の行き先を全てピューリーに委ねて。



 今、茶奈はその手に輝く煌拳を振り下ろす。





「貴女がやった事は、貴女の両親がやった事と何一つ変わらないッッッ!!!!!」





 だからこそこうなる事は必然だったのだ。
 その一言で奮い立たないはずも無かったのだ。

 その一言こそが、ピューリーの最も認めたくない事実だったからこそ―――



「あ" あ" ぢ ぎ じ ょ お がああああーーーーーーッッッ!!!」



 ―――その心が、最後の最後で暴力に抗う。

 己の拳に螺旋を生み出し。
 光を失いつつある魔剣に火を灯す。



 この時ピューリーが見せたのは、きっと―――

 あの両親とは違うという意思表示だったのだろう。
 自分だけは違うと、そう思いたかったのだろう。

 でも事実を理解してしまったから。
 訴えられた言葉がわかってしまったから。

 自身のが、両親の見せた行いから逃げたもので。
 心のどこかで、それが愛情の示し方だって勘違したから真似してしまった。

 けど目の前の女性はその全てを否定した。



 否定してくれた。



 だからもう、その全ては―――塵芥へと還る。



バッキャァァァーーーーーーンッッッ!!!



 茶奈の煌拳とピューリーの螺旋拳。
 二つの力がぶつかり合った時、瞬時にして光の欠片が散っていく。

 ピューリーの拳を纏う命力が砕け散ったのである。

 そして今のが最後の力だったのだろう。
 ピューリーが地面へ向けて真っ逆さまに落ちていく。
 砕けた拳から血を撒き上げながら。

「いたいのやだよ……パパ、ママァ―――」

 戦意を失い、力も失い。
 心も砕け、抗う意思も消え去って。

 少女はその身と共に、意識をも落とす。

 でももう、茶奈には彼女を追う気概は無かった。
 その行く末に全てを委ねて。

「ごめんなさい……ッ。 今の私に貴女を抱く資格はもう無いから……」

 この高度・速度で地面に激突すれば、例え魔剣使いであろうとタダでは済まないだろう。
 今のピューリーの様に意識を失っていればなおさらだ。

 それでも―――茶奈にこれ以上の慈悲は向けられない。 

 教える為とはいえ、こうして暴力を奮ってしまったから。
 そして赤の他人でもあるからこそ。
 罪悪感を拭えないからこそ。

 もうこれ以上救える事は出来ないと思えてしまったから。



 だがこの時、誰もが予想もしえない出来事が起こる。



 こうなる事を誰が信じただろうか。
 予測出来ただろうか。

 を目の当たりにした誰しもが驚きの顔を浮かべていて。
 茶奈も例外無く。

 ……いや、予測なんて必要も無いのだろう。
 これはきっと、必然だったのかもしれないから。



「なんだ、貴女にも居るじゃないですか……大切にしてくれる家族が」
 
 

 その光景を前にして、茶奈は微笑んでいた。
 そう、微笑まずにはいられなかったのだ。

 何故なら―――



 ―――あのアルバがピューリーを受け止めていたのだから。



 心輝の攻撃によって全身が焼けていたにも拘らず。
 その意識を既に手放しているにも拘らず。

 ピューリーの小さな体をしっかりと包む様に抱え込んでいたのだ。

 何故こうして動けるのかは定かではない。
 でもこう動けたという事は、アルバが間違いなくピューリーを人並み以上に想っているから。
 仲間として、家族として。

 だからもう、茶奈から不安は消えていた。
 まるで親子の様な二人の姿を前に、そんな不安など必要無いからこそ。



 意識を失いながらも、仁王の様に立ち尽くす。
 そんなアルバがピューリーを抱える姿は、それ程までにも慈しみ溢れた家族らしかったのだから。


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