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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~Libération du pouvoir des étoiles <星力解放> 茶奈とピューリー③~

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 ピューリーの過去。
 それは想像を絶するとも言える人生だった。

 親に人として扱われず。
 魔者に従者として扱われ。
 異界人に初めて人として扱われた。

 こんな人生を送った者が人の幸せを妬む事など当然の事だったのだ。
 「何故自分はこんな不幸なのに、幸せそうにしているの?」と。

 たったそれだけが理由。
 そしてそれをぶち壊す事こそが、ピューリーの行動原理にして目的。

 その醜悪なまでの破壊の意思こそが彼女の力の根源なのである。

 だから破壊する為の創造を彼女は願った。
 そして手に入れたのだ。

 自由に空を舞える魔剣【ネラヴィーユの激情ラ フルール】を。
 破壊の意思そのものである【破錐裂空拳フォンディフォラージ】を。

 その二つの力は、何者をも砕く為に。





 だがこの時、ピューリーは知る事となる。

 その自慢のドリルを防げる者が居るという事実を。

ギャギャギャギャッッッ!!!!!

 突き出された裂空錐から視界を遮る程の火花が飛び散り。
 高高度の風切り音さえ打ち消す程の、けたたましい摩擦音が掻き鳴らされる。

 その勢いをか細い腕が塞き止めた事によって。

「何ィ!?」

 なんと、茶奈がピューリー渾身のドリルを受け止めていたのである。
 その両腕で包み込む様に抑えて。

 ただその先端は僅かに茶奈の身体へと到達している。
 胸元に僅かな刺傷を与える程度に。

 でもそれ以上は―――動かない。

「何故……そう思えるんですか……ッ! なんでそこまで人を不幸にしたがるんですかッ!! 貴女のやってる事は、ただの自己満足なんですか!?」

 押そうとも、引こうとも。
 伸ばそうとしようとも。
 何をしても全くビクともしない。

 茶奈は今、それだけの力を見せているのだ。
 ピューリーの理不尽な暴力を前に、彼女もまた強い力の昂りを見せたのである。

「当たり前だバァカ!! 自己満足の何が悪い!! 俺の勝手だあッ!! 親も兄妹も!! どいつもこいつも俺の事をムシケラ扱いしたからッ!! 同じ様な奴は皆俺の敵だあッ!!」

「ッ!?」

「俺を救わなかった奴は全員不幸になっちまえッ!! 俺より幸せな奴は全員不幸になっちまえッ!! テメェみたいな俺の不幸を知らない奴は全員ブッ殺す!! 逆らう奴もブッ殺す!!」

 とはいえピューリーも負けてはいない。
 更に力を籠め、螺旋拳の回転速度を上げたのだ。

 たちまち火花が更に加速し、倍増し、声すら掻き消す程の激音を打ち放つ。

 そうして見せるのは二人の極限の押し合い。
 どちらかが退けば、間違いなく勢いが変わると言える程に。



 けれどそれが激情同士のぶつかり合いであるとは限らない。



 その時、ピューリーは見てしまった。
 拳の先、火花が覆い隠す先を。

 その先に見えたのは、茶奈の顔。



 悲しみと慈しみが篭もった、憐みの瞳を向ける彼女の素顔を。



「そうですか……貴女の戦う理由がわかりました。 痛い程に」

「ハァ!? テメーに何がわかんだッ!?」

「わかりますッ!!」

「ッ!?」

 茶奈は今のやり取りで気付いたのだ。
 ピューリーが自分とほとんど変わらない境遇の下で生まれた事に。
 両親に愛されずに今まで生きて来たという事に。

 それは決して曝された境遇の度合いなど関係無く。
 蔑ろにされて生きて来たという本質を理解している者として。

「私も同じだったから!! 私も親に虐げられて生きて来たからッ!!」

「えっ!?」

「もしかしたら貴女の様に人を怨んでもおかしく無かったッ!! 殺したいって思っても不思議じゃなかったッ!!」

 そう、茶奈は虐げて来た母親を怨んだ事がある。
 どうしてこんな事をするのかと怒りをぶつけたいと思った事さえある。

 でもそうする事は出来なかった。
 させて貰えなかった。
 それだけ母親という存在が脅威だったから。

「でも今は違いますッ!! 勇さん達と出会えました!! 家族の様に接してもらえました!! 仲間も一杯出来て、友達も一杯出来ました!!」

 しかしそれも昔の話。
 茶奈はもう未来を見て歩き続けている。
 如何な苦難に晒されようとも、苦痛を味わわされようとも。
 恋人と、家族と、仲間と、友人達に恵まれたから。

 だから彼女はもう、後ろを振り向かない。

「だから私は今、幸せですッ!! では貴女にそんな家族は居ないんですかッ!? 友達は!? 仲間は!? 今貴女と一緒に戦っている人達は何なんですかあッ!!!」

「う、うう……!!」

 そうして見せる茶奈の素顔にもう悲しみは無い。
 凛とした表情を向け、ピューリーへ訴える。
 彼女がちらつかせる矛盾を打ち崩す為に。

「共に居る人達が居て、一緒に戦ってくれるッ!! それは貴女の幸せじゃないんですかッ!? 答えなさいッ、ピューリーーーッ!!!」

「う う うるせぇーーーッッ!!!」

 するとその時、突如として裂空錐が光となって破裂する。
 ピューリーが技を解いたのだ。

 ただそれはあくまで次の行動に移す為の布石に過ぎない。

 次の瞬間、ピューリーはもう既に行動していた。
 己の足で茶奈を蹴り払っていたのだ。

 とはいえその威力は半減している。
 心情が乱れたが故に、光斧の形状維持が出来なかったのだろう。
 でもピューリーとしてはそれで十分だったのだ。
 小言を避けられるならそれだけで。

 たちまち二人の体が離れていく。
 互いに加速出来る程の間隔を取る様にして。

「そうですか……貴女は自分の幸せまで否定するんですね。 そうしてでも暴力を奮いたいんですね……。 なら、もう私は容赦しない。 相手を叩き伏せる事が貴女の理念なら―――」

 こうして互いが離れた事、それは茶奈にとって最もの好機。
 何故なら、ピューリーという存在に対して「叩き伏せる」という覚悟を決める事が出来るから。



 今までは「暴力を奮うのは何か理由があるはず」と思っていて。
 暴力性に秘めた彼女の苦しみを取り除けるならば、という期待も少なからずはあった。
 デュランに嫌々と付き従っているなら、救う事だって考えていたから。

 でもピューリーはそんな生易しい存在じゃあなかった。

 暴力・復讐・怨念……これらの理念が倫理を越えて存在していて。
 このまま放置すれば必ず多くの人間を不幸にするだろう。
 そうなれば彼女の様な存在を次々と生み出す事になるかもしれない。

 恨みと憎しみの続く世界が生まれるかもしれない。

 その理想はまさに【救世同盟】の理念そのもの。
 ピューリー=【救世同盟】と言わんばかりの。

 だから茶奈は覚悟を決めたのだ。
 ピューリーという存在を消す事になろうとも、暴力の輪を放置する訳にはいかないと。



 自分と同じ様な不幸の人間を見るのは、もう嫌だから。


 
「―――その理念を、私が潰しますッ!!」

 その時、茶奈の意思を受けた【ラーフヴェラの光域】に光が走る。
 回路を走る電気の様な虹線ラインが幾重にして。

 その意思が、昂りが、最高潮に達した時。
 絶えず光を放っていた【ラーフヴェラの光域】に変化が訪れた。
 表皮を走る虹線が突如として一点に集まり、赤色光コンディションレッドを迸らせたのだ。
 
ソウルオーバー命力臨界点突破エンゲージ確認……リクエスト承認要求リミットアーマー拘束装甲エジェクション機構開放レディ?是非を問う

 続けて放たれたのは電子音声。

 これは心輝の【グワイヴ・ヴァルトレンジ・リファイン】に備えられていた限定機構と同じ。
 なんとそれが茶奈の【ラーフヴェラの光域】にも備えられていたのである。
 それはつまり、茶奈が今まで力を抑えていたという事に他ならない。

 いや、抑えてもらっていた―――と言った方が正しいだろう。

 でももう加減する必要は無いから。
 目の前の暴力の権化に対して、容赦する必要は無いから。



 だからこそ今、茶奈は真の星力を解放する。





機構解放イグニッション……ラーフヴェラ・フルオーバードライヴッ!!!!」





 その呼び声は覚悟と決意を織り交ぜて、空へと高く駆け登り。
 全身に見纏う魔剣へと光の様に駆け巡る。

 そしてその意思が、想いが末端にまで行き渡った時―――



 ―――【ラーフヴェラ】が、変身わる。



 本体左右の装甲が開けば、幾多の放力フィンが勢いよく飛び出し。
 円環中心部を覆っていたリフジェクターフィールドが消えて真なる輪状へ。
 同時に、背面を封じていたマイクロシャッターが解き放たれる。

 するとその瞬間、魔剣の各部、全身から溢れんばかりの激光が噴き出した。

カッッッ!!!!

 放たれた光は太陽光さえも遮る程に強烈で。
 しかも目を刺さんばかりに、一瞬にして周囲を覆い尽くす。

「なんだッ!? ウウッ!!」

 遠くに居るピューリーでさえも堪らず腕で目を覆う程に。
 たちまちそんな彼女までもが光の中へ。



 まるで太陽が目下に落ちて来たかの様だった。

 それ程までに空を真っ白に染め上げていたから。



「なんだってんだ、クソッ!!」

 その光も次第に収まっていき。
 再び景色の中に少女の輪郭が取り戻される。
 
 だが彼女が視界を塞いだ腕を退かせた時、垣間見るだろう。
 世界の豹変した姿を。



 まだ昼にも差し掛かっていない時間帯なのに。
 まだ天に日が昇っている時間帯なのに。



 そこに見えた世界は―――夕暮れの如き朱の空を映していたのである。



 でもすぐにピューリーは気付く事になる。
 それが自分自身に見えていた景色だという事に。

「嘘……だろ……」

 その事実に気付いた時、ただただ驚愕する。
 目の前に顕現した圧倒的な力に。

 そう、それは決して空が染まり上がった訳ではない。



 視界一杯へ広がる程に、茶奈の放つ命力が巨大だったである。



 背中から放たれし光の翼は二枚から四枚へ。
 しかもその一つ一つが天を貫かんばかりに巨大。

 頭部魔剣から放出された光はまるでウェディングヴェールの様に広がり。
 周囲へ紅光を散布しながら景色を覆い尽くす。

 腰下に下げていた【浮導オゥレーペ】の布地は溶け、もはや原型を留めていない。
 余りの膨大な出力故に、筐体そのものが耐えられなかったのだ。

 そして茶奈を包む光こそ、フルクラスタ。
 でも今までの様に体を覆う様な物では無い。
 もはや光そのものと言わんばかりに、巨大な命力の塊を形成していたのである。

 それ程の放出力。
 それ程の容量。

 これこそがアストラルエネマの真力。



 この圧倒的な力を前に―――無知なる者の驚愕は計り知れない。


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