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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~La pensée de Dieu <神の思し召し> ディックと黒鷲②~

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 鳴り響く銃声は次第に激しさを増していた。
 当初は単発射撃だったが、今では速射による連続射撃が絶えず鳴り響く。
 ディックが迂闊に顔を覗き込めない程に。

 元上司ともあって、ジェロールの戦術は実に巧妙だ。
 確実にディックの逃げ場を削り取っていたのだから。

 ただ闇雲に撃ちまくっていたのではなく。
 近場にある隠れやすい物を重点的に狙い、破壊し、移動手段を奪い取り。
 今居る部屋に閉じ込め、追い詰めようとしていたのである。

 それにまんまと乗せられたディックも苦悶を浮かべざるを得ない。
 全ては相手の目論見通りだったと気付かされたからだ。

 勇を送り届けた時に攻撃を仕掛けなかったのも。
 その時に敢えて存在感を示したのも。
 戻って来た時に攻撃するタイミングも。

 全て計算済み。

「やってくれるよ、全くッ!! 伊達に何人もの兵士を送り出してないって訳かい!!」

 全ては経験の成せる技。
 ジェロールという、長年に渡って戦いに身を置いた者の。
 更には数多の新兵に地獄の様な訓練を課し、一人前に育てて来た手腕はまさに一流。

 そう、ディックもその訓練を受けた者の一人として、その実力を良く知っている。
 戦いにおける鉄則セオリーを叩き込まれた者として。

「動きは以前と変わらないネェ。 全く、隙が無いよぃ」

 手鏡を使い、部屋の向こうをじっと覗き込む。
 そうして見えたのは、黒い影が景色の先を横切る様子。

 今でも相手はこうして動き続けている。
 自身の居場所を悟られない様に。

 その度に銃撃が見舞われ、鏡すら撃ち抜かれて。

「チッ、予備品くらい持ち合わせればよかったねコリャ」

 舞い散るガラス片になどもはや興味も無く。
 取っ手だけの元手鏡を呆れた表情で振り回しては、挙句には投げ捨てて。
 再び銃を両手に取り機会を伺う。

 ディックが持つのは拳銃。
 グランディーヴァ特製の特機構短銃マシンピストルだ。
 速射機構は無く単発でしか撃てない所は普通の短銃と変わらない。
 その代わり命力加速機構を有しており、貫通力には定評がある。

 ただしそれだけだ。
 
 他の武装は残念ながら無し。
 持ってきた武装は【ヴォルトリッター】と共に置き去り、恐らく共に爆砕しただろう。
 あるのは精々予備弾倉程度、それも短銃と互換性が無いから捨てるしかない。

「弾くらいは互換性持たせてくれよな、ったく!! そこんとこはまだ素人仕事かねぇ」

 不要装備をガシャガシャと外へと投げ捨て、体を身軽にしつつ牽制に利用する。
 その上で悔しそうな表情を浮かべるのは、不利が如実に見えたから。

「残り弾数、二十二発ってトコか……無駄遣い出来んね」

 ディックに残された武装はたったそれだけ。

 対してジェロールは最大武装で迫ってくる。
 その手に持つのはアサルトライフル。
 しかも速射が利き、精度も威力も抜群の白兵戦最高峰の武器だ。
 もちろんそれだけが武装ではないだろう。 

 このままでは押し切られる事は必至。

「創世の女神さんよぉ、逆転のチャンスをちょいとくれませんかねッ!!」

 例え弾が少なくとも、牽制を抑えれば一気に畳み込まれる可能性がある。
 だからこそ放たねばならない。
 少しでも逆転の可能性があるならば。



 だがその時、双方にとって思い掛けない出来事が起こる事となる。

 それはある意味で言えば―――望んだ通りの、神の思し召しなのかもしれない。



ドゴォォォンッ!! ……バギャギャギャ!!!



 突如として屋敷が凄まじい衝撃と揺れに襲われたのだ。
 部屋の向こうで歩み寄ろうとしていたジェロールが倒れてしまう程の衝撃が。

 そう、勇とデュランが屋敷の外に飛び出た時の衝撃である。

 その衝撃は凄まじく、突如として通路に衝撃波が突き抜けていく。
 倒れたジェロールが更に転がってしまう程に。
 
 そしてそれだけでは済まされない。
 たちまち屋敷内部の構造に軋みが生まれ、歪み、へし折れていく。
 なんと内部が突如として崩れ始めたのだ。

 天板や装飾品、家具も窓も何もかもを吹き飛ばして。
 たちまち瓦礫や木片が周囲に散らばり、砕け舞う。
 粉塵までもが巻き散らかされ、視界も最悪になる程に。

 二人が去った後も倒壊は止まらない。
 しまいには一部で完全に崩れ、空の景色が見える場所も。

 当然それはディックにも影響が及ぶ事となる。
 個室であっても、その衝撃はしっかりと届くのだから。

 銃撃で砕けた窓枠が崩れ、倒壊し。
 ディックが必死に通路へと飛び出す中で、遂には潰れ行く。
 数秒遅れれば、今頃瓦礫と共にペシャンコだだっただろう。

「おいおいおい!! ここまでの慈悲は欲してないよぉ!?」

 それでも安心出来る訳ではない。
 屋内はもはやいつ完全倒壊してもおかしくない状況で。
 それでもまだ中にいて、外へ飛び出せる場所も無い。
 外窓が並ぶ区画はジェロールの居る場所の先にしかないのだから。

 しかしそんな中で、突如として銃声が響く。

ガォンッ!! 

 そうして撃ち放たれた弾丸はあろう事か、ディックの右脚を貫いた。

「ぐあッ!? クソッタレがあッ!!」

 魔装具さえ貫き、鮮血が飛び散る。
 とはいえ表皮のすぐ傍、一部の肉を削り取っただけで大事には至っていないが。

 でもそうして出来た傷は、常人ならばのたうち回る程に激痛をもたらすもの。
 そんな痛みにも耐え、苦悶を浮かべながらも瓦礫の裏へと隠れ込む。

ドォンッ!! ドォンッ!!

 相手に隙を与えぬよう、牽制弾を撃ち込みながら。

「フゥ、フゥ……チャンスどころかピンチじゃないか。 勇さんよぉ、アンタ疫病神の類だったのかい? 」

 思わずこんな愚痴が漏れる程に、ディックの余裕も削ぎ取られた様だ。
 とはいえ相変わらずの減らず口には変わり無いが。

 もちろん勇だってこんな事になるとは思っても居ないだろう。
 むしろどうなろうとディックなら何とでもなる、くらいに思っているかもしれない。

 だから本気を出せるのだ。
 いつか実家での攻防でそうした様に。
 「ぶちかませ」と言われたから、そうしただけに過ぎないだろうから。

「ディーック……! 油断したなぁ、ゲフッ、ゴハッ……お前らしくも無いッ!!」

「敬愛する女神さんの思し召しだからねぇ、ちょいと見惚れちまったのさ!!」

ドォンッ!! ガォンッ!!

 そんな声が聴こえる方へと、ディックがこれでもかと言わんばかりの追撃を掛ける。

 ジェロールも今の騒動で相応の傷を負ったのだろう。
 先程までの威勢はどもった声へと形替わっていて。
 しかも反撃が来ない。

 本来のジェロールはこんな時でも牽制を欠かさない男だ。
 いくら奇策を弄しても、不意の状況は利用しないのが彼のスタンスだから。
 確実性を欠く作戦は執らないのがモットーなのである。

 それでも反撃が来ない。
 つまり、反撃が出来る様な状況では無いという事に他ならない。

 それはすなわち、ピンチであるがチャンスでもあるという事。
 ならばディックが攻めない道理は無い。
 脚の傷など圧して戦う価値が、今はある。

「やはり信ずるは女だねぇ!! いつだって微笑んでくれらぁ!!」

ドォンッ!! ガォンッ!!

 素早い足捌きで徐々に近づきつつ。
 新たに生まれた瓦礫という防御壁に隠れつつ、距離を確実に詰める。

 状況は明らかに好転。
 逆転の兆しが見え始めたのだ。

「女、女かぁ!! それがお前を惑わせたかぁ!!」

「惑っちゃいないよッ!! それが人間で、男ってぇもんさぁ!! 俺は愛に生きる戦士だからねぇ!!」

「どこかで聞いた台詞だなぁ!! 頭髪がピンク色になりそうだ、反吐が出るッ!!」

ドドドッ!! ドドドドッ!!!

 ただそれでもジェロールが完全に反撃出来ない訳でもない。
 歩を進めるディックに向けて速射弾が撃ち放たれ、瓦礫を無暗に削る。

 とはいえ視界も最悪で、狙いは定まっていない。
 その上で乱射しようとも、そう簡単には当たらないのが銃というものだ。

「だがなぁディーック!! 男が真に求めるのは女ではないぞ!! 求めるべきは闘争だ!! 血沸き肉躍る殺し合いだ!! 遥か数千万年前から繰り返されてきた狩りの歴史がそれを示しているッ!!」

ドドドッ!! ドドッ―――ギャリリッ

 しかも相手も相当焦っているのかもしれない。
 遂には弾が切れ、間も無く「ガッシャーン」と何かの叩き付けられた音が。

 そう、ジェロールの持っていたアサルトライフルの弾が尽きたのだ。
 それで役に立たなくなり、打ち捨てたのだろう。
 察するに、先程の騒動で追加弾倉、あるいは魔装具がおしゃかになったといった所か。

 そうあっても、口調だけはすっかり元通りだが。

「戦いはいいぞォ!! 生きてる実感をくれるッ!! その上で勝利し、讃えられ、更なる力を得るッ!! これが男の至高の喜びだ!! 誉れだッ!! 貴様だってわかるだろう!? 長い時間を戦いに費やした貴様ならッ!!」

「わからんねぇ!! 男ってのは愛する女がいるから本気で戦える。 愛情こそが真の原動力なのさぁ!! モテないアンタにゃわからんだろうがねぇ!! 俺にとっちゃ戦う事も生きる事も、生まれてきたのも全ては女の為さぁ!! 」

 でも舌戦ともなればディックも負けてはいない。
 これが追い詰める為の手段に繋がるならばなおさらだ。
 機会を掴めるならばと、煽りに煽って責め立てる。

「あぁ~~~!! あのリデルとかいう女の為かぁ!! あの女は素晴らしいなッ!! 実に戦いを良く運んでくれたッ!! お前の妻にはもったいないくらいだったよ!!」

「ッ!?」

 しかしそんな舌戦が突如として驚きを誘う事となる。
 銃を向ける事さえ忘れてしまう程の驚きを。

「何故アイツが俺の女だって事を知っているッ!?」

 そう、その事実はデュラン達側には知らされていないはず。
 リデルが黙っていて、しかもディックもグランディーヴァ所属を伏せていて。

 これはディックも知らない事だが、デュランもそういう認識だった。
 今日この時初めて知ったくらいなのだから。
 
 なのにジェロールは知っていたのだ。
 それに驚かないはずが無い。

「知ってるさぁ!! リデルも、リューシィ嬢ちゃんの事も!! 特にあの嬢ちゃんは可愛かったなぁ~!! 母親に似て実に可愛らしかったぁ!!」

「なん……だとォッッ!?」

 しかもまるで会ったかの様な口ぶりで。
 これがディックの感情を逆撫でさせる。

「アンタに会わせた事なんざ無いハズだあッ!!」

「そりゃあそう思うだろうなぁ、何せ個人的に会ったからなぁ!! お前が知らない所で」

 突如明らかとなった事実が、その身を、心を震わせる。
 それ程までに衝撃的だったのだから。



 本来会う機会があるはずもない、ディックの娘リューシィとジェロール。

 この二人の接点とは。
 そこに秘められた秘密とは。

 今この時、瓦礫と砂塵が舞い散る屋内で。
 愛と復讐に燃える戦士が遂に、隠れていた真実へと辿り着く―――


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